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夜明けの国
忠誠の騎士
私が闇の神から授かった魔法の説明をしている最中のこと。
ヒサメは突然口を開いた。
「ヒメ、リビ殿の中に負の魔力は?」
名前を呼ばれたヒメは、私の体に触れて、それから首を横に振る。
「無いです。」
ヒメがそう答えると、ヒサメは深く息をつく。
そうして、もう一度私のことを睨みつけた。
「半信半疑だと、賭けだとキミは言った。つまり、成功するかも分からない。その効果を発揮したことによってどうなるか分からないという意味だな。もし、その吸収の効果を使い、キミの中に負の魔力が入ったらどうするつもりだった?鉱石の効果付与なんてできる者は存在しない。リビ殿以外にはどうすることも出来ないということになる。キミ自身がそうなったとき、どうするつもりだったのか、答えろ。」
地を這うような低く、怒りを含んだ声。
息も整わず、まだ立ち上がることさえできないその体なのに、気になるのは部下の体なのか。
「確かに、分からない部分は多かったですね。でも、通常生物は負の魔力を取り込めるようには出来ていない。そのことから、吸収の効果を使用しても私の体には取り込まれないのではと推測は立てていました。現に、私の器に負の魔力は入ってな」
「それは結果論だろうが!!」
言葉を遮るヒサメの声は苦しそうに息を乱す。
「ヒサメ様、今は体を休めないと。」
フブキはそう言って背中をさするが、ヒサメは黙るつもりはないらしい。
「キミは、何度オレとの約束を破ろうとするつもりだ。破ろうとする度に傷が増えて、リビ殿が危険に晒されることも増えていく。死を天秤にかけることも厭わず、殺すことを恐れていたはずのキミが魔獣を殺したこともオレは、許せない。」
その重々しい言葉に私は片膝をつく。
騎士としての礼を、最後にするべきだと思ったからだ。
「国王であるヒサメ様との約束を、私は幾度となく反故にしようとしました。そして私は、これからも同じことするでしょう。」
ヒサメの拳が震えるのが見えた。
「このような部下がいることでヒサメ様の心労の原因にもなりましょう。どうか、賢明なご判断をされますよう。」
「何を、言っている。」
「この制服を脱がすなら今がいいのではという話です。これから私は神の駒として行動する予定です。神の誓約の穴を埋めるための材料として、世界の均衡のために働くことが私の役割らしいので。」
そう言った瞬間、ヒサメの手が私の胸ぐらを掴んだ。
「リビ殿を神にくれてやる気はさらさらない。キミは駒でも材料でもなく、オレの部下だろ。それとも何か、オレの手を離して神のものになるって言うのか?」
「そういうわけでは。そもそも、私が部下であることに固執する理由はないはずでしょ。それなら…」
「キミの側にいるのには理由がいる。」
私はヒサメの揺れる瞳を見つめた。
吸い込まれそうなその瞳は、縋るように私を見た。
「キミを守るのには理由がいる、キミと共に戦うためには理由がいる、キミと語らうために、キミと笑い合うために、キミと生きるために、そのために!…理由がないとリビ殿は、そうさせてくれないじゃないか。」
掠れたその声と歪んだその美しい顔に、心臓が掴まれるような苦しさを覚えた。
そんなことないです、と否定したかったのに言葉が出てこない。
私とヒサメ様の関係は、フブキさんを通じて繋がっていたようなもので、とても不安定で。
だから私は、一歩間違えばヒサメは私を切り捨てると思っていた。
私を置いていくと思っていた。
離れていくと思っていた。
でもそれは、ヒサメも感じていたことだったということだろうか。
私の服を掴むその震える手に、優しく触れる。
「部下じゃなくたって、私は一応ヒサメ様を友人以上には想ってるんですがね。」
「簡単に離れていく決意ができるキミの言葉は信用ならない。」
耳が痛いなと目を逸らしつつ、私は空いてる手を自分の胸に当てた。
「信用ならない部下で申し訳ありません。ヒサメ様が私を不要だと言うその日まで、私は貴方の部下でい続けます。」
「その言葉、違えるなよ。」
ヒサメが少し私により掛かる。
まだ万全ではない体なのに、ヒサメには無理をさせてしまったようだ。
「魔獣を殺してしまったことは申し訳ありません。許されない行為だったかもしれませんが、誰かがやらなければならないのなら私がやるべきだと判断しました。」
そう謝罪すれば深いため息と共に尻尾が私の足を叩く。
「殺したことに怒っていた訳では無い。リビ殿に殺させてしまった自分に腹が立っていた。そして、オレに何も相談してくれないことが許せなかった。黄金の国の時も、今回も、リビ殿はオレに何も言ってくれなかった…。」
ぺしぺしと当たる尻尾は痛くもなく、狼の立派な耳はしょげている。
拗ねてる…?
その場にいる誰もが思っただろうが、誰も口にはできない。
だんだんとヒサメが体重をかけるので後ろに倒れそうになるが、フブキがヒサメを支えてくれたのでなんとか倒れずに済んだ。
「ヒサメ様、今度こそ休んでください。」
「目覚めても側にいてくれるか、フブキ。」
「はいはい。」
「リビ殿、オレの側に当然いるよな?」
これがフブキとの対応の差か。
そうは思いつつも私は部下なので当然だ。
「少し周りの様子を見てこようと思ったのですが。」
「却下。オレの騎士なのだから側にいろ。」
ヒサメはそう言って目を閉じた。
相当疲れているようだ、無理もない。
フブキが水晶でシグレに連絡を入れてくれたので、白銀の国の皆も安堵していることだろう。
皆も体を休めて、睡眠を取っている。
ソラもたくさん飛んだことで疲れて眠ってしまっている。
私も眠らないといけないのに、何故か寝付けないでいた。
そこに、ベルへが静かに歩いてきた。
「眠れないのであれば、少しよろしいでしょうか。」
私はベルへとともに休憩部屋を出て、長い廊下を歩く。
「ヒサメ様を救って頂き本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。」
ベルへは町の人たちの避難誘導を終えた後はヒサメの治療をずっと見守っていた。
ベルへにとってヒサメは自分の子供のように特別な存在だ。
無事治療を終えて安堵したとしても眠れなかったのかもしれない。
「なんとか対処できて安心しました。何もかもが確実ではなかったので。」
前例のない魔法に対抗できるのか否かなんて、様々な方法を手あたり次第試すしかない。
今回はたまたまその方法が当てはまっただけ。
「リビさんのその魔法は、闇の神様から授かった魔法でしたね。それが無ければ、ヒサメ様はかなり危険だったと思います。貴女の魔法はそれだけ強力な魔法だということです。リビさん、私はそれが戦争の火種になる可能性があると危惧しています。」
ベルへはそう言うと歩みを止めた。
夜が明けていき、昇り始めた太陽の光が窓から差し込んできている。
長い廊下に差し込むその光が神殿の壁を照らしていく。
「1000年前、特殊言語を持っていた青年は闇の神様と会話できるほどの強力な魔法を持っていました。」
神殿の壁には壁画が描かれていた。
光に包まれた恐らく闇の神。
その闇の神の光を浴びる一人の男。
「彼は穏やかで生物に好かれるような優しい男だったそうです。闇の神に気に入られ、人々からも慕われる。だからこそ、彼は危険視されてしまった。彼が人々を統率すれば多くの人が彼に従うだろうと予想ができた。闇の神と直接交渉できる彼ならば、世界を思うがままにできるのではないかと浅はかなことを考えた。強い権力を持ちかねない彼のことを邪魔に思う人間が、見せしめのように彼を殺しました。」
特殊言語を受け継ぐことは出来なかった。
それは殺されたからだと闇の神は言っていた。
受け継ぎがされなかった場合、新たにその魔法を持って産まれてくる子供、もしくは転生者を待つしかない。
つまり、受け継がせることができるのも最初に授かった者のみということだ。
そんな数少ない魔法を授かった私も、受け継ぐことは出来ない。
「特殊言語を持っていて、さらに効果付与の魔法を持っている貴女を欲しがる国が必ず出てきます。今は闇魔法の良くない噂や堕ちた悪魔による魔獣騒ぎのせいで混乱の最中にありますが、貴女は近いうちに争奪戦の渦中にいることになりましょう。そうなってしまえば、それが原因で戦争に発展する可能性もなくはありません。戦争に至らずとも、争いや被害が出ることは予想できます。そうなる前に、神官になりませんか。」
「神官、ですか?」
ベルへは神妙な面持ちで頷く。
「神官とは特殊な職業の一つです。神の加護を与える役割を担い、祈りを捧げ人々の安寧の手助けをする。困っている人には手を差し伸べ、思いやりを忘れてはならない。光の神官であればその魔法で人々の傷を癒し、闇の神官であればその強さで人々を守る。神官という立場にある者を、王族や貴族だからといって簡単にどうこうすることは出来なくなります。この世界において、神に仕える職業は大切にされているのです。」
確かに光魔法の神官様や聖女様が重宝されているのは一目瞭然だ。
そして、噂のせいでさらに恐れられている闇魔法であるのに関わらず、近隣の町の人がこの夜明けの国に避難することを抗議しないのは、ここが闇の神官のいる場所だからだ。
神官という立場がいかに信用されているかというのが分かる。
他の国に出入りすることも多い彼らは、神官だからこそ信頼してもらえるのだ。
「神官になった貴女を国が取り合うことは困難になります。誰も手出しが出来ない状態が、貴女にとっても良いのではないでしょうか。リビさんは神官になる素質が充分にあると思っています。人々を守るために行動してきたことや、強い魔法を持っていること。本人の強さはまだまだこれからかもしれませんが、私に特訓させて頂ければ、問題ありません。どうか、考えて頂けませんか。」
ベルへが私を神官にしたい理由のひとつは、争いの火種になりかねないから、なのだろう。
それには納得できるし、争奪戦に巻き込まれるのはごめんだ。
でも、おそらくベルへが私を神官にしたい理由はもう一つある。
むしろ、そちらの方がベルへにとって重要事項のはずだ。
「ヒサメ様の側に私がいるのが不安ですか。」
私の問いにベルへは苦渋の色を浮かべた。
「私はリビさんにとても感謝しています。感謝しきれないほど、貴女にはヒサメ様を救って頂いた。ヒサメ様のお傍にリビさんがいて良かった、貴女のような友人がいたことであの子は信頼することを選べるようになった。どれだけ貴女の存在がヒサメ様に影響を与えたか分からない。一方で、リビさんの環境は特殊すぎる。守り神であるドラゴンと共に生き、闇の神に授けられた魔法はこの世界において重要な役割を担っている。良くも悪くも貴女は様々な人を惹きつけている。そのことで、ヒサメ様自身と、王である立場が危険に晒される可能性は大きいと、思ってしまうんです。」
ベルへの心配はもっともだ。
私といたことでヒサメが神の誓約に深く関わることになったのは事実だから。
でも、そんなものは今更だ。
「白銀の国は結界の魔法を受け継いでいる。その時点で、今回の封印や堕ちた悪魔に関わるのは決定事項のようなものですよ。私と出会ったとか、私といるからっていうのはもはや、神が与えた運命みたいなものだと思います。だって、全く会ったことがなくても封印するときに結局出会いますよ。私も、ヒサメ様も、おそらく役割を放棄したりしないので。」
宝石山の出来事がなかったとしても、鉱石浄化のことがなかったとしても。
堕ちた悪魔の存在をどうにかするためには、ヒサメが必要で、私の効果付与の魔法が必要だ。
私たちはどこかで会わなければならなかった。
友人になれたのは、神の関与しないところだろうが。
「神官になるというのは私にとっても確かに魅力的ではありますが、今はお断りいたします。ヒサメ様が私を不要だと告げるその日まで、私はヒサメ様の騎士なので。」
背筋を伸ばし、精一杯気高く微笑んだ。
ベルへは、その答えが分かっていたかのように頭を下げた。
「勝手なことを言ってしまい申し訳ありません。そんな日が来ないことは私にも分かります。」
「いや、そんなことはないですよ。人生何があるか分かりませんし、引退はさすがにあるはずです。」
私がそんな否定の仕方をすれば、ベルへは気が抜けたように笑った。
「引退、させてもらえるといいですね。」
ベルへが不穏な言い方をするので耳を疑った。
笑顔でさらりと恐ろしいことを言うところ、ヒサメ様にに少し似ているなと思った。
ヒサメは突然口を開いた。
「ヒメ、リビ殿の中に負の魔力は?」
名前を呼ばれたヒメは、私の体に触れて、それから首を横に振る。
「無いです。」
ヒメがそう答えると、ヒサメは深く息をつく。
そうして、もう一度私のことを睨みつけた。
「半信半疑だと、賭けだとキミは言った。つまり、成功するかも分からない。その効果を発揮したことによってどうなるか分からないという意味だな。もし、その吸収の効果を使い、キミの中に負の魔力が入ったらどうするつもりだった?鉱石の効果付与なんてできる者は存在しない。リビ殿以外にはどうすることも出来ないということになる。キミ自身がそうなったとき、どうするつもりだったのか、答えろ。」
地を這うような低く、怒りを含んだ声。
息も整わず、まだ立ち上がることさえできないその体なのに、気になるのは部下の体なのか。
「確かに、分からない部分は多かったですね。でも、通常生物は負の魔力を取り込めるようには出来ていない。そのことから、吸収の効果を使用しても私の体には取り込まれないのではと推測は立てていました。現に、私の器に負の魔力は入ってな」
「それは結果論だろうが!!」
言葉を遮るヒサメの声は苦しそうに息を乱す。
「ヒサメ様、今は体を休めないと。」
フブキはそう言って背中をさするが、ヒサメは黙るつもりはないらしい。
「キミは、何度オレとの約束を破ろうとするつもりだ。破ろうとする度に傷が増えて、リビ殿が危険に晒されることも増えていく。死を天秤にかけることも厭わず、殺すことを恐れていたはずのキミが魔獣を殺したこともオレは、許せない。」
その重々しい言葉に私は片膝をつく。
騎士としての礼を、最後にするべきだと思ったからだ。
「国王であるヒサメ様との約束を、私は幾度となく反故にしようとしました。そして私は、これからも同じことするでしょう。」
ヒサメの拳が震えるのが見えた。
「このような部下がいることでヒサメ様の心労の原因にもなりましょう。どうか、賢明なご判断をされますよう。」
「何を、言っている。」
「この制服を脱がすなら今がいいのではという話です。これから私は神の駒として行動する予定です。神の誓約の穴を埋めるための材料として、世界の均衡のために働くことが私の役割らしいので。」
そう言った瞬間、ヒサメの手が私の胸ぐらを掴んだ。
「リビ殿を神にくれてやる気はさらさらない。キミは駒でも材料でもなく、オレの部下だろ。それとも何か、オレの手を離して神のものになるって言うのか?」
「そういうわけでは。そもそも、私が部下であることに固執する理由はないはずでしょ。それなら…」
「キミの側にいるのには理由がいる。」
私はヒサメの揺れる瞳を見つめた。
吸い込まれそうなその瞳は、縋るように私を見た。
「キミを守るのには理由がいる、キミと共に戦うためには理由がいる、キミと語らうために、キミと笑い合うために、キミと生きるために、そのために!…理由がないとリビ殿は、そうさせてくれないじゃないか。」
掠れたその声と歪んだその美しい顔に、心臓が掴まれるような苦しさを覚えた。
そんなことないです、と否定したかったのに言葉が出てこない。
私とヒサメ様の関係は、フブキさんを通じて繋がっていたようなもので、とても不安定で。
だから私は、一歩間違えばヒサメは私を切り捨てると思っていた。
私を置いていくと思っていた。
離れていくと思っていた。
でもそれは、ヒサメも感じていたことだったということだろうか。
私の服を掴むその震える手に、優しく触れる。
「部下じゃなくたって、私は一応ヒサメ様を友人以上には想ってるんですがね。」
「簡単に離れていく決意ができるキミの言葉は信用ならない。」
耳が痛いなと目を逸らしつつ、私は空いてる手を自分の胸に当てた。
「信用ならない部下で申し訳ありません。ヒサメ様が私を不要だと言うその日まで、私は貴方の部下でい続けます。」
「その言葉、違えるなよ。」
ヒサメが少し私により掛かる。
まだ万全ではない体なのに、ヒサメには無理をさせてしまったようだ。
「魔獣を殺してしまったことは申し訳ありません。許されない行為だったかもしれませんが、誰かがやらなければならないのなら私がやるべきだと判断しました。」
そう謝罪すれば深いため息と共に尻尾が私の足を叩く。
「殺したことに怒っていた訳では無い。リビ殿に殺させてしまった自分に腹が立っていた。そして、オレに何も相談してくれないことが許せなかった。黄金の国の時も、今回も、リビ殿はオレに何も言ってくれなかった…。」
ぺしぺしと当たる尻尾は痛くもなく、狼の立派な耳はしょげている。
拗ねてる…?
その場にいる誰もが思っただろうが、誰も口にはできない。
だんだんとヒサメが体重をかけるので後ろに倒れそうになるが、フブキがヒサメを支えてくれたのでなんとか倒れずに済んだ。
「ヒサメ様、今度こそ休んでください。」
「目覚めても側にいてくれるか、フブキ。」
「はいはい。」
「リビ殿、オレの側に当然いるよな?」
これがフブキとの対応の差か。
そうは思いつつも私は部下なので当然だ。
「少し周りの様子を見てこようと思ったのですが。」
「却下。オレの騎士なのだから側にいろ。」
ヒサメはそう言って目を閉じた。
相当疲れているようだ、無理もない。
フブキが水晶でシグレに連絡を入れてくれたので、白銀の国の皆も安堵していることだろう。
皆も体を休めて、睡眠を取っている。
ソラもたくさん飛んだことで疲れて眠ってしまっている。
私も眠らないといけないのに、何故か寝付けないでいた。
そこに、ベルへが静かに歩いてきた。
「眠れないのであれば、少しよろしいでしょうか。」
私はベルへとともに休憩部屋を出て、長い廊下を歩く。
「ヒサメ様を救って頂き本当にありがとうございます。感謝してもしきれません。」
ベルへは町の人たちの避難誘導を終えた後はヒサメの治療をずっと見守っていた。
ベルへにとってヒサメは自分の子供のように特別な存在だ。
無事治療を終えて安堵したとしても眠れなかったのかもしれない。
「なんとか対処できて安心しました。何もかもが確実ではなかったので。」
前例のない魔法に対抗できるのか否かなんて、様々な方法を手あたり次第試すしかない。
今回はたまたまその方法が当てはまっただけ。
「リビさんのその魔法は、闇の神様から授かった魔法でしたね。それが無ければ、ヒサメ様はかなり危険だったと思います。貴女の魔法はそれだけ強力な魔法だということです。リビさん、私はそれが戦争の火種になる可能性があると危惧しています。」
ベルへはそう言うと歩みを止めた。
夜が明けていき、昇り始めた太陽の光が窓から差し込んできている。
長い廊下に差し込むその光が神殿の壁を照らしていく。
「1000年前、特殊言語を持っていた青年は闇の神様と会話できるほどの強力な魔法を持っていました。」
神殿の壁には壁画が描かれていた。
光に包まれた恐らく闇の神。
その闇の神の光を浴びる一人の男。
「彼は穏やかで生物に好かれるような優しい男だったそうです。闇の神に気に入られ、人々からも慕われる。だからこそ、彼は危険視されてしまった。彼が人々を統率すれば多くの人が彼に従うだろうと予想ができた。闇の神と直接交渉できる彼ならば、世界を思うがままにできるのではないかと浅はかなことを考えた。強い権力を持ちかねない彼のことを邪魔に思う人間が、見せしめのように彼を殺しました。」
特殊言語を受け継ぐことは出来なかった。
それは殺されたからだと闇の神は言っていた。
受け継ぎがされなかった場合、新たにその魔法を持って産まれてくる子供、もしくは転生者を待つしかない。
つまり、受け継がせることができるのも最初に授かった者のみということだ。
そんな数少ない魔法を授かった私も、受け継ぐことは出来ない。
「特殊言語を持っていて、さらに効果付与の魔法を持っている貴女を欲しがる国が必ず出てきます。今は闇魔法の良くない噂や堕ちた悪魔による魔獣騒ぎのせいで混乱の最中にありますが、貴女は近いうちに争奪戦の渦中にいることになりましょう。そうなってしまえば、それが原因で戦争に発展する可能性もなくはありません。戦争に至らずとも、争いや被害が出ることは予想できます。そうなる前に、神官になりませんか。」
「神官、ですか?」
ベルへは神妙な面持ちで頷く。
「神官とは特殊な職業の一つです。神の加護を与える役割を担い、祈りを捧げ人々の安寧の手助けをする。困っている人には手を差し伸べ、思いやりを忘れてはならない。光の神官であればその魔法で人々の傷を癒し、闇の神官であればその強さで人々を守る。神官という立場にある者を、王族や貴族だからといって簡単にどうこうすることは出来なくなります。この世界において、神に仕える職業は大切にされているのです。」
確かに光魔法の神官様や聖女様が重宝されているのは一目瞭然だ。
そして、噂のせいでさらに恐れられている闇魔法であるのに関わらず、近隣の町の人がこの夜明けの国に避難することを抗議しないのは、ここが闇の神官のいる場所だからだ。
神官という立場がいかに信用されているかというのが分かる。
他の国に出入りすることも多い彼らは、神官だからこそ信頼してもらえるのだ。
「神官になった貴女を国が取り合うことは困難になります。誰も手出しが出来ない状態が、貴女にとっても良いのではないでしょうか。リビさんは神官になる素質が充分にあると思っています。人々を守るために行動してきたことや、強い魔法を持っていること。本人の強さはまだまだこれからかもしれませんが、私に特訓させて頂ければ、問題ありません。どうか、考えて頂けませんか。」
ベルへが私を神官にしたい理由のひとつは、争いの火種になりかねないから、なのだろう。
それには納得できるし、争奪戦に巻き込まれるのはごめんだ。
でも、おそらくベルへが私を神官にしたい理由はもう一つある。
むしろ、そちらの方がベルへにとって重要事項のはずだ。
「ヒサメ様の側に私がいるのが不安ですか。」
私の問いにベルへは苦渋の色を浮かべた。
「私はリビさんにとても感謝しています。感謝しきれないほど、貴女にはヒサメ様を救って頂いた。ヒサメ様のお傍にリビさんがいて良かった、貴女のような友人がいたことであの子は信頼することを選べるようになった。どれだけ貴女の存在がヒサメ様に影響を与えたか分からない。一方で、リビさんの環境は特殊すぎる。守り神であるドラゴンと共に生き、闇の神に授けられた魔法はこの世界において重要な役割を担っている。良くも悪くも貴女は様々な人を惹きつけている。そのことで、ヒサメ様自身と、王である立場が危険に晒される可能性は大きいと、思ってしまうんです。」
ベルへの心配はもっともだ。
私といたことでヒサメが神の誓約に深く関わることになったのは事実だから。
でも、そんなものは今更だ。
「白銀の国は結界の魔法を受け継いでいる。その時点で、今回の封印や堕ちた悪魔に関わるのは決定事項のようなものですよ。私と出会ったとか、私といるからっていうのはもはや、神が与えた運命みたいなものだと思います。だって、全く会ったことがなくても封印するときに結局出会いますよ。私も、ヒサメ様も、おそらく役割を放棄したりしないので。」
宝石山の出来事がなかったとしても、鉱石浄化のことがなかったとしても。
堕ちた悪魔の存在をどうにかするためには、ヒサメが必要で、私の効果付与の魔法が必要だ。
私たちはどこかで会わなければならなかった。
友人になれたのは、神の関与しないところだろうが。
「神官になるというのは私にとっても確かに魅力的ではありますが、今はお断りいたします。ヒサメ様が私を不要だと告げるその日まで、私はヒサメ様の騎士なので。」
背筋を伸ばし、精一杯気高く微笑んだ。
ベルへは、その答えが分かっていたかのように頭を下げた。
「勝手なことを言ってしまい申し訳ありません。そんな日が来ないことは私にも分かります。」
「いや、そんなことはないですよ。人生何があるか分かりませんし、引退はさすがにあるはずです。」
私がそんな否定の仕方をすれば、ベルへは気が抜けたように笑った。
「引退、させてもらえるといいですね。」
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