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螺旋編 五章:螺旋の戦争
天上の生活
しおりを挟む地上では時限爆弾が魔導人形製造施設が爆破し、グラドとヒューイ親子が率いる同盟国軍が増援と合流し、箱舟に辿り着いた時期。
そしてシルエスカが地下の楽園に導かれた子供達を形として保護し、更なる奥へ目指していた頃。
それに重なる出来事として、マギルスと『青』が地下で遭遇し、更に同行する形となった事を、それぞれの立場に居る人物達はまだ知らない。
もう一方で、それ等の人物達に居場所を知られる事も無く、一人で行動している男がいる。
「――……この階段は、まだ続くのか……」
『普通だったら、途中で足か膝が壊れちゃうわね。こんな永延と続く階段、作る奴の気が知れないわ』
「……それは、君なりの皮肉か?」
『あら、失礼ね。私と今の私を一緒にしないでよ』
魔鋼で出来た黒騎士の魔導人形を破壊し、白い空間の中でひたすら階段を登り続けるエリクは、再び螺旋の階段を駆け上がっている。
黒騎士に傷付けられた左肩は生命力で高めた治癒力で止血されていたが、まだ完全には治っていない。
それでも問題なく脚力に力を集約し、エリクは幾度も多くの段差を跳び越えながら更に上を目指していた。
更に気紛れに魂で話す制約のアリアと喋りながら、既に数十分以上が経過している。
そんなエリクが僅かに揺れる螺旋の階段と壁に気付き、足を止めて衝撃を感じた方向へ顔を向けた。
「――……揺れたな」
『外で何かあったのかしら?』
「……」
『生命力や魔力の感知も、全て周りの魔鋼で遮られてる。探っても無理よ』
「……そうか」
『外の事は、外の人達に任せましょう。……それに、もうすぐ着きそうだし』
「……」
外を気にしていたエリクは魂で呼び掛ける制約のアリアに促され、上を見上げる。
永遠と続くかに思えた階段の終わりとなる天井が再び見え始め、エリクは止めていた足を再び動かした。
それから十数分後、エリクは新たな天井へ辿り着き螺旋の階段を登り終える。
飛び込むように新たな階層に出たエリクは、足を床に着けながら周囲を見渡し、その光景に目を見開いた。
そこに在ったのは、全長五十メートルの横幅で出来た白い空間。
そしてその白さに埋もれるように、白い壁の中に紋様が刻まれた一つの扉があった。
「……アレは……」
『……大丈夫。あの扉に刻まれてる術式は、結界や罠の類じゃないわ』
「そうか」
『でも、あの術式の紋様。私も初めて見るわね……』
「君も分かっていないのか?」
『いいえ、読み解けはする。アレは単純な開閉術式。でも、数多の術式法典を用いた創作。……今の私が、新たに作り出した魔法術式みたいね』
エリクは扉に近付きながら魂のアリアに聞き、扉の紋様がどのような魔法が施されているのかを知る。
肉体面で圧倒的な能力を得たエリクだったが、やはり魔法に関しての知識は以前よりマシながらも乏しい。
それを補助するように魂で制約のアリアが助言し、見事に術式を読み解いた。
四方が直径五メートル程の白い扉の前に歩み寄ったエリクは、右手を伸ばす。
その右手が扉に触れた瞬間、魂のアリアがこう伝えた。
『エリク、こう唱えて――……』
「……分かった。……『平和の門に告げる。我が暇の地へ、我を導き入れろ』――……」
エリクは呼吸を整え一呼吸した後に、アリアに教えられた詠唱の言葉を述べる。
その瞬間に扉に刻まれた紋様から白い光に溢れ、それが収まると扉が開け放たれた。
「……!」
『ここって……!?』
開け放たれた扉の先にある光景を目にし、エリクは目を見開きながら歩いて入室する。
魂に居る制約のアリアも、エリクの視界を通して見られる現在の空間を目にし、何処か浮足立つ喜びが垣間見えた。
「……本だらけだ」
『まさか、こんな場所に図書館……?』
エリク達が見たのは、円形状の白い壁に敷き詰められるように収められた数えきれない程の本。
更に壁以外にも魔鋼の壁と同じ材質で出来た本棚があり、それがうねるように道を作りながら円形状を描いていた。
そして入り口の左右を壁に覆われてしまっているエリクは、その本棚の道を進む。
本棚の更に上にも本が収められ、床以外の全てが本に囲まれた空間に漂う本特有の匂いを嗅いだエリクは、左右の本を見ながら眺め歩いた。
『――……うわっ。アレ、まさかフラムブルグの秘術書物……!?』
「分かるのか?」
『フラムブルグは秘術関連の書物を多く秘匿していたから。魔導国は主に、魔法学と魔導学の書物が多いし。……って、そっちにソレがあるわね』
「そうか。……ここには、もしや世界中の本が集められているのか……?」
『……あり得るわね。記憶を失ってなくても、私だったらやりそうだし』
「今のアリアは、魔法の知識を集めていたのか……?」
『……いえ、魔法だけじゃないわね。というか、ジャンル関係なしにバラバラに置かれてる。あっちなんか、料理本よ』
「……種類関係なく、本を集めているのか」
『適当に集めて、そして収めたって感じね』
「集めたのに、読んでないのか?」
『読んだのよ。だからバラバラに置いてるの』
「?」
『私は大抵の魔法に関する書物だったら、どんなに難解でも元々からある知識と重ねてすぐに読み解ける。そして理解し終えた本は読み返さないし、もう要らない』
「……既に読んでいるから、並べて置く必要も無いということか?」
『ええ。……それにしても、よく集めたわね。魔導人形を使ったのかしら』
「……各国を魔導人形で襲っていた理由の一つが、本だと思うか?」
『いいえ。どっちかと言えば、ついでかもね』
「ついで?」
『だって今の私、全部を魔導人形に任せてるんでしょ? だったら必要な物は全て魔導人形に掻き集めさせればいいし、やらせればいい。だったら今の私、相当に暇をしてるんじゃないかしら』
「……」
エリクと魂のアリアはそう話しながら周囲を見回し、本が集められた理由を理解する。
都市を浮遊させ魔鋼の塔内部に引き籠った今のアリアは、全てを魔導人形に任せてしまった。
故に暇を持て余し、魔導国だけではなく攻め込んだ地上の国々の書物を掻き集め、それを読み漁る。
結果、今のアリアは魔法に関して秘術書物を読み解き、独自の魔法術式を創り、それすら読み飽きた今のアリアは、他の事が記載された本も掻き集め、それも読み終えた。
結果が、この塔内部の大図書館。
制約のアリアは自分自身が行いそうな行動を推察し、その結論を導き出す。
それにある程度の納得を浮かべたエリクは、並べられた本の道をひたすら進み続けた。
そして床一面の本棚を抜けると、再び壁沿いに螺旋状の階段が存在している。
しかし少し前に上った果てしない階段ではなく、すぐそこにある天井の先へ続く階段であり、エリクは緩やかに階段を歩み上がった。
そして次の階に辿り着くと、再び見えたのは本が収められた空間。
それを見たエリクを通じて、魂のアリアが呆れた声で呟いた。
『……本当に、世界中から集めたみたいね』
「そうみたいだな」
『今の私、どんだけ暇なのよ……』
万数すら超える本の数に、『魂』のアリアは溜息を吐き出す。
エリクもそれを眺めた後に歩き出し、再び本棚で形成された道を歩いた。
それから十回以上、エリクは階段を登り、新たな本がある階層に辿り着く。
まるで無限に在るように錯覚すら抱き始める本に、エリクも魂のアリアも興味を抱かない。
そして次の階層に辿り着いた時、エリクは再び目を見開いた。
「また扉か……」
『……さっきと同じ術式ね。同じ詠唱をすれば開けられるわ』
先程と同じ作りをした空間に、紋様が刻まれた扉が設けられた出入り口。
それを見た魂のアリアが見分し、エリクに扉を開けさせた。
「――……!」
『……ここは……』
扉を開けた先に見えた光景に、二人は驚きを浮かべる。
そこには土があり、雲と日が昇った空があり、木々があり、まるで外に居るような光景があった。
そして目に見える先に森よりやや小高い丘があり、そこに不自然に設けられた白く綺麗な家が建っている。
そこから見えるある人物を視界に捉え、エリクは目を見開きながら呟いた。
「……アリア」
『……』
白い家のベランダに設けられたテラスに、白い服を纏った長い金髪の女性が居るのが見える。
それが三十年前に生き別れたアリアである事を、エリクは一目で理解した。
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