513 / 1,360
螺旋編 五章:螺旋の戦争
楽園追放
しおりを挟む神の理想についてシルエスカに諭された青年は、精神的な衝撃に耐えられずに膝を着く。
周囲の子供達は青年の動揺振りを見て、駆け寄りながら心配していた。
そうした中で兵士達が待つ森の方へ進んだシルエスカは、呆れ気味に口元を微笑ませながら呟く。
「……我とした事が、子供相手に大人気なかったな」
齢百歳を超えている自分自身の行いをそう述べ、シルエスカは自嘲する。
そして前を向いて歩もうとした時、シルエスカは世界を揺らすような衝撃を感じた。
「――……ッ!?」
地下空間の大自然が突如として地鳴りと共に大きな揺れを生み、森や山から多くの鳥が飛び立ち、動物達が逃げるように移動する。
そして遺跡の町に住んでいた少年少女達も大きな揺れに動揺し、不安と恐怖を抱きながら身を縮め、互いに寄り添う合うように守り合っていた。
その揺れが収まり始めると同時に、兵士達が森から出てシルエスカの傍に駆け寄る。
そうした兵士達に驚く遺跡の子供達を横目に、シルエスカは兵士達に呼び掛けた。
「――……お前達、大丈夫か!?」
「はい! 元帥、この衝撃は……!」
「……恐らく、グラド達が仕掛けた時限爆弾だ」
「!」
「第二目標、魔導人形製造施設の破壊に成功したということだ」
「……や、やったぁああ!」
「これで、魔導人形達が止まる!!」
シルエスカは都市の地上で聞いた報告を照らし合わせ、それがグラド達の作戦が成功した事を推測する。
推測は正しく、この時にグラド達はアズマ国とフォウル国の増援に救助され、工場地帯から撤退していた。
仕掛けから一時間が経過した魔導人形の製造施設は、百以上の時限爆弾に工場地帯ごと都市部が崩落する。
その衝撃は仕掛けた当事者達が思っていた以上に高く、クロエが開発した爆弾が予想以上の威力である事を成果として物語っていた。
それをシルエスカから伝え聞いた兵士達の喜び様に、シルエスカは僅かに口元を微笑ませる。
しかしすぐに表情を引き締め、兵士達に告げた。
「――……まだだ。まだ終わっていない」
「!?」
「向こうは目標を達した。ならば我等も、その目標を達せなければならぬ」
「……はい!!」
「このまま町を抜け、北部へ向かう。他にも通路があるかは不明だが、鉄壁があればそこを破壊し、通り抜けるまでだ」
「了解!」
シルエスカはそう述べ、兵士達を伴い北へ向けて歩き出す。
それに追従しようとする兵士達の中で、一人が子供達を見ながらシルエスカに聞いた。
「元帥。あの子達は……?」
「神の理想とやらに踊らされた、ただの子供。それだけだ」
「そ、そうですか……。このまま、置いて行くんですか……?」
「彼等が神を信じ、ここを楽園だと思うのなら。ここに残るしか彼等に生きる選択肢は無い。……そうでないのなら、自分達でこの楽園から出るだろう」
シルエスカはそう述べ、怯える子供達から視線を外して北へ向かおうとする。
しかし幾人かの兵士達はそうした子供達の様子を気にしている様子を見せた為、鼻で溜息を漏らしながら告げた。
「……仕方ない」
「!」
シルエスカはそう声を漏らし、子供達がいる方へ向かう。
そして寄り添い合うように怯えた子供の傍を通りながら、膝を着いたあの青年に話し掛けた。
「少年」
「……お前達が、これをやっているのか?」
「さっきの衝撃か? その通りだ。我々の仲間が、お前達の神を阻む一つの作戦に成功した」
「……なんてことを……ッ!!」
「我々も、今から神の理想を阻む為に向かう。……お前達は、外に逃げたらどうだ?」
「な、何を言って……!?」
「我々の目的は、お前達が住むこの大地を地上へ落とす事だ。もしそれが成功すれば、ここにいる全員が死ぬだろう」
「……そんな事にはならない! 神やミネルヴァ様が、お前達を倒すッ!!」
「そう信じるのは勝手だが、既に我々の作戦は一つが達せられたのだ。次も達成する為に、我々の仲間も別の場所で動いているだろう。……その時が起こるのも、時間の問題だと考えろ」
「……ッ」
「お前達はそうやって怯えながらここに残り、何も成さずに死ぬのか。それとも、死を逃れる為に醜悪な世界でも生きるのか。……神から言われて従うのではない。自分達で選べ」
「……俺達は……ッ」
「皆に問い、どうするか決めろ。それが、生命を持つ者が出来る行動だ」
シルエスカはそう伝え、青年に選択を迫る。
青年とそれほど歳の違いが無さそうなシルエスカだったが、百年以上を生きた貫禄と威圧感は青年を断念させ、他の子供達に呼び掛けた。
「『……皆、聞いてくれ。この地はもうすぐ、外の者達によって滅ぼされる』」
「『え……!?』」
「『なんで!? 神様や神官様は、ここは安全だって言ったよ!』」
「『ああ。……ッ!!』」
「『キャアッ!!』」
子供達が話し合っている時、再び地下全体に大きな揺れが起こる。
グラド達が起こした爆発の余波が新たな衝撃を生んだのか、それとも別の要因か。
それが分からず、また安全な場所だと思っていた子供達が危険を感じ取る程の状況となり、全員が不安と動揺に満ちた表情を浮かべていた。
そんな子供達に対して、青年は表情を強張らせながら伝える。
「『……俺が神に与えられた御業と、ミネルヴァ様に与えられた役目は、お前達を守る為に使う。……ここを出て、安全な場所まで避難しよう』」
「『で、でも。どうやって……?』」
「『どうやら、あの者達が知っているらしい』」
「『で、でも! あの人達、外の人なんでしょう?』」
「『ああ、そうだ。彼等は、神の理想を阻もうとしている』」
「『!?』」
「『だ、だったら! 僕達があの人達を止めないと!』」
「『忘れたのか? 神の教えを』」
「『……争っちゃ、いけない……』」
「『そうだ、俺達は争ってはいけない。例え奴等が醜悪な外の人間でも、俺達も争えば奴等と同じ醜悪な存在となり、神の恩恵を得られなくなる』」
「『……』」
「『今は耐え、ここから避難しよう。……でも信じるんだ。こんな奴等、我等の神と、そしてミネルヴァ様が浄化してくれる。そして、ここに戻って来よう』」
「『……うん……』」
青年の説得に子供達は頷き、避難する事を受け入れる。
まだ僅かに揺れる中で青年は立ち上がり、シルエスカを見ながら告げた。
「……俺達は避難する。だが、神やミネルヴァ様の行いでお前達が浄化される事を望む」
「そうか。それで、お前達が行ける逃げ道があるのか?」
「外に通じる通路がある。ここから西に行った場所が近い」
「西か、位置的に我々が来た場所だな。だが山道に子供の短い脚では移動も遅かろう。他に道は無いのか?」
「東にある。だがそこは外に行くには遠いし、ミネルヴァ様に立ち入るのは禁じられている」
「ならば、東にはよほど重要なモノがあるのだな。良い事を聞けた」
「……あっ、しま……っ!!」
「子供とは、そう素直であるべきだ。……西の出入り口に行くなら、こちらの兵士を同行させる。外には我等の仲間達が布陣しているからな。お前達が危害を加えぬ限り、保護するように命じよう」
「……礼は言わない。俺はお前達が、浄化される事を信じる」
「そうか。……ではな、敬虔な少年よ」
青年は僅かに憎々しい瞳をシルエスカに向け、それに対して微笑みながらシルエスカは再び背を向ける。
そして兵士達の中から五名を選び、子供達と共に道を戻り、都市に居る部隊と合流するよう命じた。
こうしてシルエスカ達は、青年から話を聞いて次の場所へ向かう。
子供染みた理想の世界を築こうとする、神《アリア》の企てを阻む為に。
0
あなたにおすすめの小説
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!
nineyu
ファンタジー
男は絶望していた。
使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。
しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!
リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、
そんな不幸な男の転機はそこから20年。
累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~
k33
ファンタジー
初めての小説です..!
ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる