異世界ゴーストレイヴン ~不幸すぎる俺は幽霊に呪い殺され異世界転生!なぜかその幽霊まで憑いてきたので一緒に異世界で無双します!~

バルト

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始まりの呪い

第23話:世界の一員

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 ──暗闇。

 気づけば、俺は真っ黒な空間に立っていた。
 どこまで続くのか分からない闇。音も、風も、何もない。ただ、自分の心臓の音だけが響いている。

(ここは……夢、か?)

 足元にうっすらと靄が広がる中、一歩を踏み出したその先で──

「……まだ生きてたんだね」

 聞き覚えのある声。
 振り向けば、そこにはあの“悪夢の少年”が立っていた。影のようなシルエット、表情のない笑み。
 そして次の瞬間、視界が反転する。

「──が、はっ……!」

 首を掴まれ、持ち上げられていた。身体が宙に浮かび、息が詰まり、視界が滲む。

(息が、できな──)

「すぐ"僕の力"に溺れると思ったけど、意外としぶといんだね……」

 少年は近づき、不敵な笑みを浮かべる。

「次もまだ生きてられていたら、面白いもの見せてあげる……」


「世界が滅びた瞬間をね──」


 囁くような声が耳に触れた瞬間──

「……っは!」

 飛び起きた。
 額にはびっしょりと汗、肩で息をしながら荒れた呼吸を整える。胸の鼓動がうるさいほど響いていた。

(またあの夢……)

 冷たい汗が背中を伝う感覚に眉をひそめ、ふと視線を横にやった。

「…………」
「…………」

 もっこりと膨らんだ掛け布団。その中から金色の髪がぴょこんと飛び出している。

「……おい」

 布団の塊がもぞもぞと動いた。

「ん~~……ぅあ~、ん……おはよぉ~……じゃなくて、ん、あれ? まだ夜?」

 布団をめくると、サヤが無防備すぎる寝ぼけ顔で顔を出す。

「お前、また俺の布団に……」
「だって寒かったんだもん~」

 もはや当然とばかりに、にへらと笑う。

「いやいやいや! こっちは悪夢で汗びっしょりなのに、なに勝手に人の布団に侵入してんだよ!」
「でもウチのベットの横の窓がガタガタしててさぁ~……風がビュービューうるさくて寝れなかったんだもん。レインのとこは静かであったかいし」
「どんな理由だよ……!」
「しかも、レインって地味にあったかいんだよね~。なんか体温ちょうどよくてさぁ~、こう……抱き枕っぽい?」
「寝ぼけてんのか本気なのかどっちだよお前!!」

 騒ぎながらも、肩からじんわりと伝わる温もりに、少しだけ悪夢の余韻が薄れていくのを感じていた。

 サヤの存在は、やっぱり──騒がしくて、どこか安心する。

(……まったく、こっちは夢で殺されかけたってのに……)

 心の中でそう毒づきながらも、どこか救われた気がしていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 シャワーの水が静かに流れ落ちる。  

 熱く火照った体を冷やすように、俺はゆっくりと水を浴びていた。昨晩の夢のせいで全身の疲労は尋常じゃない。汗を流しながら、ようやく落ち着きを取り戻し始めたその時──  

「──こっそり、っと♪」  
「……え?」  

 背後から、静かに忍び寄る気配。  

 振り返ると、そこには──タオルを巻いたサヤの姿がいた。  

「よっ、レインくん♪ 背中流してあげるね♡」  
「……お前……何してる……」  

 俺は思わず言葉を詰まらせる。  
 サヤは片手を腰に当て、もう片方の手には石鹸を持ち、ニコッと悪戯っぽく微笑んでいた。  

「決まってるじゃん、シャワータイムの乱入~♪」  
「バカか!? すぐ出ろ!」  
「えー? いいじゃん、減るもんじゃないし~♪」  

 サヤは意に介さず、ゆっくりと俺に近づいてくる。シャワーの水が彼女の肌を伝い、細かな滴が滑るように流れていく。  
 ……正直、直視するのは色々とまずい。  

「おい、そんなに近づくな」  
「だってレイン、めっちゃ汗かいてたじゃん? ちゃんと流さなきゃ!」  

 そう言うと、サヤは泡をたっぷりと手に取り、俺の背中にそっと触れた。  

「……っ!」  

 手のひらが肌に当たる感触に、思わず肩が強張る。温かく、柔らかく、それでいて優しい感触。指先が滑るように動き、肩甲骨のあたりを円を描くように撫でる。指が首筋をなぞるたび、微かにくすぐったく、息が詰まりそうになる。  

 さらに彼女は身体を俺の背中にぴたりと押し付け、密着するように手を動かした。  

「……っ!」  

 サヤの胸の柔らかな感触が俺の背中に押し当てられ、僅かに息が乱れる。水滴が滴る彼女の肌が直接触れ、呼吸のたびにお互いの鼓動がわずかに感じられる距離。  
 温かく、しっとりとしていて、まるで包み込まれるような感覚。  

「ねえ、レイン……」  

 不意に、サヤの顔が俺の耳元に近づく。  

「レインって、いつも強がってるけど……今は、ちょっとだけ甘えてもいいんだよ?」  

 悪夢にうなされているのを案じているのだろうか。かすかに濡れた囁きが耳元をくすぐる。  

 ……これはまずい。  

「……もういい、一人で洗う」  

 俺はそう言って、サヤから距離を取ろうとした。  

 しかし──  

「え~? まだ途中だからダメー」  

 サヤが俺の腕を掴み、もう一度背中に手を這わせようとした、その瞬間。  

 ──足元が滑った。  

「っ!?」  

 俺の体がバランスを崩し、次の瞬間、サヤを巻き込んで倒れ込んだ。  


 バシャァァッ!  

 シャワーの水しぶきが舞い上がる。  

 俺の体が倒れ込むと同時に、サヤの柔らかな身体が床へと押し倒された。  

「きゃっ……!!」  

 俺の手はとっさに彼女の肩を支えようとしたが、それでも勢いが止まらず、完全に覆いかぶさる形になってしまった。  

 肌と肌が触れ合う。俺の濡れた前髪がサヤの頬にかかり、水滴が彼女の滑らかな肌を伝っていく。  

 そして──  

 「……っ!?」  

 俺の唇と、サヤの唇が、触れた。  

 一瞬、時間が止まった。  

 サヤの瞳が大きく見開かれ、俺もまた、思考が追いつかない。シャワーの音だけが響く静寂の中、彼女の柔らかな吐息が俺の唇に感じられた。  

 ──温かい。  

 俺はすぐに顔を離そうとしたが、サヤがわずかに肩を震わせる。  

「……レイン……」  

 かすかに揺れた声が、俺の耳に届く。冗談でも、ふざけた調子でもなく、感情がこもった声。  

 彼女の顔は紅潮し、唇を少し開いたまま、俺を見つめていた。普段の軽口やおちゃらけた笑みは、どこにもない。  

 ただ純粋に、俺を見ていた。  

「……ちょっと、今のはさすがに。私……ふざけすぎちゃった……かな、あはは……」  

 息を呑むように呟いたサヤの瞳は、いつもと違った。どこか、不安げで、だけど何かを期待しているような……そんな目だった。  

 俺の胸の鼓動が、一瞬だけ大きくなった。  

「……っ!」  

 俺は慌てて体を起こし、サヤから離れる。  

 だが、サヤは口元を押さえながら、まだ俺を見つめていた。真っ赤な頬を濡れた髪で隠しながら、小さく微笑む。  

 そして、次の瞬間──  

 ガチャッ!!

「──おはようございます。そろそろ支度の──って……!!?」

 ノックもなしにルナベールが入室。シャワー室の扉も開けっぱなしだった。

 サヤの色気たっぷりな表情。絶望的すぎる“構図”が、部屋中に静止する。

「っ……こ、これは……!」
「いやあああああああああああああああああっ!? 」
「ち、違うんだって! これは誤解! 事故! 不可抗力で!!」
「――《フリーズ・ロック》!!!」

 ルナベールの怒りをはらんだ小さな詠唱。

 次の瞬間、氷の結晶が床から伸びあがり、レインの足元を包み込み──そのままズバァンと氷柱が跳ね上がり、彼を完璧に氷漬けにした。

「ひぎゃあああああ!?!?!?!?」

 顔だけ出して凍り付くレインの絶叫が、室内に響いた。

「……レインさんのド変態!! スケベ!! もう一生そこで反省してくださいっ!!」
「さっすがルナちゃん☆ 判断と行動がキレッキレ~!」

 サヤは肩を揺らして爆笑しながら親指を立てていた。

 俺はというと──

「さみぃぃぃぃ……し……ぬ」

 うっすら白目をむきながら、氷像と化していた。

 ──そして、この騒がしい朝はいつも通り幕を開けたのであった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ──午前十一時。

 俺とサヤ、ルナベールの三人は、ギルド本館の最上階――ギルドマスター執務室の前に立っていた。

「うぅ、まだちょっと凍えてるんだけど……」

 俺は肩を抱えながら震える。

「いいじゃ~ん、ルナちゃんのおかげでスッキリ目ぇ覚めたっしょ?」

 サヤがにっこり笑いながら背中をバシバシ叩いてくる。

「骨まで冷えたって意味ではな……!」
「はい、では中へどうぞ」

 扉の前で待っていたギルド職員のシェリルがにこやかに案内すると、重厚な木扉がゆっくりと開かれた。

 中に入ると、そこは静謐な空気が漂う広々とした空間だった。
 壁には地図や古代語の書かれた布がかかり、机の奥では一人の老女がゆっくりとこちらを見やった。

 ギルドマスター、フレア・ヴァル=フレイム。

 白髪を丁寧に結い上げ、深紅のローブを羽織ったその姿は、どこか包み込むような温かさを放っている。

「上手くやってそうだね、おまえさんたち」
「フレアおばあちゃん……!」
「はい、おかげさまで」
「ふふ……そんなに肩に力を入れんでもええのよ。おまえさんたちはもう、《赤蓮の牙》の子どもたちなんだからね」

 フレアはにっこりと目を細め、机の上の書類に軽く手を置いた。

「今日ここへ呼んだのはの──おまえさんたちの“正式登録”を済ませるためじゃよ」
「……ついに、ですね」

 ルナベールが感慨深そうに小さく頷いた。

「わたしの裁量で仮登録として受け入れたが……それも今日までじゃな。これからは、立派な“冒険者”として、この世界の一員になるんじゃ」
「……世界の一員……」

 俺はその言葉を噛みしめるように繰り返した。

「ちょいと大げさに聞こえるかもしれんけどね……居場所がある、ってのは、ほんとに大事なことなんじゃよ。それだけで、人はよう生きていけるもんさ」
「うん……分かった。ありがとう、フレアさん」

 自然と表情が和らいでいくのを感じた。

「暖かいお言葉、あざます♪ おばあちゃん」

 サヤも手を挙げながらニカッと笑う。

「ふふ……。さて、細かい手続きは、シェリルにお願いするとしようかねぇ」
「はいはーい! それじゃあレインさん、サヤさん、こっち来てー! 書類山ほどあるから覚悟してねっ♪」
「ひぃっ!? まだそんな試練が!?」
「へへっ、がんばろ? レインくん♡」

 俺とサヤがシェリルに引きずられるように向かう中、フレアはルナベールに静かに声をかけた。

「……ルナベール。二人のこと、よろしく頼むわね」
「……はい。必ず、しっかりと導いてみせます」

 その返事に満足そうに頷いたフレアは、ルナベールの退室を見送り、静かに窓の外を見やった。

「光の神ガイアよ。我が子らを正しき道へ導きたまえ。汝の御光、地に満ちんことを」

 老女の瞳に映る空は、どこまでも穏やかで優しかった。

 俺たち三人がシェリルの後を追って廊下を歩いていると、奥から黒いローブをまとった男が姿を現す。

「おや……これはこれは、イレギュラーの諸君ですね」

 低く滑るような声。壁際に立っていたルナベールが小さく眉をひそめた。

「ルーファスさん……」
「初めまして。記録官・ルーファスです」

 男はゆっくりと歩み寄り、俺とサヤの前で足を止めた。鋭い眼差しが、まるで心の奥底を見透かすかのように俺たちを貫く。

「あなたたちは、仮にもギルドマスター自らの推薦を受けた存在……それは確かに特別だ。だが──」

 ピタリと間を空け、ルーファスは淡々と告げる。

「特別であることは、常に“疎まれる”ことを意味する。誇るべきことではない。“普通ではない”という自覚を、常に胸に刻んでおきなさい」
「……」

 俺もサヤも言葉を飲み込み、少しだけ背筋を正した。

「“選ばれた”などと勘違いしたまま、力に溺れ、調子に乗った者がどうなるか……歴史が教えてくれるでしょう」
「え~……なんかめっちゃ言われてる……」
「でも……うん。たしかに、そういう自覚は……ちゃんと持たないとダメかもだな」

 サヤの苦笑いに、俺はうなずいて答えた。ルーファスは目を細め、ほんのわずかに口元を動かす。

「……ならいい。口で言っても無駄な者には何も響かないが、君たちには多少、期待してもいいかもしれない」
「期待……してるんすね?」
「うぬぼれぬように。記録官として、事実を“記す”義務があるだけです」

 そう言い残して、ルーファスは黒衣を翻し、背を向ける。その歩みに、無駄な音は一つとして響かなかった。

「……あの人、いつもああなの?」
「うん……でも、嫌な人じゃないよ。必要なことしか言わない人だから」

 ルナベールが静かに答えた。
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