【完結】異世界転移した私がドラゴンの魔女と呼ばれるまでの話

yuzuku

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白銀の国2

海への出発

「静寂の海へ行こうか」
数日が経過して、ようやくヒサメの仕事が一段落したらしくそう告げられた。
ボタンと共に城の入口へと行けばヒサメが腕を組んで待っていた。
「ヒサメ様だけですか」
「ああ、オレとリビ殿、ボタンの3人で向かう。あまりぞろぞろと引き連れても仕方がない」
そう言われてしまえば私は頷くしかない。
そういえばこの人、宝石山のときも一人だったな。
それを思い出せば、ヒサメが単独行動を好んでいることがよく分かる。
「さすがにリビ殿と二人で行けばうるさい奴らが口を出すからな。保険としてボタンを連れて行くことにした。オレとボタンは走るから、リビ殿は黒羽鳥に乗ってくれ」
「え、走るんですか?かなりの距離があるって言ってませんでした?」
「何を驚くことがある。走ってるのを見たこと無いわけではあるまい。たかが山ふたつ越えるだけだ」
山ふたつって、どのくらいなんだ?
私はボタンの顔を見たが、特に驚いている様子はない。
「問題ありません。リビさんは疲れたらすぐに教えてくださいね。黒羽鳥に掴まっているだけでも大変ですから」
「分かりました」
とは言ったものの、地面を走る二人が疲れていないのに鳥に乗ってるだけの私が疲れたなんて言いづらいことこの上ない。
黒羽鳥は先日乗せてもらった子だったらしく、なんだか私の専属みたいになっているが大丈夫だろうか。
「今回もよろしくお願いします」
黒羽鳥にそう言えば、頭を下げた。
頷いているのかもしれない。



白銀の国を出発して静寂の海を目指す。
下の山道を走る二人の速度は落ちることなく進んでいく。
私はというと、風の抵抗をできるだけ少なくしようと黒羽鳥にしがみついていた。
あいかわらず飛ぶ速度が速いし、寒い。
でも三度目なのでそれなりに体勢が分かってきた。
日が傾いて月が見え始め、山の中で一晩を明かすことになった。
二人よりも黒羽鳥が疲れているようだ。
それにやはり海は遠い。
焚火を囲んで、事前に買っておいたパンを各々で食べているとヒサメの耳が動く。
「ボタン、リビ殿を頼む」
「はい」
ヒサメは木々の奥へと消えていく。
「あの、大丈夫ですか」
「ヒサメ様は狼獣人の中でも耳が良い方なので、少し離れたところにいるモンスターに気づきやすいんです。気付いたとき早めに対処したいらしく、このようなことも珍しくありません」
確かに、白銀の国に向かう道中でもそんなことがあったな。
「頼もしいでしょう?強さも申し分なく、類まれなる身体能力はヒサメ様の能力を存分に引き出しています。それに、ヒサメ様のあの漆黒の毛並みの美しさ。多分もふもふですよ。触りたくなってきたでしょ?」
「ヒサメ様のプレゼンやめてください。確かにもふもふでしたが」
「触ったんですか」
ボタンが目を丸くして口元に手を当てる。
「あ、いや、子ども扱いされただけなんで。っていうか、この会話多分筒抜けですよね」
「筒抜けだな」
森の中から戻ってきたヒサメは特に汚れた様子もなく涼しい顔をしている。
「大丈夫ですかって、聞くまでもないですが」
「ああ、ボタンの力説に少し気が散った程度だ」
ボタンは背筋を伸ばすとヒサメをじっと見る。
なんだか嫌な予感がする。
「ヒサメ様、リビさんはいかがですか」
「ボタンさん、やめましょう」
ボタンの袖を引っ張るがこちらを見向きもしない。
「いかが、とは?」
「城内ではヒサメ様がいつ結婚なさるのかという声が上がっております。私としましては、貴族の娘と適当に婚姻を結ぶくらいなら、リビさんを推します」
ヒサメはパンを齧るともぐもぐと口を動かした。
「ボタンは、リビ殿と随分仲を深めたようだな。良い傾向だ。キミは鍛錬に重きを置きすぎている節がある。同僚に友人がいるのもいいが、リビ殿のように騎士ではない友人がいれば視野も広がるだろう」
「私に推してどうするんですか。私はヒサメ様が安心できるような人が隣に」
「リビ殿には太陽の国に男がいる。目つきの悪い騎士殿だったか」
目つきが悪いなんてご自分のことを棚に上げている。
ボタンは真剣な眼差しで私の方を向く。
「なるほど、騎士でしたか。しかし、片想いだったはずでは?」
「ええ、はい、そうですね、片想いですね。言わせないで欲しいですね!」
私は何故か傷つくことになり両手で顔を覆う。
「片想い、か?あれは気付いてないだけで、少し押せば落ちると思うが」
「期待させるようなこと言わないでくださいよ。私も彼もお互いのこときっとちゃんと分かってないんです。一緒に居る時間はほとんど勉強してただけだし。好きな食べ物だって知らないし。それに私、彼には秘密なことばかり」
迷いの森の出来事も、一度死んでいてこの世界に来たことも、収穫祭に本当は間に合っていたことも、何もかも。
「相手をどれだけ知っているかは関係ない。どれだけ知りたいかが重要じゃないか?」
顔を上げればヒサメはパンの最後の一口を食べ終えていた。
「しかし、秘密を共有するだけで恋仲になれるなら、オレとリビ殿はそうなるな。」
「え」
ボタンが嬉しそうにするのでヒサメは呆れるように私に言った。
「ボタンの思惑通りになりたくなければ、騎士殿を射止めることだ。頑張れよ」
それだけ言うとヒサメ様は目を閉じてしまった。
ボタンは大きなブランケットをカバンから取り出すと、自身と私を一緒に包んでくれた。
「この山は寒いので私にくっついて寝てください。」
「あ、はい。失礼します」
ぎゅっと肩を寄せ合うように私がボタンにくっつくと、耳元で囁いた。
「強行突破してすみません。リビさんの恋もちゃんと応援します」
耳が揺れて、それから尻尾が背中に当たる。
「ありがとう、ございます」
ボタンの体温が高くて、暖かくて私は眠りに落ちていった。



3日ほどかけて二つの山を越え、海の手前の小さな町に到着した。
そこには宿屋もあり、今日は野宿ではなく部屋に泊まれることとなった。
大衆浴場のようなものがあって、食堂もある宿屋だった。
宿屋にお風呂がある世界で本当に良かった。
「リビ殿はボタンと二人部屋、オレはその隣の部屋を取る。明日は海への交渉へ向かうから今日は早めに休め。それではな」
ヒサメはそう言うと部屋に入っていったので、私とボタンもその隣の部屋へと入った。
すると、ボタンがカバンの中から制服を取り出した。
このカバン、大きなブランケットも入っていたし、たくさん入る仕様のようだ。
「リビさん、明日はこの白銀の国の騎士の制服を着てください。交渉の仕事ということで、ヒサメ様の部下ということにしておけば説明を省けます。以前も白銀の国の制服を着用されたとのことで、それを参考にミゾレさんがサイズを調整してくれたので大丈夫だとは思います」
「ありがとうございます。白銀の騎士の制服ってかっこいいですよね」
深い紺色に銀色の氷の結晶の刺繍が入っている。
雪山でも目立ちそう。
「そうですね、一目で白銀の騎士だと分かるようなデザインになっています。味方なら見つけやすく、敵ならば喧嘩する相手は選べという警告ですね」
白銀の国の武力はトップクラスという話だった。
その中でも選ばれた騎士の皆さんは相当な戦闘能力を有しているということだ。
たしかに、喧嘩相手にわざわざ選ぶ方がおかしいか。
私は制服を受け取って壁の服掛けにかけた。



そうして朝を迎え、騎士の制服に袖を通す。
ヒサメやボタンはとてもよく似合っているのだが、私が着ると着せられている感が出てしまう。
鍛えていないからだろうか。
ボタンが椅子に座ってというので座れば、カバンから小さな巾着袋を取り出した。
「それじゃあ、少しだけ化粧しますね」
ボタンはそう言うと、目元に淡い色を置いていく。
そういえば、この世界に来て一回も化粧してない。
最初のころは化粧をするなんて発想もなく、お金もなかった。
迷いの森で過ごすことがほとんどだった私は化粧という行動そのものを忘れていたのだ。
そういえば、アイル先生は紅を引いていたし、ビルやトゥアも目元にアイシャドウをしていた。
そう考えると、すっぴんで四六時中過ごしている私の美意識の低さが露呈する。
まぁ、風呂にも入れない時、できるだけ川や湖に入っていた私には最低限の衛生観念しかないか。
「騎士の方って、化粧するんですね。その、決まりとか厳しそうだなって」
「基本的にはしてはいけない決まりはないですね。私は戦闘訓練で落ちるので普段はしませんが。式典や行事のとき、騎士は表舞台に立たなければならないので、華やかさが必要な場面があるんです。そういう時は、各隊員ごとに色を決めて、目元に色を入れるんですよ。その時のシグレさんもかっこよくて、素敵なんです」
噛みしめるように言うボタンは今、化粧したシグレの顔が浮かんでいることだろう。
シグレさんは確かに、化粧が似合いそうな顔立ちだ。
「あの、今回化粧するのは他国との交渉だから、ですか」
「ええ、もちろんそれもありますが。静寂の海の人魚族の方は美しいことを好む傾向にあるそうです。少しでも交渉成功に繋がることなら試して損はないと思います。」
「美しい、ですか。自信がないですね。ヒサメ様なら化粧もいらないでしょうけど」
「いいえ、ヒサメ様も今化粧していますよ。大切なのは、相手の考えに寄り添い、それを実践してみようとする心がけです。美しさとは何かと考えた上で、身なりを整え、そこに色を加えてみる。世の中の人が化粧をするのは、それが美しさに近づくための行動だと認識しているからではないでしょうか。だから、化粧をする行動というのは相手に分かりやすく美しくなろうと努力している姿とも言えます。」
ボタンの言葉が私に突き刺さっていく。
私は、確かにヴィントさんの前で美しくありたいと望んだはずなのにその行動に移すことをしていなかった。
思うだけで行動に移さなければ何も意味がない。
ボロボロの姿ばかりを晒して、しょうがないよねなんて言い訳ばかりしていたんだ。
せっかく好きになった人に、美しくなろうとする努力を見てもらいたい。
「ボタンさん、私、間違っていました。私もその努力をしてみようと思います。手始めに、化粧品はどこで買えますか」
「町によって違うかもしれませんが、石鹸などを購入できる雑貨屋さんに置いてありますよ。今回の仕事が終わったら一緒にお店に行ってみますか?」
「お願いします!」
ボタンは櫛で私の髪を整える。
「なんだか、リビさんの恋を後押ししているようで悔しいです」
「え、応援してくれるんですよね!?」
「ええ、もちろん。ですが、お仕事が先ですよ」
「はい、仕事頑張ります」
鏡に映る私はいつもの私ではないみたいだ。
騎士の制服を身にまとい、淡いピンク色が目元を明るく染めている。
そうして最後に唇よりも少しだけ明るい紅をさせば完成だ。
「控え目ですが、華やぐでしょう?美しいですよ、リビさん」
ボタンにそう言われて、なんだかとても嬉しかった。

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