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螺旋編 五章:螺旋の戦争
精神に潜む闇
しおりを挟む魂内部で精神の戦いを繰り広げるアリアとアルトリアだったが、拮抗しているかに見えた戦いは僅かな変化が訪れる。
互いの人格で形成した精神体での戦いをエリクとフォウルの戦いで見ていたアリアは自身の意思を強く保ち、一方でアルトリアは意思の揺らぎが生じていた。
そうした中で影を宿すアリアの冷酷な表情に、アルトリアは再び内在する恐怖を掻き立てられる。
それに追い打ちを掛けるように、アリアがその表情で踏み出しながら口を開いた。
「――……私が怖い?」
「!」
「『化物』になったアンタには分からないでしょうね。……これが、『人間』の怖さよ」
「……な、何を言って……!!」
「『人間』は知性を持ち、それに伴う理性を育む。それ故に、人は自身の内側に本当の感情を隠す事を強要されてきた」
「……!」
「そうした強要は、生き物が持つ感情……憤怒や憎悪と言った負の感情を主に抑え込む。……そして人それぞれ、抑え込める感情の振り幅には限度がある」
「……く、来るな……!!」
「感情を抑え込む柵が壊れれば、抑え込んでいた感情が溢れ出す。――……それは『人間』という枠組みを逸脱し、初めて人は『化物』になる」
そう述べながら歩み寄る表情を変えないアリアに、アルトリアは恐怖を抱きながら下がり続ける。
しかし十歩ほど歩いた後、アリアは止まると同時に歯を剥き出しにしながら言い放った。
「――……私が『人間』を装っていた時に、どれだけのストレスを精神に抱えてるのか。……分かる?」
「……!」
「私が箍を外せば、どんな感情が溢れ出すのか。分かるかしら?」
「……な、何を言って……」
「――……こうなるのよ」
「ッ!?」
アリアがそう言い放った瞬間、白い翼が消えたアリアの背後にドス黒い何かが溢れ出す。
それが魂の内部に広がる白い地面や空間を染め上げるように広まり、瞬く間に世界を黒色に染め上げた。
そして黒に染まる闇の中で、アリアの姿は消え失せる。
その暗闇に残されたアルトリアは驚愕しながら更なる恐怖を掻き立てられ、周囲を見回しながら怯え始めた。
「な、なに……!? 何なのよ、これは……!?」
『――……闇よ』
「!」
『私の精神の内側に在る闇。ひたすら溜め込み続けた負の感情。それが魂に現れただけ』
「や、闇……!? 負の感情……!? それなら、私だって――……」
『アンタは化物になって、自分の感情を吐き出してたんでしょ? だからあんな、薄まった瘴気になっていた』
「……!」
『アンタに、本当の闇を味合わせてあげる』
アルトリアは一定の方角から聞こえないアリアの声に、前後左右を振り向きながら姿を探そうとする。
しかしアリアの姿は暗闇の中に溶け込んでいるかのように見えず、アルトリアは自身の右手に魔力を溜めて明かりを灯そうとした。
そこでアルトリアは、自分自身に起こっている異変に気付く。
今まで放てていたはずの魔力を用いた魔法が使えなくなり、更に自身の背に存在していた黒い翼も無くなっていたのだ。
「な……? なんで、魔法が……!?」
『――……グルルッ』
「!?」
魔法が使えないと察したその時、アルトリアは自身の耳元で獣の唸り声を聞く。
それに驚き身を引きながら唸り声を聞いた方角を見たが、そこには何も居なかった。
しかし唸る声は再び自身の耳元で響き、アルトリアは再び飛び退くように身を退かせる。
そして再び顔を向けても、そこには何も存在しなかった。
「……げ、幻聴……。幻覚魔法……!?」
『――……そう思う?』
「!」
自分の身に幻覚魔法が施されたのかと思ったアルトリアだったが、それは響くアリアの声によって否定される。
その否定が形となった時、アルトリアの背後に闇の牙が現れた。
それに気付いた時には遅く、アルトリアの左肩を食い破るように牙が噛み砕く。
それと同時にあり得ない感覚を、アルトリアは感じた。
「――……グ、ァアアアアアアッ!?」
アルトリアは肩を噛み砕かれた事で、痛みを感じて絶叫する。
そこでアルトリア自身が驚いたのは噛み砕かれた事ではなく、精神体にも関わらず痛みという感覚を味わった事だった。
そして牙が離れた後、アルトリアは噛み砕かれた左肩から流れ出る生暖かい液体を感じる。
それは赤い血液であり、それすらもアルトリアに驚愕を与えた。
「……な、なんで……!? なんで、痛みが……血が……!?」
『精神体なら傷みも感じない。血も出さないはず。――……そう思った?』
「……ッ!!」
『アンタが傷みを感じ、そして血も流してるのは、それだけ私の闇を恐れてるからよ』
「……お、恐れ……!?」
『この魂では、精神の恐れが現実になる。――……さぁ、存分に味わいなさい。恐怖を』
暗闇に響くアリアの声の後、再び闇の牙がアルトリアの足元に出現する。
そして今度は左足に牙が喰らい付くと、アルトリアは痛みと同時にバランスを崩し、倒れながら絶叫を上げた。
「ァ、ギャアァア……ッ!!」
『――……グルルッ!!』
「こ、このぉおおおッ!!」
アルトリアは左足を喰らう何かに対して、右足で蹴りを向ける。
しかしそこには何も存在せず、ただ闇の牙が左足を貪り喰らうように噛み砕き続けた。
そしてついに、アルトリアの左足は食い千切られる。
それは凄まじい痛みをアルトリアに与え、更に左足の傷口から夥しい出血をさせていた。
「ァ、ガ……ぁああ……ッ!!」
『あら、倒れたままでいいの?』
「……ぁ……!!」
治癒魔法も回復魔法も使えずにアルトリアは、痛みで横たわったまま恐怖を強める。
そうした状況で更なるアリアの声が響いた瞬間、アルトリアは何かを察して腕を這わせながら移動し始めた。
しかしその瞬間、這う為に前に出した右手に闇の牙が襲う。
右手を喰われ吟味するかのように噛み砕かれる傷みで、アルトリアは再び絶叫を上げた。
「ァ、ガァアア……ッ!!」
『グルゥッ!!』
獣の唸り声はまるで歓喜するかのようにアルトリアの右手を食い漁り、そして肘から先の腕ごと食い千切る。
そして闇の牙が消えてそこに赤い血を滴らせると、アルトリアは傷みと共に恐怖に染まった顔色で悲痛な漏らし始めた。
「ぁ、ぁああ……」
『――……次は何処がいい? 左手? 右足? まずは肩や腿からかしら。……それとも、腸を喰われたい?』
「や、やめ――……ァアアアアアアアアアッ!!」
アリアの暗い微笑みを聞いたアルトリアは、その後も暗闇の中で闇の牙に襲われながら絶叫を上げ続ける。
精神体にも関わらず、全身から流れ出る血液の生暖かさと徐々に冷たくなる自身の体温さえも感じ取り始め、アルトリアは暗闇の中で自身の『生』が奪われ続ける感覚を味わい続けた。
それは、アルトリアが一度しか感じた事が無い感覚。
しかし今に至るまでアルトリアが抱き続けた、明確な恐怖の体験。
アルトリアは自身の『死』を、最も恐れ続けていた。
それから何時間、あるいは何日以上経ったかのような時間の中で、アルトリアは死の恐怖を感じる。
始めこそ抗おうとしていたが、途中から完全に怯え憔悴した恐怖の声を漏らして涙を流し、既に喰い荒らされた身体にも関わらず傷みを訴え苦しみ続けていた。
「――……ぅ……ぅう……。……やめて……やめてください……。おねがいします……」
「――……はぁ……。やっぱり子供ね、アンタは」
恐怖し涙を流しながら命乞いをするアルトリアに対して、アリアはそう述べる。
すると暗闇だった世界が白さを戻し、その場に二人の姿が現れた。
その時、アルトリアの姿は小さな少女になっており、泣き腫らし恐怖しながら身を縮めるように蹲っている。
それをアリアは呆れるように見下ろし溜息を漏らしながら、今のアルトリアにそう述べた。
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