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螺旋編 三章:螺旋の未来
脚色
しおりを挟むアリアが書いた本を三冊とも読んだエリクは、そこに書かれた内容と事実がかなり異なる事を疑問に思う。
そしてアリア自身の事がほぼ何も書かれていない事を訝し気に思いながら、エリクは三冊の本を腕に抱えて自分の大剣や荷物を背負った。
「……一度、聞いた方がいいか」
自身の疑問を晴らす為に、エリクは本を携えて部屋を出る。
どうやって出るか僅かに悩んだが、マギルスやクロエが扉の鉄板部分に手を翳す光景を思い出して真似ると、部屋の扉は自動的に開いた。
ドアノブを用いず、手で押し引きするワケでもなく開いてしまう扉をエリクは不可解に思いながらも、今はアリアが書いた本の謎を知る事を優先して動く。
部屋を出たエリクは通路を歩き、まずは人を探した。
何処を探せばいいかを考えて周囲を見渡した時、クロエが食堂があると言っていた方向を思い出す。
そちらの方角へ歩いて行くと、耳に人のざわめき声が微かに聞こえて来た。
人がいる事を確認しながらそのまま進み、エリクは大きく広がる空間へ出る。
そこには数十人の作業服を着た者達が食べ物を受け取り、それぞれが食事をしている食堂があった。
「……ここか」
そこが間違いなく食堂だと思ったエリクは、人の多さから今が食事時だと判断する。
地下の空間内で時刻が判別できないエリクだったが、それを気にするより先に食堂を歩いて事情を知っていそうなダニアスを探した。
食堂に踏み行ったエリクに、幾人かが気付く。
その気付きは強い騒めきを生み、波紋のように広がるそれは食堂にいる者達の視線を集め出した。
それに気付いたエリクは集まる視線を否応なく感じながらも、ダニアスを探す。
しかしそれらしい風貌の人物は居らず、逆にエリクはとある人物に見つけられた。
「――……おぉい、エリク!」
「……グラドか」
声が聞こえる方にエリクは視線を向け、副官と一緒に食事を食べていたグラドがいる机に向かう。
そしてエリクの名を聞いた食堂にいる者達の視線は、一層強い驚きを含むモノとなって静寂を生み出した。
周囲の様子を意に介する事無く、エリクはグラドの前に辿り着く。
その周囲で食事をしていた者達は自然と身を引き、食事をしているグラドの前にある席が空いた。
そうした様子を見ていたグラドは鼻で溜息を吐き出し、鼻先を動かしながらエリクに促した。
「まぁ、座れよ。せっかく空いたんだし」
「いや。……ここに、ダニアスはいるか?」
「議長? いないぜ。基本、議長は司令部にいるからな。食事も向こうで摂ってる」
「そうか。……なら、そっちに行くしかないか」
「議長を探して、どうした?」
「聞きたい事があった。この本の事で……」
「昨日、渡されてた本か」
「ああ」
「……お前等の本、二十年くらいに流行ってな。それなりに綺麗な絵も付いた本で出されたんだわ」
「絵本か?」
「ああ。だからそういうのを読んでた当時の子供連中なんかは、お前等の事を良く知ってる。ここの連中なんかは、特にな」
「……そうか」
食堂にいるほぼ全員の視線を受けている理由を自覚したエリクは、机に三冊の本を置く。
それを見たグラドは食事を終え、改めてエリクに聞いた。
「……それで、お前が議長に聞きたいのは、その本の事か?」
「ああ。……ここに書かれている事は、事実じゃない」
「ほぉ。嘘っぱちなのか?」
「いや、確かにあった出来事は書いてある。だが、どれもアリアの事が何も書かれていないし、アリアがやった事を俺達がした事になっている」
「……なるほど。脚色ってやつだな」
「きゃくしょく?」
「要するに、見栄えがいいように誇張して書かれてるってことだ。……俺もお前等の本を読んだ事があるから思えたが、実際にお前さん等と会ってる俺からすれば、色々と変な感じはしてたんだ」
「……何故、アリアはそんな書き方を……?」
本の内容が脚色された物であり、エリク達の活躍が見栄えが良くされている事を不可解に思う。
そうしたエリクの表情を見ながら、グラドは自身の見解を述べた。
「……その本の主役は、お前等だ。だからアリアお嬢さんは、自分の事を書かなかったんじゃないか?」
「!」
「市場に出た絵本は、言わばその三冊に書かれた部分を合わせて時系列で繋げたモノだった。あの本に書かれてた内容は、あくまでお前等が主役。アリアお嬢さんは、その三人を見ている同行者として書いてたんだろうさ」
「……グラド。お前は本の書き方に、詳しいのか?」
「まぁ、これでも騎士爵に任じられてから勉強しまくったからな。腕っぷしだけでどうにかなるほど、務まる仕事でもなかったしな」
「そうか」
「……それに、お前等を良く見せたかったってのもあるんじゃねぇか?」
「俺達を……?」
「戻って来ない仲間の事を思いながら、少しでも誰かに良く見て貰おうと思って、そういう脚色をしたんじゃねぇかな。アリアのお嬢さんは」
「……そうなのか……」
グラドに諭されながら、エリクは本に書かれた内容が事実と異なる理由を推測される。
それに一定の理解を示したエリクは、一応の納得を頭の中で浮かべた。
しかし、まだ奇妙な引っ掛かりをエリクは覚えている。
それが何なのか分からず眉を顰めるエリクの表情を見ながら、グラドは食器の乗った盆を持って立ち上がった。
「……まだ何か気になる事があるなら、俺と一緒にダニアス議長の所に行くか?」
「いいのか?」
「新米共の訓練は、他の奴等にも任せておけるからな。――……お前等! さっさと食って、訓練に行って来い!!」
「は、ハイッ!!」
視線を向けていた食堂の者達に、グラドは怒鳴りながら呼び掛ける。
全員がその声で思わず固まりながらも、手早く食事を食べ始めて席を離れて行った。
「んじゃ、俺はエリクを連れて行くから。訓練は任せたぜ、副官殿」
「分かりました」
グラドは食器を食堂の脇に置き、そのまま食堂を出る。
その後を追うようにエリクは付いて歩き、ダニアスがいる司令部へと向かった。
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