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始まりの呪い
第25話:初めてのダンジョン探索
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朝の陽射しが道を照らし、朱雀の街が目を覚ましていく。
《赤蓮の牙》を背に、俺・サヤ・ルナベールの三人は入口で立ち止まり、小さく深呼吸した。
俺は黒いロングマントの裾を揺らしながら一歩を踏み出す。胸元の銀飾りが光を弾き、風になびくマントとブーツが、浮つきそうな足取りを引き締めてくれる。
一方のサヤは、赤と金の布が編み込まれた民族風のドレスをひらりと翻した。肩と太ももを大胆に晒したその衣装は、歩くたびに腰の鈴がシャラリと鳴って、あいつの陽気さをさらに引き立てる。
「で、ウチらどうやってダンジョン行くの? まさか徒歩とか!?」
サヤが真顔で訊くと、ルナベールがすっと地図を取り出し、巻物みたいに広げて道筋を指した。
「いえ、徒歩では無理です。目的地は海沿いの崖下、“潮鳴りの洞窟”。街から東へおよそ一時間……馬車で向かうのが最適です」
「おぉ~馬車旅! なんか、いいね~!」
「観光じゃないんだぞ。気を引き締めていこう」
「レインが気合い入ってる! いつも消極的なのに珍しい……」
「初陣なんだから当たり前だろ! って俺そんなに消極的か?」
そんなやりとりをしながら馬車亭へ向かおうとした、その時――
「おーい、三人ともーっ!」
ギルドの門の前に、仲間たちがずらりと並んでいた。見送りにしてはやたら賑やかで、ちょっとしたイベントの空気だ。
「あれ、みんな揃ってどうしたのー?」
「初クエストだろ? そりゃあ、見送りくらいするって!」
先頭で手を振るレックスは、すでにテンションが振り切れている。
「ルナベールさん! が、がんばってください! オレ、すっげぇ応援してますからっ! あ、いやもちろん三人ともっ!!」
「ありがとう、レックス」
「レックスって……ルナちゃんのことが好きなんだ?」
「えっ、違っ……あっ、違わないけど、えと、その……」
レックスの顔が一瞬で真っ赤になり、俺は苦笑いでサヤの肩をつつく。
「おいサヤ、レックスをからかうなよ」
「えへへ~、可愛くてつい」
ミランダが腕を組み、教官らしい厳しさで俺たちに釘を刺す。
「……採取クエストだって、甘く見たら命取りになることもある。最初は慎重に行け」
けれど、その目にはわずかに優しさが宿っていた。
「今思えば……あれか? 三人旅ってことは、男ひとりに女二人……ハーレムパーティってやつ?」
「えっ」
モンベルンがニヤニヤしながら俺の肩を肘で小突く。
「……ちょ、からかわないでくださいよ、俺別にそんなんじゃ」
「はい出ました!『俺別にそんなんじゃ』。この台詞こそハーレム系主人公のセ・リ・フ! あ~やだやだ、鈍感な男は嫌われ――」
「童貞の言うことは気にしなくていい」
煽るモンベルンに、クリスティンが表情ひとつ変えずに刺すような一言。
「あなたたちなら、きっとやれる。自分を信じて頑張って」
「ありがとう。クリスティンさん」
「クリスでいい……みんなそう呼ぶ」
「分かった。クリス、頑張ってくるよ」
「うん」
「だれが童貞じゃあぁぁあ!」と喚くモンベルンを置いて、俺とクリスは小さく頷き合った。
「……フン、女を連れてるんだ。お前も男ならしっかり守ってやれ」
エジールが腕を組んだまま、ちらりと俺に視線を寄越す。
「……言ってくれるじゃん。分かってるよ」
肩をすくめつつ、俺の目には自然と静かな闘志が灯っていた。
「さーて、いよいよってわけだな!」
シャルロードが大股で一歩前へ。街の戦乙女みたいに絵になる。
「オレたち《赤蓮の牙》の名、しっかり外に刻んできなよ! 初陣でビビったら、シャルロード式・喝入れ拳骨が待ってると思いな!」
拳をぐるぐる回す姉御に、サヤが笑いながら手を合わせる。
「ひえ~、姉さん勘弁して~! でも、ありがとっ!」
「……まったく、そんなプレッシャーをかけるような送り出し方しなくてもいいんですよ!」
サンシャインが背後からいつもの調子でたしなめた。
「安全第一ですからね! 深追い厳禁、帰還時間厳守、体調異変は即報告、いいですねっ!?」
「は~い!」
「はい、十分に気を付けます」
俺たちはそれぞれに手を振り返し、背を向けて歩き出す。背中を押してくれる声が重なって、自然と足取りが軽くなった。
――その頃、ギルド三階の執務室の窓から、静かに二つの影がこちらを見下ろしていた。
「ふふ……いい目をしているわね、あの子たち」
フレアが老眼鏡越しに微笑み、湯呑を置く。
「……無事に帰ってくる保証はありませんが。今は見届けるとしましょう」
ルーファスの声は冷ややかだが、その視線は鋭く、どこか祈るようでもある。
「信じる者が背を押してくれる。それがある限り──子らは迷わんものさ。そうでしょ?」
「……私にはわかりませんがね」
そう言いながらも、ルーファスのペン先はしばし止まっていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
馬車亭で借りた木製の一台が、《赤蓮の牙》を背に街道へ滑り出す。手綱を握るのはルナベール。慣れた手つきで馬に合図を送り、まっすぐ前だけを見据えている。荷台の板座には俺とサヤが並んで腰を下ろし、カラコロと心地いい車輪の音と揺れに身を任せながら城門へ向かった。
城門を抜けた瞬間、ふと振り返る。
石造りのアーチに、古びた装飾といっしょに荘厳な文字が刻まれていた。
「……レイヴン……ヴェイドス?」
「ん? なにそれ?」
サヤが首を傾げ、座面の上でくるりと振り返る。
「えっ、ふたりともこの街の名前……知らないまま来たんですか?」
ルナベールの驚いた声が、御者台から振り向きもせずに届く。
「いや、俺たちさ、いきなり異世界ドーン! だったからな」
「まぁ……最初は文字読む余裕なんてなかったしね~」
俺が苦笑いで頷くと、ルナベールは小さく息を吐き、丁寧に説明してくれた。
「『紅蓮州 レイヴン・ヴェイドス』。これがこの街の正式名称です。朱雀という国の東側、つまり右翼に当たる位置にあります」
「おお~、なんかかっけぇ。ゲームに出てきそう」
「ふふ……朱雀は創世神話にも出てくる聖獣で、炎をまとう翼の霊鳥です」
「鳳凰やフェニックスに近い存在か」
「おお、羽ばたいたら炎がぶわーってなるやつ!」
サヤがやたらノリノリで両手をバサバサ。
「完全に理解した」と自信満々に頷くのを横目に、俺は小声で漏らす。
「……それ、理解してないやつだよな」
でもルナベールは気にも留めず、むしろ楽しそうに続けた。
「この国は“朱雀が羽ばたいた姿”を模したような地形だと言われています。地図上での話ですが、それに合わせて各地に翼や胴体にちなむ地名がついているんです」
「ほほう……地理の授業ですか、ルナ先生」
「勉強は得意です。……街の配置で言うと、今いる『レイヴン・ヴェイドス』が右翼、反対の左翼が『焔牙峡 ヴァイス・エンジー』。北側の頭部が『燎羽郷 フーセ・ゴルグ』、そして胴体にある首都が――」
「ええと……街っていくつあるの?」
「四つです。右翼の『レイヴン・ヴェイドス』、左翼の『ヴァイス・エンジー』、頭部の『フーセ・ゴルグ』、胴体の首都『朱凰京 グラン・シュヴェール』」
「しゅ……グラン……なに?」
「グラン・シュヴェール。私たちの街の何倍も大きく、とても栄えている大都市ですよ」
「へぇ~、いつか行ってみたいな」
「今度みんなで行こうよ!」
「そうですね。私も昔に一度しか行っていないので楽しみです」
そんな和やかなやり取りのあいだに、馬車は街を離れ、広がる大草原と潮風の香りに包まれる。遠く、青く光る海がちらちらと見えた。
「わぁ……! 海だ~っ! なんか修学旅行っぽくない?」
「それ分かる。行きのバスのワクワク感、みたいな」
「……修学旅行って、なんですか?」
ルナベールが小首をかしげる。
「あー、日本の学校行事。クラスみんなで旅して、観光して泊まって、枕投げして恋バナして……まあ楽しいイベント!」
「俺なんかさ、修学旅行の旅館、俺の部屋だけ天井から雨漏りしててな。夜中ずっとポタ……ポタ……って」
「マジで!? どんだけ不幸体質なのアンタ!」
「拷問みたいで全然寝れなかった思い出」
俺とサヤが笑うと、ルナベールがふっと微笑む。
「楽しそうですね……無事に帰ったら、前の世界の話、いろいろ聞かせてください」
車輪はコトコトと歌うみたいに転がり、丘の上の花畑が風に揺れ、小鳥が木々の間から舞い上がる。息を呑む景色が続き、サヤが窓に顔を押しつけた。
「あれ見て! お花畑!」
「ちょ、落ちんなよ!?」
「だいじょぶだいじょぶ! ……あっ、あの鳥! 羽がピンク!」
背中を引っ張り戻しながら、俺の頬も自然とゆるむ。ルナベールは遠い草原を見やり、小さく呟いた。
「……この旅も、きっと思い出になります」
こうして俺たちを乗せた馬車は、《潮鳴りの洞窟》へと近づいていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
切り立った崖の下。潮風に磨かれた岩肌の裂け目に、ぽっかり巨大な洞窟が口を開けていた。
波が岩を砕くたび白い飛沫が上がり、ひんやり湿った空気が肌を撫でる。入口からは長い時間で削られた自然の階段が続き、足元には無数の水溜まり。
――『ダンジョン:アレスの穴』。今回のクエストの舞台だ。
一歩踏み込むたび、砂利と小石が擦れる音。奥からは波の反響と、風が吹き抜ける低い唸り。闇のさらに奥で、青白い光がかすかに揺らめいている。誰かが道を照らすみたいに、ゆらり、ゆらりと。
「……ここが、“アレスの穴”」
先頭のルナベールが静かに告げる。その声に、周囲の音が吸い込まれていく気がした。
「このダンジョンは、海辺の警備隊が巡回中に偶然発見。その後、街から朱雀軍に報告され、調査隊が一度だけ潜入しています」
ルナベールは手元のメモをちらと見て続ける。
「記録では、水属性の魔物が多数。濡れた岩場での滑落、海霧に紛れた奇襲、湿気による魔力干渉……魔術系には少々不利な環境とのこと。未踏部分も多く、危険度は不明ですが、現時点では中級ダンジョン指定です」
その真剣な声音に、俺もサヤも思わず背筋が伸びた。普段はどこか天然で穏やかなルナベールの目に、鋭い光が宿る。
「なるほどね……水場ってだけで面倒なのに、そんなオマケまでつくのか~」
サヤが腰の布帯をきゅっと締め直し、気合いの笑顔を見せる。
「よーっし、気合入れてこー! せっかくの初冒険、ビシッと決めて伝説残しちゃう?」
「“無事に帰る”。まずはそこな。俺たち、まだヒヨッコだし」
俺は苦笑しながら背の小荷物を担ぎ直した。
ルナベールがやわらかく笑みを浮かべ、俺たちを見る。
「ふふ……そうですね。でも、最初の一歩を踏み出すこと。それが何より大事です」
そう言って、懐から灯火石を取り出し魔力を込める。淡い蒼光が洞内を満たし、濡れた岩壁に幻想めいた模様が踊った。
「では――行きましょう。私たち《トライデント》の、最初の冒険を刻みに」
「しゅっぱーつ!」とサヤが片手を掲げる。元気な声が洞の奥へ反響していく。
俺とルナベールも続き、青い光に背中を押されるように、三つの影はゆっくりと闇の中へ吸い込まれていった。
《赤蓮の牙》を背に、俺・サヤ・ルナベールの三人は入口で立ち止まり、小さく深呼吸した。
俺は黒いロングマントの裾を揺らしながら一歩を踏み出す。胸元の銀飾りが光を弾き、風になびくマントとブーツが、浮つきそうな足取りを引き締めてくれる。
一方のサヤは、赤と金の布が編み込まれた民族風のドレスをひらりと翻した。肩と太ももを大胆に晒したその衣装は、歩くたびに腰の鈴がシャラリと鳴って、あいつの陽気さをさらに引き立てる。
「で、ウチらどうやってダンジョン行くの? まさか徒歩とか!?」
サヤが真顔で訊くと、ルナベールがすっと地図を取り出し、巻物みたいに広げて道筋を指した。
「いえ、徒歩では無理です。目的地は海沿いの崖下、“潮鳴りの洞窟”。街から東へおよそ一時間……馬車で向かうのが最適です」
「おぉ~馬車旅! なんか、いいね~!」
「観光じゃないんだぞ。気を引き締めていこう」
「レインが気合い入ってる! いつも消極的なのに珍しい……」
「初陣なんだから当たり前だろ! って俺そんなに消極的か?」
そんなやりとりをしながら馬車亭へ向かおうとした、その時――
「おーい、三人ともーっ!」
ギルドの門の前に、仲間たちがずらりと並んでいた。見送りにしてはやたら賑やかで、ちょっとしたイベントの空気だ。
「あれ、みんな揃ってどうしたのー?」
「初クエストだろ? そりゃあ、見送りくらいするって!」
先頭で手を振るレックスは、すでにテンションが振り切れている。
「ルナベールさん! が、がんばってください! オレ、すっげぇ応援してますからっ! あ、いやもちろん三人ともっ!!」
「ありがとう、レックス」
「レックスって……ルナちゃんのことが好きなんだ?」
「えっ、違っ……あっ、違わないけど、えと、その……」
レックスの顔が一瞬で真っ赤になり、俺は苦笑いでサヤの肩をつつく。
「おいサヤ、レックスをからかうなよ」
「えへへ~、可愛くてつい」
ミランダが腕を組み、教官らしい厳しさで俺たちに釘を刺す。
「……採取クエストだって、甘く見たら命取りになることもある。最初は慎重に行け」
けれど、その目にはわずかに優しさが宿っていた。
「今思えば……あれか? 三人旅ってことは、男ひとりに女二人……ハーレムパーティってやつ?」
「えっ」
モンベルンがニヤニヤしながら俺の肩を肘で小突く。
「……ちょ、からかわないでくださいよ、俺別にそんなんじゃ」
「はい出ました!『俺別にそんなんじゃ』。この台詞こそハーレム系主人公のセ・リ・フ! あ~やだやだ、鈍感な男は嫌われ――」
「童貞の言うことは気にしなくていい」
煽るモンベルンに、クリスティンが表情ひとつ変えずに刺すような一言。
「あなたたちなら、きっとやれる。自分を信じて頑張って」
「ありがとう。クリスティンさん」
「クリスでいい……みんなそう呼ぶ」
「分かった。クリス、頑張ってくるよ」
「うん」
「だれが童貞じゃあぁぁあ!」と喚くモンベルンを置いて、俺とクリスは小さく頷き合った。
「……フン、女を連れてるんだ。お前も男ならしっかり守ってやれ」
エジールが腕を組んだまま、ちらりと俺に視線を寄越す。
「……言ってくれるじゃん。分かってるよ」
肩をすくめつつ、俺の目には自然と静かな闘志が灯っていた。
「さーて、いよいよってわけだな!」
シャルロードが大股で一歩前へ。街の戦乙女みたいに絵になる。
「オレたち《赤蓮の牙》の名、しっかり外に刻んできなよ! 初陣でビビったら、シャルロード式・喝入れ拳骨が待ってると思いな!」
拳をぐるぐる回す姉御に、サヤが笑いながら手を合わせる。
「ひえ~、姉さん勘弁して~! でも、ありがとっ!」
「……まったく、そんなプレッシャーをかけるような送り出し方しなくてもいいんですよ!」
サンシャインが背後からいつもの調子でたしなめた。
「安全第一ですからね! 深追い厳禁、帰還時間厳守、体調異変は即報告、いいですねっ!?」
「は~い!」
「はい、十分に気を付けます」
俺たちはそれぞれに手を振り返し、背を向けて歩き出す。背中を押してくれる声が重なって、自然と足取りが軽くなった。
――その頃、ギルド三階の執務室の窓から、静かに二つの影がこちらを見下ろしていた。
「ふふ……いい目をしているわね、あの子たち」
フレアが老眼鏡越しに微笑み、湯呑を置く。
「……無事に帰ってくる保証はありませんが。今は見届けるとしましょう」
ルーファスの声は冷ややかだが、その視線は鋭く、どこか祈るようでもある。
「信じる者が背を押してくれる。それがある限り──子らは迷わんものさ。そうでしょ?」
「……私にはわかりませんがね」
そう言いながらも、ルーファスのペン先はしばし止まっていた。
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馬車亭で借りた木製の一台が、《赤蓮の牙》を背に街道へ滑り出す。手綱を握るのはルナベール。慣れた手つきで馬に合図を送り、まっすぐ前だけを見据えている。荷台の板座には俺とサヤが並んで腰を下ろし、カラコロと心地いい車輪の音と揺れに身を任せながら城門へ向かった。
城門を抜けた瞬間、ふと振り返る。
石造りのアーチに、古びた装飾といっしょに荘厳な文字が刻まれていた。
「……レイヴン……ヴェイドス?」
「ん? なにそれ?」
サヤが首を傾げ、座面の上でくるりと振り返る。
「えっ、ふたりともこの街の名前……知らないまま来たんですか?」
ルナベールの驚いた声が、御者台から振り向きもせずに届く。
「いや、俺たちさ、いきなり異世界ドーン! だったからな」
「まぁ……最初は文字読む余裕なんてなかったしね~」
俺が苦笑いで頷くと、ルナベールは小さく息を吐き、丁寧に説明してくれた。
「『紅蓮州 レイヴン・ヴェイドス』。これがこの街の正式名称です。朱雀という国の東側、つまり右翼に当たる位置にあります」
「おお~、なんかかっけぇ。ゲームに出てきそう」
「ふふ……朱雀は創世神話にも出てくる聖獣で、炎をまとう翼の霊鳥です」
「鳳凰やフェニックスに近い存在か」
「おお、羽ばたいたら炎がぶわーってなるやつ!」
サヤがやたらノリノリで両手をバサバサ。
「完全に理解した」と自信満々に頷くのを横目に、俺は小声で漏らす。
「……それ、理解してないやつだよな」
でもルナベールは気にも留めず、むしろ楽しそうに続けた。
「この国は“朱雀が羽ばたいた姿”を模したような地形だと言われています。地図上での話ですが、それに合わせて各地に翼や胴体にちなむ地名がついているんです」
「ほほう……地理の授業ですか、ルナ先生」
「勉強は得意です。……街の配置で言うと、今いる『レイヴン・ヴェイドス』が右翼、反対の左翼が『焔牙峡 ヴァイス・エンジー』。北側の頭部が『燎羽郷 フーセ・ゴルグ』、そして胴体にある首都が――」
「ええと……街っていくつあるの?」
「四つです。右翼の『レイヴン・ヴェイドス』、左翼の『ヴァイス・エンジー』、頭部の『フーセ・ゴルグ』、胴体の首都『朱凰京 グラン・シュヴェール』」
「しゅ……グラン……なに?」
「グラン・シュヴェール。私たちの街の何倍も大きく、とても栄えている大都市ですよ」
「へぇ~、いつか行ってみたいな」
「今度みんなで行こうよ!」
「そうですね。私も昔に一度しか行っていないので楽しみです」
そんな和やかなやり取りのあいだに、馬車は街を離れ、広がる大草原と潮風の香りに包まれる。遠く、青く光る海がちらちらと見えた。
「わぁ……! 海だ~っ! なんか修学旅行っぽくない?」
「それ分かる。行きのバスのワクワク感、みたいな」
「……修学旅行って、なんですか?」
ルナベールが小首をかしげる。
「あー、日本の学校行事。クラスみんなで旅して、観光して泊まって、枕投げして恋バナして……まあ楽しいイベント!」
「俺なんかさ、修学旅行の旅館、俺の部屋だけ天井から雨漏りしててな。夜中ずっとポタ……ポタ……って」
「マジで!? どんだけ不幸体質なのアンタ!」
「拷問みたいで全然寝れなかった思い出」
俺とサヤが笑うと、ルナベールがふっと微笑む。
「楽しそうですね……無事に帰ったら、前の世界の話、いろいろ聞かせてください」
車輪はコトコトと歌うみたいに転がり、丘の上の花畑が風に揺れ、小鳥が木々の間から舞い上がる。息を呑む景色が続き、サヤが窓に顔を押しつけた。
「あれ見て! お花畑!」
「ちょ、落ちんなよ!?」
「だいじょぶだいじょぶ! ……あっ、あの鳥! 羽がピンク!」
背中を引っ張り戻しながら、俺の頬も自然とゆるむ。ルナベールは遠い草原を見やり、小さく呟いた。
「……この旅も、きっと思い出になります」
こうして俺たちを乗せた馬車は、《潮鳴りの洞窟》へと近づいていく。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
切り立った崖の下。潮風に磨かれた岩肌の裂け目に、ぽっかり巨大な洞窟が口を開けていた。
波が岩を砕くたび白い飛沫が上がり、ひんやり湿った空気が肌を撫でる。入口からは長い時間で削られた自然の階段が続き、足元には無数の水溜まり。
――『ダンジョン:アレスの穴』。今回のクエストの舞台だ。
一歩踏み込むたび、砂利と小石が擦れる音。奥からは波の反響と、風が吹き抜ける低い唸り。闇のさらに奥で、青白い光がかすかに揺らめいている。誰かが道を照らすみたいに、ゆらり、ゆらりと。
「……ここが、“アレスの穴”」
先頭のルナベールが静かに告げる。その声に、周囲の音が吸い込まれていく気がした。
「このダンジョンは、海辺の警備隊が巡回中に偶然発見。その後、街から朱雀軍に報告され、調査隊が一度だけ潜入しています」
ルナベールは手元のメモをちらと見て続ける。
「記録では、水属性の魔物が多数。濡れた岩場での滑落、海霧に紛れた奇襲、湿気による魔力干渉……魔術系には少々不利な環境とのこと。未踏部分も多く、危険度は不明ですが、現時点では中級ダンジョン指定です」
その真剣な声音に、俺もサヤも思わず背筋が伸びた。普段はどこか天然で穏やかなルナベールの目に、鋭い光が宿る。
「なるほどね……水場ってだけで面倒なのに、そんなオマケまでつくのか~」
サヤが腰の布帯をきゅっと締め直し、気合いの笑顔を見せる。
「よーっし、気合入れてこー! せっかくの初冒険、ビシッと決めて伝説残しちゃう?」
「“無事に帰る”。まずはそこな。俺たち、まだヒヨッコだし」
俺は苦笑しながら背の小荷物を担ぎ直した。
ルナベールがやわらかく笑みを浮かべ、俺たちを見る。
「ふふ……そうですね。でも、最初の一歩を踏み出すこと。それが何より大事です」
そう言って、懐から灯火石を取り出し魔力を込める。淡い蒼光が洞内を満たし、濡れた岩壁に幻想めいた模様が踊った。
「では――行きましょう。私たち《トライデント》の、最初の冒険を刻みに」
「しゅっぱーつ!」とサヤが片手を掲げる。元気な声が洞の奥へ反響していく。
俺とルナベールも続き、青い光に背中を押されるように、三つの影はゆっくりと闇の中へ吸い込まれていった。
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