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螺旋編 五章:螺旋の戦争
一つの魂へ
しおりを挟むアリアの精神に潜む闇に晒されたアルトリアは、死の恐怖を味わい深い怯えに包まれる。
そして闇が晴らされた時、そこには五歳前後の少女の精神体で座り泣くアルトリアと、立った姿勢でそれを見下ろすアリアの姿が在った。
怯え泣く少女を見ながら、アリアは呆れたように言葉を述べる。
「――……やっぱりその姿が、本当の精神ね」
「ひ……っ」
「死霊術は死者の魂を現世に留めるけれど、留まる死者の魂と精神の状態は死んだ状況に大きく影響される。……アンタの場合、記憶を失い死ぬまでの五年間で精神的な成長は完全に止まったのね」
「……なんで……」
「ん?」
「……なんで、あんな……あんなのが、いるのに……」
「怪物のこと?」
「……どうして、私みたいに……ならないの……?」
「……」
「この世界を、憎んでたはず……。私より、誰よりも、お前は憎んでたはずなのに……」
アリアの闇に恐怖し怯えるアルトリアは、蹲りながらそう訪ねる。
するとアリアは少し考えた後、口を開いて問い掛けに答えた。
「……そうね。私は記憶を失う前から、色んなモノに苛まれてたわ。その結果として、私の精神に闇が出来上がってた」
「なら、私みたいになるはず……! 世界を、人を、全員を憎んで、滅ぼしたいと何度も思ったはず……!」
「ええ。私も、何度もそう思ったわ。実際に理不尽な目に遭う度に、本気で滅ぼしてやろうかとさえ思ったこともあった」
「なら――……」
「アンタと私に違いがあるとすれば、たった一つ。――……傍に居てくれる人が居るか、居ないかの差ね」
「……!」
そう述べるアリアは瞼を落として瞳を閉じ、ある人物の姿を思い浮かべる。
するとアリアの背後に、ある人物の姿が光の粒子から作り出された。
それを見たアルトリアは涙が溢れる目を見開き、作り出されたその人物の名を呼ぶ。
「……エリク……」
「そう。私は彼が傍に居てくれたから、『人間』で在り続けられた」
「……なんで、あんな男がいるだけで……」
「彼が私を、『対等な存在』として見てくれていたから」
「!」
「……帝国に居た頃、私は周囲から『化物』だと言われていたわ」
「……」
「それは幼い頃の私が、アンタのように振る舞ったのが原因。だからそれを甘んじて受け入れ、『人間』として国で過ごせるように努めていた。……その我慢の緒も、些細な事でプッツリと切れたけど」
「……」
「私は帝国に居るのが耐えられなくなって、『アルトリア=ユースシス=フォン=ローゼン』という立場から逃げ出した。……『人間』になる為に、色々と他者に対する事を学び過ぎたのね。その時の私は他者を滅ぼすという選択よりも、自分から逃げるという選択肢をしたのよ」
「……ッ」
「でも、逃げる私を追撃するように暗殺者が仕向けられた。……私は始め、暗殺者達をお父様が仕向けたと思ったわ。『化物』である私を最も警戒していたのは、お父様だもの」
「……!」
「お父様から頂いた馬を殺されて、私はお父様にも切り捨てられたのだと思った。……それを認めたくなくて、馬鹿をやったユグナリスの方へ疑いを向けたりもしたけど。……結局、独りぼっちになったことに変わりはない」
「……」
「あの時の私は、深い憎悪を抱き始めてた。そして自分に理不尽を強いる全てを滅びしたいと思う、『化物』に成り始めていたわ」
アリアは自身の魂である事を利用し、自信が持つ記憶を映像としてアルトリアに見せていく。
そこで見せられる映像は、エリクに会うまでの自分自身。
『人間』で在ろうと努力を積み続けた結果、それに耐え切れずに国からも立場からも逃げ出すまでの記憶が晒されていく。
そうした中で、その記憶にある人物が現れる。
それがあの森でアリアと出会う事になる、王国傭兵のエリクだった。
「私はそんな時に、彼に出会った。……エリクもまた、自分自身の力を原因として理不尽に晒された。それを知った時、私は彼の立場と力を利用して、帝国からも王国からも逃げる算段を立てた。……それが、私と彼が旅を始めたきっかけ」
「……」
「でも彼を知り接していく内に、私と彼は『対等』になれた。……彼が常識という枠を知らない。だから私を、対等な『人間』として見てくれていた」
「……それが、『人間』のままで居られた理由……?」
「ええ。――……私を『対等』に見てくれるエリクが居てくれたから、私は『人間』として振る舞う事に苦は無かった。……他の連中みたいに私を『化物』として扱わず、ただの私として接してくれたから、自分が隠していた『化物』の力も使い見せる事も出来た」
「……」
「私とアンタに違いがあるとすれば、それが大きいわね。……アンタには、『対等』に見てくれる誰かが傍に居た?」
「……居なかった……。みんな、私の立場や力を利用したい奴等ばかりだった……」
「でしょうね。――……エリクは私を頼りにしてくれる事はあっても、力そのものを自分の為に利用しようとはしなかった。彼の隣は、とても心地良かったわ」
「……」
「その心地良さが、私の抱える闇すらも制御できる余裕を持たせてくれた。……私の蓄え続けた闇、アンタは制御できる自信はある?」
「……無い……。きっと、暴走させてる……」
「私も、エリクが居なかったら暴走してるわね。……それだけエリクは、私にとって大事な存在なのよ。例え記憶を失ったとしても、この魂に彼に対する感情を残してしまう程にね」
そう述べるアリアは周囲に映し出している記憶を閉じ、改めて少女姿のアルトリアを屈み見る。
二人は視線を合わせる中で、アリアは口元を微笑ませながら告げた。
「――……ごめんなさいね」
「……!」
「アンタが私に言っていた事は、全て正しいわ。……私はそのエリクを失いたくないから、記憶を失ってでも誓約を解除し、彼を助けたかった。……でもその結果、アンタにとんでもない理不尽を強いらせ、結果として孤独に死なせてしまった」
「……っ」
「私を憎むのは当然だし、周りの連中や世界そのものを憎むのも当たり前よ。……それだけの憎悪と怯えをアンタだけに背負わせて、ごめんなさい」
「……ぅ、うぅ……」
アリアが素直に謝罪し、それを聞いたアルトリアは座った姿勢のまま再び涙と嗚咽を漏らし始める。
記憶を失ったアルトリアが生きた五年間は、アリアがして来た事に対する清算とも言うべき事柄に翻弄され続けた。
そうした理不尽に因って、アルトリアは自分自身の存在に深い憎しみを抱き始める。
しかし自分自身に憎悪を晴らす矛盾した行動も行えず、晒される理不尽に振り回される自分を周囲の誰もが理解してくれない。
そうした状況に身を置かれ、更に孤立したアルトリアは力を利用された挙句に殺されてしまった。
更に死霊術によって蘇らされると、その憎悪を利用される形で理不尽を強いる世界への復讐を決行する。
そんなアルトリアの傍には、今まで誰も居なかった。
心から信頼できる者も居なければ、隣に立てる者すらいない。
記憶を失ってからの五年間、死んでからの二十五年間、アルトリアは孤独な三十年間を過ごしていた。
しかし初めて、その三十年間を理解してくれる人物が現れる。
それが皮肉にも魂を分けた自分自身であった事は、アルトリアにとって涙を流す程に悲痛な様子を見せていた。
「――……アンタは私。そして、私はアンタでも在る」
「……」
「でもアンタの憎悪も、悲哀も、全てはアンタのモノよ。……だから、敢えてアンタに聞くわ」
「……?」
「消える事の無い憎悪を背負い続けるのは、辛くない?」
「……つらいよ……」
「癒される事の無い悲しみを背負い続けるのは、辛くない?」
「……つらいに、決まってる……」
「なら、私にもそれを背負わせなさい」
「……え……?」
「言ったでしょ? アンタは私。私はアンタ。だからアンタがやって来た事を、私にも背負わせないかって言ってるの」
「……なんで……そんな……」
「結局のところ、アンタがこうなった原因は私なんでしょ? だったらアンタの事もひっくるめて、私も背負うわよ」
「……私を、消さないの……?」
「消さないわよ。それで根本的に何かが解決するわけじゃあるまいし」
「……私、いっぱい人を殺した……。死者の魂も、弄んだ……」
「あー、勘違いしてるようだけど。私はアンタを馬鹿でどうしようもないとは思ってるけど、アンタのやった事を全て否定してないわよ?」
「え……?」
「言ったでしょ? アンタの憎悪は当然よ。世界を滅ぼそうとしたのも当然の行動だと思ってる。というか、私でもエリクが居なかったら同じような事をして世界を滅ぼしてたわ」
「!!」
「ちなみに、死者の魂を留めながら瘴気化させて世界に放つ手段もかなり厄介だったわね。奥の手で悪魔に変身したのも、正直やばいと思った。ユグナリスが居なきゃ、あのままやられてたわ」
「……!」
「一つでも何かが足りなければ、私達はアンタを追い詰める事も出来なかった。……アンタの三十年間は、十分に私達を脅かしたのよ」
「……」
「少なくともその部分で、私はアンタに敬意すら抱いている。……そんなアンタを消してしまうのは、正直に言って勿体ないのよ」
「……勿体ないって……」
「これも言ったでしょ? やっとアンタと『対等』に向き合えるって。――……もし消えたいと望むなら、アンタを欠片すら残さず消してあげる。でも私としては、アンタの事も受け入れてるつもりよ。……エリクみたいにね」
「……」
そう述べながら右手を差し伸べるアリアは、アルトリアに対して握手を求める。
それを見ながら驚愕し呆然としていたアルトリアは、涙を手で拭いながら握手をせずに立ち上がった。
更にその姿を再び黒く染めた衣を纏う成人の姿へ変え、握手を求めた姿勢のまま立ち上がったアリアと向き合う。
そして握手を求めたままのアリアの手に、自身の右手を差し伸ばすように動かしながら止めた。
「――……私が魂ごと、お前の精神《じんかく》を乗っ取るかもしれないわよ?」
「フッ、馬鹿なこと言うわね。アンタのみたい子供に、私が負けるわけがないでしょ?」
「……やっぱり、アンタが嫌いだわ」
「あら、奇遇ね。私もアンタが大っ嫌いよ」
互いに憎まれ口を述べながら微笑みを浮かべ、アルトリアとアリアは右手で握手を交わす。
その瞬間、二人を中心に魂の内部で白と黒の極光が発生し、魂の中を覆い尽くした。
それは、互いの魂と精神が拒絶せず融合した証明の光。
二つに分けられ別々の人格を形成したアリアとアルトリアの魂は、一つの魂へ戻ったのだった。
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