虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

文字の大きさ
383 / 1,360
螺旋編 四章:螺旋の邂逅

内乱の終結

しおりを挟む

 反乱領軍と討伐軍が衝突する最前線で、エリクは団長ガルドに指示されて鎧を着て指揮する敵兵士に向かい、混戦の中を走り抜ける。
 九歳に思えぬ体格と脚力で混戦の中を走り抜け、幾多の死闘の中を掻い潜りながら敵陣地を突破し、鎧を着た敵兵士がいる場所にエリクは辿り着いた。

 一際厚い鎧を着た兵士が軽装鎧の部下達を周囲にはべらせながら何か何かを話し、混戦の中で自陣の兵士や傭兵達に指示を飛ばしている。。

 それを見て確認したエリクは、身を低くしながら鎧を着て指揮している兵士に向かって駆け出した。
 それに軽装鎧を着た兵士の一人が気付き、叫ぶように指揮する兵士に伝える。

「兵長!!」

「!?」

「アレは、敵の傭兵か!? 一人で突破しただと!?」

 武器を持ち走り近付くエリクが自陣の傭兵ではないと気付き、軽装鎧の兵士達がそれぞれに武器を構える。
 そして一人の兵士が剣を構えながら走り、エリクに襲い掛かった。

「うぉおッ!!」

「!」

 エリクは振り被り降ろされる剣を視界で捉え、紙一重で左側に身を捩りながら回避する。
 その体勢と間合いでは剣を振れないエリクは、身を捩りながらも左腕の肘を兜を着た敵傭兵の後頭部に殴り付けた。

「グ、ハッ!?」

 剣を振り下ろした体勢で後頭部に衝撃を受けた兵士は、そのまま地面に突っ伏すように上半身を倒す。
 兜で斬撃や打撃をある程度は防げても、それによる衝撃を防ぎ切れるわけではない。
 揺れる脳と意識を立ち上がれない兵士を無視するエリクは、体勢を戻して敵兵長に走り出した。

「や、奴を殺せ! 全員でだ!!」

「ハッ!!」

 エリクの凄まじい身体能力を見た敵兵長は、目の前に迫る相手が普通の傭兵ではないと即断する。
 そして周囲にいる他の部下達に命じ、接近するエリクと相対させた。

 一人の兵士がエリクの正面に立ちはだかり、左右を挟むように二人の兵士が囲む。
 三方から敵兵士に阻まれたエリクは立ち止まると、兵士達は三人同時に襲い掛かった。

「死ねッ!!」

「おぉおッ!!」

「はぁあッ!!」 

 全員がそれぞれに殺意を放ちながら剣を振り、エリクに迫る。
 それに対応するエリクは素早く左右へ視線を動かし、左側の兵士に向けて駆け出した。

「!?」

 エリクは正面と右側から迫る兵士が振る剣の間合いから外れ、逆に左側の兵士の間合いに自ら近付く。
 そして左側の兵士が振り下ろす剣を自身の右手で握る剣で薙ぎ払い、凄まじい速度と衝撃で兵士の剣を弾き飛ばした。

「な……なにぃ!?」

 剣を弾き飛ばされた兵士は驚愕し、剣を握る腕に痺れを生じさせる。
 その僅かな動揺の隙を狙い、エリクは一歩分の跳躍をしながら薙いだ剣の柄で兵士の左側頭部を叩き付けた。

「ガッ、グ……ッ」

 凄まじい膂力と衝撃で兜の上から殴られた兵士は、そのまま右側へ倒れ込む。
 先程の兵士と同じように気絶に追い込んだエリクは振り返り、残る二人の兵士と向かい合った。

「こ、こいつ……」

「強い……」

 瞬く間に仲間の兵士を倒した光景を二度も見た兵士達は、目の前のエリクが尋常ではない敵だと察する。
 そして警戒しながらエリクとの間合いを一定に離し、兵長を守れる位置へ回りながらエリクを再び阻んだ。

 深く踏み込まない兵士達によって、僅かな時間ながらも状況が膠着する。
 そしてエリクは隙を見せない兵士達に対して、踏み込んで相対そうとした時。

 エリクの後方やや左側から一本の矢が飛び、阻む左側の兵士の右腿にそれが的中した。

「グ、ァアッ!?」

「エリク!!」

「!」

 矢が膝に命中した兵士は崩れ、その場に倒れ込む。
 目の前の敵に矢が突き刺さり、更に混戦の怒声が飛び交う中でエリクは声を聴いた。

 その声が自分の知る青年傭兵ワーグナーの声であり、矢は彼が持っていた弓による攻撃だと察したエリクは、振り向かずにもう一人の兵士に襲い掛かる。
 矢で崩れた兵士に注目していたもう一人の兵士は、近付き襲おうエリクに気付くのが遅れながらも剣を振った。

 それを見極めて踏み込みを留めて紙一重で回避したエリクは、横へ振り隙だらけとなった兵士に向けて左拳を握り、そして顔面に拳を撃ち放つ。
 殴られた兵士は表情を歪めて鼻や口から流血し、そのまま後ろへ倒れ込んだ。

 阻んでいた兵士達は全て倒れ伏し、ついに兵長を守る者はいなくなる。
 その兵長に視線を移したエリクに対して、兵長は怯えを含んだ目を向けながらも、防具の下で冷や汗を流しながら震える手で剣を引き抜き、そして構えた。

「……たった、たった一人に……こんな……」

「……」

「う、うわぁああッ!!」

 エリクが歩み寄る為に足を踏み出した瞬間、兵長は怯えながらも剣を握りながら走り、雄叫びを上げながら剣でエリクの顔面を突いた。
 しかしエリクは首を傾けてその突きを回避し、更にその動きを利用して身体を捩り、横に振りながら兵士が纏う腰部分の鎧の隙間を狙う。
 
 そして右手に持つ剣を隙間に沿うように薙ぎ、エリクは敵兵長の腰回りを斬った。

「あ、ぃぎ……ッ」

 兵長はそのまま腰部分から夥しい流血をしながら剣を手放し、痛みに苦しみながら着られた部分を手で押さえながらも後ろへ倒れ込む。
 エリクはガルドに指示された事を達成し、次はどうするかを考えようかとした。

 その時、エリクは混戦の怒声が響く中で、倒れながら血を流す敵兵長の声を聴く。
 それに気付いて視線を向けたエリクは、腰から血を流し吐血しながら涙を流す兵長の顔を見た。

「……い、やだ……。死に……たく……ない……」

「……」

「マル……チナ……。マーサ……。とうさん……かならず、もど……ごふぉっ、がはっ……」

 敵兵長はそう言いながら更に吐血し、次第に瞳から生気が薄れる。
 エリクに斬られた傷は致命的であり、僅かに腰回りが内臓の一部と皮で繋がっているだけ。 
 助かる可能性は皆無であり、それは今まで何度も魔物を仕留めて来たエリクでも理解できた。

 しかしその兵長は生を諦めず、涙と血を流しながらも必死に意識を手放そうとしない。
 それでも三十秒ほど経つと、その兵長は声を発しなくなり、瞳から生気を失い、腰の傷を抑えていた手に力が入らなくなった。

「……」

「……」

 自分が殺したその兵士の姿を見て、何故かエリクは思い出す。
 自分と一緒に暮らしていた老人が、病で衰弱して死んだ時の姿を。

 その兵士の死を見届けてしまったエリクは僅かに硬直していた時、周囲の状況はまた動き出していた。
 指揮をしていた兵長が死んでいる事に気付いた敵反乱領軍の傭兵達が、状況の不利を察して逃亡し始める。

「こいつぅぅうう!!」

 そんな中で兵長を倒したエリクを襲おうと、一部の敵傭兵達が逃亡がてらに襲い掛かって来た。
 それに気付くのが遅れたエリクは、振り返り飛び避けるように敵傭兵達の攻撃を回避する。
 それでも迫る傭兵達を見ると、エリクは剣を振り弾き、先程と同じように敵傭兵の防具が無い部分を斬り割いた。

「ギャァァアアッ!!」

「このガキィ!!」

 斬った傭兵が絶叫を上げて倒れる中で、更に別の傭兵が迫る。
 エリクはその傭兵が振り下ろす剣を同じように弾き飛ばす事に成功したが、自分の剣も刃が折れてしまった。

 エリクは咄嗟に折れた刃で突き、前に居た敵傭兵の首を刺し貫く。 
 折れた剣は刺さったまま離れ、その傭兵は苦しみながら後ろへ倒れ込む。
 しかしまた、別の傭兵が襲い掛かって来た。

 武器を失ったエリクはそのまま飛び避けるしかなく、自分を狙う周囲の傭兵達が一斉に襲い掛かる。
 その時、エリクは視線を動かしてある光景を目にした。

 他の傭兵達が自分の武器を失った後、地面に落ちている敵や味方の武器を拾い、そして使っている。
 それを見て学習したエリクは、自分も同じように周辺に落ちている武器を探した。
 そこで自分が倒した兵士の剣が落ちている事に気付き、エリクはその近くまで飛び転がりながら近付く。
 そして剣を拾い握ると、襲い掛かる傭兵達の剣を弾き飛ばし、先程と同じように防具の隙間を突いて薙ぎ斬った。

 こうした戦いを十数分近く、エリクは続ける。 
 そして敵陣地の最前列で指揮していた兵長を失い統率できず、味方の傭兵達が散り散りに逃亡し始め、ついに反乱領軍の最前線が崩れた。

 更に隊列を組んだ討伐軍の歩兵達も最前線に到着し、盾と槍を大きく前へ突き出しながら前進する。
 敵反乱領軍の左翼の前線は崩れ、ついに壊走染みた撤退を始めた。

 反乱領軍は戦線の崩壊と共に撤退を始め、討伐軍の本陣はそれを追うように侵攻する。
 最前線を任せられていた傭兵達の多くはその侵攻にはついて行かず、その侵攻を避けるように疲労と負傷でその場に留まった。

 王国の討伐軍が戦闘で犠牲にした傭兵の数は、凡そ百五十名。
 反乱領軍は五百名以上の傭兵を失い、更に撤退時の追撃によって兵士を二百名以上も失ったとされる。

 撤退した反乱領軍は領地にある砦に籠城したが、討伐軍に囲まれた状態で補給が出来ず、残る二千名の兵士を養うだけの兵糧を賄えず、一ヵ月程で内部から瓦解し、多くの脱走者を出した。
 戦力を維持できず、また兵糧攻めの策を講じられてしまった反乱領軍は、ついに討伐軍に対して降伏する。

 こうして、エリクの初陣となったベルグリンド王国の内乱は終結した。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!

nineyu
ファンタジー
 男は絶望していた。  使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。  しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!  リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、  そんな不幸な男の転機はそこから20年。  累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!

【完結】国外追放の王女様と辺境開拓。王女様は落ちぶれた国王様から国を買うそうです。異世界転移したらキモデブ!?激ヤセからハーレム生活!

花咲一樹
ファンタジー
【錬聖スキルで美少女達と辺境開拓国造り。地面を掘ったら凄い物が出てきたよ!国外追放された王女様は、落ちぶれた国王様゛から国を買うそうです】 《異世界転移.キモデブ.激ヤセ.モテモテハーレムからの辺境建国物語》  天野川冬馬は、階段から落ちて異世界の若者と魂の交換転移をしてしまった。冬馬が目覚めると、そこは異世界の学院。そしてキモデブの体になっていた。  キモデブことリオン(冬馬)は婚活の神様の天啓で三人の美少女が婚約者になった。  一方、キモデブの婚約者となった王女ルミアーナ。国王である兄から婚約破棄を言い渡されるが、それを断り国外追放となってしまう。  キモデブのリオン、国外追放王女のルミアーナ、義妹のシルフィ、無双少女のクスノハの四人に、神様から降ったクエストは辺境の森の開拓だった。  辺境の森でのんびりとスローライフと思いきや、ルミアーナには大きな野望があった。  辺境の森の小さな家から始まる秘密国家。  国王の悪政により借金まみれで、沈みかけている母国。  リオンとルミアーナは母国を救う事が出来るのか。 ※激しいバトルは有りませんので、ご注意下さい カクヨムにてフォローワー2500人越えの人気作    

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

異世界に移住することになったので、異世界のルールについて学ぶことになりました!

心太黒蜜きな粉味
ファンタジー
※完結しました。感想をいただけると、今後の励みになります。よろしくお願いします。 これは、今まで暮らしていた世界とはかなり異なる世界に移住することになった僕の話である。 ようやく再就職できた会社をクビになった僕は、不気味な影に取り憑かれ、異世界へと運ばれる。 気がつくと、空を飛んで、口から火を吐いていた! これは?ドラゴン? 僕はドラゴンだったのか?! 自分がドラゴンの先祖返りであると知った僕は、超絶美少女の王様に「もうヒトではないからな!異世界に移住するしかない!」と告げられる。 しかも、この世界では衣食住が保障されていて、お金や結婚、戦争も無いというのだ。なんて良い世界なんだ!と思ったのに、大いなる呪いがあるって? この世界のちょっと特殊なルールを学びながら、僕は呪いを解くため7つの国を巡ることになる。 ※派手なバトルやグロい表現はありません。 ※25話から1話2000文字程度で基本毎日更新しています。 ※なろうでも公開しています。

現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~

はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。 病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。 これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。 別作品も掲載してます!よかったら応援してください。 おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。

処理中です...