773 / 1,360
革命編 三章:オラクル共和王国
商号を持つ者
しおりを挟む変革を迎えて旧王国民がほとんど居なくなってしまった王都の状況に、ワーグナーを含んだ黒獣傭兵団の面々は困惑の色を表情に見せる。
そうした中でクラウスが得ていた情報が、黒獣傭兵団に一筋の光を見出した。
黒獣傭兵団の逃亡を助け、懸けられた容疑についても庇い続けた人々。
教会の修道女や貧民街の住人を始め、親しかった者達がオラクル共和王国内の南方で迫害されながらも暮らしている事を知らされた。
それを聞いた際、黒獣傭兵団の全員が僅かな明るい顔を見せたが、すぐに悩ましい表情を見せながら顔を伏せる。
その意味を理解しているのか、クラウスは全員の顔を見回しながら尋ねた。
「それで、お前達はどうする?」
「……」
「迫害を受けながら南方で暮らしていると思われる者達。それが本当に、お前達の気に掛けていた者達だとしたら」
「……ッ」
「その者達を放置したまま、このまま王都を深く探り目的となる情報を得るか。それとも、その者達と接触して何かしらの情報を得るか。……その決断は、お前達に委ねよう」
クラウスはそう聞き、黒獣傭兵団に選択を迫る。
このまま王都に残り続けても、住民だった旧王国民が少なく外国人が多い現在の王都では、黒獣傭兵団の冤罪に関する証拠を得られる可能性は低いのは確かだった。
だからと言って行商団から離れて王都を出たとしても、南方の何処に居るかも分からないシスター達を探しに向かうのは、共和王国から警戒を向けられる可能性が高い。
更に心情的にも、黒獣傭兵団を庇った為に迫害を受けてしまったシスター達を放置したまま動く事は、後ろめたさと後味の悪さを受けてしまう。
感情的にも、そして自分達に有利となる情報を得る為にも、黒獣傭兵団の思考はある結論に導かれる。
それを改めて伝えるワーグナーは、全員に顔を向けながら告げた。
「――……王都を出て、シスター達を探すぞ」
「!」
「これは別に、感情的になって言ってるわけじゃねぇ。シスター達が俺等を庇い続けてくれたんだとしたら、あの事件について何かしらの情報を得ていた可能性もある。今の王都よりも、シスター達が持ってる可能性がある情報の方が遥かに信頼できるぜ」
「……確かに、そうですね」
「そうっすね。シスター達を、探しに行きましょう!」
ワーグナーの言葉を受けて、団員達は自分達の抱く目的と感情を一致させる確かな道筋を見出す。
そして全員が賛同の意思を見せると、ワーグナーは口元を微笑ませながら次の話に移った。
「んじゃあ、シスターを探す為に南方に向かうとして。問題はそこまで向かう為の手段と、行商団の事だな」
「俺等は帝国から来た商人って事になってますからね。共和王国内じゃ、自由に動けない……」
「その点をどうにかしないと、南方に向かうどころの話じゃねぇのも確かだ」
「もし秘かに出て行っても、一週間後には行商団が国境に出発しちまう。そこで共和王国に俺達の潜入がバレたら……」
「それについては、何か策はあるんっすか? 副団長」
団員達は提案について反対はせず、それを叶える為の問題点を話し合う。
そしてこれ等の問題をどのように解決するかを、団長代理を務める副団長のワーグナーに尋ねた。
その質問を聞いたワーグナーは、クラウスに視線を移す。
そして全員がクラウスに注目すると、ワーグナーは顔を上げながら声を向けた。
「アンタの知恵を借りたい。俺達が南方に向かう為には、王都を出るしかねぇ。だが出来るだけ、共和王国の奴等に怪しまれたくない。それについて、何か策は考えられるか?」
「……まぁ、無くはないな」
「!」
「だが、絶対に怪しまれないという策ではない。何より、お前達の親しい者達が南方に居たとしても。そこに共和王国の目が向けられていれば、我々の動きも筒抜けとなってしまうだろう」
「……」
「下手をすれば、我々の潜入が共和王国側に暴かれる可能性も高い。……それでも、南方に向かうか?」
「……ああ」
クラウスの問い掛けにワーグナーは真剣に答え、団員達も無言で頷きながら決意の表情を見せる。
それを見届けたクラウスは腕を組み、全員にとある話を伝えた。
「お前達の覚悟は、確かに聞き届けた。……ならば、外来の商人達を頼るしかないな」
「外来の商人を?」
「行商団については、我々の代わりに運搬と作業を行う作業員を雇い入れる。その依頼を、外来商人達に依頼するのだ」
「!」
「幸い、そういう依頼に向いた豪商の店が王都にも在った。交渉して頼めば、やってくれるかもしれん」
「豪商の店……?」
「ああ。――……帝国やマシラ共和国を中心に様々な貿易商を営み、更に人も運ぶ事を生業とする豪商。『リックハルト』だ」
クラウスは外来商人に依頼し、行商団の代理となれる作業員や南方に向かう為の手配を行う手段を伝える。
その依頼を出す相手に選んだのは、奇しくもマシラ共和国に向かう際に娘アルトリアが利用した、あの大商人リックハルトが営んでいる店だった。
そして次の日の朝、クラウスはワーグナーを伴いながら王都に築かれたリックハルト商店へ足を運ぶ。
二人は店内へ入ると、クラウスは受付を行っている女性に声を掛けた。
「――……私は同盟都市開発の資材運搬を行う行商団に加わっている、クラルスという者だ。依頼を行いたいのだが、リックハルト氏は居られるか?」
「クラルス様、ですね。リックハルト様との御面会を御求めようですが、アポイントなどは?」
「いや、会う約束はしていない」
「そうですか。申し訳ありませんが、アポイントの無い御客様とリックハルト氏は御面会を行えない事となっております。今からアポイントを御取り頂く場合は、予定の確認と調整を行う為に二週間程の御時間を必要としてしましますが……」
「そうか。では、予約をしておこうか」
クラウスは受付の女性に面会予約用の申請用紙を受け取り、そこに偽名と宿泊先の情報を書き込む。
そして用紙を書き終えた後、申請用紙と共にあるモノを取り出して受付の女性に渡した。
「この商号をリックハルト氏に御見せしてくれ。今日から三日以内に御会い出来ないようであれば、今回は縁が無かったという事にさせて頂こう。……念の為に言っておくが、これをすぐに見せなければ、君がリックハルト氏に怒られてしまうだろう。早めに見せるといい」
「は、はぁ……?」
クラウスは受付の女性にそう話を述べ、懐に忍ばせていた一つの薄い金属板を渡す。
その板には赤く染められた薔薇の紋章が精巧に彫られており、ワーグナーと受付の女性は首を傾げながら不思議そうな表情を浮かべていた。
面会予約を済ませてリックハルトの店を出た後、クラウスとワーグナーは何事も無く宿に戻る。
そして部屋に戻ると、ワーグナーは不可解そうな表情を見せながらクラウスに聞いた。
「――……おい。あの板に、何の意味があるんだ?」
「ふっ。まぁ、アレを見ればリックハルト側も慌てるだろう。そういう代物だ」
「慌てる……?」
「リックハルトの目に早く届けば、明日にでも使いの者が来るだろう。その時に会い、依頼を行えばいい」
「もし来なかったら?」
「その時には、また別の手段を考えるさ」
クラウスは自信に満ちた表情でそう伝えると、ワーグナーは微妙な面持ちを浮かべてしまう。
しかし他の手段が無い現在では、クラウスの策にワーグナーは乗るしかなかった。
そして次の日、ワーグナーや黒獣傭兵団の面々は驚愕の朝を迎える事になる。
それは彼等が予想していない人物が、宿に訪れたせいだった。
0
あなたにおすすめの小説
薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
【完結】異世界転移で、俺だけ魔法が使えない!
林檎茶
ファンタジー
俺だけ魔法が使えないとか、なんの冗談だ?
俺、相沢ワタルは平凡で一般的な高校二年生である。
成績は中の下。友達も少なく、誇れるような特技も趣味もこれといってない。
そんなつまらない日常は突如として幕を閉じた。
ようやく終わった担任の長話。喧騒に満ちた教室、いつもより浮き足立った放課後。
明日から待ちに待った春休みだというのに突然教室内が不気味な紅色の魔法陣で満ちたかと思えば、俺は十人のクラスメイトたちと共に異世界に転移してしまったのだ。
俺たちを召喚したのはリオーネと名乗る怪しい男。
そいつから魔法の存在を知らされたクラスメイトたちは次々に魔法の根源となる『紋章』を顕現させるが、俺の紋章だけは何故か魔法を使えない紋章、通称『死人の紋章』だった。
魔法という超常的な力に歓喜し興奮するクラスメイトたち。そいつらを見て嫉妬の感情をひた隠す俺。
そんな中クラスメイトの一人が使える魔法が『転移魔法』だと知るや否やリオーネの態度は急変した。
リオーネから危険を感じた俺たちは転移魔法を使っての逃亡を試みたが、不運にも俺はただ一人迷宮の最下層へと転移してしまう。
その先で邂逅した存在に、俺がこの異世界でやらなければならないことを突きつけられる。
挫折し、絶望し、苦悩した挙句、俺はなんとしてでも──『魔王』を倒すと決意する。
アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜
芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。
ふとした事でスキルが発動。
使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。
⭐︎注意⭐︎
女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。
婚約破棄された上に国外追放された聖女はチート級冒険者として生きていきます~私を追放した王国が大変なことになっている?へぇ、そうですか~
夏芽空
ファンタジー
無茶な仕事量を押し付けられる日々に、聖女マリアはすっかり嫌気が指していた。
「聖女なんてやってられないわよ!」
勢いで聖女の杖を叩きつけるが、跳ね返ってきた杖の先端がマリアの顎にクリーンヒット。
そのまま意識を失う。
意識を失ったマリアは、暗闇の中で前世の記憶を思い出した。
そのことがきっかけで、マリアは強い相手との戦いを望むようになる。
そしてさらには、チート級の力を手に入れる。
目を覚ましたマリアは、婚約者である第一王子から婚約破棄&国外追放を命じられた。
その言葉に、マリアは大歓喜。
(国外追放されれば、聖女という辛いだけの役目から解放されるわ!)
そんな訳で、大はしゃぎで国を出ていくのだった。
外の世界で冒険者という存在を知ったマリアは、『強い相手と戦いたい』という前世の自分の願いを叶えるべく自らも冒険者となり、チート級の力を使って、順調にのし上がっていく。
一方、マリアを追放した王国は、その軽率な行いのせいで異常事態が発生していた……。
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
転生社畜、転生先でも社畜ジョブ「書記」でブラック労働し、20年。前人未到のジョブレベルカンストからの大覚醒成り上がり!
nineyu
ファンタジー
男は絶望していた。
使い潰され、いびられ、社畜生活に疲れ、気がつけば死に場所を求めて樹海を歩いていた。
しかし、樹海の先は異世界で、転生の影響か体も若返っていた!
リスタートと思い、自由に暮らしたいと思うも、手に入れていたスキルは前世の影響らしく、気がつけば変わらない社畜生活に、、
そんな不幸な男の転機はそこから20年。
累計四十年の社畜ジョブが、遂に覚醒する!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる