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螺旋編 五章:螺旋の戦争
夜空に映る者
しおりを挟む『神』を崇める子供達の祈りにより、同盟国軍の第六部隊から第九部隊の負傷兵達は傷を全て癒された。
兵士達は魔法にも似たその力を行使する子供達はリーダーである青年に再び近付き、兵士達から離れていく。
そして傷を癒された兵士達は驚きながらも子供達に感謝の言葉を述べ、互いに軽く手を振り合った。
そうした兵士達と子供達の僅かな交流の後に、再び各部隊の隊長達が集う。
負傷兵達が回復し箱舟《ふね》の治療を受ける必要は無くなったが、あの子供達を保護するよう命じられたからには箱舟に連れて行く必要がある。
しかも相変わらず通信機での応答は無く、箱舟の状態を確認する為にもやはり戻る必要がある事が説かれた。
問題は全員で戻るか、それとも部隊と纏まった兵士達の一部を残して戻るか。
そこが論点となったが、五十名以上の子供達を連れて行くならば緊急事態に対応できるように全部隊でという話に落ち着いた。
「――……負傷者は彼等のおかげで完治できたが、箱舟の状況は今も不明だ。子供達の保護を元帥に命じられた以上、確実に彼等を箱舟へ送り届ける!」
「ハッ!!」
各隊長達の命令に各部隊の兵士達も応え、再び撤退の準備が始まる。
建物内に侵入していた戦車が瓦礫や破壊した魔導人形を踏み砕きながら表に出ると、続々と兵士達が銃を構えながら周囲を警戒して展開した。
周囲一帯は動かなくなった魔導人形が広がり、兵士達は気を抜かずに倒れている一体ずつ確認していく。
子供達を表に出しても問題は無いと判断されると、手信号で後続に伝える。
戦車と一部隊が先に移動しながら進路の確認と確保を行い、後続の部隊が子供達を引き連れながら箱舟が着陸している都市東部を目指した。
そして先頭の戦車に搭乗し周囲を見回す第六部隊の隊長は、操縦席に座る副官の呟くような声を聞く。
「……魔導人形。本当に全部、止まってますね……」
「ああ。グラド将軍達が、やってくれたんだ」
「向こうは、無事でしょうか……?」
「無事に決まってる。なんたって、あの『不死身』の将軍が率いてるんだ」
「『不死身のグラド』。懐かしいですね、その渾名」
「皇国が同盟国になるまでの諍いで反乱が起こった時に、突撃したあの人が率いる部隊だけは全員が生還したんだよな」
「将軍がまだ訓練兵の時に、魔物や魔獣が蔓延ってた場所から訓練兵達だけで無事に脱出したって話もありますね」
「ああ。……ただ、怒ると怖いよな」
「そうですね。あの人の訓練、厳しいですから」
「シルエスカ元帥も、将軍ならやり遂げてくれると考えたから一軍を任せたんだ」
「これで元帥も目標を破壊できれば。俺達、帰れるんですね……」
「ああ」
そうした会話で安堵を漏らす副官の頭を見下ろしながら、上の座席で隊長は口元を微笑ませる。
しかし、その微笑みは戦車内部で発生した音と同時に強張った表情へ変化した。
「――……!」
「た、隊長ッ!?」
「……これは、小規模だが複数の魔導反応だ。稼働している!」
「!!」
「全員に厳戒態勢! 子供達を守りながら建物内に避難を!」
戦車内の索敵機に反応が起こり、それに気付いた副官と隊長が同時に慌てる。
そして戦車同士の通信機で状況を伝え、先頭と後続の兵士達に命令が飛んだ。
魔導人形《ゴーレム》が機能停止している中で、小規模な魔導反応が複数も存在する。
まだ動いている魔導人形がいるのか、それとも付近に別の魔導施設が存在するのか。
仮にその施設が重要施設であり、第一目標である浮遊機能を維持している施設という可能性も捨て切れない。
そう判断した各隊長達は、その魔導反応を確認する為に部隊の半数以上を振り分け、少数の班に別れながら魔導反応が感知できた場所を包囲した。
「……この建物の中か?」
「はい」
第六部隊の隊長は戦車を副官に委ね、その包囲網に加わる。
そして小型索敵機を持った兵士に魔導反応が発生している場所を再確認し、その場所に目を向けた。
その建物は幅三十メートル以上、高さは十五メートル程の二階建ての建物。
恐らく旧魔導国の時には商店などに利用されていたであろう建物内部で、確かに複数の魔導反応が存在した。
他にも複数の民家に魔導反応が存在し、各班が反応が見える各建物近くまで音を殺し屈みながら近付く。
兵士達は手信号で指示を送りながら、それ等を包囲して各建物の出入り口に兵士を配置させた。
そして伝令の兵士を使って時間を合わせ、同時に兵士達が建物内部に踏み込む。
「ッ!!」
「うわッ!?」
踏み込んだ瞬間、表口側の長机に銃口と明かりが向けられ、そこに人影がある事を兵士達は確認する。
同時に聞こえた男の声は人影と共に長机の下に隠れると、踏み込んだ兵士は銃を構えながら伝えた。
「人間か!?」
「……」
「我々は、アスラント同盟国軍所属の部隊だ! 両手を上げ、大人しく投降しろ!」
「……同盟国軍か!」
そう兵士が告げた瞬間、長机の下に隠れていた人物が驚く声を発しながら立ち上がる。
それに反応し銃口を向けた兵士達だったが、明かりに照らされた人物の姿を見て驚きを浮かべた。
「……お、お前は……。もしかして、同盟国軍兵か!?」
「ああ! 俺、いや俺達は、箱舟一号機の乗務員だ!」
「!!」
「他の乗務員も、近くの家や二階で隠れてる! 発砲はしないでくれ!」
そう告げる同じ軍服を着た男性に、兵士達は驚きながらも外に控えた隊長に状況を伝える。
そして他の建物に踏み込んだ兵士達も同じように隠れ潜んでいた者と遭遇し、危うく発砲しそうになりながらも無事に合流を終えた。
周辺の建物内部に隠れていたのは、合計で五十四名。
箱舟一号機に乗船しアズマ国に向かった同盟国軍の乗務員全員が生存し、無事に同盟国軍と合流した。
各人員には対魔導人形感知用の小型魔導器が備わっており、それが戦車の索敵機に反応した事が分かると、全員が安堵を漏らす中で第六部隊の隊長が合流した乗務員の代表者に話し掛けた。
「――……お前達、どうしてここに? そっちの箱舟は?」
「こっちの箱舟は、外壁に突っ込んで潰れちまった。敵の攻撃を受けて、エンジンがやられてな。高度を確保できなかった」
「そうか。……それで、どうやってこの都市まで?」
「アズマ国とフォウル国の人達で外壁を掘ったり斬ったりしながら進んで、都市には来れたんだ。ただ時間が掛かって……」
「そうか……」
「俺達が丁度、箱舟から退艦しようとしてる時に。そっちの箱舟と通信が繋がったんだ。だから外壁の中を通って都市に辿り着いた後に、そっちが着陸した場所に行こうとしたんだが……」
「……そこで、魔導人形の襲撃か」
「ああ。俺達はアズマ国やフォウル国の人達が守ってくれたから無事だったんだが、魔導人形の製造施設に向かったっていう将軍達の居る北側に、巨大な魔導人形を確認したらしい」
「!」
「将軍達が魔導人形を止めてくれなきゃ、元も子も無い。俺達の事は構わないから、アズマ国とフォウル国の人達にはそっちに行って、施設を破壊するように頼んだんだ」
「そうか。……なら、そっちが連れて来た増援との通信は?」
「いや、繋がらない。こっちの通信機は箱舟を中継しないと使えないモノだから……」
「俺達と同じか……」
合流した乗務員達の状況を聞き、各隊長達が渋い表情を見せる。
三隻ある箱舟の内、既に一隻が大破し乗務員の全てが退艦。
そしてもう一隻は魔導人形の襲撃以後に連絡が取れず、流石の隊長達も最悪の場合を想定しなければいけない。
そうした話し合いを行っている時、一人の兵士が月に照らされる夜空を見て何かに気付いた。
「――……た、隊長!」
「どうした?」
「あ、あそこ!」
「……!!」
兵士が指を指す夜空の場所へ、呼び掛けられた隊長達や合流組も視線を向ける。
すると上空で何かが光り、まるで流れ星のように一閃した光を上空で放たれた。
それを見た隊長達や兵士達は驚き、月の光に照らされながら上空に映るモノを視認する。
それは見覚えのある形をした、空に浮かぶ箱舟。
周辺諸国の援軍を乗せた最後の三隻目が、上空に姿を現した事を兵士全員が察した。
「あれは……間違いない。箱舟だ!」
「二号機か!」
「……み、見ろよ! 俺達の箱舟がある方へ移動してる!」
「そっちに降りる気か! ……よし、俺達も急いで向かい、合流しよう!」
「ハッ!!」
最後の箱舟が到着した事を知り、隊長を含めた兵士達は意気揚々とした表情を見せる。
作戦を成功させる事を大前提に、生きて帰還できる手段がまだ残っている事を知れた兵士達の表情は安堵と喜びを戻し、隠れさせていた子供達と共に箱舟が着地した場所へ気を緩めず慎重に向かった。
それから三十分程の時間を掛けて、大所帯となった第六部隊から第九部隊は箱舟がある都市東部の広場へ到着する。
そこには二隻の箱舟が着陸しており、それを喜びながら小走りで兵士達は箱舟まで向かった。
「……!?」
「な、なんだ……!?」
「ウワッ!?」
しかし次の瞬間、兵士達は微細な振動を感じると同時に、一気に巨大な揺れを認識する。
思わず立ち止まり伏せる兵士達と、庇うように子供達の上へ覆い被さる兵士達は、その揺れと同時に起こる視覚的変化に気付いた。
浮遊都市の中央部。
そこに存在する黒く巨大な塔が突如として赤く光り始め、夜空を赤く染める。
それと同時に、塔の頭頂部から出現した赤黒く染まった巨大な翼を羽ばたかせた何かに、全員が気付いた。
「――……あ、アレは……なんだ……?」
「『……神だ』」
「!」
「『神様だ!』」
驚き慄く兵士達を他所に、子供達がそうした声を上げる。
言葉が分からない兵士達は、喜びを見せる子供達を見ながら都市の中央に現れた存在に目を向けた。
「アレは、まるで……」
「……悪魔だ……」
兵士の中にはその光景を見て、そうした声を漏らす者もいる。
しかしその声に同意する者も多く、その光景は絵物語で聞かされるような悪魔の翼を彷彿とさせた。
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