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革命編 三章:オラクル共和王国
気掛かりの行方
しおりを挟む状況を探るべく分散し情報収集を行った黒獣傭兵団は、あまりにも様変わりしてしまった王都の光景に驚愕と唖然を浮かべる。
更にクラウスから帝国の密偵が消失したという新たな情報が舞い込み、一同は現在の王都に隠される秘密がある事を否応なく察せられてしまった。
そうした状況が判明した中、クラウスは敢えて事前に話していた事を口にする。
「――……今朝。私が内偵と接触すれば、既に敵勢力に取り込まれているという可能性も考慮しておけという話だが」
「!」
「今の私に対して、疑惑を向けても別に構わん。だが私としては、内偵が王都に居ない現状ではこれ以上の情報を私自身で得るしかない。――……そこで、私はお前達の指先となって情報を収集しようと思う」
「なに……?」
「私は、私が得た情報を黒獣傭兵団に渡す。その情報でどのような行動を行うか、お前達の判断に全て委ねようかと思っている」
「……!?」
「お前達は私に指示を出して得たい情報を手に入れさせ、共和王国で何をすべきかを二週間以内に決めてくれ。……どうする?」
クラウスはそう述べ、自らが黒獣傭兵団の手足となって情報収集を行う事を述べる。
それを聞いていた団員達の表情は困惑を浮かべながら、自然と団長代理を務めるワーグナーに視線を集めた。
そして一同から視線を向けられ決断を迫られるワーグナーは、腕を組みながら十数秒程の思考する。
そして脳内で結論が出た後、一息を吐き出しながら一同に告げた。
「……分かった。アンタを指先として使うぜ」
「!」
「だが、アンタを全面的に信用するわけでも信頼するわけでもない。だから結構、危険な探りを頼む事になる。いいのか?」
「構わん。それに、共和王国まで来て何の情報も無く手ぶらで帰るのは、避けたいところだからな」
「そうか。……だったら、明日からアンタに探って欲しいことがある」
「聞こう」
「今日の調査で、黒獣傭兵団と関わりがあった連中がほとんど王都から居なくなってる事が分かった」
「ほぉ……。つまり、王都から消えた者達がどうなったかを探れということか?」
「そうだ。俺達が複数で探りを入れると、恐らく悪目立ちする。だからと言って、黒獣傭兵団の顔を知ってる連中から直接聞きに行くわけにもいかん。だが顔を知られてないアンタなら、少しは深く探れるかもしれん」
「……ふっ、了解した。それで、消えた者達とは?」
「地図を見てくれ。場所を教えるから、そこを中心に探ってほしい」
クラウスを指先として使う事を選んだワーグナーは、隠していた地図を取り出して黒獣傭兵団と関わりを持つ消えた人物達の居た場所を教える。
それを記憶したクラウスは頷きを見せ、ワーグナーを見ながら伝えた。
「分かった、明日からその周辺で探りを入れよう。……それともう一つ、私が得た情報がある」
「なんだ?」
「黒獣傭兵団、お前達に関してだ」
「!」
「お前達は現在、共和王国にて賞金が懸けられている。団長エリクには白金貨で五百枚、副団長には白金貨で百枚だ」
「!」
「更に団員達にも、一人白金貨で十枚から二十枚の懸賞金が掛かっている。黒獣傭兵団を合計すれば、白金貨で千枚程の賞金首ということになるな」
「……へっ、どんだけ大物扱いされてんだよ。俺等はよ」
「そして、この共和王国に集まる各国の傭兵達。彼等は賞金を目当てに、黒獣傭兵団を捜索しているようだ。……傭兵達には気を付けろよ。話では、【特級】と呼ばれる傭兵達も来訪しているようだからな」
「へっ、忠告は痛み入るがな。……俺達も、半端な覚悟で来てるわけじゃねぇ。引く時には引くが、そうじゃなければ俺達の目的を優先する」
「そうか。――……それで、俺の明日からの行動は決まったが。お前達はどうする?」
「変わらんさ。俺達に必要だと思える情報を探る。……アンタを全面的に信用しちゃいけないんだろ?」
「ふっ、そうだったな。――……では、俺は食事をしてくる。お前達も食いに来い。ここの宿の飯は美味いぞ」
クラウスは微笑しながら息を漏らし、背を向けながら部屋を出て行く。
それに応じるようにワーグナーも口元を僅かに吊り上げながら微笑し、クラウスを送り出した。
そして黒獣傭兵団だけとなった室内で、団員の一人がワーグナーに尋ねる。
「団長。あの人にあんなこと頼んで、本当にいいんっすか?」
「良くは無いがな。だが、奴の話術や交渉術は頼りになるのも事実だ。顔を知られてる俺等より、居なくなった連中の事を深く探れるだろうぜ」
「そりゃ、そうっすけど……」
「それに、あの人自身が言ったろ。指先として使えってな」
「え?」
「あの人はこう言ってんだよ。『怪しいと思ったらいつでも切り捨てろ』ってな」
「!」
「俺の勘だが、あの人は誰かに操られちゃいない。……だが深く探りを入れ続ければ、あの人も共和王国の連中に怪しまれるだろう。その時、共和王国がどういう対応に出るか。それを俺達で見極めろって話だ」
「え、えぇ……。そんな意味で話してたんっすか……?」
「面と向かって『私を囮にしろ』なんて言ってみろ。俺も含めて、罠だって思っちまうだろ? だから、あんな回りくどい言い方をしてんだよ」
ワーグナーは広げていた地図を閉じ、巻きながら荷物に収める。
そうした話を聞いた団員達は、困惑しながらもワーグナーとクラウスが展開していた会話の意味を理解した。
そして翌日から、再びワーグナー達とは別にクラウスは単独の調査を続ける。
ワーグナー達は王都内の地図をより詳細に作る為に探索を続け、出来る限り怪しまれない範囲で移民して来た王都民にしか接触しないように努めた。
逆にクラウスは指示に従い、元々から王都に住む王国民達に話し掛け、過去二年に渡る王都の変貌に関する情報を集める。
互いに別々の情報を探りながら集め、過去と現在の王都に関する事情を明確にさせる。
日を追う毎に情報の精度も高まり続け、一週間程が経つと消えた人々の情報や詳細な王都の地図が出来上がった。
「――……王都の現状は、今はこんな感じっすね」
「だな。……王国の貴族共が居た区画にある壁が完全に取っ払われて、開放的になってやがる。貧富の差もそれなりだが、昔に比べたら無いと言ってもいい」
「見た事ない連中が多いのも、外国から連れて来られた奴隷ってやつみたいだ。商人共が抱えて、労働力として働かせてるって話です」
「話に聞いてた奴隷にしちゃ、随分と服や身形は良いみたいですが?」
「客商売させてんだ。そういう所を良く見せなきゃ、客も寄り付かないって話だろ」
「なるほど」
「貧民街の連中よりも、良い暮らしが出来てんだなぁ」
「その奴隷ってのにも、市民権がどうとかが与えられてるらしい。雑に扱うと、飼い主でも兵士共に捕まるらしいぜ」
「マジかよ?」
「大陸東の港を中心に、移民の村や町も増えてるらしい。帝国に近い国境から王都までそういうのが目立たなかったのは、まだそこまで移民団が来てなかったってことか」
「……もう俺等が知ってる王国は、本当に無くなってるんだな……」
宿屋に室内で黒獣傭兵団の一同は情報を出し合い、作成した地図を元に各自が得ていた情報を伝え合う。
そうした中で彼等の見識に無かった『奴隷』として労働力になっている人々や、移民して来た者達が共和王国の半数近くに達している現状を知った。
そして団員の一人が漏らした声を聞き、全員が僅かな沈黙を浮かべる。
情報を深く知る毎に、憎らしくも懐かしい故郷が別の国に成り代わっている事を認めざるを得なかったのだ。
そうした中で、沈黙した空気を晴らすように腕を組んで壁際に立つクラウスが話に加わる。
「――……国の有《あ》り様《よう》など、永遠に続くわけではない」
「!」
「為政者や指導者が変われば、国の在り方も変わる。ウォーリスという王が立った事で、王国は大きな変化を受けた。その変化を間近で見ていなかった者達だけが、その事実を受け入れ難くしているようだな」
「……どういうことだ?」
「指示通り、元々から住み着いている王国民の話を聞いた。総合的に見て、旧王国民は共和王国の現状を快く受け入れている」
「えっ」
「下町の外周部分は、主に移民や外来商人達が多いが。始めから住み着いていた多くの王国民は、中央の敷地や別の都市に移り住んだ場合が多いそうだ」
「!」
「旧王国民からすれば、王国時代よりも待遇は良くなったと言うべきだろう。得られる富や物も増え、生活に豊かになり、強いられていた苦しい仕事も良い方向に改善され、生き甲斐を覚えるようになった。言わば共和王国の政策によって、貧困から脱して生きる活力が高まったのだ」
「……」
「王国民のほとんどが、共和王国の……ウォーリス王の政策を認めている。反対する者もおらず、王国民と移民達の衝突も少なく互いに現環境を受け入れている。……下町の土地がほとんど外国人に替わっているのも、彼等が住んでいた王国民から土地を高く購入し、他の場所に移り住んだからだそうだ」
「そんな……」
「下町に残る王国民のほとんども、土地が値上がりし売れる絶好の機会を待っているらしい。私を土地の買収者だと勘違いして、そういう話を持ち掛けて来たぞ」
「……ッ」
黒獣傭兵団の面々は、クラウスの話を聞いて落胆にも近い表情を浮かべて顔を伏せる。
王国民のほとんどが居なくなった理由が、まさか自分達の暮らす土地を外国人達に高く売り飛ばしていたからだと聞けば、複雑な思いを浮かべながらも納得してしまう根拠があったからだ。
下町の者達は裕福な王国貴族達に虐げられながらも、貴族のような豊かな生活に憧れる者達も多く存在した。
そして貴族に劣らぬ富を得られる機会が巡ってくれば、自分達もそうした暮らしが出来るようにしたいと思うのは当然だろう。
王都に暮らして居た王国民の大部分が消失した理由を理解し落胆する黒獣傭兵団に対して、クラウスは続けてとある話を伝える。
「だが、一つだけ気になる話も聞いた」
「……気になる話?」
「一部の王国民は、王都から強制的に追い出されたらしい。しかも、同じ王国民の手でな」
「追い出された……?」
「黒獣傭兵団を罪状に関して疑問を持ち庇っていた者達や、親しくしていた者達が王都から追い出された。そういう話だ」
「!?」
「それを理由に彼等は王都内で迫害され、王国民や共和王国に土地を奪われ、移民達に売れる場所にした」
「……まさか!」
「お前達が言っていた、教会の修道女か。その女性もまた、そうした王国民から王都を追い出されたそうだ。他にも店を営んでいた者達や、貧民街とやらに暮らして居た者達もな」
「!?」
「彼等は王国民の多くから虐げられ、別の場所で細々と暮らして居るらしい。……場所は、王都から遠い南方だという話だ」
「……!!」
その話を聞いた黒獣傭兵団の面々は、驚愕しながらも全員が顔を見合わせる。
消えた人々の中で、ワーグナー達が最も心配していた人物達。
彼等は王都から追い出されながらも、今も生きている可能性を黒獣傭兵団は知ることが出来たのだった。
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