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南国編 四章:マシラとの別れ

朝霧の戦闘

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その日の夜は雨が降り、
深夜に晴れると周囲には朝霧が生み出される。

アリア達が目指す進路上に待ち構える傭兵達は、
周囲を監視する中で、こんな会話をしていた。


「ここで待ってれば、奴等が通るのか?」

「ああ。奴等は俺達をやり過ごして、道中で身を隠したはずだ。女魔法師の方が偽装が得意だって前情報が無かったら、騙されてたがな」

「しかし、ここを本当に通るのかねぇ」

「馬車を引き連れて麓に下りる為には、ここを通るか、首都まで戻って別路を辿るか、それしかない」

「馬を捨てて、崖を降りる可能性もあるんじゃないか?」

「その可能性もあるが、崖の下は結構な魔物や魔獣がうろついてる深い森だ。森の外に出るまで時間も掛かる。何より、奴等が安全圏に出るまでは馬の足は必要だろう」

「馬を潰せば、奴等は移動を諦めるってことか。しかし、依頼で傭兵を襲うなんてのは、良いもんなのかね?」

「傭兵同士、依頼先でかち合って争うなんてのはよくある事だ。私闘じゃなくて依頼での戦闘だったら問題無いってのが、ギルマスの話だぜ」


傭兵達はアリア達に馬と荷馬車が必要だと察し、
麓へ降りる為の道に待ち構えていた。

アリア達が首都に戻る事も考え、
傭兵ギルドは首都でも傭兵達が張り込み、
戻って来た際に対応できるように準備を整えている。

傭兵同士の戦闘。

傭兵ギルドの原則として傭兵同士の私闘は禁じているが、
依頼者と対立する陣営の傭兵と戦う際には、その限りではない。

今回は依頼を受けた傭兵が、犯罪者では無い傭兵を襲う。

これは厳密に言えば違反行為ではあるのだが、
傭兵ギルドマスターであるグラシウスの了承の元で行われ、
その背後でマシラ共和国政府も関与していれば、
その依頼は正当性あるモノとして行う事も出来るだろう。
だからこそ傭兵達はアリア達に容赦せず、依頼を果たす。

そしてそれは、襲われるアリア達にも同様の事だった。


「!」

「音だ。これは……例の荷馬車だ!」


見張りをしている斥候が音に気付き、
高い木に登りしがみ付きながら確認して伝える。

霧の道を緩やかに走り現れたのは、
アリア達が使っていた荷馬車と馬。

朝霧の中で見えたそれを確認し伝わると、
リーダー格の傭兵はそれぞれに指示を出した。


「手筈通りでいく。魔法師組は馬の足元を狙って動きを止めろ。弓手組は止まった馬を仕留めろ。その後は俺達が荷馬車に乗り込んで、金髪のアリアって女魔法師を攫う。魔法は凄腕でも、近接戦はそれほどじゃないらしいからな」

「大男と、もう一人の赤毛の女は?」

「大男は仕留めようと思うな。ゴズヴァール以外の闘士を全員倒したらしいからな。金髪の女魔法師を優先して攫い、幻惑魔法で大男は足止めする。もう一人の赤毛の女も同様だ。ただ、女の方は偽装魔法で入れ替わってる可能性はある。注視しろ」


そう作戦を伝えたリーダー格の傭兵に、
その場の全員が頷いて指示に従った。

傭兵達が武器を持ち道の脇に隠れて配置に着く。
道の両脇から魔法師と弓手が馬を狙い、
弓を構えて待ち、魔法を唱えるべく杖を構えた。

疎らに木が生い茂る周囲で待ち構え、
道を通るだろう荷馬車の音が徐々に近づいて来る。
そして朝霧に紛れた荷馬車の陰が見えた瞬間、
魔法師が狙いを定め、馬の進行上に魔法を打ち込もうとした。

その時、魔法師の一人が短い悲鳴を上げた。


「ギァッ!?」

「!?」


悲鳴と同時に殴り飛ばされた魔法師が道に飛び出し、
立っていた前衛の傭兵達はそれを見て驚く。

痙攣し倒れた魔法師に驚く中で、
二人目の魔法師が悲鳴を上げた。


「ど、どうし――……グギャッ!!」

「なんだ、何があった!?」

「奇襲だ!」


新たな悲鳴が叫ばれると共に、
前衛の傭兵が動揺しながらも状況を確認しようとすると、
斥候を務めていた木の上に居る傭兵が声を上げて伝えた。

その声を聞いたリーダー格の傭兵は、
他の傭兵達に素早く指示を送った。


「弓手は馬を射止めろ! 魔法師組は俺達の後ろまで下がれ! 前衛で奇襲する奴を仕留める! おい、奇襲してる奴は、今どこに――……!?」


各人員に指示を送りつつ、
奇襲した人物の情報を得ようと斥候に声を掛けた瞬間、
木の上から斥候が落下し芝の上へ倒れ込んだ姿が見えた。

近くに居た前衛の一人が斥候の落下した場所へ向かうと、
斥候の様子を見て叫んだ。


「や、やられてる! まさか、あの一瞬で木の上に――……」

「上だ!!」

「!?」


リーダー格の傭兵が何かに気付き、
斥候に近づいた傭兵に向けて注意を鳴らした。

注意の言葉で傭兵の男が上を見た瞬間、
飛び降りた何かが傭兵の顔面を殴り、
落ちた斥候と重なるように倒れた。

リーダー格の傭兵は降りてきたその人物を見て、
驚きを沈め静かに敵意を向けた。


「……黒髪の大男、エリクか」

「……」


待ち構えていた傭兵達の半数近くを仕留めた人物。

それは狙っていたアリアの同行者である、
大柄で黒髪黒服の大剣を背負う傭兵エリクだった。

残った前衛と後衛の魔法師が集まり、
エリクと対峙する中で、
前衛の傭兵の方へエリクは視線を向けた。


「……見覚えがあるな。確か、この国に来た時に迎えに来た……」

「【赤い稲妻サンダーレッド】のジョニーだ。覚えてないか?」

「確か、そんな名だったな。お前達が追っ手だったか」

「ああ、ギルマス直々の依頼なもんでね。お前等と戦えるのは、一等級傭兵団の俺等しか対処できないだろうってな」

「そうか」


マシラへ入国する際に出会った【赤い稲妻サンダーレッド】傭兵団。
そのリーダーだったジョニーと再び対面しながらも、
エリクは特に感慨深い様子も無く、
ジョニー達に向けて歩みを進めた。

ジョニーと仲間である傭兵達は構えつつも、
馬を狙う弓手達にジョニーは叫んで伝えた。


「馬を射止めろ!!」

「無理よ。もう眠っちゃってるから」

「!?」


弓手達に向けて叫んだジョニーだったが、
それを否定するように逆側から女の声が聞こえ、
ジョニーは思わずそちらを振り返る。

朝霧に紛れて現れたのは、金髪碧眼の女魔法師アリア。

ジョニー達が狙っていた人物が、
直接その姿を見せたのだった。


「なんで……。どうしてお前が……」

「待ち伏せされてるのが分かってて、素直に荷馬車に乗ってるわけがないでしょ」

「……ッ」

「向こうで弓を構えてた人達なら、とっくに眠らせたわ。しばらくは起きないわよ」

「……クソッ」

「貴方達も一等級の傭兵団を名乗れる実力者なら、今の状況がどれだけ不利か、理解してるわよね?」

「……」

「大人しく降伏しなさい。潔く私達を通すなら、これ以上は何もせず見逃してあげる。見逃せないというなら、容赦しない。……どうするの、赤い稲妻さん?」


そう伝えて促すアリアの言葉に、
残った傭兵達とジョニーは苦悶の表情を浮かべた。

片や、ゴズヴァールと互角に戦った女魔法師。
片や、闘士のほとんどを半殺しにしたという大男。

待ち伏せが失敗に終わり、
逆に強襲される側になった【赤い稲妻】傭兵団は、
リーダー格のジョニーが武器を落とし、
両手を上げる事で全員が降伏を受け入れた。

全員が武器を地面へ置いた事を確認し、
道の脇へ移動させてエリクが見張る。
その間にアリアは道に居る荷馬車の影に声をかけ、
荷馬車に乗ったケイルを呼んだ。


「ケイル、来て良いわよ!」

「――……もう終わったのかよ。速すぎだろ」


霧の中から道を通って荷馬車が来ると、
馬の手綱を握ったケイルが姿を見せた。

そして周囲を見つつ、
脇に寄せられた傭兵達を見た。
そして周囲を見ながら、アリアに聞いた。


「おい。待ち伏せしてる傭兵はコイツ等だけなのか?」

「ええ。エリクが夜中に確認したから間違いないわ。全部で十二名よ。弓持ちは向こうで私が寝かせて、斥候と戦士は、そこでエリクに寝かされてる」

「意外とあっけないな」

「そうね。……まさかこの先に罠があるとか、そういう事してるんじゃないでしょうね?」


ケイルの言葉で不安を感じたアリアは、
ジョニーに向けてそう聞くと、
首を横に振りながら否定した。


「俺達だけだ。マシラ共和国首都に残ってる一等級傭兵。ここに居る十二名が、お前達に対応できるとギルマスが組ませた、今用意できる傭兵ギルド最大戦力だよ」

「他の戦力は、依頼で出払ってるということ?」

「あぁ。……まったく、話に聞いてた通りだ。とんでもない強さだな。そこのエリクって男は。実際に向かい合ってみて、よく分かる」

「でしょ?」


得意気に笑うアリアを他所に、
エリクは何かを感じて別方向を向いた。
そして、異常事態が起こった事を伝えた。


「アリア、血の臭いだ。それも大量の」

「大量の血って、気絶した人にそこまで重傷を負わせたの?」

「人の血ではない。恐らく動物だ。向こうの方から漂ってくる」

「動物?」


エリクが顔を向ける先をアリアも見る。
霧深い木々の先は視界では見えず、
その先に何が起きているかは二人に分からない。

しかし、その先に居るモノを知っていたのは、
【赤い稲妻】傭兵団の面々であり、
それを代表するように団長のジョニーが呟いた。


「……あっちなら、俺達が馬を繋いでる場所だな」

「!」

「馬か。確かに、馬の血と似た匂いではある」


ジョニーの言葉でエリクは動物の血が馬だと察し、
アリアはそれを聞いて驚きを深める。
顔を強張らせて束の間の思考を行った後、
アリアは嫌な気付きを過ぎらせて声を発した。


「ケイル、急いで馬を走らせて!」

「どうしたんだ!?」

「いいから、早く――……」


そうアリアがケイルに向けて叫んだ瞬間、
血の匂いを嗅いでいたエリクも何かに気付き、
ケイルと荷馬車が立つ道の真横を見た。

しかし、その気付きは遅かった。

見えない刃が朝霧を切り裂き、
道中にある木々も切断しながら近付き、
ケイルとアリアも気付いた時には、回避は不可能だった。


「――……!?」

「!!」


見えない刃が切り裂いたのは、
アリア達の荷馬車を引いた馬。

馬の首を刃物が切り裂くように通過すると、
馬は首から血が溢れ出て倒れた。
そして繋がれていた荷馬車も、
馬の重さに負けて横倒しになった。

荷馬車に騎乗していたケイルは咄嗟の事に対応が遅れ、
地面へ投げ出されて転がるように道へ倒れた。


「ケイル!!」

「ケイル!?」

「……ッ」


アリアとエリクが互いにケイルに声を掛けたが、
その意味は全く違っていた。

アリアはケイルの身を案じての呼び掛け。
しかしエリクの呼び掛けは身を案じてのモノではなく、
ケイルに訪れる次の出来事を予感しての注意だった。

ケイルが居た場所から真横の位置。
その位置から見えない刃を飛ばした何かが、
猛烈な勢いで近付いて来た。

人間が走る速度を軽く凌駕し、
魔獣のように四足歩行で駆け抜けるソレは、
霧を抜けて大口を開き、ケイルを狙った。

現れたのは元闘士の第二席、人狼エアハルト。

人狼の姿で現れたエアハルトが、
鋭い牙の大口を開いてケイルに迫り、
気付いたケイルは倒れながらも横へ飛んだ。


「ギ、ァ……ッ!!」

「グルルルッ!!」


しかし、ケイルの左腕に口牙を突き立て、
二メートルを超えた人狼は顎の力でケイルを持ち去り、
そのまま道を通過し、向かいの霧へ姿を消した。

僅かな油断が思わぬ形で、
アリア達に襲い掛かった瞬間だった。



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