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結社編 二章:神の研究
二人の共通点
しおりを挟むその日の訓練を終え、合格者同士での交流が計られた日。
エリクはどういう訳か、グラドを肩で支えながら夜の市民街を移動していた。
『今日の訓練が終わったらよ、交流を兼ねて飲み会でもしようぜ!』
そんなグラドの一言から始まり、エリク達とは訓練内容の違う組は参加しなかったが、肉体派の合格者達は誘いに押し負ける形で市民街の酒場で交流が行われた。
酒盛りの場で各々が交流を計る中で、酒を飲んだグラドがエリクに絡んできた。
『なんだぁ、エリオ。お前、全然飲んでねぇじゃないかよぉ』
『ああ』
『もしかしてお前ぇ、下戸かぁ?』
『いや。酒は飲んでも美味いと思った事が無い。それに、飲んでも酔わない』
『はぁ? 嘘吐けよぉ。だったら俺と勝負だ、勝負!』
そんな些細な会話で、エリクはグラドと飲み比べをする羽目になる。
分厚いガラス製のジョッキに注がれる冷えた発泡酒が二人の前に絶え間なく出され、それが二十杯目を迎えようとした時。
エリクは酔う様子も無いまま、主催者であるグラドが机に突っ伏して飲み潰れた事で酒盛りは終了した。
その後始末として、エリクはグラドを支えて家まで送り返そうとしている。
「おい。家はこっちか?」
「あぁ~……。そう、そこ、そこそこ……」
「さっきもそう言っていたぞ?」
「あぁ? ああ、そうかぁ。あぁ、あの看板、あそこ左に行けばぁ……」
酔いと呂律が回るグラドの案内は混迷し、エリクは西地区に辿り着きながらも数十分の時間を費やしてグラドの家を捜索する。
そんな不十分な案内ながらも、月が真上に昇る前にどうにかグラドの家に辿り着いた。
「ここでいいのか?」
「あぁ~……、ここ、ここだぁ……」
「……灯りが点いているが?」
辿り着いたグラドの家の中には光が灯っていた。
また他人の家と間違えているのだと疑ったエリクだったが、その家の窓から誰かが覗いている事に気付いた。
「……子供?」
二階の窓から子供が覗いているのに気付き、視線が合うと子供は顔を引っ込める。
やはり違う家なのではと思いながらグラドと共に家の前から離れようとすると、家の中からドタバタとした音が鳴りながら家の扉が開けられた。
扉を開けたのは子供ではなく、一人のふくよかな三十代前後の女性だった。
「ホントだよ、ウチの旦那じゃないかい!」
「……旦那?」
慌てながら家から出る女性の言葉に気付き、エリクは振り返る。
小走りで追って来た女性を見ながら、エリクは考え得る限りの結論を導き出して女性に尋ねた。
「もしかして、この男の女房か?」
「そうそう。それ、ウチの旦那。あらぁ、酒臭い! もしかして酔っ払ってるの?」
「今日、入隊した者達と交流会だと言って酒を飲んだ」
「それで酔い潰れちゃったのかい? まったく、いい大人がみっともない。貴方、運んできてくれたんでしょ? ありがとねぇ。後はアタシが運ぶから」
感謝を述べながらグラドを身体の正面から抱えようとする女房だったが、脱力状態のまま重いグラドの身体を上手く支えきれない。
その様子を見ているエリクは、気を利かせてグラドを再び肩で支えながら運んだ。
「俺が運ぼう。何処まで運べばいい?」
「あら、いいの? なら、旦那とアタシの部屋までお願いね」
「ああ」
グラドの女房と思しき女性に案内されながら家に招かれると、二階に登る階段の影から小さな女の子がこっそり見ているのに気付いた。
この時になって初めて、エリクは目の前の女性と女の子がグラドの家族なのだと思った。
案内された部屋のベットにいびきを掻いて寝ているグラドを置き終わると、エリクは女性に軽く会釈して家から出ようとする。
そうした折に、後ろから女性に呼び掛けられた。
「ありがとうございますねぇ。……もしかして、貴方がエリオさん?」
「……俺を知っているのか?」
「あの人が言ってたのよ。試験を受けたら、俺よりデカくて強い男がいたって。無愛想だけど、嫌味な感じはしないって言ってたわ」
「そうか」
「今日はありがとうございますねぇ。そしてこれからも、あの人と仲良くしてもらえると嬉しいわ」
「……仲良く?」
「ウチの旦那。強面で図々しいでしょ? それなのに気軽に話し掛けて来ちゃうから、苦手な人はいると思うのよねぇ。しかも元傭兵だから、ガサツだって初対面に思われちゃうと思うのよ。だから友達とか少ないのよねぇ」
「……そ、そうか」
「元々は違う国を転々としながら傭兵をしてたらしいんだけどねぇ。この国に来てアタシと所帯を持ったのよ。それでこの国の市民になったの」
「そ、そうなのか……」
「少し前まで傭兵ギルドに入ってたんだけど、居心地が悪くなって愚痴って辞めたのよねぇ。傭兵の時は一等級でバリバリ稼いでたから貯えはあったんだけど、ずっと無職っていうのもご近所さんの評判を悪くしちゃうでしょ? だから新しい仕事に就く為に、この前の皇国兵士試験を受けに行ったのよ」
「そ、そうか……」
「ほら。ウチの旦那って、元一等級傭兵だからガタイも良くて腕っ節は強いのよ。皇国って有能なら出世が早いって言われてるのよね。だったらウチの旦那なら、皇国軍で小隊長とか中隊長くらいなれそうじゃない?」
「そ、そうだな……」
呼び止められてから絶え間の無い話が続き、エリクは帰る機会を失い単調な返事しかできない。
それを気にせずに身の上話に花を咲かせる女性だったが、最後に改めてエリクに頼んだ。
「――……エリオさん。さっきも言ったけど、ウチの旦那と仲良くしてねぇ。あの人、貴方と会えて嬉しがってたから」
「……嬉しがっていた?」
「貴方の雰囲気が、傭兵時代に同じ傭兵団の中で組んでた相棒さんと似てたらしいわ。だから、その仲間に会えたみたいで、嬉しかったみたいよ」
「相棒?」
「……あの人の相棒さん、もう十年近く前に死んでしまったらしいの。戦争とかじゃなくて、魔獣討伐の依頼を請け負った時にね」
「……」
「故郷の幼馴染みで、凄く仲が良い親友だったって言ってたわ。……アタシは分からないけど、貴方はその相棒さんにそっくりみたいね」
「……そうか」
「貴方、市民街に住んでるよね。御家族と一緒?」
「いない。一人で暮らしている」
「そうなの? なら今度、あの人を運んで来てくれた御礼に、ウチで食事でもどうかしら?」
「いや、礼はいらない」
「そう言わずに。何か好きな料理とかない? アタシ、料理を作るのは得意なのよ。好きな物を食べさせてあげるわ。勿論、ウチの旦那の小遣いでね」
「俺は、運んだだけだ」
エリクは誘いを何度も断るが、女性は諦めを見せてくれない。
グラドの女房だけあり、その押しの強さは似た部分を感じさせた。
そんな中、エリクは再び視線を感じる。
それは階段で覗き見る幼い女の子であり、その隣には更に小さな男の子もいた。
そちらの方を見るエリクに女性も気付き、振り返って階段を見た。
「あっ、まだ起きてたのかい! 子供はもう寝ちまいな!」
「えー」
「えーじゃないの!」
「だって、おじさんもお父さんと同じ傭兵でしょ! お話、聞きたい!」
「子供は寝る時間! 寝ないならぁ~……」
そう言いながら女性は子供達を追う為に階段へ近付く様子を見せると、子供達は賑わいながら逃げるように二階へ上がった。
鼻で溜息を吐きながら見送った女性は、エリクに振り返り苦笑を浮かべる。
「あの子達が旦那とアタシの子ね。ヤンチャ盛りだから困っちゃうわ」
「そうか。……あの子供達は、傭兵の話を聞きたいのか?」
「あの子達、ウチの旦那が話す武勇伝を寝物語で聞いてるから、傭兵に憧れちゃってるのよねぇ。母親としては、普通の職業に就いて誰かと家庭を築いて孫の顔でも見せてくれれば、十分なんだけど」
「……平和なら、傭兵になる必要はない」
「え?」
エリクが呟くように話す言葉を聞き、女性は振り返る。
その時に見せるエリクの顔は、険しくも物悲しい表情だった。
「俺は、傭兵にならなければ生きていけなかった」
「……」
「傭兵は人を殺して、たまに魔獣を狩る。それで金を稼ぎ、食べ物を買って生きる。……何かを殺して金銭を得る必要が無いなら、傭兵にさせない方がいい」
「……貴方……」
「……すまない、変な話をした。俺は帰る」
軽く会釈したエリクは扉を開け、グラドの家から去った。
それを見送った女性は自室へ入り、眠っているグラドを見つめる。
「……グラド。アンタがあの人を気にする理由、少し分かったわ。……似てるのよね、アンタにも……」
小声でそう話す女性は自室を出て二階へ上がり、子供達の寝室を確認する。
寝ている子供達を確認した後、家の中にある光を消してグラドの家は寝静まった。
次の日。
グラドは前日の事を軽く詫びながら、二日酔いを残して訓練に参加する。
対照的にエリクはいつもと変わらぬ様子で、淡々とした様子で訓練をこなした。
それから何度か訓練参加者達と交流が続き、自然とグラドがリーダー的役割を果たしていく。
尖った個性や性格を持つ訓練兵を上手く纏めて合同訓練も順調にこなし、エリクとは違った意味で周囲に必要な人材だと認識されていた。
無愛想ながらもズバ抜けた身体能力と技量を見せるエリクと、そんなエリクにも気兼ねなく話し掛けて周囲にも気を配り優秀な統率力を見せるグラド。
この二人は一ヶ月近い訓練課程の中で、訓練兵士達の中で頼りがいのある存在となった。
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