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修羅編 閑話:裏舞台を表に
盟約の決議 (閑話その六十八)
しおりを挟む追われる立場となった黒獣傭兵団と合流し雇った元ローゼン公クラウスは、彼等を樹海に引き入れセンチネル部族を中心に技術力と文明レベルを加速させる。
その行いに翻弄され説き伏せられた族長ラカムは諦めの境地に達し、戻って来た女勇士パールは現在進行形で様変わりしつつある村の様子に辟易とした様子を見せていた。
そうした中で、戻って来たパールを交えて族長ラカムとクラウスの三人が集まる。
そして始めに質問を投げ掛けたのは、今回の事で様々な起因となっているクラウス本人からだった。
「――……それで? 盟約は成功したと言っていたが、具体的にはどういう話になった?」
「……言いたい事は山ほどあるが、まあいい。帝国との交渉は成功して、盟約を結べた。荷物の中に、盟約の内容を記した書簡がある」
「見せてくれ」
「ああ。……コレだ」
クラウスに促される形で、書簡が収められた包装筒をパールは荷物から取り出す。
それを受け取ったクラウスは筒を開き、中に入った書簡を読んだ。
そしてラカムにも教えるように、書簡の内容を述べ始める。
「――……まず一つ。帝国皇帝ゴルディオス=マクシミリアン=フォン=ガルミッシュの名を下に、ガゼル子爵領に位置する大樹海をセンチネル部族に貸し与えることを認める。また樹海に住まう者達をガルミッシュ帝国の臣民であると認め、ガゼル子爵家が管理する正式な領民と定める事とする」
「我々が、臣民?」
「形としては、ガゼル子爵領にある樹海をセンチネル部族が臣民として治める形で正式に貸し与えられた。実質的に、樹海はセンチネル部族を代表とした自治領であると認めさせたと考えていい」
「自治領……。それが、お前の言っていた『我々が国を作る』という話か?」
「そうだ。――……二つ目が、臣民権について。ガルミッシュ帝国では国民となる際に、年毎に税を支払う必要がある。樹海の者達も臣民となり樹海の領土を貸し与えられた。だから年毎に定められた税を帝国に支払う必要がある」
「税? 金のことか」
「ああ。だが税として渡す金銭自体は、ガゼル子爵家が立て替えて渡す。代わりに樹海の者達は、樹海で採れる品々をガゼル子爵家に税代わりとして納める。魔物や魔獣から採れる魔石や、それ等から獲れる素材。また樹海で育つ植物もだな」
「量はどのくらいだ?」
「品質次第だが、その裁量はガゼル子爵家と樹海の者達で話し合い取り決める必要があるだろう」
「ひんしつ?」
「魔物や魔獣の素材なら、魔石は大きく純度の高いモノ。また皮などの素材は傷が少ないモノ、角や牙も出来るだけ欠けていない状態が望ましい」
「あまり獲物を傷付けてはいかんのか」
「出来れば心臓や脳を一突きで破壊するのが望ましい」
「だからこそ、お前が教え作らせている武器が必要なのか?」
「そうだ。弩弓の威力ならば、極最小の傷で脳や心臓を突いて仕留められる。棒槍や棍棒を使う者達にも剣を扱えるようにさせ、首や手足を正確に狙えるような修練をさせるといい」
「ふむ……」
書状の内容を聞くラカムは、頭を捻らせながら帝国側が求める物を理解しようとする。
クラウスは説明しながらラカムに内容を説き、再び書状へ視線を戻しながら口を開いた。
「――……そして三つ目。上記二つの内容が守られる限り、ガルミッシュ帝国皇帝ゴルディオスの名の下に、ガゼル子爵家を無視した樹海への干渉を行わない事を約定として定める。しかし上記二つの内容が反故にされた場合は約定が守られないと判断し、ガゼル子爵領から樹海の管理権を取り上げ、樹海に対する不干渉を破るモノとする。――……以上だ」
「……それが帝国と結ぶ、新たな盟約というわけか」
「そうだ。お前達がこの盟約を守れなくなった時、再び圧倒的な数を誇る帝国側が樹海へ踏み込む。それを防ぐ為にも、お前達はガゼル子爵家と協力しながらこの樹海で暮らす必要があるということだ」
クラウスの説明にラカムは渋い表情を見せながらも納得を浮かべ、静かに頭を頷かせる。
そんな会話を傍で聞いていたパールは、思い出したように二人に尋ねた。
「……そういえば、大族長達の説得は出来たのか?」
「いや。出来てはいないな」
「えっ」
「お前を盟約の交渉に向かわせたとは言ったが、大族長等は盟約の交渉が成功してから考えるという話になった。こちらとしては、お前が戻って来るのを待っていた状態だ。パール」
「そ、そうか。……途中までガゼル子爵と一緒に帰って来たんだが、奴も樹海に赴き大族長や族長達を交えて話し合いをしたいと言っていたぞ。樹海に入る許可を貰い、十数日後に迎えに来て欲しいとも言っていた」
「そういう話になるだろうな」
「ならば急ぎ、大族長達を集める必要がある。――……私は使者としての役目を果たした。お前が始めた話なら、お前が大族長達も説き伏せろ。クラウス」
「フッ。言われるまでもない」
パールは鋭い視線を向けると、クラウスはそれを受けながら不敵に微笑み始める。
そうして帝国側と盟約を結ぶ交渉が成功したことと、その内容に関する事がセンチネル部族の勇士達から伝達される各部族長と大族長は、数日後に再びあの遺跡に集まる事となった。
エリクと戦った樹海の強者ブルズを始めとした各部族の族長達が集い、そして年老いた大族長も円形の形に座る場に集まる。
そして集め招いたセンチネル部族長ラカムと、盟約の発端であるクラウス、そして盟約を結ぶ使者として帝国に赴いたパールの三人は、改めて族長の会合に集まった。
しかし集まった他の族長達は、怒りを含んだ視線をクラウスに注いでいる。
それを察したパールは、隣に座る父親に小声で尋ねた。
「――……何かあったの?」
「……クラウスが雇った黒獣傭兵団。アレを村に留める事に、族長達は反対している」
「それは、そうなるか」
「その件でもクラウスが族長達と言葉を交え説き伏せようとしたが、結局は大族長が許す形で話が終わった。しかし、まだ族長達の中では納得が出来ていない」
「そうか……」
ラカムから話を聞いたパールは、この状況にある懸念が浮かんでしまう。
それは帝都で帝国宰相セルジアスと話した際に話題となった、物事の決め方。
頂点に立つ者が下の者達の承諾を得ないまま事を進めれば、必ず反発が生まれる。
すると、いずれは下の者達が上の命じた事を従わずに反意を見せると述べたセルジアスの話。
パールは族長達と大族長の関係をその状況と重ね、やがて各族長達が大族長の命令に従わず、異質な存在を排除しようとするのではないかと考える。
クラウスはその事を考えながら行動しているのか、あるいは周囲の事など考えずに己の欲望のまま事を進めているのか、パールは察せられない。
その懸念をパールは晴らせないまま、樹海の族長会議は始まった。
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