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革命編 四章:意思を継ぐ者

竜を従えし者

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 樹海の部族である女勇士パールが帝都に赴き、とある一報を帝国宰相セルジアスに持ち込んだ。
 その情報により新年を迎える催事を控えている帝都では、更に慌ただしい様相が見え始めた。

 そのパールが持ち込んだ情報とは、人間大陸で既に絶滅したと伝えられている飛竜ワイバーンの捕獲。

 飛竜ワイバーンは魔獣種の中でも三大魔獣の一つである『ドラゴン』の名を冠する上位魔獣であり、一般的に動物が魔力を糧に魔獣に進化した生態とは大きく異なる。
 更に魔力特性も人間同様に様々な環境に適応し、『火竜ファイアドラゴン』『水竜ウォータードラゴン』『地竜アースドラゴン』『空竜スカイドラゴン』などの基本的な魔力属性を持つ竜種達の存在は人間大陸の御伽噺おとぎばなしでも広く語られていた。

 しかし五百年前に起きた天変地異より以降、人間大陸で竜種の目撃情報は極端に少なくなる。

 その中でも特に目撃情報が多かった海に住む『水竜』の目撃情報も、二百年前から既に無い。
 大地で生活していた『火竜』や『地竜』なども、徐々に人間が住む領域が広がるにつれて討伐され繁殖できる棲み処を追われる形となり、百年以上前から目撃情報が絶えていた。

 唯一、『空竜』はフォウル国が在るとされる山脈に生息していると伝えられているが、その存在を実際に目にした常人はいない。
 また魔大陸側にも生息しているという情報もあるが、そもそも人間大陸と魔大陸の堺となっているフォウル国にも赴けない人間が多い現在では、魔大陸に行き竜を見ようと思う者も極一部の聖人だけだった。
 
 このような事情により、人間大陸では『竜』と呼ばれる魔獣は既に絶滅しているという話が通説となり、人々は語り草にされている『竜』という存在に畏怖と憧れを持っている。

 そのような情勢でパールが以前に述べた獲物の話により、『飛竜ワイバーン』と呼ばれる『火竜』と『空竜』の混血種がガルミッシュ帝国の領内にて生息している可能性がある事を明かされた。
 その際は証拠となる物も無かったので、それを聞いた者達は半信半疑の中で疑惑寄りに傾いており、パールの話を火山地帯に生息している火蜥蜴ファイアリザードだと考えていた。

 しかし今現在、ガゼル子爵家の主導によって運ばれたモノにより、それを目にした者達は動揺を隠せない。
 
 直径十メートル前後の四角い巨大なモノが帝都郊外のとある土地に運ばれ、三百名以上の騎士達や魔法師達の包囲に覆われる。
 彼等が囲むのは巨大な黒布が覆われた物体であり、荷車のように馬ではなく三メートル前後の大きさである牛が六頭も使われて運ばれていた。

 その場には帝国宰相であるセルジアスも直々に赴いており、離れた位置ながらも黒布に覆われたモノを目にする。
 更にセルジアスの隣に立っていたのは、それを帝都周辺に持ち込んだガゼル子爵本人だった。

「――……ガゼル子爵。あの中に、本当に?」

「……え、ええ」

「それにしては、やけに静かですが……」

「それはそうです。何せ食事として与えている魔物の肉に、猛獣でも一瓶で丸一日は起きない睡眠剤くすりを一度に五つも使用しながら移動させましたから。……ただ……」

「ただ?」

「食べる毎に、睡眠剤くすりにも耐性を付けているようです。睡眠時間が徐々に短くなっています。この調子だと、そろそろ――……!」

「!!」

 ガゼル子爵は緊張した面持ちを見せながらセルジアスと話、黒布に包まれている荷物について話す。
 そうした話をしていた最中、突如として黒布の内部に覆われていた四角形の物体が揺れ動いた。

 すると突然、黒布の内部から人間とは全く異なる唸り声が響き始める。
 それを聞いた近くの兵士や魔法師達は、表情と身体を強張らせながら大きく震えた。

「ひ……っ」

「お、起きた……っ!?」

 白布の中で何かが起きている事を察し、周囲に居た者達は背を向けながら離れる。
 そうした周囲の物音に気付いたのか、白布内部で動く生物は大きく咆哮を上げた。

「――……ガァアアアアアッ!!」

「!!」

「うわっ!!」

「ひぃ……!!」

 その生物が発する雄叫びが周囲を威圧し、その場に居た三百名以上の鼓膜に響き渡る。
 動物系の魔獣より更に一段と低いように思える声を聞いたセルジアスは、表情を渋らせながら呟いた。

「……アレが、噂に聞く飛竜ワイバーンですか」

「は、はい……」

 セルジアスの言葉を聞き、ガゼル子爵は恐縮しながら頷く。
 更に四角い物体を覆っていた黒布が揺れと吹いた風の影響で外れ、その内部を全員の前で晒した。

「……あ、あれは……!!」

「……本当に、ドラゴン……!?」

「で、でかい……」

「羽だ……。本当に、羽が生えてる……」

「……牙も、爪もやべぇよ……」

 兵士達や騎士達は自然と身に付けていた武器の柄に手を掛け、思わず戦闘態勢に入る。
 魔法師達も緊急時に備えて触媒となる魔石付きの杖を握り、更に複数で組みながら集団での魔法詠唱の準備も始めた。

 彼等が警戒するのは、巨大な檻の中に閉じ込められた飛竜ワイバーン

 皮膚は燃えているようにも見えるつややかな鱗に覆われ、鼻と顎部分が突出して巨大な歯を見せながら唸り声を零している。
 そして四足獣を思わせるように両手両足を這わせる姿ながら、丸太より太い筋肉はどの魔獣よりも太く逞しく見えた。
 更に尻尾もそれに負けぬ太さと逞しさを見せ、尻尾の先端が幾度も檻を打ち付けながら揺らしている。

 まさに御伽噺で語り継がれている『ドラゴン』の姿を見た者達は、驚愕で呆然とした表情を晒し、酷ければ怯えながら腰を引かせて地面へ尻を着く者もいた。
 中には好奇心にも似た憧れの視線を向ける者達もいたが、そうした様子とは真逆に位置する表情するセルジアスとガゼル子爵は、大きな溜息を漏らしながら再び話し始める。

「はぁ……。……ガゼル子爵」

「は、はい……」

「念の為に御聞きしたいのですが、よろしいですか?」

「な、なんでしょうか?」

「何故、飛竜アレ帝都ここに?」

「……そ、その……。パール殿が、どうしても帝都ここに連れていくと言われまして……」

「パール殿が?」

「はい。以前に帝都に行かれた際に、飛竜アレの事を話して嘘だと言われたのが、本当に気に食わなかったようでして……」

「……それで、実際に持ってきたと?」

「は、はい。私も勿論、強く止めたのですが……」

「……押し切られた、ということですか」

「も、申し訳ありません……。何せ、私の方で帝都ここに運ばないのなら、自分で連れて行くと無茶を仰いまして……」

「連れて行く……? まさか、流石のパール殿でも無茶だと分かるのでは……?」

「そ、それが……そうでも無さそうでして……」

「?」

「な、なんでも。パール殿があの飛竜を捕獲した際に、服従させたとかどうとかで……」

「えっ?」

 申し訳なさそうに事の次第を伝えていたガゼル子爵から出た言葉に、あのセルジアスが思わず呆けた声を漏らす。
 そしてガゼル子爵の伝えている言葉を理解する為に、再び尋ね返した。

「今、なんおっしゃいましたか?」

「私も、方法は分からないのですが。パール殿が言うには、あの飛竜ワイバーンが群れで樹海に来た際、二頭を討伐しました。その内の一頭が、群れの頭目ボスだったようで……」

「……それを、パール殿が倒したと?」

「はい。しかもその頭目ボスは、パール殿が御一人で討伐されたと言う話です」

「!」

「見事な槍術にて目から脳天を突き崩し、飛竜の頭目ボスを倒していました。その死体も確認しましたが、見事なものです。他の一頭は樹海の者達で対応して、それも見事に勝利してみせたと、私も後から聞きまして……」

「……よく父上クラウスは、飛竜を倒せる樹海の勇士達をらえられましたね」

「私も仕留められた二頭の飛竜を見て、同じ事を思いました」

「それで、あの捕まえた一頭はどのように捕獲していたのですか? 特に傷付いている様子もありませんが」

「その点が、私も不可解でして。……飛竜を倒して捕まえたという知らせを私が聞き、実際に樹海へ赴いた際。倒されていた二頭の内で一頭は既に樹海の人々に解体されて、食料や素材に切り分けられていました」

「……それが、パール殿の倒した頭目ボスですか」

「はい。そして二頭目は、血抜きだけ行われた状態でして。盟約で課していた税金として支払うと、パール殿が大族長に代わり申し出て頂いて。ガゼル子爵家の方で、その一頭は引き取らせて頂きました」

「その点は、パール殿から窺っています。こちらとしても、それで問題はありません。……それで、あの三頭目はどのような状態に?」

「そのパール殿が、背に乗っておられました」

「……ん?」

 一頭目と二頭目の飛竜がどのようになったかを聞いていたセルジアスは、特に不可解な部分も無く聞き入る事が出来た。
 しかし三頭目となる目の前の飛竜がどのような扱いを受けていたかを聞いた際、思わず理解を拒否してもう一度だけガゼルに尋ねてしまう。

「……すいません、もう一度だけ御願いします。パール殿が?」

「ですから、パール殿が背中に乗っていたのです。あの飛竜の背中にです」

「……何故?」

「私にも、それが全く分かりません。……あの飛竜ワイバーンはパール殿以外の命令には従おうとしませんし、パール殿以外が近付くとああして威嚇して危害を加えかねませんので、睡眠剤入りの食事をパール殿に与えて頂いて、魔封じの檻に入れて帝都ここに運んだ次第です……」

「……それは、あの飛竜ワイバーンがパール殿を主として認めている……という事ですか?」

「私もそう思いましたが、ただパール殿以外の周囲に対する飛竜の反応を見る限りは、別の可能性もあるかと」

「別の可能性?」

「恐らくですが、パール殿は樹海に降りた飛竜達を率いていた頭目ボスを倒しました。それにより、群れの主導権が新たな頭目……つまり頭目ボスを倒したパール殿に移った結果、あの飛竜を従えられるようになったのではないかと、私共の領地に居る生物学者が、推測をしておりますが……」

「そんな、まさか。……彼女は人間ですよ? なのに、魔獣である飛竜ワイバーンを従えるなんて……。魔獣が相手では、言葉も理解できるはずが……」

「しかし本当に、あの飛竜ワイバーンはパール殿の事だけは威嚇もせず、素直に触れさせるし背にも乗せるのです。しかも飛びます」

「……飛ぶ?」

「はい。パール殿は飛竜の背に乗り、飛んでいる姿をわたくしにも見せました。……それを見た後は、私はもう深く考えるのを止める事にしました」

「……なるほど。私もそんな光景を目にしたら、貴方と同じように思考を纏められる自信がありません」

「御理解を頂けたようで、幸いです……」

 パールが飛竜を従えたばかりでなく、その背に乗り空を飛んだという話まで聞いてしまったセルジアスは、その情報を伝えるガゼル子爵の諦めにも似た表情から全てを汲み取る。

 御伽噺おとぎばなしの産物でしかなかった飛竜が実在し、更に人を乗せて空を飛ぶなど、まさに夢物語に出て来そうな創作物でしかない。
 こんな話を見ていない誰かにしても、絶対に誰も信じようとはしないだろう。

 実際にその光景を多くの者達に見せる為には、生きた飛竜を運び出し帝都まで連れて来るしかない。
 そして実際に生きた飛竜を多くの者に目にさせ、パールが従える姿を見せる事で信じてもらうしか手段が無い。

 そんなガゼル子爵の思考と意図を読み取ったセルジアスを他所に、二人の背後から声が掛かる。
 それは今回の当事者である、パール張本人だった。

「――……連れて来たか?」

「ああ、パール殿。来てくれましたか」

「ああ。……なんだ、まだの中に入れたままなのか? 外に出してやればいいのに」

「!?」

 現れたパールは唐突にもそんな言葉を見せ、セルジアスを含めた周囲の者達を動揺させる。
 そんなどよめきに気付きながらも、パールは訝し気な表情を見せながらセルジアスに問い掛けた。

「なんだ、外に出してはいけないのか?」

「……パール殿。飛竜ワイバーンは魔獣の中で第二級の危険指定を受けている魔獣ですよ? 檻に留めて帝都に置いておくのも危険なのに、出せるわけがないじゃないですか」

「あそこに居る飛竜アレなら、私の命令を聞くぞ?」

「貴方の命令だけでしょう? それに、このまま貴方の命令を聞き続けてくれる保証も無い。下手をすれば、あの飛竜ワイバーンが帝都周辺に放たれる事になってしまう。そうなれば、国民に危険が及んでしまう事も有り得るかもしれない。そうなってからでは遅いんです」

「なら、どうすればいい? せっかく嘘だと言っていた者達を驚かせてやろうと思ったのに。……檻に入れたまま、祝宴に持ち込んでは駄目か?」

「駄目です!」

 檻から飛竜を出す事に反対するセルジアスの様子に、パールは表情を渋くさせる。
 そしてパールはガゼル子爵家の家紋が施された荷馬車を指さしながら、別の事も尋ねた。

「じゃあ、あそこに入っている肉なら祝宴に出してもいいだろう?」

「……肉というのは?」

「私が狩った飛竜アレの肉を、少し持ってきた」

「……その肉を、どうするつもりなのです?」

「祝宴があるんだろう? だから焼いて、他の者にも食べてもらう。盟約を結んだ樹海もりからの恵みだ」

「……久し振りに、眩暈めまいがしてきました……」

「なんだ、仕事のし過ぎて倒れそうなのか?」

「貴方が私を倒そうとしているんですよっ!?」

「えっ、今は戦ってないだろ?」

 普段から冷静さを保つセルジアスが、声を荒げながらパールの行いに動揺した様子を見せる。
 そんなセルジアスの様子を見ながら首を傾げるパールは、自分がとんでもない問題を持参して来た事を自覚できていなかった。

 そんな二人の傍らに立つガゼル子爵は、諦めの境地に達した表情で青い空を眺め見る。
 
 こうしてパールが持ち込んだ案件により、セルジアスの多忙さは更に加速してしまう。
 しかし絶滅されていたと語られる飛竜が実際に多くの者達から目に触れられ、パールの述べていた飛竜の存在が真実である事を証明することになった。
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