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逃亡編 一章:帝国領脱出
似た者同士
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雇われたエリクと雇い主となった元公爵令嬢のアリアは、森の中で佇み話をしていた。
「それで、これからどうするんだ?」
「まずは、このまま森から出ずに歩いて北まで向かいましょう。この森は帝国の帝都からは北東側に位置していて、王国の王都からは西側に位置してるわ。このまま北上沿いに進みながら、港町まで目指すの」
「港町?」
「帝国の北港町。そこから出てる定期船に乗って南港町に向かうの。そこで船を乗り換えて、南の国を目指すのよ」
「南の国?」
「……貴方、本当に傭兵団の団長だったの? 敵国の町の位置とか、他国の話とかしてなかったの?」
「俺はただ戦っていただけだ。魔物や魔獣、そして人間と戦った。覚えたのは、戦い方と魔物や魔獣のことくらいだ」
帝国の地理や大陸南に位置する国のことさえ知らないエリクに、アリアは怪訝そうな表情を浮かべた。
「ふーん。そんな貴方が、よくローゼン公爵家を知ってたわね?」
「王国の貴族達が、そういう話しているのを聞いた。帝国を崩すならローゼン公爵家を崩すのが一番良いと、そう話していたな」
「確かに、帝国内で最大派閥のローゼン公爵家が潰れれば、帝国は一気に瓦解するわね。他の公爵や侯爵家なんて偉ぶった無能ばかりだし、ローゼン公爵家傘下の貴族家も、ローゼン公爵家が機能しなければ右往左往するでしょうね」
「……君が脱走した事は、そういう事態を招くんじゃないか?」
「だからこそ、今が逃げるには最大のチャンスなのよ!」
「チャンス?」
「私の家が慌てている間に、私が送った『今からそちらの家に参ります』という嘘の書状を受けた同盟貴族は、私を保護する為に下手に自分の領地から動けないでしょ? 私の家も、そうした手紙を私がアチコチに流している情報を得たら、同盟貴族に自領で私を捜索して保護するよう命令するしかない。内側に向いた意識が外に向くまで、多少の時間稼ぎにはなるわ」
「そ、そうか。……君は若いのに、良く考えているんだな」
「当たり前よ。私は公爵家に相応しく厳しい教育を受けてきたわ。知略の十や二十が簡単に思い浮かばないようでは、公爵令嬢として失格だもの」
自信満々に述べるアリアに、エリクは思い出した疑問を聞いた。
「そんな君が逃げ出したいと思ったのは、前に言っていた王子のせいなのか?」
「……えぇ。私、あの皇子は子供の頃から大嫌いだったわ」
「なんでだ?」
「馬鹿だから」
「え?」
「あの皇子、馬鹿なのよ。皇帝陛下や皇后様を始めとした周囲が甘やかして育てたせいで、感情と下半身で生きる人間の姿をした猿になったの。自分に優しくしてくれそうな女に手当たり次第ナンパして、自分の思い通りにならないと感情的になって怒鳴り散らすのよ? 終いには、自分が皇帝の息子だからって権力を笠に着て、相手に無理矢理言う事を訊かせようとするの。馬鹿でしょ?」
「そ、そうか。……俺が知る王国貴族達と似ているな」
「そうなの? じゃあ王国に行かなくて正解だわ。あんな馬鹿皇子みたいなのが大勢いる国なんて、こっちから願い下げよ」
「そうか」
アリアの物言いに清々しさを感じるエリクは、素っ気無い返事ながらも口元を微笑ませた。
そして今度は、アリアから話題を振った。
「それで、エリクの方はどうなの?」
「……俺の方とは?」
「何か心当たりとかないの? あの馬鹿皇子の量産型貴族が大勢いる王国なら、貴方を冤罪に陥れて利益を得る奴に、心当たりはあるんじゃない?」
「……いや。俺は、そういうのは分からない」
「分からないって……。嫌味を毎回言ってくる貴族とか、貴族の子弟で組まれた騎士団とか、そういうのと傭兵部隊は衝突しなかったの?」
「衝突も何も、貴族には目に止まる存在では無かったと思う」
「ふーん。つまり、今まで歯牙にもかけなかった傭兵団が成果を挙げ始めた事を気に食わないと感じた貴族の誰かが、貴方を陥れて処刑しようとしたってのが良い線でしょうね」
「……それだけで、俺は処刑しようとするものか?」
「気に食わないってだけで、そういう事をやる事ができる。それが悪辣な権力者というものよ。自分が目立たないと気に食わない。自分が一番じゃないと許せない。自分の言う事を聞かないのが気に入らない。それだけで他人を陥れるのが、人間社会の上位で権力を貪る人間なのよ」
「……難しいな」
「ええ、難しいわよね。私としては、そんな貴族と離れた生活をして、のんびり暮らしたいのよね。……でも、それができなかったから、私はここにいる。そして貴方もここにいる。そういうことね」
「……そうだな。似ているな」
アリアの言葉を聞き、エリクは微笑みながら話した。
そんなエリクの横顔を見るアリアも微笑みながら話した。
「エリクって、見た目で思う程には粗野でもなければ乱暴者でもないのね?」
「そう、見えるか?」
「服や装備がもうちょっと荒っぽい感じだったら、山賊か何かだと思うくらいには」
「そ、そうか」
「でも。あの馬鹿皇子に比べれば、貴方の方が数百万倍も男性としては信頼できるし、魅力的だわ」
「え?」
「だって貴方、年下の私に対して他の大人達みたいに偉ぶらないし。年下の私にこれだけ言われて素直に頷くなんて、年上の男性では貴方が初めてよ。何より、強いもの」
「……俺はまだ、君に戦う姿を見せてはいないと思うが?」
「身体強化の魔法も無しに、素手で魔物の角を叩き折ったり、片手で魔物を受け止めたり。そんなこと、帝国の中でも出来る人なんて限られるわよ。貴方は確かに強いわ」
「そうなのか。……君も、俺が知る貴族の女達とは違うな」
「そう?」
「俺が知る貴族の女は、棒剣も振ることができず、少し歩くだけで息を乱す、華奢な女達だと思っていた。……俺が知る貴族の女達より、君は逞しい」
「逞しいって……。それ、褒めてるの?」
「ああ。俺も王国貴族の女達に比べれば、君の方が遥かに好ましい」
「そう……。フフッ。まぁ私は、これでも魔法学園ではトップの成績だったのよ。体術・魔法・知識で学園内じゃ、教師だって敵わないんだから」
照れ隠しで自分の業績を誇るアリアに、エリクは前を向いて話し掛けた。。
「そうか。そんな君を信じて、北の港町で向かうか」
「えぇ、行きましょう。北港町ポートノースへ!」
こうして二人は、森を歩きながら北を目指した。
彼等が森を抜けたのは数時間ほど経った後であり、既に日が落ち夕闇が広がる頃合だった。
「それで、これからどうするんだ?」
「まずは、このまま森から出ずに歩いて北まで向かいましょう。この森は帝国の帝都からは北東側に位置していて、王国の王都からは西側に位置してるわ。このまま北上沿いに進みながら、港町まで目指すの」
「港町?」
「帝国の北港町。そこから出てる定期船に乗って南港町に向かうの。そこで船を乗り換えて、南の国を目指すのよ」
「南の国?」
「……貴方、本当に傭兵団の団長だったの? 敵国の町の位置とか、他国の話とかしてなかったの?」
「俺はただ戦っていただけだ。魔物や魔獣、そして人間と戦った。覚えたのは、戦い方と魔物や魔獣のことくらいだ」
帝国の地理や大陸南に位置する国のことさえ知らないエリクに、アリアは怪訝そうな表情を浮かべた。
「ふーん。そんな貴方が、よくローゼン公爵家を知ってたわね?」
「王国の貴族達が、そういう話しているのを聞いた。帝国を崩すならローゼン公爵家を崩すのが一番良いと、そう話していたな」
「確かに、帝国内で最大派閥のローゼン公爵家が潰れれば、帝国は一気に瓦解するわね。他の公爵や侯爵家なんて偉ぶった無能ばかりだし、ローゼン公爵家傘下の貴族家も、ローゼン公爵家が機能しなければ右往左往するでしょうね」
「……君が脱走した事は、そういう事態を招くんじゃないか?」
「だからこそ、今が逃げるには最大のチャンスなのよ!」
「チャンス?」
「私の家が慌てている間に、私が送った『今からそちらの家に参ります』という嘘の書状を受けた同盟貴族は、私を保護する為に下手に自分の領地から動けないでしょ? 私の家も、そうした手紙を私がアチコチに流している情報を得たら、同盟貴族に自領で私を捜索して保護するよう命令するしかない。内側に向いた意識が外に向くまで、多少の時間稼ぎにはなるわ」
「そ、そうか。……君は若いのに、良く考えているんだな」
「当たり前よ。私は公爵家に相応しく厳しい教育を受けてきたわ。知略の十や二十が簡単に思い浮かばないようでは、公爵令嬢として失格だもの」
自信満々に述べるアリアに、エリクは思い出した疑問を聞いた。
「そんな君が逃げ出したいと思ったのは、前に言っていた王子のせいなのか?」
「……えぇ。私、あの皇子は子供の頃から大嫌いだったわ」
「なんでだ?」
「馬鹿だから」
「え?」
「あの皇子、馬鹿なのよ。皇帝陛下や皇后様を始めとした周囲が甘やかして育てたせいで、感情と下半身で生きる人間の姿をした猿になったの。自分に優しくしてくれそうな女に手当たり次第ナンパして、自分の思い通りにならないと感情的になって怒鳴り散らすのよ? 終いには、自分が皇帝の息子だからって権力を笠に着て、相手に無理矢理言う事を訊かせようとするの。馬鹿でしょ?」
「そ、そうか。……俺が知る王国貴族達と似ているな」
「そうなの? じゃあ王国に行かなくて正解だわ。あんな馬鹿皇子みたいなのが大勢いる国なんて、こっちから願い下げよ」
「そうか」
アリアの物言いに清々しさを感じるエリクは、素っ気無い返事ながらも口元を微笑ませた。
そして今度は、アリアから話題を振った。
「それで、エリクの方はどうなの?」
「……俺の方とは?」
「何か心当たりとかないの? あの馬鹿皇子の量産型貴族が大勢いる王国なら、貴方を冤罪に陥れて利益を得る奴に、心当たりはあるんじゃない?」
「……いや。俺は、そういうのは分からない」
「分からないって……。嫌味を毎回言ってくる貴族とか、貴族の子弟で組まれた騎士団とか、そういうのと傭兵部隊は衝突しなかったの?」
「衝突も何も、貴族には目に止まる存在では無かったと思う」
「ふーん。つまり、今まで歯牙にもかけなかった傭兵団が成果を挙げ始めた事を気に食わないと感じた貴族の誰かが、貴方を陥れて処刑しようとしたってのが良い線でしょうね」
「……それだけで、俺は処刑しようとするものか?」
「気に食わないってだけで、そういう事をやる事ができる。それが悪辣な権力者というものよ。自分が目立たないと気に食わない。自分が一番じゃないと許せない。自分の言う事を聞かないのが気に入らない。それだけで他人を陥れるのが、人間社会の上位で権力を貪る人間なのよ」
「……難しいな」
「ええ、難しいわよね。私としては、そんな貴族と離れた生活をして、のんびり暮らしたいのよね。……でも、それができなかったから、私はここにいる。そして貴方もここにいる。そういうことね」
「……そうだな。似ているな」
アリアの言葉を聞き、エリクは微笑みながら話した。
そんなエリクの横顔を見るアリアも微笑みながら話した。
「エリクって、見た目で思う程には粗野でもなければ乱暴者でもないのね?」
「そう、見えるか?」
「服や装備がもうちょっと荒っぽい感じだったら、山賊か何かだと思うくらいには」
「そ、そうか」
「でも。あの馬鹿皇子に比べれば、貴方の方が数百万倍も男性としては信頼できるし、魅力的だわ」
「え?」
「だって貴方、年下の私に対して他の大人達みたいに偉ぶらないし。年下の私にこれだけ言われて素直に頷くなんて、年上の男性では貴方が初めてよ。何より、強いもの」
「……俺はまだ、君に戦う姿を見せてはいないと思うが?」
「身体強化の魔法も無しに、素手で魔物の角を叩き折ったり、片手で魔物を受け止めたり。そんなこと、帝国の中でも出来る人なんて限られるわよ。貴方は確かに強いわ」
「そうなのか。……君も、俺が知る貴族の女達とは違うな」
「そう?」
「俺が知る貴族の女は、棒剣も振ることができず、少し歩くだけで息を乱す、華奢な女達だと思っていた。……俺が知る貴族の女達より、君は逞しい」
「逞しいって……。それ、褒めてるの?」
「ああ。俺も王国貴族の女達に比べれば、君の方が遥かに好ましい」
「そう……。フフッ。まぁ私は、これでも魔法学園ではトップの成績だったのよ。体術・魔法・知識で学園内じゃ、教師だって敵わないんだから」
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