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結社編 四章:皇国の後継者
仲間の為に
しおりを挟むアリアとケイルが深夜に目覚めたと聞いたエリクは、すぐに二人の部屋に行こうとした。
しかしハルバニカ公爵家の従者達に止められ、面会は朝にするよう頼まれる。
深夜に女性の寝室に男が赴くのは体裁が宜しくないという事と、起きたばかりの二人の状態確認、そして今現在の状況説明をハルバニカ公爵家側で行いたいという三つの理由を提示されたエリクは、仕方なく深夜の面会は諦めた。
そして朝になり、朝食を終えたエリクは二人の面会が出来る事を従者達に聞いた。
しかしハルバニカ公爵がアリアに対する面会を先に行いたいと要望を受けた為、エリクは先にケイルの面会へ訊ねる。
しかし目覚めなかった時と違い、ケイルの部屋の前には四人の武装した従者と魔法師が見張りとして立っていた。
今までと変化した警備の状況を、エリクは訝しげに尋ねる。
「……どういうことだ?」
「昨日から大旦那様に命じられ、監視と警備の強化を行っております。室内にも監視役が二名、彼女に付けています」
「理由は?」
「今回の事件に前後し、彼女は不可解な行動を多く残しています。アルトリア様の誘拐、情報を商いにしていた酒屋店長の殺害、皇国軍施設への侵入、傭兵ギルドに対する襲撃の教唆。その全てが彼女に関わりがあると大旦那様が判断し、逃亡を防ぐ為に監視強化と警備強化を行いました」
「……」
「申し訳ありませんが、彼女への面会はこちらの監視の下で立ち会って頂きます。武器の持ち込みや、彼女との接触もできるだけお控え下さい。それに従って頂けない場合は、彼女との面会を行う事は認められません。宜しいですか?」
「……ああ」
ケイルの罪状に関して事情を知らないエリクは反論できず、背負う大剣と懐の短剣を廊下の壁際に置いて部屋に入った。
室内には二人の武装した従者が部屋の隅に待機し、外に居た従者の内二名がエリクの入室に伴い同行して扉の前で待機する。
そうした監視体制の中で、エリクはベットで上半身を起こしているケイルと久し振りの会話を行った。
「ケイル」
「……よぉ」
今まで厳しい表情ばかりだったエリクの顔が僅かな安堵を宿し、ばつが悪い表情で顔を逸らすケイルに近付いた。
その際、一人の武装従者に接近を止められてしまう。
そして後ろから先程の従者が話し掛けた。
「エリク殿。失礼ですが、これ以上の接近はお止め下さい」
「!」
「理由は、先程お話した通りです」
「……そうか」
疑惑と嫌疑を掛けられているケイルへ自分が接近する事で、何かしらの事態を懸念している公爵家側はケイルとエリクの接触を許さない。
それでもエリクは、やや離れた位置からケイルに話し掛けた。
「ケイル、大丈夫か?」
「……大丈夫って、何が?」
「覚えてないのか? お前は、青い老人の魔法で胸を貫かれて――……」
「それは覚えてんだよ。……なんでアタシ、死んでないんだよ……」
「ある男が、お前を救った。しかし一ヶ月の間、お前は眠り続けていた」
「……クソッ、余計な事しやがって……」
目を逸らして愚痴を漏らすケイルは、苦々しい表情を浮かべる。
それを見たエリクは不思議そうに聞いた。
「どうしたんだ?」
「……生き恥だって言ってんだよ。あそこで死んでれば、幾らか格好も付いたってのによ……」
「……?」
「あの御嬢様に振り回されて、不様に自分を追い込んで、お前に全部バレちまった。しかもあの御嬢様の口車に反論も出来ずに、情けなくオメオメと戻って来ちまったしよ……」
「……」
「こんなクソ格好悪いまま生き延びるくらいなら、あのまま死んでた方が――……」
「ケイル」
自身が生き永らえている事を恥じるケイルの言葉を、エリクは強い口調で遮る。
それで口を止め伏せていた顔を上げたケイルは、エリクの表情を見た。
エリクの顔は、怒りを宿しながらも寂しさを同居させた瞳と表情をしていた。
「不様でも、格好が悪くても、情けなくても、生きている方がいい」
「……」
「お前は生きている。それが、俺には嬉しい」
「!!」
「生きて戻って来てくれて、良かった」
エリクはそう言いながら、表情をそのままに涙を流す。
それを見たケイルは驚き、初めて見るエリクの涙に動揺しながら慌てた。
「お、おい。泣くなよ! っていうか、なんで泣くんだよ!?」
「……分からない。勝手に、流れる」
「大の男が泣くなよ!! っていうか、他の奴等が見てんだろ!?」
「……ッ」
「あー、もう! 分かったから、もう言わないから、早くそれ拭けよ!! おい、なんか布とかねぇのかよ!?」
監視する従者達に対して布を要求するケイルに、従者達は顔を見合わせ手拭を用意してエリクに渡す。
それを素直に受け取ったエリクは、顔を拭いながらしばらくして涙を止めた。
「治まった」
「そうかよ、良かったな。……ったく、マジで焦ったじゃねぇかよ……」
「?」
小声で愚痴るケイルは再びエリクの顔を見ると、先程のような弱気を見せずに話し始めた。
「アタシがこうして監視を受けているってことは、アタシの素性をそれなりに調べられたらしいな」
「……ああ」
「なら、全部喋っておくよ。……喋らないと、お前やマギルスにも迷惑を掛けそうだからな」
ケイルは自身の状況を察し、公爵家に拘束されている現状を理解する。
そして目の前にいるエリクや協力者となっていたマギルスの為に、今までの経緯を全て供述した。
「前にも言ったが、アタシは表では傭兵ギルド所属の傭兵として、裏では【結社】として雇われていた。他にも色々と付随した立場はあったが、今はそれだけだ」
「俺を、結社に引き入れるという話か?」
「ああ。お前を結社に引き入れるよう依頼したのは、ウォーリス=フォン=ベルグリンド。当時は王子だったが、今はベルグリンド王国の国王になってる」
「……何故、そいつが俺を結社に?」
「分からない。始めはアリアの推測で、英雄としてのお前が邪魔になったから追っ払ったんだとアタシも思ってた。けど、何か違う気がする」
「?」
「邪魔だって話なら、冤罪として捕らえた時点ですぐにお前を殺せば済む話だ。それをせずにわざわざ逃がす段取りとしてアタシにお前を【結社】に誘わせるのも、おかしな話だと思ったんだ。……可能性があるなら、ウォーリス自体の背後にも何者かが存在して、お前をワザと国から出して結社に引き入れるように命じた奴がいることになる」
「……そ、そうか」
「分かってねぇな?」
「あぁ、すまん」
「別にいいよ。……アタシはそれ以外で【結社】に関する依頼は受けていない。アリアを攫うようバンデラスに脅迫された時も、アタシの依頼主と同じ依頼主に命じられているのかと思って焦った。だからアタシは、アリアを騙し打ちしてバンデラスに引き渡した」
「……」
「その後、アリアを引き渡したのにお前の所に帰るわけにはいかなくて、皇都を根城にしてた頃の隠れ家に向かった。そうしたらアタシの隠れ家にマギルスが潜んでて、バンデラス一味に連れ去られそうになってた奴隷の子供を連れて隠れていると聞いた。傭兵ギルドで見た顔が居たんだとさ」
「!」
「色々と腑に落ちない点が多くて、バンデラスの事を聞き出す為にアタシとアリアを嵌めた情報屋の所に押し入った。その時には既に、情報屋は殺されてた。多分、バンデラス一味の仕業だろう」
「……ここの者達は、お前が情報屋を殺したと疑っている」
「アタシは殺ってねぇよ。殺るなら、誰にも死体が見つからないように上手く殺るさ」
「……そうか。そうだな」
「情報屋が死んで状況が煮詰まった時に、マギルスが隠れ家から出て奴隷の子供の契約書を取りに行こうとしているのを聞いた。そしてアタシが契約書の場所を教えて、直接バンデラスの事を調べる為に二人で傭兵ギルドに乗り込んだ」
「……」
「そこでバンデラスの私物を調べたが、アタシの依頼主とバンデラスの依頼主は全く別人だと理解出来る痕跡が残ってた。そして奴隷の子の契約書をバンデラス自身が預かってると聞いて隠れ家に戻ったら、そこが荒されて奴隷の子が攫われたと知った」
「……あの基地に来ていたのは?」
「傭兵ギルドを漁って見つけた資料の中に、第四兵士師団に関する資料が大量に見つかったからだ。そこに当たりを付けて皇国軍施設に侵入し、幾つか不自然な情報がある第四兵士師団の基地情報を得た。そこの兵士が五年間で不自然な行方不明者を多く出してるとか、犯罪者を大量に運んでるとか、捕らえた魔物や魔獣を運搬してるとかな」
「……合成魔獣と、合成魔人の事だな」
「ああ。だからマギルスと一緒に、あの基地へ向かった。バンデラスの資料にある幾つかの入り口から二手に別れて侵入し、お互いに探し物を探した。……そしてお前が、奴隷の子を連れてバンデラスと遭遇してる現場を行き着いた」
「!」
「そこからは、お前が知ってることと大差無いだろうさ」
ケイルは前で今までの行動を全て教える。
アリアと別れてからマギルスと共に行動しバンデラスを探す為にあの基地へ赴き、そしてエリクとの戦いで満身創痍だったバンデラスの前にケイルは現れた。
そして依頼主の話を聞き出そうとしたが、口を割らなかったバンデラスは首が飛び死亡する。
そこで目覚めたエリクに発見され、あの会話を行った。
「正直、お前がなんで基地にいるのか、ワケが分からなかった。今更思えば、バンデラスがあそこにいた時点で、連れ去られたアリアもそこに運ばれてるって事も考え至るべきだったな」
「……そうか」
「何をどう言おうと、アタシがお前を裏切ったのも、アリアを裏切ったのも変わらない。……これから先、アタシがどうなろうと自業自得の話だよ」
「……」
ケイルは全てを話し、こうして捕らわれの身となった先を予見する。
【結社】という組織は、言わば国際法を破る事を常等とした犯罪者集団。
その組織の構成員であるケイルが皇国内で行った事は、皇国の法に照らし合わせれば間違いなく罪に問われる。
どの角度から見て酌量の余地を与えられても、軽くとも犯罪奴隷、重ければ死刑が適応されるだろう。
それを察しているケイルは、口元を微笑ませながら最後の言葉として口を開いた。
「アタシの事は気にするな。お前は何も関係――……」
「ケイル」
「!」
「俺達は仲間だ」
「……!!」
「だから、待っていろ。今度は俺達が助ける」
いつもと変わない表情で意志と覚悟を告げたエリクは、そのまま部屋を出て行く。
その後を連れ立った従者達が追い、部屋にはケイルと監視者達の三名だけになった。
エリクの告げた言葉を呆然と聞いていたケイルは徐々に表情を歪め、手元にあるシーツに顔を埋めて小さな嗚咽を漏らした。
「……格好、良すぎるんだよ。クソ……ッ」
そう小声で漏らし泣くケイルの姿を、端で監視する従者達はこの時だけは顔を逸らして見ないようにした。
それは公爵家に仕える紳士として、思い人を思い泣く女性に向ける最低限の礼儀でもあった。
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