虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

文字の大きさ
628 / 1,360
螺旋編 閑話:舞台裏の変化

ユグナリスの挑戦 (閑話その五十三)

しおりを挟む

 ベルグリンド王の妹リエスティアの正体に関する話が行われた翌日からも、老騎士ログウェルはユグナリスに対して修練を施し続けた。

 しかし以前は弱音を漏らす場面が多かったユグナリスは、決意を秘めた瞳を燃やしながらログウェルの無慈悲かつ暴力的な修練に必死に喰らい付く。
 そうした間にもリエスティアとユグナリスの交流は続いており、ログウェルはそれを止めようとはしなかった。

 それから一ヶ月程が経ち、一年の中間が過ぎようとする季節ころ
 一方的に避けられ打たれ続けただけのユグナリスが、ついにログウェルが握り振る木剣けんに自身の木剣けんを当て受け始める。

 転がり避け土に塗れる様子は少なくなり、避ける動作も最小限になりながら立つ姿勢を崩さなくなった。
 更に睡眠時間とリエスティアとの交流時間以外を全て訓練に当てながらも、気絶する事も無くなる。

 ユグナリスは既に、護衛の帝国騎士達ですら見切れないと確信させる動きと剣筋を見せていた。
 ログウェルもまた今まで粗雑な姿勢と訓練中の罵倒は少なくなり、ユグナリスに対して真摯に受け立っている。

 そんなある日の修練が終わり、リエスティアとの交流が行われるだろう時刻が近付く。
 ログウェルは訓練を一時的に止めようとした際、ユグナリスからある提案が成された。

「――……そろそろ、面会の時間ですかな。準備をし――……」

「ログウェル、御願いがある」

「む?」

「今から俺と、一合いちどだけ立ち合ってくれ。――……それでもし、貴方に一太刀を入れられたら。皇帝陛下ちちうえ皇后ははうえへ、リエスティアと共に面会できるように助力してほしい」

「ほぉ……」

「御願い出来るだろうか?」

「ふーむ……」

 ユグナリスの願いに、ログウェルは少し考える様子を見せる。
 そして口元を僅かに微笑ませた後、ログウェルはその応じに返す言葉を向けた。

「――……いじゃろう」

「ありがとう」

「じゃが、儂からも条件がある」

「……?」

「使用する剣は、この木剣デグでは無く互いの真剣けんであること。そしてもし儂が、お主に一太刀を入れた時には――……リエスティア姫のことは、諦めること」

「!!」

「それを受けられぬのであれば、儂は二度と賭け事で、おぬしとは立ち合わぬ。……どうするね?」

 ログウェルは微笑みながらも、その声色が本気である事を向かい合うユグナリスは察する。
 そして条件を受け入れられないのなら、二度とログウェルは自分の決意を認めてくれないことを理解した。

 ユグナリスは瞼を閉じ、その裏側でリエスティアの事を思い出す。
 彼女リエスティアが見続けているこの光景を自身で重ね見ることで、決意を固めた。

「――……分かった」

「そうかね。――……では、構えなさい」

「……」

 ログウェルは木剣を放り投げ、左腰に携えた自身の真剣けんを右手で抜く。
 それに応じるようにユグナリスも左腰に携えた自身の剣を右手で引き抜き、互いに剣を構えて向かい合った。

 ログウェルは右手に持つ長剣ロングソードを斜め下に向け、身体を真っ直ぐとした揺れない姿勢へ。
 逆にユグナリスは腰を落としながら左半身を前に出し、右半身を後ろに下げて右腕を軽く上げて幅広の剣ブロードソードの切っ先をログウェルに向けている。

 護衛を務める騎士の二人はそれを遠巻きに見ながら、剣を向け合う二人から漂うあまりの静けさに小声を零した。

「……い、いいのか? 止めなくて……」

「どっちも止められないだろ……」

「確かに……。……皇子は、突く構えだな」

「でも、あんなに見え透いていたら避けられる……」

「ああ。……でも、勝ってほしいって思ってしまうな」

「……だな」

 騎士の二人は互いにそう呟き、ログウェルに勝負を持ち掛けたユグナリスを心の中で応援する。

 今まで過酷な訓練と理不尽な修練を続けたユグナリスは、既に二年前のような肥満に寄った身体は無く、鋼のような細く逞しい筋肉に覆われ、その面構えも温室で育てられた皇子の印象は無くなった。
 僅か二年もの間に劇的な変化と成長するその姿は、昔の彼を知る者が見れば同じ人物であるかさえ疑うかもしれない。
 常人であれば一時間も保てないだろうログウェルの修練を実際に見た者達は、ユグナリスを賞賛し賛辞を向ける気持ちを宿らせていた。

「――……ッ!!」

「!」

 そして剣を向け立ち合う二人が、ついに動き出す。
 僅かにユグナリスが速く動き出し、ログウェルがそれに対応するように飛び出した。

 構え通りに低い姿勢で猪突しながら右手に持つ剣を突き放ったユグナリスは、ログウェルの胴体を狙う。
 その狙いに対してログウェルは突かれる剣を避けながら、その剣を握るユグナリスの右手を斬り薙ごうとした。

 その時、ユグナリスは右足を地面に叩くように踏み止まり、動きを突如として停止させる。
 そして右手を狙ったログウェルの長剣はユグナリスの刃に直撃し、互いの刃が火花を散らし触れ合った。

「む!」

「ウォオオッ!!」

 ユグナリスは始めから突くのではなく、ログウェルの剣を弾く為にワザと狙い易い右手を囮にする。
 更に強い踏み込みと同じように、凄まじい握力と腕力を込めたユグナリスの握る剣は、ログウェルの剣を更に強く押し弾いた。

 その瞬間に初めてログウェルは姿勢を崩し、剣を持つ右腕を外側に追いやられる。
 そして押し弾いたユグナリスは剣を切り返しながら更に左足を踏み込ませ、剣を跳ね薙ぎログウェルの右肩から胴体を狙った。

「――……ぇ……」

 しかし次の瞬間、ユグナリスの顎下を何かが襲う。
 ユグナリスが踏み込んだように、ログウェルもまた弾かれた右腕の動きを利用して前に出た左半身を踏み込ませ、左拳を放っていたのだ。

 剣と斬り込む場所に意識を集中していたユグナリスは、突如として襲った拳に気付かず対応も出来ずに顎下を撃ち抜かれる。
 しかも斜め様に抜けた拳は見事に顎先へ直撃し、脳を激しく揺らされたユグナリスは意識を手放した。

 ユグナリスが次に目を覚ました時、地面に寝転がっている状態だと気付く。
 意識を戻した瞬間に跳ね起きると、目の前には見下ろし膝を屈めるログウェルが居た。

「――……剣に、意識を集中させ過ぎましたな。ユグナリス様」

「……俺は、負けたのか……ッ」

 指摘されるログウェルの言葉を聞き、ユグナリスは自身の敗北を察する。
 そして自身の不甲斐なさを原因とした悔しさと涙を表情に見せ、右手を地面へ叩き付けた。

 それを微笑みながら見下ろすログウェルの口から、更に言葉が述べられる。
 それは涙を零すユグナリスの顔を、思わず上げさせる言葉だった。

「相打ち、でしょうな」 

「……え?」

「ほれ、見なさい」

「……!」

 ログウェルは屈んだ姿勢を立たせ、右肩の服を見せる。
 するとそこには、小さな一筋の切り傷が在った。

 それが何なのか始めこそ理解できなかったユグナリスは、ログウェルの言葉で状況を知る。

「儂の拳が、お主の顔面を叩いたと同時に。お主の剣も、儂の右肩ここに届いとったんじゃよ」

「……!!」

「結果を見れば、倒れとる方が負けじゃが。……しかしこの勝負は、一太刀を入れた方が勝ちじゃったな」

「……じゃ、じゃあ……?」

「認めましょう、儂の負けじゃよ。……ユグナリス様の願い、叶えましょう」

「――……や、やったぁぁああああああああああああッ!!」

 ログウェルは敗北を認め、ユグナリスは自身の勝利を雄叫びと共に喜ぶ。
 それを遠巻きに静観していた騎士の二人もまた、感涙を零しながらユグナリスに賛辞するよう静かな拍手を送っていた。  

 こうしてユグナリスはログウェルと立ち合い、形として初めて勝利を掴み取る。
 そしてリエスティアにその事を知らせ、正式な婚約と婚姻を結ぶ説得を行う為に、帝都へ赴く話がログウェルの助力によって進められたのだった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜

仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。 森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。 その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。 これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語 今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ! 競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。 まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

【第2章完結】王位を捨てた元王子、冒険者として新たな人生を歩む

凪木桜
ファンタジー
かつて王国の次期国王候補と期待されながらも、自ら王位を捨てた元王子レオン。彼は自由を求め、名もなき冒険者として歩み始める。しかし、貴族社会で培った知識と騎士団で鍛えた剣技は、新たな世界で否応なく彼を際立たせる。ギルドでの成長、仲間との出会い、そして迫り来る王国の影——。過去と向き合いながらも、自らの道を切り開くレオンの冒険譚が今、幕を開ける!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

処理中です...