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革命編 四章:意思を継ぐ者
少女達の計画
しおりを挟む人間大陸では絶滅されたとされていた飛竜が樹海に生息し、その内の一匹が生きたまま捕らえられる。
それだけでも帝国の人員は驚愕するばかりだったが、捕らえた張本人である女勇士パールの命令に飛竜が従い、彼女を乗せて空まで飛んだという話は常に冷静な宰相セルジアスすらも驚愕させた。
新年を迎える催事が行われようと準備が進む中、そうした一波乱が巻き起こっている頃。
帝都に在るローゼン公爵家の別邸内では、アルトリアと帝国皇子ユグナリス、そしてリエスティア姫と生まれた赤子が匿われ続けていた。
基本的にユグナリスは屋敷の外に出る事はなく、敷地内で行動をしている。
老騎士ログウェルと共に早朝の鍛錬を終えた後には、リエスティアと赤ん坊の傍に付き添い、子育てのやり方を侍女達から教えらている。
自分自身で赤ん坊の世話を覚え、出産後で身体の調子を崩しているリエスティアの介護をしながら、家族三人で共に部屋の中で日々を過ごしていた。
一方でリエスティアも出産から一ヶ月程が経過した今、主治医であるアルトリアに母子共に診察を受けながら寝台から徐々に離れられるようになっている。
元々から身体の弱いリエスティアは出産の影響で寝台から起き上がれない程に体調を崩していたが、今は車椅子に乗りユグナリスと乳母車に乗せられた赤ん坊と共に敷地内の庭を散歩できるようになった。
順調な経過を辿り幸せを得ようとしている三人が居る中、同じ屋敷内で暮らすアルトリアは多忙を極めた生活をしている。
早朝には奴隷にした妖狐族クビアと共に魔符術の研究と実験を行い、朝食を終えてからはリエスティアと赤ん坊の診察へ部屋に出向き、昼頃には変装して屋敷を出て市民街まで赴き、ローゼン公爵家が運営している施設や魔法学園へ出入りしていた。
そして夕方頃に屋敷へ帰ると、夕食を終えてからは朝まで自室に籠りながら何かしらの作業を行っている。
兄セルジアスと同様に緩やかに休む間も無い生活を行うアルトリアだったが、普段に見せる姿には気の緩みが無い。
逆に張り詰めた雰囲気さえも感じさせるアルトリアの様子に真っ先に気付いたのは、二人だけの状況で診察を受けていたリエスティアだった。
「――……アルトリア様。その、大丈夫ですか……?」
「ん?」
日課の診察を受けていたリエスティアは寝台の上で瞼を閉じたまま、左手首の脈拍を確認しているアルトリアへ問い掛ける。
唐突に自分の心配をされたアルトリアは、小さな笑みを見せながら問い返した。
「大丈夫って、何が?」
「何が、とは言えないのですが……。……今のアルトリア様は、何か焦っておられるように感じられて……」
「……そう感じるのは、貴方の瞳の影響?」
「それは、よく分かりません……。でも、何となくそう感じ取れるというだけで……。違っていたら、すいません……」
リエスティアは神妙な面持ちを見せながらそう語り、アルトリアの雰囲気から焦燥感を感じ取る。
それを聞いたアルトリアは小さな嘆息を漏らしながら、リエスティアに向けられた問い掛けに改めて答えた。
「……そうね。少し焦ってるわ」
「私の、体調の事ですか? それとも、あの子の……」
「いいえ。貴方の場合は、あと一ヶ月もしたら前と変わらない体調に戻るわよ。赤ん坊も、特に問題は無し。……問題があるとしたら、貴方達の周囲かしら」
「周囲……?」
「共和王国もそうだし、帝国もそう。……貴方も、貴方と赤ん坊の立場はかなり微妙な位置にあるのは気付いてるわよね?」
「……はい」
「今でこそ皇帝陛下や皇后様が矢面に立って、お兄様も貴方達を匿うのに協力してくれているけれど。貴方の妊娠は既に共和王国や帝国上層部には知られているし、既に出産時期を終えている事に気付いている奴もいるはずだわ」
「……アルトリア様。私や……いいえ、あの子はどうなってしまうのでしょうか?」
「さぁね。ただ少なくとも、帝国皇子の子供だという事実がある以上、帝国の政に関わってしまう可能性は高い。事と成り行き次第では、次期皇帝候補にもなるかもしれないわ」
「……!!」
「そうなれば、あの子は帝国内において自由が許されない状況になる。共和王国との成り行き次第では、貴方と子供が引き離されてしまう可能性もあり得るかもしれない」
「……そう、ですよね……。そうなってしまう可能性の方が、ずっと大きいですよね……」
脈拍を確認した後のアルトリアは、聴診器をリエスティアの胸や背中に当てながら心拍と肺の動きを確認する。
そうした話を交えながら行われる診察の中で、アルトリアの言葉はリエスティアの表情に悲哀の色を濃くさせていた。
しかしそうした事を述べた後、アルトリアは改めて伝える。
「それに、新年を越えたら共和王国からまた人が来るって話。それによっては、状況が大きく動くかもしれない。だからこそ、私は焦ってるのよ。――……貴方と子供を、帝国や共和王国からどう逃がそうかってね」
「……えっ」
「このまま帝国に居たら、貴方と子供の意思を無視した政治に巻き込まれるのは確実。だからと言って、怪し過ぎる共和王国に貴方達を戻すわけにもいかない。だったら、何の関わりの無い国に貴方達を逃がすのが一番簡単な手段でしょ?」
「……あ、あの。アルトリア様……?」
「一応、ルクソード皇国が今のところは有力なんだけど。ただガルミッシュ皇族はルクソード皇族の血縁でもあるから、どちらにしても皇国に何か変事が起これば巻き込まれる可能性もある。一時的に身を置く事は出来るだろうけど、永住は難しいでしょうね」
「ア、アルトリア様……。あの……」
「かと言って、大国の魔導国や宗教国家は論外。フォウル国はそもそも行くのが困難だし、アズマ国は私も行った事が無いから状況が分からない。四大国家の同盟国も【結社】が入り込んでるだろうし、基本的に関わらせたくない。でも四大国家に所属する国以外は治安が悪いだろうし――……」
「ア、アルトリア様!」
聴診器を置いて自身の考えを吐露させるアルトリアを、リエスティアは焦りを含んだ表情で制止する。
それに気付き口の動きを止めたアルトリアは、首を傾げながら聞き返した。
「何よ?」
「あ、あの。……アルトリア様は、ずっとそうした事で悩んでおられたんですか……?」
「そうだけど?」
「!?」
「私の記憶で言うけれど、他国に移動するだけでもかなり苦労するわよ。それまでには出来る限りのリハビリも進めないとね」
「……あ、あの。私達が他国に移住するという話は、既にユグナリス様も知っていて、皇帝陛下の承諾を得て定まっている事なのでしょうか……?」
「逆に聞くけど、そんな事を馬鹿皇子や皇帝陛下を始めとした帝国側が認めると思う?」
「……いいえ」
「つまり、そういう事よ」
アルトリアは不敵にも思える笑みを浮かべ、二人だけの寝室でそうした話を行う。
それを聞いていたリエスティアは表情を困惑させながらも、アルトリアが述べている話を改めて理解した。
これは、アルトリアが誰にも明かさずに計画している出来事。
リエスティアと赤ん坊を帝国と共和王国からも逃がし、他国へ移るという亡命の計画。
それを脳裏で改めて理解したリエスティアは、診察道具を片付け始めているアルトリアへ動揺した声で話し掛けた。
「……ア、アルトリア様」
「なに?」
「その、それは……そのような計画を誰の承諾も得ないまま勝手に行うのは、流石に……」
「じゃあ、貴方は大人しく子供も自分も利用される生涯を送るつもり?」
「!」
「このまま事が推移したとしても、良くて貴方は子供と引き離され、辺境の位屋敷で監視されながら生活する事になるわね。皇帝に就いたユグナリスとも会えなくなって、子供の成長も見れずに生涯を送り続ける事になる」
「……で、でも。ユグナリス様なら、そのような事は……」
「貴方は、あの馬鹿を信じ過ぎよ。アイツが皇帝になっても、二百年も続いている帝国の在り方を変えられるわけがないじゃない。例え国の在り方を変えようって意欲はあったとしても、賛同する人間はいないだろし、賛同者を増やせるような策略も考えられないわよ」
「……」
「まぁ、あの馬鹿も貴方達と一緒に付いて来るって話になるなら、少し手間取るだろうけどやってやれなくもない。……でも、まだこの話をユグナリスにも教えたら駄目よ?」
「で、でも……」
「あの馬鹿の事だから、そんな話をしたら明らかに顔に出すわよ。そこから計画がバレたら、全力で帝国側も妨害しようとする。そうなったら、二度と逃げ出せる機会は訪れない」
「……!」
「貴方には魔法が効かない。だから転移系の魔法や魔術が、この計画では使えない。……貴方を逃がす為には、好機を窺う必要がある。その為の準備として貴方がリハビリで歩けるようになる以外にも、貴方自身の意思も必要になるわ」
「……私の、意思が……」
「貴方は自分の愛する人間や子供と引き離されてまで、誰かに利用され続ける生涯で満足なのか。それとも、愛する人達と一緒に自分自身の手で生涯を築いて生きたいのか。……その機会が来る時まで、考えておきなさい」
アルトリアは自身が今まで企み続けていた計画を明かし、リエスティアに伝える。
更に計画を行うに辺り、リエスティア自身の意思も必要である事を明かしながら、診療道具を鞄に収めて立ち上がった。
そして通常の診察予定通り、リエスティアの衣服を戻した後で室内から退けていた者達を呼び戻す。
リエスティア付きの侍女と悪魔ヴェルフェゴールが入り、赤ん坊を両腕で包み抱えたユグナリスも入室してリエスティアの居る寝台へ歩み寄りながら話し掛けた。
「――……ティア、御疲れ様」
「え、ええ……」
「アルトリア。ティアに何か異常は?」
「無いわよ」
「そうか。良かった」
診察後の確認を行うユグナリスは、安堵した息を漏らしながら赤ん坊と共にリエスティアに寄り添う。
そうした状態ながらも困惑を治めきれていないリエスティアは、扉に歩もうとするアルトリアに声を掛けた。
「ア、アルトリア様。あの……」
「さっき話、とりあえずは覚えておきなさい。こっちはこっちで、ちゃんと準備しながら考えておくから」
「……は、はい」
そう伝えるアルトリアの言葉に、リエスティアは小さな声ながらも応じる。
それを聞き届けた後、アルトリアは扉を出て寝室から立ち去った。
今までに無い会話をして離れる二人の様子を見て、ユグナリスは不思議そうに問い掛ける。
「何の話だい?」
「い、いえ。その、今後の……リハビリについての話をしていて……」
「ああ、そうか。俺も、リハビリには絶対に協力するから。アルトリアは嫌な顔をするとは思うんだけど、いいかな?」
「は、はい。是非……」
リエスティアは嘘こそ吐いていないが、アルトリアの言う通りに計画についてユグナリスに伝える事を躊躇する。
一方でユグナリスはその言葉を素直に信じ、リエスティアのリハビリについて前向きな姿勢を見せた。
そんな二人の様子を見ながら、悪魔ヴェルフェゴールは含んだ笑いを浮かべる。
しかしその出来事について何も語らず、ただ契約者の命令に従いリエスティアの警護のみを行い続けた。
こうしてアルトリアが考えていた計画が、リエスティアの前で明かされる。
今まで忙しい日々を送りながら、魔法学園に通いながら過去の自分と他の魔法学問に対する知識を深め、更に魔符術という異なる技術を求め得ていた理由。
それこそが、リエスティアと赤ん坊をガルミッシュ帝国とオラクル共和王国から逃がす計画に用いる為だった。
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