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修羅編 一章:別れ道
赤の継承者
しおりを挟む三十年前のルクソード皇国で、宰相を務めるダニアスとシルエスカに再会した一行は、アリアを匿う事を頼む。
それを了承したダニアスは、アリアに届けられていた書状の内容を明かし伝えた。
エリクは寂しさと共に感じる蟠りを振り払い、自分達を匿うよう頼むアリアの書状に対する答えを、自身で伝える。
「――……アリアの事は、お前達に任せる。……俺達は、別の場所へ向かう」
「この状況でですか? いったい何処へ……?」
「フォウル国だ」
「フォウル国へ……!?」
「俺達に懸けられた賞金も、裏でフォウル国が関わっているらしい。【結社】と傭兵ギルドを、利用している」
「何ですって……!?」
「なっ、馬鹿な!? フォウル国までも、【結社】と繋がっているだと……!?」
エリクの言葉を聞いた瞬間、シルエスカは跳ぶように立ち上がり、ダニアスは目を見開きながら驚愕する。
その驚愕に対して肯定するように頷くエリクは、二人に対して簡単に事情を教えた。
「【結社】を作ったのは、『青』の七大聖人だ。その設立の支援をしていたのが、フォウル国らしい」
「しかしフォウル国は、宗教国家と魔導国の宣戦布告を取り消し、皇国の戦争回避に助力していますが……?」
「それは、俺もよく分からない。だがフォウル国は、フォウル国なりの思惑で【結社】を動かしている。……その思惑の一つが、俺だ」
「……!」
「フォウル国は、俺が来るのを待っている。……だから俺はフォウル国に行く。その間、アリアを頼む」
「あっ、僕も行くから!」
「マギルスもか……」
エリクの言葉に同調するマギルスに、シルエスカは深刻な表情を浮かべる。
フォウル国が【結社】の設立に関与し、更に『青』の七大聖人と隠された関係性を持っていた事は、相当に衝撃の事実だったのだろう。
それはダニアスも同様だったが、少し前の出来事を思い出しながら納得を浮かべていた。
「……丁度、貴方達が皇都を出発した後。フォウル国の魔人、『干支衆』を名乗る者達が訪れました。そこにいる彼女を宗教国家まで移送する為に」
「!」
「彼等は皇都から去る際に、貴方達に興味を示している様子で行方を聞いて来ました。……僅かな違和感はありましたが、それが少し繋がった気がします」
「そうか……」
「彼等の中には、転移魔法と類似した『魔術』を扱える者もいます。しかも、我々が扱う転移魔法とは比較できない程に高度な技術でした」
「なら、逃げ続けるのも無理だな。……やはり、フォウル国に向かうしかない」
ダニアスの話を聞いたエリクは、ケイルやマギルスに顔を向けてそう述べる。
それを聞いた二人は頷きを見せ、更に視線を流したエリクはミネルヴァへ顔を向けた。
「ミネルヴァ。予定通り、頼む」
「分かった。――……ダニアスとやら」
「!」
「貴様も聖人ならば、少しは腕を磨いておくんだな。……出なければ、その首を獲られてしまうかもしれんぞ」
「……!」
「それと、シルエスカ。……お前、まさか……」
「……ッ」
「そうか。……僅か数十年だが、七大聖人の役目、御苦労だったな」
ダニアスに忠告を向けた後、ミネルヴァはシルエスカの右手に視線を落としてそう告げる。
それを聞いたエリクやケイルは不可解な表情を浮かべ、逆にダニアスやシルエスカ本人は渋い表情を見せた。
そうした掛け合いを見ていたマギルスは、自身が思った事を口にする。
「……あれ? もしかしてシルエスカお姉さん、もう七大聖人じゃなくなったの?」
「!」
「なに……?」
マギルスの問い掛けを聞いたエリクとケイルは、驚きながらシルエスカを見る。
それに対してシルエスカは苦々しい表情を浮かべ、その代わりを務めるようにダニアスが状況を伝えた。
「……ッ」
「……仰る通りです。シルエスカの七大聖人の聖紋が、三ヶ月ほど前に消失しました」
「!」
「三ヶ月前……」
「現在、私達はシルエスカから消えた『赤』の聖紋の行方を調べています」
「行方って……どういうことだ?」
「七大聖人の聖紋の継承方法は、聖人から聖人への譲渡を行う必要があります。また継承者が死んでいる場合にも、適正者がその死体に触れれば、聖紋は適性を持つ新たな聖人に宿るはずなのです」
「……だが今回、我の聖紋は突如として消えてしまった」
「なので私達は、シルエスカの『赤』の聖紋が何者かに奪われたのか、それとも新たな適正者に渡り移ったのか。それを調べていたのです」
ケイルの問い掛けにダニアスとシルエスカは互いに言葉を発し、事の経緯と現状を説明する。
それを聞いていたエリク達は、互いに視線を合わせながら未来の出来事と今の状況が重なっているように見えた。
三十年後の未来では、『赤』の七大聖人シルエスカは聖紋を失っていた。
その具体的な理由をエリクやケイルは知らないが、マギルスはそれを『青』から聞いている。
『聖紋』は自身の意思を持ち、それに相応しいと思う適正者を選出する。
つまり今現在、シルエスカは聖紋に拒絶され、新たな『赤』の七大聖人が聖紋を宿した可能性があるのだ。
そうした状況が伝えられる中で、シルエスカの視線がある人物に泳ぐ。
それはシルエスカの明るい髪色に近い赤髪になっていたケイルであり、腕を組んでいた右腕と手袋を嵌めた右手を見ながら声を掛けた。
「……ケイル」
「ん?」
「お前の右手、手袋を外して見せてくれないか?」
「なんだよ? 急に」
「七大聖人の聖紋。特に『赤』の系譜は、その血脈から選ばれる事が多い。……お前も私と同じルクソードの血が流れている事は、ゾルフシスから聞いているぞ」
「アタシが『赤』の七大聖人に選ばれてるかもって? ハッ、悪い冗談だ。…ほれっ、これでどうだ。ん?」
同じ『赤』の一族であるケイルに、聖紋が宿っている可能性をシルエスカは疑う。
それを一蹴するようにケイルは右腕の袖を捲り見せ、更に右手に付けていた手袋を外した。
日に焼けた右腕と右手の肌が、一同の目の前で晒される。
そこには聖紋らしきモノは描かれておらず、全員が様々な思いを込めた一息を吐き出した。
しかし次の瞬間、一同の目は驚きへ変化してしまう。
「――……なっ!?」
「!」
「何……!?」
「な、なんだ……!?」
「うわっ、なんか光ってる!」
「……ケイルの魔剣が……。手も、赤く……?」
全員が驚いたのは、ケイルの左腰に下げた魔剣が鞘ごと赤く光り出す光景。
更にそれに連動し、ケイルの右手の甲も光り輝く姿を全員が視認した。
それから数秒後、魔剣も右手も光の輝きが収まる。
しかしダニアスとシルエスカが驚愕した瞳と表情でケイルの右手を見つめている事に、一行は気付いた。
「……シルエスカ、アレは……!」
「間違いない……。アレは……!!」
「……はっ?」
「む……?」
「あっ、それって!」
「……『赤』の聖紋だな。間違いない」
全員がケイルの右手の甲に注目し、最後に現役の七大聖人ミネルヴァがそう述べて確証する。
突如として赤く光り出したケイルの右手に、炎を模った『赤』の聖紋が浮かび上がった。
こうして行方が分からなくなっていた『赤』の聖紋は、一行の前に姿を見せる。
それは同時に、人間大陸の守護者の一人である『赤』の七大聖人を、ルクソード一族の血を引くケイルが継承した事を意味していた。
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