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結社編 三章:神の兵士
天翔けながらも
しおりを挟むアリアとケイルが動き出した時、外で戦うエリクとマギルスは土塊人形の進撃を阻めずに後退していた。
土塊人形は皇都へと向かいながら歩みを進め、赤鬼エリクと首無騎士マギルスは足元を集中的に狙って進撃を遅らせる。
しかし凄まじい修復能力と同時に、マギルスの大鎌の効果を防ぐ為に切り裂かれた部位を切り離して新たに繋げ直すという荒業で、ランヴァルディアの進撃は止まらない。
更に修復される度に周囲の自然物を取り込みながら巨大化する土塊人形は、初めの倍近くの体格に変貌していた。
「――……ガァアアッ!!」
「やぁっ!!」
『……さて。あと十数歩も歩けば皇都に着いてしまうが、成す術も無く皇都は踏み潰されてしまうのかな?』
「グ、ガァッ!!」
「くっそぉ、全然削れないなぁ!」
マギルスとエリクの迎撃はオーラと魔力の混合弾に任せ、ランヴァルディアは嫌がらせを兼ねた皇都への進撃を行う。
必死になる二人を他所に、ゴーレムの中心にある心臓部からランヴァルディアは皇都の壁を見渡した。
『……アルトリアが見えないな。流石に力尽きて倒れたか、それとも私を倒す為に何か策を巡らせているのか。前者だと失望してしまうが、後者だと嬉しい限りだ』
神兵の能力を行使しながらも、他者から与えられた力をランヴァルディアは戦いの中で楽しめず、復讐心さえ失せていた今のランヴァルディアには殺すか殺されるかしかやる事が無くる。
そして二人と戦う最中、皇都も滅ぼすつもりだった事と思い出してしまったのだ。
ランヴァルディアは自身を残滓として残る復讐の灯火を叶える為、そして敢えて敵対する三名が嫌がる事をする。
そうする事で自身を貶め、自身の死を目の前で戦う者達が叶えてくれると信じていた。
そして皇都まで一キロ圏内に差し掛かる距離まで近付いた時。
赤鬼エリクが凄まじい跳躍し、一気にランヴァルディアの居るゴーレムの心臓部まで飛び上がった。
「ガァアアアアアッ!!」
『無駄だよ』
その行為を無駄だと断じながら、ランヴァルディアはオーラと魔力の混合弾と収束砲をエリクに浴びせる。
白い光と赤い光に飲み込まれたエリクだったが、辛うじて身に纏っていた服を消失させ肌が焼け焦げながらもそれを突破し、エリクは初めて心臓部の赤い石への殴打に成功させた。
その衝撃と威力は赤い石にひび割れを起こさせ、その中に存在するランヴァルディアに驚きと笑みを生み出す。
『ははっ、凄いな! 流石は到達者の血族だ!』
「ガァアッ!!」
更に数発の殴打を浴びせて一部を砕く事に成功したエリクだったが、出現した樹木の幹や枝がエリクを絡め取り引き剥がす。
そして幾重にも重なる木の幹が受肉を成している土内部にエリクを取り込んでしまった。
「ガ、ガァ……ッ!!」
『無駄だよ。取り込まれてしまえば、自力で抜け出すのは不可能だ』
エリクは体のほとんどが飲み込まれ、唯一出ていた片腕も足掻く様子を見せながらも土塊の中に消える。
そしてランヴァルディアは皇都の外壁に目を向け、進攻を再開した。
「うわ、エリクおじさん取り込まれちゃったよ……」
マギルスは立ち塞がりながらも、自身の数十倍もの巨体である土塊人形を前に成す術が無い。
マギルス一人でも負ける可能性は少ないが、皇都を守りながらとなると条件が違ってくる。
攻勢を得意とするマギルスが守勢に回っても皇都は守れない。
ランヴァルディアの進攻を止められないまま、皇都西地区の城壁まで一キロ圏内にに入った瞬間、マギルスの後方から呼び声が上がった。
「――……マギルスか!?」
「ん? あれ、ケイルお姉さん?」
皇都側から駆けて来るのは、馬に騎乗している仮面姿のケイル。
そして背には革製の背負い袋を持ち、マギルスの傍まで寄って来た。
「ケイルお姉さん、どうしたの? あれ、あそこからここまでもう来てたの? 馬で?」
「やっぱりマギルスか。とにかく説明は後だ。奴の赤い石がある心臓部に潜り込めるか?」
「え? んー、出来なくはないけど、ちょっと厄介かな。周りにいっぱい樹木が生えてて、伸びて襲って来るんだよね。絡み付くとエリクおじさんみたいに飲み込まれちゃう」
「エリクが!?」
「今のエリクおじさんならそう簡単には死なないだろうけど、エリクおじさんのあの力で脱出が不可能だと、僕も捕まったらどうしようもなくなっちゃうんだよね」
「……」
マギルスの話を聞き、エリクが土塊人形に取り込まれた事を知ったケイルは驚きで僅かに硬直する。
そして数秒ほど考え込んだ後に、ケイルは馬から下りて逃がすと、マギルスに向けて頼んだ。
「マギルス、前みたいにアタシを乗せて、奴の心臓部まで駆け上がれるか?」
「出来なくはないけど、なんで?」
「アリアから預かってる物がある。そいつを奴に取り込ませる」
「へぇ、アリアお姉さんから? その背中の袋にあるもの?」
「ああ、マギルスは襲って来る樹木の除去に徹してくれるだけでいい。アタシは大魔石心臓部に近い位置に投げ込む」
「んー。分かった!」
短い会話を終えると、マギルスはケイルの腕を取って自分の後ろに乗せる。
マギルスの青馬は主人しか乗せないと思われていたが、その主人が許可した者ならば騎乗させて問題無く乗れるらしい。
その仕組みを解明したのはマギルスに同行していたケイルであり、第四兵士師団の基地までマギルスと共に同行できたのも青馬に騎乗できたからだった。
そんな青馬に再び同乗した二人は、土塊人形の心臓部にある赤い石を目指して駆けて行く。
その凄まじい速さと風圧で後ろに乗るケイルは飛ばされそうになりながらも、マギルスの鎧を掴んで耐えていた。
しかし目を開けたケイルが驚きを浮かべたのは速度と風圧ではなく、マギルスが生み出した魔力障壁を道にして青馬が空を翔る光景だった。
「な……!?」
「凄いでしょ? 試したら出来たんだぁ!」
「……相変わらず、とんでもねぇな」
マギルスの青馬に実体は無く、魔力で肉体を形成している精神生命《アストラル》である。
それを利用したマギルスは青馬の移動速度に合わせて魔力障壁を足場として生み出し、空を駆けさせる方法に成功していた。
マギルスの常識外れた行動にケイルは呆れながらも、今はそれを利用して土塊人形の心臓部へ向かう。
それを阻むように土塊人形からオーラと魔力の合成弾と収束砲が生み出され、空を翔る青馬を狙って放たれた。
足場を形成し青馬に回避させながら駆け上り、二人は土塊人形の真上まで到達する。
そして一気に駆け下りながら合成弾と収束砲を掻い潜りながら心臓部へと飛び込むと、同時に襲って来る幾多の樹木の枝や幹を大鎌で切断し跳ね除けた後、マギルスは後ろに乗っているケイルに伝えた。
「ケイルお姉さん!」
「ああ!」
ケイルは背に担いでいた大魔石が入る袋を握り、土塊人形の肉体を形成してる土に投げ込もうとする。
しかしその瞬間、マギルスの迎撃を掻い潜った樹木から伸びる蔓がケイルの足に絡み付き、青馬から引き剥がされた。
「ッ!?」
「お姉さん!!」
マギルスは対応に遅れ、ケイルを攫われてしまう。
自分まで絡め取ろうとする樹木から逃れるのに精一杯のマギルスは、ケイルの救出に迎えない。
しかし攫われたケイルは諦めず、取り込もうとする土に向かって大魔石の入った袋を投げ込んだ。
「う、りゃぁ!!」
投げ込まれた大魔石は土に衝突して内部に飲み込まれていく。
そして腰に携えた長剣を目にも止まらぬ速さで抜刀し足に絡み付く樹木を斬り飛ばしたケイルだったが、再生能力の高い樹木は再びケイルの足に絡み付き、他の樹木から伸びる枝や蔓がケイルの肉体に絡み付いた。
「ク、ソッ!!」
「ケイルお姉さん!」
「……マギルス!! アタシはいいから、外壁に居るアリアに仕事はやったと伝えろ……!!」
「!?」
「このままだと、道連れだ……!!」
「……分かった! ……さよなら、ケイルお姉さん」
マギルスは樹木に覆われ土に飲み込まれていくケイルの言葉が正しいと感じ、救出を即座に諦めて青馬を空に駆けさせて皇都西地区の外壁へ向かう。
そしてケイルはエリク同様に土塊人形の中に取り込まれ、土の中で溺れるように沈んでいった。
「……く、そ……!!」
身動きが取れずに押し潰すように迫る土を仮面越しに見つめながら、ケイルは自身の死を確信する。
逃れる術を持たないケイルは土塊の奥で呼吸が困難になり、長剣を手放して目を閉じた。
そしていつの日か訪れるだろうと覚悟していた死を待つ事にする。
瞳を閉じた暗闇の中で、ケイルは自身の人生を思い出す。
それはリディアという一人の少女が、ケイルという剣士になるまでの二十年間の記憶だった。
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