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螺旋編 五章:螺旋の戦争
箱舟と共に
しおりを挟むエリクとケイルがクロエと合流し、巨大な中央の黒い塔に備わる赤い核を破壊し死者の魂を解放する事を打開策の一つと定めた頃。
箱舟二号機の艦橋に同盟国軍元帥であるシルエスカが戻り、艦長から瘴気が注がれる浮遊都市が落下している状況を聞いていた。
「――……それは本当なのか……!?」
「間違いありません。現在、地上までの高度十四キロを下回りました……!」
「……この都市が地表まで落下する時間は?」
「自由落下ではなく、一定の速度を保って落下しているようなので。……凡そ、三十分前後かと!」
「つまり、自然に落下しているわけでは無いということだな」
「はい!」
「誰かが意図して都市を降下させている……。まさか、アルトリアの仕業か……?」
『――……都市を降下させたのは、私だよ』
「!?」
「この声は……クロエか!」
シルエスカ達が状況を把握する会話を行う最中、唐突に艦橋に通信機を用いた声が届く。
それがクロエの声だとシルエスカは気付き、自身の耳に備わる通信機を起動させ会話を行った。
「クロエ、お前が都市を降下させたのか!?」
『箱庭の防衛機能と人形を止める時に、一緒にね』
「……確かに我々の目的は、浮遊都市を落下させる事だった。しかし瘴気が漏れ満ちるこの都市が、地表に落下すれば……」
『瘴気が海に流れ出て、海全体が汚染され死に満ち溢れるだろうね。そして海を越え、人間大陸の全てに瘴気が辿り着き、人類は全滅するだろう』
「……ッ」
クロエの言葉で浮遊都市の落下が何を招くのか、艦橋に居る全員が表情を強張らせる。
三十分後には都市内部に満ちる瘴気が落下と同時に溢れ出し、地表の全てを汚染し始めてしまう。
そうなれば都市そのものは破壊できても、人類は極少数を残し全滅するしかない。
飛翔し航行できる箱舟《ノア》二号機と三号機で最大限の救助を行えたとしても、助けられるのは五百名から千名程のみ。
それ以外の生き残っている全ての人々を見捨てることなりかねない事態に、艦橋員の全員が表情を青褪めさせた。
そんな一同の沈黙を破るように、シルエスカは通信越しからクロエに尋ねる。
「――……クロエ。お前が箱庭のシステムを止めたのなら、瘴気が出ている核も止められるか?」
『残念だけど、無理だね。アレは防衛機能とは別個の暗証術式が設けられていて、私では制御できない。出来るのは――……』
「アルトリアだけか……」
『そうだね。――……ただ、死者の魂を幽閉し瘴気を溢れ出させている核を破壊し、魂と瘴気を同時に全て浄化する事は出来る人が、戻って来てくれた』
「!」
「……あの白い翼の、アルトリアのことか? アレも、やはりお前が……」
『ただ問題は、死者の魂を閉じ込めているあの核が魔鋼並に頑丈だということだね』
「……!!」
『並大抵の攻撃では、あの核を破壊できない。――……だから君達にも、手伝ってほしい』
「……それで、破壊できるのか?」
『出来なければ、未来の希望が閉ざされるだけさ』
「……」
艦橋に居る一同がクロエの言葉を聞き、強張らせた表情に覚悟を見せる。
シルエスカはその中で真っ先に覚悟を決め、艦長と艦橋員に向けてこう命じた。
「――……これより箱舟二号機の全兵装を用いて、あの中央に聳え備わる赤い核を破壊する!」
「!」
「船内にも命令を伝達! 各乗務員達に配置に着くよう伝え、負傷者を始めとした人員を含めて衝撃に備えさせる!」
「ハッ!!」
「三号機は、兵装を使えるか?」
「主砲以外の兵装は全て破壊されていると、報告が届いています。ただ魔力薬液動力機関が応急修理の為、主砲を使用すれば航行できず墜落する可能性も……」
「ならば三号機は、浮遊を維持し後方で待機するよう命じる。――……万が一にも核が破壊できない時には、箱舟で最低限の人員を救助するしかない」
「……ッ」
「艦内の通信回線を開け。私が全員に、状況を説明する」
「ハッ」
シルエスカはそう命じ、箱舟二号機は全兵装を起動させ戦闘準備に取り掛かる。
そして現在の状況が箱舟二号機に乗る人員達と、三号機に乗る者達にも伝わった。
『――……以上が、現在の状況だ。あと三十分前後で、その瘴気に満たされた都市は地表へ落下し、地表は壊滅的な状況に陥る』
「……!」
『これより、この箱舟《ふね》の全兵装を用いて瘴気の溢れ出させている核を破壊する。負傷者も多いだろうが、残念だが瘴気の無い場所で降ろし待機させる三号機に移す時間が無い』
「……」
『そして敵の最大戦力が、まだ破壊対象周辺で戦闘中である事を確認している。あるいは破壊活動を妨害され、箱舟が堕とされる可能性も高い』
「……ッ」
『我々だけが、人類の未来を守れる状況と場所に居る。――……全員、覚悟をしてくれ』
「……ハッ!!」
シルエスカの言葉は負傷兵を含めた同盟国軍の兵士達にも伝わり、無事な者達は敬礼を向けてその命令に応じる。
そして各砲塔や銃座、そして動力室を始めとした場所に各乗務員達が配置に着き、数分後には箱舟の戦闘態勢が整った。
「都市の高度、十三キロを下回りました!」
「全砲門と全銃座、配置完了!」
「負傷兵及び、各人員の固定作業も完了!」
「魔力薬液動力機関の残量、確認! 主砲の発射準備、良し!」
「――……艦長」
「分かりました。――……箱舟二号機、全速前進! 目標、都市中央の赤い核!」
「全速、前進!」
各艦橋員から状況を聞いたシルエスカは、艦長に頷き呼び掛ける。
それに応じるように艦長は頷き、一同は覚悟を秘めた表情で赤い核を破壊する為に箱舟二号機と共に向かった。
そうした二号機を見送るように、三号機は後方で浮遊を維持している。
それに搭乗し艦橋を指揮していた同盟国軍将軍のグラドは、中央へ向かう二号機を見ながら一緒に乗っていた整備班に呼び掛けた。
「――……おい!」
「は、はい?」
「この箱舟に、確かアレが積まれてたはずだな?」
「アレ、と言うと……?」
「アレだよ、アレ! 確か、青いコンテナに入れてた……」
「……ああ、アレですか? 局長が作った、試作品の……」
「手が空いてる奴等は、ちょっと手伝え」
「何をするんです……?」
「念の為ってヤツだ。――……ほら、早く来い!」
「は、はい!」
グラドはそう言いながら艦橋を扉から出て行き、操縦桿を握る整備士を除いて十名前後の人員を連れて格納庫へ向かう。
こうしてクロエの導きにより、それぞれが自身が役目を果たす為に動き出す。
それは未来を託された者達にとって、絶望へ陥らない為に唯一と言える希望の道筋だった。
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