虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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逃亡編 ニ章:樹海の部族

決闘に臨む理由

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 神の使徒と勘違いされたアリアとエリクは、それを利用しセンチネル部族内にて十分な立場を確保した。
 そうした中で用意される夜の食事は、前日に行われた宴よりも盛大なモノにエリクは見えた。
 事情を説明するアリアは、用意された食事を食べながらエリクに事の経緯を伝えた。

「――……というわけで、私達はここでは、神の使徒ということで貫き通すわよ」

「……すまん。よく分からん」

「まあ、私もワケが分からないけど。とりあえずは、貴方も私も、ここの皆に認められたってことよ」

「そうか。それなら、いいのか」

 事情を説明されつつ、焼けた肉を齧りながら納得したエリクは、神の使徒に関する話題に特に触れる事も無く、黙々と食事を続ける。
 そんなエリクにアリアは頬を膨れさせつつ、骨が付いた肉に齧り付きながら食事をした。
 その二人の前に歩み寄るのは、センチネル部族の族長ラカムであり、歩み寄る姿を見てエリクは肉を置き、アリアはスジの硬い肉を咥えたまま視線を向けた。

「しょ、食事はどうですかな。使徒様」

「アリスでいいわよ。今更、そんなに畏まらなくてもいいと思うけど? エリオから聞いたけど、私達が森に入ってから見てたんでしょ? なら、私が魔法を使えるのは、知ってたのよね?」

「……森の外の者は、奇妙な道具を使う。それを使っているとばかり……」

「魔道具のことね。というか貴方、帝国語を喋れるのね」

「ええ。時折、森の外に住む者と森で獲れた魔物や魔獣の素材を取引し、物々交換をしておりますので。その者に言葉を習い、覚えました」

「へぇ、森の外から入って来るのは禁止してるけど、森の外に部族の誰かが出るのは良いんだ?」

「はい。掟はあくまで、森の中に限るものですので」

「ふーん。そうだ、聞きたい事があったのよ」

「聞きたい事?」

「エリオの決闘って、いつやるの? マシュコ族っていうのが向こうから決闘を申し出てきたなら、決闘日時はこっちで指定できるの?」

「決闘の日時は、こちらで決められます。決闘を行う勇士を決め次第、伝えた次の日にでも戦う事になります」

「もう向こうには、こっちで戦う勇士は伝えたの?」

「明日、伝えに行く予定です。なので戦いは、日が二度昇った時に、森の部族が集う場所で行われます」

「ふーん。向こうのマシュコ族は、族長が直々に戦うのよね。パールから聞いたけど、あんまり良い評判じゃないみたいね」

 そう聞いたアリアに渋い顔を見せつつ、族長ラカムは目を伏せながら話した。

「マシュコ族の族長ブルズは、森に棲む部族の勇士では最も力強き男の勇士。女を好み、血を好み、勝利を楽しむ男です」

「貴方から見た感想として、エリオとブルズって奴を比べると、どっちが強いか分かる?」

「……体格は、ブルズがまさっています。ブルズは素手で大岩を砕く腕力を持つ。エリオ様は、パールの動きを見切る目と速さを持つ。勝機があるとすれば、その部分かと」

 相手の情報を仕入れたアリアは、隣に居るエリクに視線を向けて話した。

「エリオ。聞いた限りではどうなの。勝てそう?」

「やってみないと、分からないな」

「そっか。まぁ、そうよね」

 聞いていたエリクが少し考えて返した答えに、アリアは納得しつつ族長ラカムに向き直った。

「ところで、なんでそのブルズっていうのは、貴方達に決闘を仕掛けてきたの? 森の部族って、頻繁に決闘なんてするものなの?」

「いいえ。森の部族は本来、共に森を守る者達。決闘を用いるのは、よほどの事が無い限り起こらないものでした。今回の決闘は、実に数十年振りです」

「じゃあ、決闘を仕掛けてきたブルズが、貴方達センチネル族によっぽどの理由で決闘を持ち掛けたのね。心当たりは?」

「……恐らく、パールが狙いでしょう」

 それを族長ラカムが話す事を聞き、アリスは思わず眉を顰めて目を細めた。
 そして族長ラカムは、エリクの隣に座るパールを見つつ話を続けた。

「パールは森の部族の中では強く、そして若い女の勇士。そんなパールをブルズが気に入ったようです」

「つまり、パール狙いでセンチネル族に喧嘩を売ったってこと?」

「ええ。実は以前に、パールを手に入れようとブルズは婚儀を望み戦いを挑みましたが、パームが勝利したのです。パールは女でありながら、森の部族の中で誰よりも強い」

「えぇ……。じゃあ、パールと結婚する戦いに勝てないから、女の勇士が出れない決闘でセンチネル族を手に入れて、パールを自分のモノにしようとしてるってこと?」

「その通りです」

「呆れた。情けないわね、そのブルズって男。……そうか、だからね。貴方がエリオとパールを夫婦にしたのは」

「……」

 今回の決闘の理由を聞き、ブルズという人間性を理解できたアリアが、センチネル族の族長ラカムが望んだ本当の狙いに気付いた。

「エリオとパールを夫婦になった事を知れば、ブルズって奴は怒ってエリオに対して敵対心を向ける。決闘で負ければ全てを失うけど、勝てば何とかセンチネル族は窮地を脱しきれるでしょうね。でもブルズとの遺恨は残る可能性があった。その遺恨を全部エリオに処理させるか、背負わせようとしたのね」

「……」

「貴方の本当の狙いは、エリオにブルズを殺させること。もしくはマシュコ族を支配下に置いた後に、ブルズの敵意を全てエリオに向けさせること。違う?」

「……その、通りです」

「無関係の私達を決闘に巻き込んだのは、無関係の私達にこそ決闘の後始末や尻拭いさせたかったからなのね。いい性格してるけど、巻き込まれるこっちからしてみれば、迷惑で腹立たしいわね。呆れたわ」

「……」

 溜息を吐き出して苛立ちを見せるアリアに、族長ラカムは推論が当たっていた事を話し、そして自ら膝を着いた。
 再び平伏して頭を下げる族長ラカムに、アリアとエリク、そしてパールが目を向けた。

「――……お願いします。どうか、使徒様方の御力を、お貸しくださいませ……」

「……」

「御二人を陥れ巻き込んだ罪と、我が部族の窮地を御救い頂ける御恩は、我が命を持って果たさせて頂きます。……どうか、我が一族を。そして我が娘パールを、ブルスから救って頂きたい……」

「……」

「『父さん……?』」

 平伏しながら自分の命を差し出し頼む族長ラカムに、アリアとエリクは無言で見ていたが、その娘であるパールは突如として平伏し頼む父親の姿に、困惑気味の表情を浮かべていた。
 そんなパールの姿を横目に見たアリアは、溜息を吐き出しつつ返答した。

「はぁ……。あのね、貴方の命なんて要らないわよ。そんなモノ貰っても、こっちには得も何も無いわ」

「……」

「というか。この決闘自体、こっちにはデメリットしかないのよ。負けたらエリオが殺されるかもしれないし、生き残ってもブルズって奴の支配下に置かれちゃうんでしょ? 今のエリクは、センチネル族の一員なんだから」

「……はい」

「下手すると私も巻き込まれて、そのブルズの女にされちゃうワケよね。されなくても、この樹海の中を一人ぼっちで抜けなきゃいけなくなる。勝ってもブルズが生き残ったら、エリオを憎んで危害を加えてくるかもしれない。私達には危険しかないじゃないのよ」

「……その、通りです」

「気に入らないわ、貴方のやり方には。正直、貴方には腹を立ててるし、今すぐ決闘なんて止めて、この樹海から離れたいとさえ思えてくる」

「……ッ」

「……それ以上に、私はブルズって奴の事は聞いた限りじゃ気に入らない。でも、パールの事は気に入ってるわ。何より、友達をそんな男に渡したくない」

「……!?」

 痛烈に族長ラカムを批判する中で、不意に零したアリアの言葉に、族長ラカムは驚きつつ顔を上げた。
 その顔を一瞥したアリアは、横に居るエリクに顔を向けて、命じた。

「エリオ、雇用主としての命令よ」

「なんだ?」

「決闘で戦うブルズって男を、完膚無きまでに叩き潰しなさい。そして、勝ちなさい!」

「ああ、分かった」

 そうエリクに命じたアリアは微笑み、それを受けたエリクは頷いた。
 帝国語で話される会話を聞き取れないパールだったが、平伏し何かを頼む父親の目から涙が零れる姿を目にし、驚きつつも何かを納得してアリアとエリクを見た。
 こうして樹海へ入ったアリアとエリクはセンチネル部族の騒動に巻き込まれ、敵対部族との決闘に参加することになった。

 そして二日後の空に太陽が高く昇った時。

 センチネル部族の代表勇士エリオと、マシュコ部族の代表であり族長ブルスの決闘が、他の森に棲む部族達が見る中で行われた。
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