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修羅編 一章:別れ道
新たな赤へ
しおりを挟む突如として『赤』の聖紋を右手に宿し、その光景を一同に見せたケイルは驚愕の視線に包まれる。
しかし当事者であるケイル本人すらも事態を把握できておらず、右手の甲に浮かび上がった『赤』の聖紋を見ながら呆然と呟いていた。
「……な、なんだよ……? コレが、七大聖人の聖紋だって……?」
「ああ、間違いない。……私の『黄』の聖紋と共鳴し合っているのが、お前にも分かるだろう?」
「……!」
ケイルが自身の右手を眺める中で、『黄』の七大聖人ミネルヴァが傍に歩み寄る。
そして自身の右手の甲を見せ、互いに刻まれた聖紋に僅かな熱さを感じ取っていた。
しかし、その事実とは裏腹にケイルは困惑染みた声を浮かべる。
「な、なんでアタシに……!?」
「聖紋は継承者を選ぶ事があると聞いてはいたが、その実例を見たのは私も初めてだ」
「……この聖紋ってのが、勝手にアタシを選んだってのか……!?」
「でなければ、元継承者に触れずに聖紋が現継承者に宿るはずがない。本来は適正のある聖人同士が触れ合い、更に儀式的に聖紋の譲渡を承認し合うことで委譲が行われる」
淡々と聖紋について語るミネルヴァは、ケイルを見ながらそれを教える。
それで何かを閃いたのか、ケイルは驚きながらも呆然とした様子のシルエスカに視線と声を向けた。
「――……あっ、そうか! おい、シルエスカ!」
「!」
「コレ、お前の聖紋だろ! 返すから、さっさと触れよ!」
「あ、ああ。そうだな」
ケイルに言われて初めて動き出すシルエスカは、ケイルの傍まで歩み寄る。
ミネルヴァはその場を譲るように横へ移動し、ケイルとシルエスカは互いに右手と右手を重ね合わせるように触れ合った。
そこでケイルは訝し気な表情を浮かべ、シルエスカに尋ねる。
「……で、どうやるんだよ? 聖紋の譲渡。儀式って、何かやるのか?」
「ああ。……ケイル、お前はこう述べてくれ。『守護者の証を譲り渡す』と」
「分かった。――……『守護者の証を譲り渡す』」
「――……『守護者の証を譲り受ける』」
ケイルとシルエスカは互いにそう呟き、魔法の詠唱にも似た言語を述べる。
するとケイルの右手に刻まれた聖紋が仄かな赤い光を纏うように宿し、重ね合わせるシルエスカの右手にその光が伝わるように纏おうとした。
しかし次の瞬間、その赤い光が突如として火花のように散る。
それに驚きながら傷みで表情を歪めたのは、シルエスカの方だった。
「――……クッ!!」
「なっ、どうした……!?」
「……聖紋が、我へ渡る事を拒否した……?」
「はぁ……!? も、もう一度だ!」
「あ、ああ……」
その後、ケイルとシルエスカは幾度にも渡って聖紋の譲渡を行おうと右手を重ねて詠唱を述べる。
しかし二人の右手に纏わろうとする赤い光がそれを拒み、シルエスカの右手だけを弾くように退けた。
それを見ていた周囲の中で、『黄』の聖紋を持つミネルヴァがまだ続けようとする二人を止めながら述べる。
「――……もう止めた方がいい。続けても無意味だ」
「!」
「な……っ」
「その『赤』の聖紋は、シルエスカに戻ることはない。……次の『赤』は決まったということだ」
「……ッ」
ミネルヴァの言葉を聞き、シルエスカは自身の右手を抑えながら僅かに流れる血を左手で覆いながら表情を悔しさで強張らせる。
逆にケイルは自身の右手を見ながら、怒鳴るように否定した。
「……じょ、冗談じゃねぇぞ!? アタシが七大聖人だなんて!」
「聖紋が選んだのだ。仕方あるまい」
「それがおかしいってんだよ!? そもそも、アタシは七大聖人の役目だのをやる気は無いっての!」
「……あるいは我が神に与えられたお前の役目が、『赤』の聖紋に選ばれた理由かもしれない」
「な……っ」
「お前達が今から進む道は、結果として人間大陸と人類を救うことになる。聖紋はその使命を読み取り適正者として認め、お前を『赤』に選んだのかもしれない」
「……おい、マジかよ……?」
ミネルヴァは自身の推察を伝え、ケイルが選ばれた理由を説明する。
『黒』の七大聖人であり『時』の到達者のクロエは、未来で起こる出来事を防げる幾人かを選び、記憶や肉体をそのまま時を遡らせた。
それに選ばれているケイルは、初代『赤』ルクソードの血を引きながら聖人へ至っている。
人類を救い、人間大陸を守護するに最も相応しい『赤』の血脈は誰か。
それがシルエスカよりも適任であると聖紋に判断されてしまったケイルは、人類の守護者として『赤』の七大聖人に選ばれたという説をミネルヴァは推した。
それに反して嫌そうな表情を浮かべるケイルだったが、二人の会話を聞いていたシルエスカは不可解な表情を浮かべて尋ねる。
「人間大陸を、人類を救う? さっきから、何の話を――……」
「あー、気にしないでくれ。こっちの話だ」
「……?」
尋ねる言葉を遮るように、ケイルは食い気味に返答する。
そして更に不可解な表情を見せるシルエスカに気付き、ケイルは話題を逸らすようにダニアスに声を向けた。
「それで、皇国としてはどうするんだ? アタシが『赤』の七大聖人になっちまって良いのかよ?」
「良くは、ありませんね。……貴方はどうです? シルエスカ」
「……そうだな。聖紋に拒絶されたのは、驚いている。……だがそれとは別に、ルクソード皇国は七大聖人が所属しているからこそ四大国家に名を連ねているからな。七大聖人がいなくなったことを知られれば、別大陸に広げた植民国や同盟国は離れ、それに合わせて国の事業や軍の規模も縮小させなければいけない」
「それに合わせて、七大聖人として繋がる四大国家との同盟関係や、国交も途切れてしまいます。そうなると、この皇国に四大国家の勢力が伸びかねない。下手をすれば、止められていた宣戦布告すらも再開されてしまう可能性も……」
「……つまり、アリアを匿えなくなるということか?」
「はい」
ダニアスとシルエスカが交互に述べる話を聞き、エリクが尋ねる。
その言葉に頷き答えるダニアスだったが、それに対する代案もすぐに伝えた。
「ただ一つだけ、その事態を避け現状を解決できる案があるとすれば。――……ケイル殿が、ルクソード皇国所属の七大聖人になってもらうことでしょうか」
「なっ!?」
「正式にケイル殿がルクソード皇国の『赤』の七大聖人を継いだことを発表し、ルクソード皇国に所属していることを他国や他の四大国家にも伝える。そうすれば――……」
「ま、待てよ! まさかシルエスカの立場をそのまま渡す気かよ!? アタシは、皇国に就く気は無いぞ!」
「所属と言っても、政権や軍権自体はハルバニカ公爵家で現状を統率させています。それにシルエスカの皇国内の地位も、『赤薔薇の騎士団』の騎士団長以上のモノではありません。ケイル殿の自由と身分保証は、させて頂くつもりですが……」
「自由って……。結局は、この皇国に縛るんだろうが。そんなのは御免だぜ」
ケイルはそう述べ、ルクソード皇国に所属する七大聖人になる事を拒否する。
その答えにダニアスは渋い表情を見せたが、その会話を割って入るようにシルエスカが口を開いた。
「ケイル」
「なんだよ?」
「お前は一つ、誤解をしている。……七大聖人が所属する国とは、七大聖人を縛る為のモノではない。戦力的な問題から所属を明言されるようになっただけだ」
「……戦力?」
「各国はそれぞれに、軍を有している。宗教国家や魔導国も同様だ。……その中で最も各国から恐れている戦力は、何だと思う?」
「……聖人か?」
「そうだ。魔人もそれに当て嵌まるだろう。圧倒的な実力を持つ『個』に対して、『群《ぐん》』が意味を成さない時がある。そうした問題に対処し、また他勢力に対する抑止力となるのが国に属する『七大聖人』の役割だ」
「……で、それが?」
「所属国が公表されている七大聖人は、そうした『個』の戦力を保有している事を各国に対して明記させているに過ぎない。……本来、『七大聖人』は人類の守護の為に自由な存在。他国への入国に制限は設けられていない」
「……」
「ただ所属国に滞在する七大聖人の多くは、私のように国や大陸からそもそも出ない事が多い。出る用も極稀にしか無いからな。だからこそ所属を明らかにしているのだが、一般的な心象として『七大聖人は所属国に縛られた存在』だと誤認され易い」
「……つまり、アタシはルクソード皇国所属の七大聖人になっても、好き勝手に動き回って良いってことかよ?」
「人類に対して危険度が高いと認識された緊急事態の招集に応じる必要はあるが、普段は行動の制限も無く自由を許されている。そもそも四大国家に所属する七大聖人以外は、各国が呼び掛ける手段を持たないせいで集まりもしない。『黒』のような例外もあるようだが」
「その緊急事態とやらに応じないと、罰でもあるのかよ?」
「いいや。だが人間大陸内で何かしらの異常事態が起きた際に、聖紋が輝き痛みを発する。それによって人類に危機が及ぶ異常事態が起きた事を七大聖人達は察知する。それを各々が判断し、用いる手段で行動することになるだろう」
「ほぉ、この聖紋が探知機能にもなってるってことか」
「そうだ。その聖紋を見せれば七大聖人である事の証明にもなるが、逆に七大聖人の来訪を知ったその国が抱え込もうと必死になって勧誘して来る事もある。そうしたこともあり、七大聖人は所属国を明記させている理由の一つになっている」
「面倒臭ぇな……」
「そして七大聖人は各国家間の誓約によって、殺人などの犯罪行為を行っても裁かれる事は無い。その反面、聖紋に刻まれた制約によって七大聖人は自分に敵意や害意を持つ人間以外は殺せない制約もある。そこだけは注意しておけ」
「……つまり、迂闊に人間を殺せないのかよ。それも面倒臭い制約だな」
「そうだな。……だが国が決めた誓約《ルール》の方は、今のお前にとって利点は大きいはずだ」
「?」
「各国で犯罪者として裁かれない。つまり、『七大聖人』は犯罪者として扱えないということだ」
「……そうか、アタシに懸けられた賞金か!」
「そうだ。お前が七大聖人だと各国に示せば、お前の指名手配と首に懸けられた賞金は解ける。解かなければ七大聖人に対する国家間の誓約《ルール》を犯したということで、逆にその国や組織をあらゆる手で潰す事が認められる。あるいはそうした者達の周囲に圧力を掛け、孤立に導ける」
「……上手くすれば、アタシの仲間だと思われてるコイツ等の懸賞金も無くなる可能性は?」
「確約は出来ないが、その可能性もあるだろう。……どうだ、それでも皇国に所属する気は無いか?」
「……」
七大聖人に関する法を教えられるケイルは、嫌々ながらも渋そうな表情を見せて悩む顔を見せる。
それを見るダニアスはシルエスカに顔を向け、軽く顎を下げて説得してくれた事に感謝の姿勢を見せた。
それから十数秒程の時間を悩んだケイルは、溜息を漏らしながら改めてダニアスを見ながら口を開く。
「――……聞くが、名前を貸すだけでもいいのか?」
「それでも構いません。今の皇国に必要なのは、『七大聖人が所属している国』という事実だけですから」
「……はぁ、分かった。名前だけなら貸してやる。だが皇国の為になんて、実質的な事は何もしないからな?」
「それで構いません。ありがとうございます、ケイル殿」
「別に。……それで、アタシの懸賞金はどのくらいで取り下げられる?」
「最低でも、一ヶ月はお待ちください。……こちらもケイル殿の発表に伴い、シルエスカが『赤』を退いてしまった事を各所に伝える必要がありますから」
「まだ伝えて無かったのかよ?」
「事が事なので。……今の皇国は、皇王の座が空いていますからね。皇族のシルエスカが七大聖人では無くなると、色々と勝手に話を膨らませて進めてしまう者達も多くなるでしょう。なので、内密に聖紋の行方を捜していたのですが……」
「そういうことかよ。……エリク、マギルス」
ケイルは呆れたように溜めた息を吐き出し、振り返りながらエリクとマギルスを見る。
そして二人に対して、ケイルはこう述べた。
「二人は、先にフォウル国に向かってくれ」
「いいのか?」
「ああ。アタシはここで用を終わらせてから、アズマ国に向かう。せっかくだから、七大聖人の特権を活用させてもらうさ」
「そうか。……ケイル」
「?」
「再会の時間と場所は、変えなくていいな?」
「ああ、そのままだ」
「分かった」
エリクはそう尋ね、ケイルの答えを聞く。
それに応じるように頷いて見せたエリクは、ダニアスとシルエスカに顔を向けながら改めて頼んだ。
「ダニアス、シルエスカ。……二人のことを頼む」
「行ってしまわれるのですね。……分かりました、お任せください」
「今度は我々が、お前達を助ける番だと思おう」
「ああ。……ケイル、またな」
「ああ。マギルスもな」
「またねー! ――……それじゃあ、行こうか。『黄』のお姉さん!」
「分かった」
それぞれが挨拶を交える中で、応じる形でミネルヴァはエリクとマギルスが居る近くに歩み寄る。
更に互いの両肩に手を触れさせると、小さな声で言葉を唱えた。
そして次の瞬間、ミネルヴァと共にエリクとマギルスが白と金が混じる粒子に包まれ、その姿を消す。
それを見送る形となった一同の中で、ケイルは毛布に包まり横たわるアリアを見て呟いた。
「……すぐに追いついてやる。待ってろよ……」
ケイルはそう呟き、ダニアスやシルエスカ達との話し合いに戻る。
こうしてエリクとマギルスはフォウル国に旅立ち、ケイルは新たな『赤』の七大聖人としてルクソード皇国に所属する旨が各方面へ伝えられる手筈が進められた。
それから三ヶ月後、各国に懸けられ傭兵ギルドに討伐を命じられていたケイルの指名手配書が消失する。
それと付随するように、ケイルを含めた一行の懸賞金も傭兵ギルドの掲示板から消えた。
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