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修羅編 一章:別れ道

魔境の入り口

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 眠り続けるアリアをルクソード皇国のダニアス=フォン=ハルバニカに預け、『赤』の聖紋サインを継承し七大聖人セブンスワンの一人となったケイルと皇国で別れたエリクとマギルスは、『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァの転移魔法で新たな場所へ跳ぶ。

 三人は海の見える大自然の中に、白と金の粒子と共に降り立つ。
 そして瞼を開けたエリクとマギルスは、大きく目を見開いた。

「――……ここが、フォウル国……?」

「おー、でっかい森だね? 葉っぱでお日様が見えないや」

 エリクとマギルスは互いに周囲を見回しながら少しだけ歩き、その光景を目にする。
 その後ろに立つミネルヴァは、二人は見ながら口を開いた。

「――……ここは、フォウル国では無い」

「えっ?」

「なに?」

「正確には、フォウル国の足元と言うべきだな」

「足元だと……?」

「フォウル国はこの大森林を抜け、更に湿地帯と岩盤地帯を抜けた更に先に在る、人間大陸と魔大陸の堺に存在する最大標高五万メートルを超えるガイストウォール山脈の山頂付近に国を構えている」

「!」

「五百年前の天変地異の後、世界の大陸や地形図は大きく変動した。在ったはずの大陸は消え、新たな大陸が地上に降り注いで成されている。今のフォウル国は、魔族達が暮らす魔大陸の入り口となっているらしい」

「魔大陸の、入り口……」

「この大陸もまた、既に魔大陸の環境に近い。樹木の樹高は五十メートルを超え、湿地帯は強い湿気に影響されて気温は昼夜で五十度は超えている。岩盤地帯も極めて険しく荒だたしい為に、常人であれば足を踏み込ませることすら難しい。……ここは既に、人類にとっての魔境だ」

「魔境……」

「へー、ちょっと面白そう!」

 ミネルヴァの説明にマギルスは愉快そうな笑みを浮かべ、エリクは以前に訪れた大樹海に似た自然を見上げる。
 しかしまだ疑問は晴らせているわけではなく、エリクはミネルヴァに問い掛けた。

「……だが、どうして足元なんだ? フォウル国に直接、転移しないのか?」

「しないのではない、出来ないのだ」

「出来ない……?」

「私が転移できるのは、フォウル国の在る大陸の入り口である大森林ここまでだ。それ以上の先へは、転移が出来ない」

「何故だ?」

「言っただろう? ここから先は魔境だ。自然には人間大陸の比ではない自然魔力マナが溢れている。人間が編み出した転移魔法きせきでは、その自然魔力マナの影響を諸に受けて狙った座標に転移することが出来ない。下手にフォウル国に転移すると座標がズレ、数万メートル以上の高さから地表まで真っ逆さまに落ちてしまう」

「……そ、そうか。凄いな」

「ここからフォウル国まで踏破できる人間は、一人としていない。それが出来るのは、高い身体能力と環境適応能力を持つ、聖人と魔人だけだ」

 ミネルヴァはそう断言する言葉の強さに、エリクは僅かに違和感を覚える。
 それは頭の隅に記憶しているミネルヴァの過去に関する情報が影響しており、それを思い出したエリクはミネルヴァに再び尋ねた。

「……ミネルヴァ。お前は以前、フォウル国に攻め込んだ事があると聞いた。その時も、まさか……」

「そうだ。フラムブルグ宗教国家は百年前に千名を超える実戦部隊を導入し、ここからフォウル国に攻め込んだ。……しかし、実際にフォウル国の目の前まで辿り着けたのは、私だけだ」

「一人だけ……!?」

「大半は過酷な環境と長い移動距離と期間によって脱落し、それに耐え進んでいた者達も魔境に棲む魔獣の襲撃で疲弊し死んだ。いずれは私のように聖人に至れる候補者達も居たが、辿り着く前に環境に殺されるか、心を折られて後進の育成に回ってしまう程の恐怖を植え付けられた」

「……」

「フラムブルグ宗教国家は百年前に、多くの聖人候補を失い戦力を落とした。……私はその事があってから、フォウル国には一人で渡り挑んでいる。最初は、自身の疲弊と未熟によって負けて捕らえられた。それ以後は門前払いのようにあしらわれたが、今は複数の魔人共と対峙しても数十分以上は戦えるようにはなっている」

「……そうか」

「お前達もまた、この先の環境を突破しなければフォウル国に辿り着く事すら出来ない。……私が全力で走り、不眠不休なら二日ほどで辿り着く。今のお前達ならば、道順に迷っても休憩を挟んで一週間以内には辿り着けるはずだ」

「分かった。……ミネルヴァ、感謝する。お前のおかげで、俺達はここまで来れた」

 エリクはそう述べ、右手を差し出すようにミネルヴァへ向ける。
 それを見たミネルヴァは首を横に振り、足を下げてエリクと向き合いながら述べた。

「私は私の為に、我が神の頼みを叶えたまでだ。……ここから先は、お前達に助力はしない。私は私の意思で、七大聖人セブンスワンの役目を果たさせてもらう」

「……何をする気だ?」

「ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国に巣食う、【悪魔】を討つ」

「えっ!?」

「!」

 唐突にそう述べるミネルヴァは、二人に背中を見せながら海側へ歩み移動する。
 それを聞いたマギルスは驚きを見せ、エリクは一歩だけ踏み出しながらミネルヴァを呼び止めた。

「待て、奴と一人で戦うつもりか!?」

「そうだ。……その言い方。お前は【悪魔】の正体を知っているのか?」

「……ああ。恐らくベルグリンド王国に居る、奴だ」

「その者の名を、聞いていいか?」

「……ベルグリンド王国の王になった、ウォーリスという男の傍に居る。アフルレッドと言う名の、黒髪青瞳の男だ」

「なるほど。……私が三ヶ月の間に収集した情報には、ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国の在る大陸に集まる魔人共の情報があった」

「!」

「お前達がフォウル国との諍いを止めている間にも、事態は動いているらしい。……私も奴等の思惑を防ぐ為に、元凶たる【悪魔】を仕留めてさせてもらおう」

「……勝てるのか? お前一人で」

「勝てる、勝てないという話ではない。――……私は『黄』の聖紋に選ばれた、七大聖人セブンスワンの一人。人類の平穏を守り、人々の命を救う為に選ばれた『守護者ガーディアン』なのだ。その平穏を破る者に、私は神の代行者として鉄槌を下す」

 ミネルヴァはそう自身を語り、背中を見せながら白と金の粒子を自身の肉体に纏う。
 それは転移魔法を使う兆候であり、ミネルヴァを見送る二人は声を掛けた。

「……お前も、無理はするなよ」

「ばいばーい! ありがとねー!」

「……さらばだ。我が神の同志達よ」

 最後に短い挨拶を交わし、ミネルヴァは転移し姿を消す。
 そして改めて二人だけになったエリクとマギルスは、奥すら見えない大森林に視線を向け、その先に在るフォウル国に意識を向けた。

「――……行くか。マギルス」

「そんなこと言っちゃって。おじさん、身体がなまってるんじゃない? 遅かったら、置いてっちゃうからね」

「それでもいい。……目指す場所は、どのみち一緒だからな」

「じゃあ、競争でもしよっか! ――……それじゃあ、よーい……ドンッ!!」

 マギルスは笑いながら身構え、右足を軸に力強い脚力でその場から飛び出す。
 それを追う形でエリクも踏み足に白い気力オーラを纏わせ、互いに凄まじい跳躍と移動距離で大森林の中を駆け始めた。

 こうしてミネルヴァとも別れたエリクとマギルスは、互いにフォウル国を目指し過酷な自然へ飛び込む。

 そこはまさに、この世界の登竜門とうりゅうもんとも呼ぶべき場所。
 自身を磨き高めた者達しか踏み込む事を許されない人間大陸最大の難所、フォウル国の魔境あしもとだった。
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