虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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逃亡編 ニ章:樹海の部族

覚悟の別れ (閑話その五)

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 センチネル部族の族長ラカムやパールを含む、捕えられた各部族の森の勇士達は遺跡の集落でそのほとんどが拘束されていた。
 拘束された勇士は、凡そ五十名。
 残りの勇士達は逃げ切ったが、大なり小なり負傷を強いられている。
 負傷した帝国兵達の傷が魔法師の回復魔法で治された後、捕縛した勇士達の重傷は中位の回復魔法で癒された。
 火傷を負ったパールの右腕も、僅かに火傷の痕を残すだけの回復が施された。

 そして勇士達を拘束した側の帝国兵達を指揮するローゼン公爵は、捕虜とした森の部族達に呼び掛けていた。

「この中で帝国語が理解できるのは、その娘だけか?」

 森の部族達が聞かされた時、幾人かが帝国語に反応した様子が見える事にローゼン公爵は驚いた。
 独自の言語を持つ森の部族と聞いていたはずが、思った以上に帝国語を聞ける者達が多かったからだ。

「どうやら、私達の言葉を理解できる者は多いようだな。未開人かと思えば、交流は広いらしい」

「当然だ、使徒様に言葉を習ったんだから――……」

「『オイッ』」

 煽るように聞くローゼン公爵の言葉に、一人の若い勇士が反応して帝国語を喋ると、急いでそれを他の勇士達が体をぶつけて止めた。
 しかし、ローゼン公爵は言葉を聞き逃さなかった。

「使徒、使徒とは何だ?」

「……」

「お前達、使徒とは何か分かるか?」

 沈黙した勇士達に聞く事を早々に諦め、後ろに控える配下達にローゼン公爵は聞いた。
 武官達は何の事か分からない様子だったが、その中で数名の魔法師達が反応し、進言するように述べてきた。

「使徒とは恐らく、各地の遺跡に残る文献で残された者達。太古に魔法を扱えた者達の事かと。ここの遺跡も多少調べましたが、そのような壁画や魔法文字が残されています」

「魔法を扱える者達。つまり、この森の部族達に帝国語を教えたのは魔法師というわけだ。そうだな、森の部族諸君」

「……」

「お前達に我々の言葉を教えたのは、私と同じ金髪で青い目の少女ではないか?」

「……」

 口を噤み続ける勇士達を前に、ローゼン公爵は溜息を吐き出しながら、自分と戦ったパールの方へ視線を向けた。

「お前はさっき、私と戦っている時にこう言ったな。アリスを守ると」

「……」

「そのアリスという少女の本当の名は、アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン。私の娘だ」

「!!」

 帝国語を理解できる勇士達の幾人かが、目の前の男が話す発言に驚きを隠しきれなかった。
 それはパールも同様であり、思わず鋭い視線を向けながら睨んだ。

「……なるほど。お前が、アリスの父親か」

「そう。アルトリアは私の娘だ。あの子は何処に居る? お前達が隠しているのか。……それとも、殺したか?」

「お前も、嫌がるアリスに婚儀を強いたらしいな」

「!」

「アタシの婚儀はアリスのおかげで無くなった。でもアリスは、それが嫌で逃げ続けている。戻れば、掟に負けてしまうからと……」

「……アルトリアは何処だ?」

「アタシ達がアリスを隠したんじゃない。お前達がアリスを隠している原因だ。お前達が追う限り、アリスは何処までも逃げ続ける」

「娘は何処だ。男も一緒だったはずだ。……この森にはもう居ないのか?」

「……」

 言い尽くしたパールはそのまま目を背け、それ以降は反応する様子を見せなかった。
 問答を諦めたローゼン公爵は、沈黙を守る各部族の勇士達を見渡しながら、立ち上がって部下と配下に指示を送った。

「森からの撤退を行う。各人員は撤退の準備を行え。そして、この者等を捕えたまま帝都へ搬送し、処刑する」

「!」

「各地にそれを知らせ、アルトリアを誘き寄せる。あのアルトリアの事だ。もしこの者等が処断されると知れば、必ず救う為に戻ってくる。そこを捕えるのだ」

 そう指示を送ったローゼン公爵の命令に従い、各人員が撤退の準備を行いつつ、捕虜となった森の勇士達を移動させた。

 その日の夜。
 森の中を移動している帝国陣営の中で、捕虜となっていたパール達を思わぬ人物が救いにやってきた。
 月の光を遮る森の夜闇に紛れながら、瞬く間に監視者達の首を太い腕で抑え、声すら吐かせずに意識を落としていくのは、黒い服と外套を羽織る大男。
 闇に紛れながら移動する大男は、捕えられた森の勇士達の目の前に現れた。

「エリオ……!!」

「無事か。逃げるぞ」

 アリアと共に逃げたはずのエリクが、森に再び戻って来た上に夜営する帝国陣地内に侵入して、捕虜となっているパール達を全て解放した。
 ナイフや素手で縄を引き千切り、捕えられた森の勇士達を全て誘導する。
 彼等が森の闇の中へと姿を消した時には、気付いた帝国兵達は逃げた捕虜の行方を追えなかった。
 逃がした原因に夜の樹海に不慣れな者達が多かったのと、森の勇士達との戦闘後の疲労で監視の目が少ないことが幸いした。
 森の勇士達はエリクに伴われ、あの滝の場所まで戻って来た。

「エリオ、どうしてお前がここに……」

「アリスに頼まれた」

「アリスに?」

「森の部族を捕えて、自分を誘き出す為の餌にする可能性があると言っていた。もしそういう動きを帝国兵がしているのが見えたら、捕虜になったお前達を救うように言われた」

「アリスが、そこまで読んでいたのか……」

「もうお前達は捕まらないようにしろ。捕まっても、捕えられた者を救う事を最優先にしろ。お前達も、森の中でしばらくは身を隠せ。どんな挑発をされても、決して挑むな。敵は強い」

「……ッ」

 エリクに諭される森の勇士達は悔しそうに顔を歪めながらも、自分達を救ってくれたエリクに対して頭を下げ、それぞれが戻るように別れて森の中へ消えた。
 その中でマシュコ族の族長ブルズはエリクと手を力強く片手で握り交わし、軽く頭を下げて自分の部族の勇士を率いて去った。

 各部族の勇士達が戻り隠れる事を選ぶ中で、センチネル部族の勇士達と族長ラカム、そしてパールだけはその場に残った。
 そんなパール達に、エリクは促すように言った。

「お前達も行け」

「……すまない。足止めにすら、ならなかった」

「十分な足止めだった。アリスは先に洞窟から出て待っている。俺もすぐ向かい、アリスと合流する」

「……エリオ」

「?」

「アタシはもっと強くなる。お前や、アリスの父親にも負けないくらい、強くなる」

「……そうか」

「もし何かあれば、アタシ達を呼べ。アタシは、アタシ達センチネル部族は、お前とアリスを助ける為に必ず向かう。アリスにもそう伝えてくれ」

「……分かった」

「元気で、エリオ」

「ああ。お前達もな」

 そうしてエリクは再び滝裏に戻り、センチネル部族も森の闇に消えていく。
 悔しさと覚悟を秘めた決意の表情を見せる娘パールの顔を見ながら、族長であるラカムは何かを諦めた。

「『……我の血も、パールで終わるか』」

 パールが更に強くなる事を悟った族長ラカムは、最早パールに勝てる男の勇士は出て来ないだろうと悟り、自分の血筋が途絶える事を悟った。

こうして、アリアとエリクが訪れた樹海の部族達との出会いと別れの話は終わった。
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