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修羅編 閑話:裏舞台を表に

瞳を継ぐ者 (閑話その七十六)

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 反乱領地の復興と再建を終えローゼン公クラウスの死で喪に服していたガルミッシュ帝国は、次の新年を迎える。
 復興を終えた各領地でも新年を祝う祭り事が開かれ、ガルミッシュ帝国の中心地である帝都でも祝宴が行われていた。

 そして各貴族達が皇族達に新年の挨拶に訪れる帝城では、クラウスの跡を継ぎローゼン公爵家当主と宰相職に就いたセルジアスが祝宴の場を取り仕切る。
 各貴族達は皇帝ゴルディオスと皇后クレアが座る席に挨拶に赴いた後に、セルジアスにも宰相就任を祝う言葉を送った。
 そうした各貴族家の挨拶と共に同伴している令嬢達を紹介されながら、セルジアスはそれを受け流し挨拶を淡々と終えて自身の仕事を果たしていく。

 しかし晴れやかに見える祝宴の場には、帝国皇子ユグナリスの姿は無い。
 皇帝ゴルディオス皇后クレアは新年も明けた事でユグナリスの謹慎を解こうと考えていたが、セルジアスはまだ待った方がいいと説得した。

『――……確かにユグナリスの成長は目覚ましいモノがあります。しかし反乱後の復興作業や王国との和平に関して、何かしらの貢献しているわけではありません。そのユグナリスが催事の場に姿を見せると、各貴族達に場違いであると思われ、晴れやにすべき祝宴の場が不審と不穏の空気を漂わせてしまいます』

『それは……確かにそうなるかもしれぬが……』

『ユグナリスを催事の場に戻すならば、何かしら帝国に貢献できる事を行い、正式な場で皇帝陛下ちちおやから許しを賜る必要があるでしょう。その機会を得るまで、しばらくユグナリスを催事の場に出さない事を御許しください』

 そう進言するセルジアスの言葉に、ゴルディオスとクレアは渋々ながらも納得して受け入れる。
 そして城内に戻っているユグナリスを、祝宴の場に参加させない事にした。

 一方で、ユグナリスは祝宴の場に出ない事に大きな反発は示していない。
 逆に安堵の息を漏らしてセルジアスに感謝し、城内の自室に戻り、リエスティア姫を招いて二人だけで新年を祝した場を設けていた。

「――……僕達も、乾杯しようか」

「はい」

 ユグナリスはワイングラスに注がれた葡萄酒ワインを揺らしながら、リエスティアのグラスに口部分を重ねて音を鳴らす。
 そして互いにグラスを口に運び、葡萄酒を少し飲んだ。

 ユグナリスは少量の料理が盛られた皿が置かれた机に、ゆっくりとグラスを置く。
 しかしリエスティアは口を離したグラスを持ったまま、何かを思うような様子を見せていた。

 そんなリエスティアの様子に気付き、ユグナリスは心配そうに尋ねる。

「どうしたんだい?」

「あっ、いえ。……私、ワインを飲んだのは初めてだったので」

「そうなの?」

「はい。……ユグナリス様は、ワインをよく嗜まれているのですか?」

「よくと言える程、飲んではいないよ。十五歳になった時の祝いで初めて飲んで、何か催事や食事会がある時に出されたら飲むくらいかな」

「そうなんですね」

「それに、あんまり酒には強くもないんだ。飲み過ぎると、すぐに顔が赤くなってしまう。俺の髪みたいにさ」

「ふふっ」

 冗談染みた口調で話すユグナリスに、リエスティアは微笑みを浮かべる。
 そんなリエスティアに微笑みを返しながらも、ユグナリスは少し不満そうな声を向けた。

「それより。今は二人きりだから、そんなに畏まらなくていいんだよ」

「す、すいません。自然と……」

「ほら、また」

「……やっぱり、その。慣れなくて……」

「……そうだね。まだ慣れてないだろうし、急かすように言ってごめん」

「あ、謝って頂く程ではないので……!」

 ユグナリスが頭を下げながら謝罪する声を聞き、リエスティアは慌てるようにそれを抑えさせる。
 そんなリエスティアの慌てる様子を確認しながら、ユグナリスは微笑みを浮かべていた。
 
 それから食事を進みある程度まで食べ終わると、僅かに酒気を帯びて頬を赤くするユグナリスは、終えた食事の皿を配膳台に乗せて部屋の外に持ち出す。
 そして待機していた執事と侍女にそれを渡し終えると部屋に戻り扉に鍵を掛けて締め、同じく葡萄酒に酔い顔に火照りを浮かべるリエスティアの横へ移り佇んだ。

「――……新年の祝宴が終わった後。オラクル共和王国から使者が来るね」

「……はい」

「アルフレッド=リスタルという人が来るそうだね。どんな人だろう?」

「……アルフレッド様は、私を里親の下から連れ出してくれた方です」

「えっ」

「そして私を、ウォーリス王の……お兄様の妹として引き合わせ頂いた方です」

 リエスティアから語られる言葉に、ユグナリスは小さな驚きを見せる。
 そしてアルフレッドという人物に関して、ユグナリスは続けるように尋ねた。

「そのアルフレッドという人は、どんな人なの?」

「御優しい人です。王国に来たばかりの私に、よく御世話をしてくださいました」

「そうなんだ。確か、ウォーリス王の腹心だという話だけど?」

「はい。お兄様とアルフレッド様は、子供の頃からの親友だったと。私もアルフレッド様とは小さな頃にも会っていたと、そう聞いています。……本当かどうかは、分からないのですが……」

「母上の話が本当なら、君はナルヴァニア伯母上の血縁者という事になる。もしそれが本当なら、その人に聞いて君の出生の真実も確認できるかもしれない」

「それは……」

「君が知りたいのなら、俺からその人に聞くよ。知りたくないのなら、何も聞かない」

「……」

「君は、自分の出生を知りたいんじゃないのかい?」

 ユグナリスはそう尋ね、リエスティアの本心を聞く。
 それは言葉によっては表れず、ただ黙って頷くリエスティアの動作で返答された。

「そうか。……前にも言ったけど、俺は君の出生がどうであろうと、君を愛し続ける」

「!」

「周りがどう言おうと、例え君がそれで引け目に感じたとしても。俺は君を愛し続けるし、他の女性を愛するつもりはない。そして愛する君を手放すつもりも、俺には無い」

「……ユグナリス様……」

「だから君も、堂々と愛してくれていい。俺を信じてね」

「……はい」

 ユグナリスはリエスティアの前に跪き、そのか細い手に触れながら唇を重ねる。
 それに応じる形でリエスティアは頷くと、ユグナリスは再び立ち上がり二人は互いの唇を交わした。

 その年の二人は、互いにニ十歳を迎える。
 そして新年の祝宴が開かれる城内で、二人は更に強い結び付きを得た。

 それから五日間ほど続いた新年の祝宴は終わり、ガルミッシュ帝国は催事の片付けが行われ始める。
 しかし同時に行われていたのは、祝宴を終えた帝都に訪れるオラクル共和王国の使者を迎える為の準備だった。

 そして予定通り、両国の堺を超えて帝国の領土内にオラクル共和王国の使者が訪れる。
 使者の来訪が帝都まで伝わった二週間後、少数ながらも迎えとなった帝国騎士達と同伴する使者が姿を見せた。

 その者達は馬車ではなく馬に騎乗し、帝都の大門を通り抜けて城が置かれる帝都の奥へ進む。
 そして帝城の前に降りて馬を帝国騎士達に預けると、案内役を務める帝国騎士達と共に城内へ入らせた。

 招かれた使者達は城内の奥へ進み、用意された客室に留まる。
 更に一時間程して再び案内役の帝国騎士が赴くと、使者達を連れて謁見の間へ通した。

 そこで待っていたのは、皇帝ゴルディオスと皇后クレア。
 その傍には宰相であるローゼン公セルジアスが控え、更にその両脇を固めるように帝国騎士の精鋭と官僚達が参列していた。

 そうした場の中央を通る白い帽子と外套コートを纏った使者達は、皇帝ゴルディオスと一定の距離を保つ形で立つ。
 そして平伏するように膝を着いて座る使者達を見下ろしながら、ゴルディオスは威厳のある声を向けた。

「――……表を上げよ。オラクル共和王国の使者よ」

「……」

「今回、貴殿等はウォーリス王の使者としてこの場に赴いたと聞く。ならば貴殿等の言葉はウォーリス王の意思と同様の言葉ものであると、我々は判断する事になるだろう。そこに間違いは無いか?」

「御意のままに」

「うむ。では、貴殿等の中でウォーリス王の言葉と意思を伝えるのは誰か?」

 ゴルディオスの問いに対して、膝を着き平伏していた使者の一人が答えて立ち上がる。
 そして顔と頭を隠すように覆っていた白い帽子を脱ぐと、その下に隠されていた顔と髪が周囲の者達に見える形となった。

「……!」

「!?」

「……まさか……」

 皇帝ゴルディオスと皇后クレアはその人物の顔を見て目を見開き、宰相セルジアスも同様の様子を見せながら小声で呟く。

 そこに現れた人物の顔は、その三名が知るある女性と重なる。
 リエスティア姫と同様の黒い髪を後ろへすきあげ、先年に亡くなったルクソード皇国の女皇ナルヴァニアと似た目元と青い瞳を持った、二十代の青年だった。
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