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修羅編 閑話:裏舞台を表に
帝国の懸念 (閑話その六十二)
しおりを挟む『黄』の七大聖人ミネルヴァと【悪魔】の戦いから六ヶ月後、ベルグリンド王国は親国であるフラムブルグ宗教国家から独立し、更に四大国家が課す盟約から外れ、新たな『オラクル共和王国』と名乗り始める。
その情報に最も驚かされる立場となったのは、親国であるフラムブルグ宗教国家よりも、和平を結んで一年と経たない隣国であるガルミッシュ帝国だった。
帝国宰相セルジアス=ライン=フォン=ローゼンの下にその情報が届き、帝国皇帝ゴルディオス=マクシミリアン=フォン=ガルミッシュにも伝えられる。
唐突な事態にゴルディオスは唖然とした面持ちを浮かべ、他の高官を交えた議会を設ける前に皇室内で話し合いを行っていた。
「――……セルジアス。君はベルグリンド王国の……いや、この場合はウォーリス王か。彼はどのような思惑を持って、このような行動に出たと思う?」
「……元々、宗教国家に支援を受けた形で建国されたベルグリンド王国ですが、互いの国は大陸的にも離れ過ぎていたので親密と呼べるような関係では無かったはず。そしてベルグリンド血族が王の地位に居ない以上、ウォーリス王が宗教国家から独立する意味は理解できます」
「確かに。数年毎に四大国家の傘下国や植民国は、幾らかの金銭や物資を親国に支払う取り決めがある。この帝国の場合、親国たる皇国に質の上質な魔石を上納してきた。ウォーリス王は宗教国家の課す支払い条件が厳しい為に、独立を決めたのだろうか?」
「可能性としては。しかし、彼等は四大国家の課す盟約から外れる事も公言している。盟約を交わす国々との関係性を絶たれてしまう可能性があるにも関わらずにです」
「しかし実際に、ウォーリス王は四大国家の盟約から外れる事を伝えて来た。これにどのような意味があるか、君に分かるかね? セルジアス」
「そうですね……」
ゴルディオスの問いにセルジアスは十数秒程の沈黙を抱え、腰掛ける長椅子に腰を委ねながら思考する。
そして彼自身が辿り着いた結論を、ゴルディオスに説明した。
「――……盟約に課された条項が、邪魔となったのかもしれません」
「盟約が、邪魔に?」
「盟約に参加している国々は、七大聖人に関する自由と罪に問う行為を禁止することが義務付けられています。更に参加国に対する視察や監査が、七大聖人には認められている。そして四大国家の法案に触れる、毒や病を使った科学兵器の開発・特定種類のの武器開発・更に魔法実験や生物実験を確認した場合には、それ等の開発施設や兵器を破壊できる権利を持ちます」
「……まさか、ウォーリス王は盟約の法に触れる代物を作ろうとしている?」
「あるいは、既に作っている可能性も考えた方がいいでしょう」
「!」
「百年前にフラムブルグ宗教国家が四大国家から外れた理由には、フォウル国と相対する為に禁忌とされる秘術や武器を用いる為だったと噂があります。……そうした事を行う為には、七大聖人に介入されるのは望ましくない。だから盟約から外れて七大聖人や四大国家の干渉を受けないようにしたのだと、私は考えます」
「……そうか」
ゴルディオスは顔を伏せながら悩むように首を横に振り、小さな溜息を吐き出す。
そして引き締めた表情を戻して顔を上げ、セルジアスに問い掛けた。
「セルジアス。この場合、帝国はベルグリンド王国に……いや、『オラクル共和王国』とやらに、どう対処すべきだと考える?」
「……相手の出方次第、でしょうか」
「出方か?」
「はい。……帝国と王国は和平関係にありました。そして国名を変えたとしても、ウォーリス王が共和王国として帝国との和平継続を求めるのならば、使者か再び本人が赴き講和の場を設ける事になります。帝国としては、それに応じても構わないでしょう」
「ふむ。しかし、その共和国は四大国家の盟約から外れた国。逆に帝国の後ろに控えるのは四大国家の一つであるルクソード皇国だ。共和王国はそれを良しと考え、和平を継続させようとするだろうか?」
「もし和平を反故にする場合は、共和王国側は再び帝国領内に進軍して来る可能性も考慮しなければいけません」
「……ッ」
「念の為、先んじて陛下から勅命にて、騎士団と兵団を国境沿いまで出兵する準備を整えた方が宜しいでしょう。またこちらから共和王国側に使者を送り、帝国との和平を今後どのようにするか問う必要も出てきます」
「……今の帝国が、出せる兵力は?」
「五千ほど。時間さえ頂ければ、ローゼン公爵領地と各領地から兵を集い、二万から三万の数には出来るでしょう。その場合は、私自身が陛下の名代として出陣します」
「……復興も終わり、同盟都市の開発に身を置く予定であったが……。……もし戦争となった時、今の帝国は勝てると思うかね?」
「分かりません」
「!」
「既に共和王国側が禁止されている兵器や武器の製造を完了させた上で、このような事を発表したのであれば。既に王国側は我々に対する侵攻準備を整えている。そう考えるべきでしょう」
「……つまり、我々は禁止兵器や武器を持った共和王国兵と戦うということか?」
「それだけではありません。共和王国側は傭兵ギルドを通じて、各国で人材の募集を行っています。もし各地の実力者達がその呼び掛けに応じれば、我々は武器だけではなく兵力の質すらも凌駕されかねません」
「……ッ」
「不十分でも備えなければ、このまま共和王国に対して無防備となってしまいます。……陛下、御覚悟を決めて頂きたい」
セルジアスはそう告げ、ゴルディオスに対して決断を促す。
四大国家の盟約から外れた共和国の危険性を考慮し備えるべきだと伝えるセルジアスの言葉に、ゴルディオスは理解しながらも僅かに躊躇した面持ちを見せる。
ようやく不穏分子である貴族達を処断し、王国との和平で帝国内が落ち着き順調に見えた光景が、『オラクル共和王国』という国が作られた事で一気に瓦解してしまったのだ。
それを悔やむような表情を見せるゴルディオスだったが、十数秒後には再び威厳を持った表情を見せ、セルジアスに命じた。
「――……備えなければならぬ。至急、議会の準備を」
「ハッ」
皇帝ゴルディオスの命令に宰相セルジアスは応じ、皇室内から出て各人員に呼び掛け議会の準備を速めさせる。
それから一時間後には帝都内に就いている大臣職や高官達は皇城に到着し、議会の席に着いていた。
そして皇帝ゴルディオスが議会の場に到着すると、改めて今回の議題がセルジアスの口から告げらようとする。
しかしその声は、飛び込むように舞い込んだ扉を叩く音で制止された。
「――……確認を」
「ハッ」
扉の前で待機していた帝国騎士にゴルディオスは命じ、扉を叩く者が誰かを確認させる。
そして二人の騎士がその者に応じると、一人が議会の場に戻りセルジアスの傍に近付き小声で状況を伝えた。
「――……宰相閣下。実は……」
「……本当か?」
「はい」
騎士の言葉を聞いたセルジアスは僅かに驚き、ゴルディオスの方に視線を向ける。
それを受けたゴルディオスは不可解な表情を浮かべ、セルジアスは状況を伝えた騎士に耳打ちし何かを頼んだ。
その騎士は再び扉側へ移動し、室外に出る。
そして二人の騎士に連れられた一人の兵士が共に議会の場に入り、左手に幾つかの紙を持ちながら一同に敬礼を向けて声を発した。
「――……し、失礼します!」
「状況を、ここに居る者達にも伝えてくれ」
「ハッ! ――……三日ほど前、同盟都市建設予定地にてベルグリンド王国の使者を名乗る方が御越しになり、この書状と共に幾つかの伝言を現場に居る管理者に御伝えしました!」
「!」
「内容は主に四つ。一つ目が、ベルグリンド王国の名を変更し『オラクル共和王国』に変更すること。二つ目が、ウォーリス=フォン=ベルグリンド王の名を『ウォーリス=フォン=オラクル』王に変えること。三つ目が、オラクル共和王国は四大国家の盟約から外れること」
「……ッ」
兵士の口からその三つの言葉が出て来た時、議会に召集された一同は苦々しい面持ちを見せる。
しかし最後の四つ目を聞いた時、そうした表情を浮かべた全員が驚愕を晒した。
「そして、四つ目が――……改名したオラクル共和王国は、ガルミッシュ帝国との和平を継続したい、とのことです!」
「!!」
「和平の継続……!!」
「……その使者の言葉と情報は、確かなのだな?」
「はい!」
兵士の言葉に議会に集まった者達は驚きを見せ、セルジアスは逆に不可解な面持ちを見せながら眉を顰める。
そしてゴルディオスの確認も肯定した兵士は、更に左手に持つ書状を見せながら伝えた。
「これが、ウォーリス王が直筆した書状であると使者殿が御伝えしたそうです!」
「……」
兵士が見せる書状に目を運んだ二人は、隣に立つ騎士に視線を向ける。
その意思を汲み取った騎士の一人が、兵士の持つ書状を丁寧に受け取り、封を切り中身を改めた。
そして目で追いながら、同時に口を動かし書状の内容を伝える。
「――……『拝啓、ゴルディオス=マクシミリアン=フォン=ガルミッシュ皇帝陛下。この度、我がベルグリンド王国は名と体制を変え、新たな国として歴史の一歩を歩み始めました。我が国の民にも今回の事を伝えると、多くの賛同を得ることが叶い、皆の協力によって新たな国作りを行えそうです』」
「……」
「『ただ我が国の変化は、帝国の方々に不安を持たせる事となっているでしょう。しかし共和王国は、ガルミッシュ帝国と継続的な和平を望んでいます。それに嘘偽りはありません。そうした意思と言葉を再び伝える者が必要であると考え、私の名代であり信任厚き者を、和平の使者として赴かせることを考えています。どうか使者が貴国に訪れ、陛下への御目通りすることを許可して頂きたい。御返答を御待ちしております。……第一代共和国王、ウォーリス=フォン=オラクルより。』……以上です!」
騎士が書状の内容を読み終わり、議会の場は静寂に包まれる。
帝国側が懸念していた事柄が、ウォーリス王の届けさせた書状一枚で全て杞憂に終わり、皇帝ゴルディオスを含めたほぼ全員が安堵にも似た面持ちを抱いていた。
しかし一人だけ、安堵の息を漏らさず不可解な表情を宿しながら眉を顰めている者もいる。
宰相職に就くセルジアスはウォーリス王の意図を探るように思考を深め、油断を持たないように努めていた。
その後、皇帝ゴルディオスはウォーリス王に向けた返答の書状を書き、早馬に乗せた使者に持たせ共和王国側に届けさせる。
そうして数週間程のやり取りが続き、ガルミッシュ帝国側はオラクル共和王国の使者を迎え入れる事を決めた。
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