725 / 1,360
革命編 一章:目覚める少女
夜を裂く光
しおりを挟むその日に行われるはずだったリエスティア姫の治療は、倒れた後に自身の記憶を垣間見たアルトリアの影響によって中断される。
そして互いの体調を鑑みた結果、治療は翌日に持ち越される形となった。
アルトリアは別邸の一室を使用する形で今夜は泊まり、翌日にリエスティアの治療を行うべく休息を摂る。
老執事バリスはその隣室に待機し、用意された食事の確認や暇をするアルトリアの話し相手を務めていた。
一方で、皇后クレアは息子である皇子ユグナリスと老騎士バリスを別邸で借りている部屋に呼び、リエスティアに関するアルトリアの記憶を伝える。
ユグナリスはそれを聞き、当時の出来事を必死に思い出そうとしていた。
「――……俺も、その頃の事はよく覚えては……」
「そうでしょうね。貴方はまだ四歳だったし、途中で熱を出して一日目以降は会場に赴いていなかったのだから」
「……でも、まさか。リエスティアやウォーリス殿が、私の誕生日パーティーに来ていたなんて話……。……母上は、アルトリアの話を信じるのですか?」
「リエスティアさんを見て思い出した事だとしたら、可能性としては十分にあり得るのでしょう。……記憶も無く覚えていないアルトリアさんやリエスティアさんの関係性に確証を得るには、当時の関係者に聞くのが一番なのだけれど……」
「その、関係者というのは?」
「当時の出来事を正確に把握していたのは、アルトリアさんの父親であるクラウス君くらいでしょうね。けれどここに居ない以上、アルトリアさんが助けた友達の女の子が、リエスティアさんかどうかは分からないわ」
「ほ、他に知っていそうな人は?」
「十七年前の出来事だから、当時の会場に居た方々に尋ねても覚えているか難しいところね。それにあの時は、リエスティアさんと思しき女の子よりも、アルトリアさんに全員が注目していたでしょうから」
皇后クレアは当時の事情に最も詳しい人物こそ、自身の娘が起こした事件の火消しをしていたクラウスだと語る。
しかしクラウスは二年前に起きた反乱で戦死扱いとなり、このローゼン公爵地には居ない。
それを把握しているクレアは口惜しさを僅かに含みながら、小さな溜息を吐き出して言葉を続けた。
「……とにかく。リエスティアさんやウォーリス君の素性に関して、アルトリアさん達には本人やそれ以外にそうした事を伝えないように御願いしているわ。その点で問題が起こる事は、まず無いはずよ」
「そ、そうでしょうか……」
「ええ。……でも今、最も問題にすべき事があるとすれば。それは貴方なのよ、ユグナリス」
「!」
「ログウェル様から聞いたわ。貴方は一人で共和王国に赴き、ウォーリス君に謝罪する事を考えていたそうね?」
「……ッ」
「それは止めなさい。確かに今後は、共和王国やウォーリス君への謝罪は必要となるでしょう。でも貴方自身が今動き共和王国に赴けば、何をされるか分からない。下手に対応すればウォーリス君の怒りを買い、貴方達個人の問題だけに留まらず、帝国と共和王国に深刻な対立を起こす事になるわ」
「……では、どうしたら……?」
「ログウェル様も言ったでしょう。まずは、リエスティアさんが懐妊した事を共和王国とウォーリス君に素直に伝えることよ。そしてその情報を下に、共和王国がどのように動くか見極める。それしか今の帝国には出来ないのよ」
「……ッ」
「それより、今の貴方は考えるべき事がある。それは分かるわね?」
「……リエスティアと、お腹の子供ですね」
「そうよ。もう貴方はただの皇子でもなければ、私達に甘えられる子供でもない。愛する女性を持ち、その女性に自分の子供を身籠らせた男なのよ」
「……はい」
「貴方はいい加減に、大人になりなさい。……それが母親として今の貴方に送れる、唯一の言葉よ」
皇后クレアは厳しい表情を見せながら述べ、正面の長椅子に座るユグナリスに視線を向ける。
それを聞き僅かに顔を伏せながら頷いたユグナリスに、再び口を開いたクレアが別の事を伝えた。。
「……それと。アルトリアさんはリエスティアさんの治療を終えたら、この帝国から去ってしまう。本来ならば故郷であるはずの国に、あの子は留まろうとする意思が無い。何故か分かる?」
「……俺のせい、ですか?」
「それも理由の一つでしょう。記憶を失っているけれど、貴方に対する不信感と嫌悪感が拭えないからこそ、アルトリアさんは同じ屋敷に居ても貴方の顔や声すら聞きたくないと言っている。……それだけ貴方に向けていた憤りが、今でも根強いということね」
「……ッ」
「アルトリアさんが戻る前に、貴方から謝罪する機会を与えるように御願いしたわ。……もしその時が来たら、誠意を持って謝罪をしなさい。いいわね?」
「……」
「いいわね?」
「……はい」
アルトリアに対して謝罪するよう強要する母親の言葉に、ユグナリスは抵抗感のある表情を宿す。
しかし強く聞き返す母親の問い掛けに渋々ながらも承諾し、アルトリアに対して謝罪する事を受け入れた。
それを確認し頷いたクレアは、席を立ち部屋から出て行く。
しかしユグナリスは顔を伏せながら考え込み、それを静かに見守っていたログウェルは夕陽が沈み夜が訪れる窓の外を眺めていた。
「――……今日は、ちと風が不自然じゃな……」
窓から見える木々の葉や枝が、少し強い風に煽られているのか大きく揺れている。
その吹き混む風に何かを感じ取ったログウェルは、顔を伏せたまま床を眺めるユグナリスに声を向けた。
「ユグナリス」
「……」
「お前さんは、リエスティア姫の近くに居れ。剣も忘れずにな」
「……えっ?」
「外の風が、ちと怪しい。何か起こるかもしれん」
「怪しいって、どういうことだ……?」
「さて。儂の勘じゃよ」
「勘って……」
「取り越し苦労ならば、それで良いのじゃがな」
「……分かった、俺はリエスティアの部屋に行くよ。アンタは?」
「儂は、念の為に外へ出ておくかの」
いつになく真剣な表情を見せるログウェルの言葉と強い口調に、ユグナリスもまた不穏さを感じ取る。
そして深く腰を下ろしていた長椅子から立ち上がると、ユグナリスは急いで自室に置いてある剣を腰に帯びて、リエスティアが休む寝室へと向かった。
ログウェルもまた部屋を出て、夜の暗さに沈む屋敷の外へと赴く。
そして庭に出ながら星が見え始める夜空を眺めると、風に揺れる周囲の音を聞きながら佇み、緩やかに空を見上げた。
「――……何か、空に居るな」
ログウェルは暗闇に染まる空を見上げ、風から何かを伝えられるかのように上空を見つめる。
その視線の先に存在しているのは、ただ夜に覆われる空ではない。
それに乗じるように黒い外套を羽織った一人の人影が、遥か上空に佇みながら浮かんでいた。
ログウェルは高めた視力でそれを視認した時、大きく目を見開く。
その瞬間に、上空に浮かぶ人影から鋭く細い白色の極光が発生し、真下に伸びるように向けられた。
アルトリア達が滞在しているローゼン公爵領の都市の上空は、夜を斬り裂く巨大な光によって襲われる。
それは都市に居る誰も予想する事が出来ない、上空からの襲来だった。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のその場で転生前の記憶が戻り、悪役令嬢として反撃開始いたします
タマ マコト
ファンタジー
革命前夜の王国で、公爵令嬢レティシアは盛大な舞踏会の場で王太子アルマンから一方的に婚約を破棄され、社交界の嘲笑の的になる。その瞬間、彼女は“日本の歴史オタク女子大生”だった前世の記憶を思い出し、この国が数年後に血塗れの革命で滅びる未来を知ってしまう。
悪役令嬢として嫌われ、切り捨てられた自分の立場と、公爵家の権力・財力を「運命改変の武器」にすると決めたレティシアは、貧民街への支援や貴族の不正調査をひそかに始める。その過程で、冷静で改革派の第二王子シャルルと出会い、互いに利害と興味を抱きながら、“歴史に逆らう悪役令嬢”として静かな反撃をスタートさせていく。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー
芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。
42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。
下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。
約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。
それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。
一話当たりは短いです。
通勤通学の合間などにどうぞ。
あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。
完結しました。
【完結】回復魔法だけでも幸せになれますか?
笹乃笹世
恋愛
おケツに強い衝撃を受けて蘇った前世の記憶。
日本人だったことを思い出したワタクシは、侯爵令嬢のイルメラ・ベラルディと申します。
一応、侯爵令嬢ではあるのですが……婚約破棄され、傷物腫れ物の扱いで、静養という名目で田舎へとドナドナされて来た、ギリギリかろうじての侯爵家のご令嬢でございます……
しかし、そこで出会ったイケメン領主、エドアルド様に「例え力が弱くても構わない! 月50G支払おう!!」とまで言われたので、たった一つ使える回復魔法で、エドアルド様の疲労や騎士様方の怪我ーーそして頭皮も守ってみせましょう!
頑張りますのでお給金、よろしくお願いいたします!!
ーーこれは、回復魔法しか使えない地味顔根暗の傷物侯爵令嬢がささやかな幸せを掴むまでのお話である。
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!
近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。
「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」
声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。
※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です!
※「カクヨム」にも掲載しています。
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる