異世界ゴーストレイヴン ~不幸すぎる俺は幽霊に呪い殺され異世界転生!なぜかその幽霊まで憑いてきたので一緒に異世界で無双します!~

バルト

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始まりの呪い

第21話:初仕事

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 午後の市場通りは、活気と人の熱気に包まれていた。色とりどりのテントが並び、異国の料理や雑貨の露店が軒を連ねる。スパイスの香りと焼き菓子の甘い匂いが風に乗って漂い、耳には陽気な楽器の音色が響いていた。

「ちょっとこれ見て! 羽飾り付きの鈴! ウチこういうの大好物なんだけど!!」

 サヤがカラフルなアクセを手に取り、目を輝かせる。

「どうせ買う気ないだろ」

 俺が半眼でじとっと見ると、サヤはうぐっと詰まった。

「見るだけでもテンション上がるじゃん? ウィンドウショッピングよ」
「……それ、さっきからずっと言ってるな」
「だってぇ~、日本じゃ見れない珍しいものが多すぎるんだもん! てか女子の買い物は時間がかかるのデフォだから!」

 そんなやり取りをしつつ、俺は横目でルナベールを見る。彼女は小さく微笑み、ガラス瓶が並ぶ薬草屋で足を止めた。店先の素材名を一つひとつ確認しては、丁寧に手に取って元に戻す。

「このハーブ……“グリモス草”ですね。痛み止めの効果があるって、以前講義で習いました。こんな市場でも扱っているなんて……」
「へぇ、ルナベールって勉強熱心なんだな。ほんと尊敬するよ」
「いえいえ。私はまだまだです。もっと学ばないと……」
「レインもルナちゃんの姿勢を見習った方が良いよ?」
「いや、お前もだろうて!」

 控えめに頬を緩めるルナベールを見て、俺の心も少し和んだ。

「勉強も戦いも全力投球って感じだな、ルナは」

 隣でシャルロードが豪快に笑う。

「ルナベール・アイリーン……ギルドの若きエース! うちのパーティに入ってほしかったもんだがなぁ」
「えっ、そ、そんな……私なんて、まだまだで……っ」
「褒められ慣れてないのか、ルナちゃん」

 サヤがにやにやと茶々を入れると、ルナベールは少し赤くなって視線を逸らした。

 少し後ろでは、サンシャインが無言で隣の屋台を睨んでいる。

「……値札の付け方、おかしい。昨日と価格が違う。観光客を狙ってるのね」
「えっ、まじ?」
「商人は信用が命だってのに……そういうの、許せないのよね」
「はっはっは! さすがサンシャイン、細かいとこ見逃さねぇな!」

 シャルロードが親指を立てる。

 そのころ、サヤは別の店でネックレスを手に取り、興奮気味に俺へ向き直った。

「えっなにこれ、民族系の装飾品!? え、これ絶対写真映えするやつじゃん!? ねぇレイン、これ似合うと思う?」
「……ん、まぁ、似合うんじゃねーかな」
「でしょでしょー☆」
「ま、今は無一文だから買えないんだけど」
「ガーン……」

 そのとき――

「おいそこのガキ! 待たんかッ!!」

 怒号とともに、小柄な影が群衆をすり抜けて走り抜けた。少年だ。ボロマントに、盗ったらしい果物の袋。店主が追うが、人の波で詰まっている。

「な、なに!? なんか始まった!?」

 サヤが目を見開く。俺が反応する前に――

「行くぞ!」

 ザッ!!

 シャルロードが地を蹴った。

「えっ、シャルさん!?」

 サンシャインの声も置き去りに、彼女は風みたいな速さで追う。

「もう~いつもこうなんだから。ルナちゃんは右に回り込んで! あたしは直線で追います!!」
「──はいっ!」

 ルナベールは即座に理解し、サンシャインの合図でひとつ先の路地へ回り込んだ。判断が速い。これがギルドメンバー同士の連携ってやつだろうか。

 だが――

「この子、速い……!」

 追いつけそうで追いつけない。屋台と人の間を縫う俊敏さで、ルナベールの回り込みを軽やかに外す。シャルロードが正面から飛びかかっても、少年は低く滑るようにすり抜けた。

「うおっ、抜けた!? やるねぇ~、動きが読めねぇ!」

 シャルロードが振り返る頃には、もう距離が開いている。

「氷の壁──展開します!」

 ルナベールが前方の通路に氷魔法を展開、足を滑らせて封じようとする。が、少年はその直前で跳躍、狭い軒先に反転で飛び移った。

「この動き……!」

 ルナベールが目を見開く。壁を蹴って反対側に着地し、人だかりに紛れて消えた。

「サヤ! 俺たちも手伝おう!」
「いやいや、私の力使ったら死んじゃうよー! 泥棒でも相手子供だよ!?」
「た、たしかに……! お前の能力は意外と使いづらいな」
「ちょっと私の能力ディスんないでよっ!」

 言い合いながらも、俺たちは逃走ルートを見失わない。ルナやシャルロードさん、サンシャインさんが追い込んでも、あの身のこなしじゃ簡単には捕まりそうになかった。俺は息を吸い、腹を括った。

「……だったら」

 右手を上げ、集中する。

(些細なことでいい……とにかくあの少年に不幸を!!)

「カタストロフィア!」

 世界が一瞬だけざわめいた。

 次の瞬間――少年が屋台の布張りの屋根に跳び乗ろうとした際、その布が“ほんの少しだけ”沈む。見た目は些細な緩みだが、全力の着地には足りない。

 バリッ――

「しまっ――」

 布が裂け、少年は屋台の中へ落ちた。

「捕ったあああああ!!」

 待ち構えていたシャルロードが渾身のタックルで押さえ込み、そのまま地面へ。

ズザァア!!

「げふっ……っ!?」
「おっと悪い悪い、痛かったか? でも捕まえるのが仕事なもんでねっ!」

 しっかり拘束。少し遅れてルナベールが駆け寄り、状態を確認する。

「だ、大丈夫ですか……!? お怪我は……」

 優しいが芯のある声だ。少年は俯いたまま無言で地面を見ている。

「レイン!」

 サヤが駆け寄り、俺を見上げる。

「今の、もしかして……」
「ちょっとだけ、不幸を呼んでみた」
「さっすがぁ! こういう時に割と役に立つもんなんだね」
「うまく使えりゃな。外したら、ただの事故だし」

 背後でシャルロードが笑った。

「なるほど。それが君の能力かい? 不幸を引き寄せるって……いやぁ、面白い力だ!」
「お褒めに預かり光栄っす……」

 周りの騒ぎも落ち着き、客たちは安堵の息をつきながら日常へ戻っていく。屋台の主も無事を確かめ、商品を拾い集めながら「助かったよ」と呟いた。

 数分後――

「ふぅ、よし。こいつはオレたちが衛兵に突き出してくる」

 シャルロードが少年を抱え上がる。

「あなたたちは、ここで待っていてください。状況説明は、私がきっちりしてきますので」

 サンシャインは少年の様子を見て、目を鋭く細めた。

「ったく……逃げ足の速いヤツだったな。ま、逃げ道はあっても、正義からは逃げられねぇってな!」
「うまいこと言ったつもりでしょ、それ」

 そんなやり取りを交わしつつ、二人は少年を連れて去っていく。

 残された俺、サヤ、ルナベール。

「あの子の動き、素人ではありませんでした……」

 ルナベールが真剣に呟く。

「そ、そうなの? ウチにはただ速いだけに見えたけど……」
「体重移動、回避のタイミング……戦い慣れしている人の動きでした」
「ふ~ん……なにか事情があったのかな」
「だとしても盗みはいけません」
「そう、だよね~……」

 俺たちは呼吸を整えた。

「助けてくれてありがとうよ、兄ちゃん姉ちゃんたち!」

 果物屋の店主が汗を拭い、深々と頭を下げる。

「最近、ちょくちょくスリが出ててね……ほんと助かったよ。お礼と言っちゃあなんだが──これ、うちの姉貴がやってる衣装屋の引換券。よかったら好きなもん、ひとつずつ選んでってくれ」

 渡されたのは装飾入りの革チケット。裏には「古衣房リシェリア」の文字。

「衣装!? やったーー!!」
「そのお店なら私も知ってるので、案内しますね」

 サヤが俺の腕をがしっと掴む。

「ちょ、おま……別に俺は──」
「ダーメ! いつまでも同じ服でいられないでしょ☆」
「ふふ、そうですよ。お二人ともこの世界の衣装を身に纏って、馴染んでもいい頃です。ただでさえ目立つ容姿なので」

 押されるがまま、通りの端に佇む落ち着いた衣装屋へ。

 中は劇場の裏舞台みたいだった。壁一面に色とりどりの衣装。民族ドレス、戦闘ローブ、貴族風マント……時代も文化も混在する異世界らしいラインナップだ。

「うわ~……テンション爆上がり……!」
「ま、まぁ……せっかくだし、タダなら……」

 店の奥へ案内され、試着室へ。

 ――数分後。

「ど、どう……かな……?」

 俺はそろりとカーテンを開けた。黒基調のロングマント、胸に銀装飾の革ベスト、動きやすいブーツ。肩からのマントがふわりと揺れる。いつも頼りない俺でも、少しは“冒険者”に見えた……気がする。

「レインさんお似合いですよ!」
「良かった、ありがとう」

 次にサヤ。露出多めの民族衣装風のドレス。鮮やかな赤と金、編み込みの意匠。肩と太ももが大胆で、腰の鈴がシャラリと鳴る。

「えっへっへ~、どぉ? ちょっと派手かなーって思ったけど、似合ってる?」
「わ~! サヤさんとっても素敵です!」
「……いや、似合ってるどころか……なんだその……」
「ん~?」
「めちゃくちゃドキッとしたというか……!」
「マジ!? ふふーん、惚れた? 惚れちゃった??」
「べ、別に!」

 くるりと回るたび、鈴が軽やかに鳴り、俺は思わず目を逸らして頬が熱くなる。

「つーかお前……そんな恰好で街歩いたら、視線やばいだろ……」
「ん? レインってば、まさか……嫉妬ぉ? ぷぷっ、かわい~♪」
「してねぇよっ!」

 遠目で見ていたルナベールが、そっと微笑む。

「ふふ……二人とも、本当に楽しそう……」

 窓から差す陽光が、異世界の衣装をまとう俺たちを照らしていた。ほんのひととき、“新しい自分”を試す時間だった。
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