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革命編 四章:意思を継ぐ者
生命の訓練
しおりを挟むリエスティアとその赤子をガルミッシュ帝国とオラクル共和王国の政治的な利用から抜け出させる為に、アルトリアは二人と共に国外逃亡を計画する。
その計画をリエスティア本人だけに明かすアルトリアは、その下準備の為に魔法知識と技術の向上を目指して魔法学園に通い詰め、妖狐族クビアから魔符術を習得する為に研究と実験を続けていた。
一方で、『緑』の七大聖人である老騎士ログウェルから訓練を受け続けている帝国皇子ユグナリスと狼獣族エアハルトは、初日に相対してから共に訓練を受け続けている。
ユグナリスは日課としている日々の準備運動を一度たりとも怠らず、また魔力を用いた身体強化を継続させながらの格闘術と剣術の戦闘訓練を老騎士ログウェルと共に行っていた。
逆にエアハルトに対してログウェルは戦闘訓練を行われず、ユグナリス以上の基礎訓練を課す。
魔封じの枷を嵌められたまま片腕のエアハルトはユグナリスの数倍以上の基礎訓練を継続させられ続け、食事休憩以外は朝から晩まで庭の敷地にいる光景を屋敷内の者は幾人も目にしていた。
しかしエアハルトは、面白味も無くただ地道に課せられる訓練に文句や愚痴を零さず行い続けている。
ただ訓練を課す側のログウェルと交える言葉は少なく、ユグナリスに至っては対峙して以降から言葉すら交えない。
ユグナリス側から挨拶や何かしらの話題を向ける事も多かったが、それすら無視しながら自分に課せられた訓練を継続し続けていた。
「――……おはようございます。エアハルト殿」
「……」
まだ朝日すら見えない日課の早朝に中庭へ現れたユグナリスだったが、それより以前から訪れて自分の訓練を始めているエアハルトに挨拶を行う。
エアハルトは一瞥しながらも挨拶を無視し、黙々と訓練を継続させていた。
苦笑を浮かべるユグナリスも、それから自分自身の自己訓練を始める。
二人は黙々としながら自身の訓練を行い始め、会話が交えられない庭ではただ息から漏れる声と土を踏み締める音だけが響いていた。
そうして二人よりも遅く現れたログウェルは、いつも通りに訓練を行う二人を見る。
そして小さな鼻息を漏らした後、ログウェルは二人と届く声で呼びかけた。
「――……お前さん達。ちょっとこっちに来なさい」
「!」
「?」
ログウェルの呼び掛けに二人は気付き、視線を同じ方向に向ける。
この早朝訓練が始まってからログウェルは自己訓練を止めた事は無く、それが終わるのを待ってからユグナリスの訓練を始めていた。
更に基礎訓練を課すエアハルトには声すら掛ける事も無い日が多く、今回のようにわざわざ呼ぶような事をした事が無い。
いつもと違うログウェルの呼び掛けに応じた二人は、自己訓練を途中で止めて歩き向かう。
そして別々の位置に立ちながら、ユグナリスから不思議そうに問い掛けた。
「ログウェル。今日はどうしたんだ?」
「ほっほっほっ。何、訓練の課題を上げようかと思っての?」
「訓練の? 回数を増やすとか、そういう話か?」
「いいや。訓練の段階、つまり質を上げるんじゃよ」
「質?」
ユグナリスは首を傾げながら、ログウェルの言っている意味を理解できない。
一方でエアハルトは鋭い視線を向けながら、ログウェルに短い言葉で聞いた。
「何をする?」
「ふむ。お前さんは、ゴズヴァール殿からの修練はどれ程まで習った?」
「……お前も、ゴズヴァールを知っているのか?」
「知っとるよ。一度、戦り合った事もある」
「!」
「十五年か、十六年前じゃったか。儂はフォウル国に赴いた事があっての。その際に彼の父親であるバズディール殿から、息子が人間大陸で何をしているか聞かれてのぉ」
「……ゴズヴァールの父親……」
「その時は知らなんだが、興味があったのでマシラ共和王国に赴いた。そこで一戦、交えた事がある」
「……まさか、勝ったのか? あのゴズヴァールに」
「いや。向こうが本気で相対そうとしなかったのでな。御互いに本気ではやらずに、挨拶代わりと言った感じで、無傷のまま拳と剣を収めたよ」
「……ッ」
ログウェルとゴズヴァールもまた以前に戦った事があると聞き、エアハルトは視線を細めながら眉間に力を込める。
あのゴズヴァールと戦いながら五体満足のバリスやログウェルという老人達の存在は、まさに人間の中にも強者がいるという証。
魔人は人間よりも優れていると思考しているエアハルトにとっては、人間大陸に潜むログウェル達のような存在を強く警戒させるに十分だった。
しかしそうした警戒を向けるエアハルトを他所に、ログウェルは再び尋ね返す。
「それで、お前さんはゴズヴァールからどこまで習ったのかね?」
「……習ったというのは、どの話だ?」
「ふむ。主に、鍛錬に関してじゃな。簡単でいいから、教えてくれんかね」
「……格闘技術と、体内の魔力操作。そして魔力放出、魔力抑制。肉体変化を基本とした獣化だ」
「それ以外は、何か習わんかったかね?」
「……鍛錬は、それを繰り返していた」
「ふむ。なるほどのぉ、まだその段階で止まっておったという事か」
「……その段階?」
「魔人や魔族の、基礎的な鍛錬方法じゃよ。体内の魔力を用いる者達故に、魔力操作を始めとした基礎訓練は大事じゃからなぁ。特に自分の魔力を扱うのが未熟な者ほど、力の加減が出来ずに感情のまま暴走してしまう事も多い」
「……」
「ゴズヴァール殿の場合、そうした暴走を起こさぬように徹底した訓練を施しておったのじゃろう。十年か二十年そこらでは、その鍛錬を行わせ続けるのが重要なんじゃろうて」
「……何が言いたい?」
回りくどい言い方ながらも、エアハルトは自分の未熟によってゴズヴァールがそれ以上の訓練を課さなかったという言葉の意味をログウェルの言葉から汲み取る。
それを侮辱と感じながら睨み聞くエアハルトだったが、ログウェルは微笑みながらこう話した。
「ほっほっほっ。……お前さん、しばらく魔大陸に居ったらしいな?」
「……あの女から聞いたのか」
「そうじゃよ。魔大陸の何処に居ったんじゃね?」
「……魔大陸に行った事も無い貴様に言っても、分かるまい」
「行った事ならあるぞい?」
「!!」
「魔大陸は過酷な環境じゃが、地域によって緩和の差が大きい。お前さんがどの程度の地域で過ごしておったのか教えてくれると、訓練の参考になるんじゃがな」
「……怪蟲の森だ」
「ほほぉ、あそこに放り込まれたかね」
エアハルトが呟く魔大陸の地域名を聞き、ログウェルは納得したように微笑む。
そんな二人の会話を聞いていたユグナリスは、二人が共通して知る話を知らなかった為に尋ねた。
「あの、怪蟲の森というのは……?」
「……」
「……えっと、ログウェル? 怪蟲の森って……」
「ふむ。魔大陸にある、昆虫の楽園じゃて」
「……昆虫の、楽園?」
「人間大陸におる昆虫は、大きくても手の平に収まる大きさじゃろ? しかし怪蟲の森に棲む昆虫達は、人間よりも遥かに大きく、この屋敷の敷地すらも超える体格の昆虫が蔓延っておるんじゃよ」
「……えっ!?」
「しかも、ただ大きいだけではない。それぞれに独自の進化をしておって、森の奥深くには進化した怪蟲達が犇めき合っておる。しかも、群れ単位でのぉ」
「む、群れって……昆虫の群れ?」
「そうじゃよ。お前さんも知っとる蜂ならば、巨大な蜂が数百から数千という単位で森の中で縄張りを張っておる。そんな蟲達を狙うように、巨大化しておる食虫植物もあっちこっちに生えておるんじゃ。……人間があそこに踏み込めば、一日も経たずに喰われてしまうのぉ」
ログウェルは微笑みを深めながらそう話し、ユグナリスに怪蟲の森に関する知識を教える。
それを聞いたユグナリスは青褪めた顔を浮かべながら、引き気味の表情で感想を述べた。
「……こ、怖い場所だっていうのは、よく分かったよ」
「ほっほっほっ。そう、あの森に訪れる者は生存本能を高める事が重要な場所となる。でなければ、油断した次の瞬間に捕食されてしまう。どんな生物であろうとな」
「……魔人や、魔族でも?」
「そうじゃよ。その森の中に、このエアハルトは二年間も暮らしておったそうじゃ」
「二年も……!?」
「故に、あの森で生き延びる為には一瞬の判断力と危機察知能力が必要となる。特にあの蟲達の森ではな」
「そ、そうなのか。……もしかして、俺の剣がほとんど当たらなかった理由は、俺自身の怯えじゃなくて、単純にエアハルト殿に回避されてただけなのかな?」
「ほっほっほっ。それはどうかのぉ」
「……ッ」
怪蟲の森で二年の時を過ごしていたエアハルトの実績を知ったユグナリスは、最初に対峙した際に自分の剣が回避され続けた理由をそうだと考える。
しかしログウェルは微笑みを向けながらその考え方を肯定はせず、黙って聞いていたエアハルトは不機嫌な様相を強めながら小さな舌打ちを零した。
そんなエアハルトの様子に困惑を浮かべるユグナリスだったが、ログウェルはその図星を突くようにこう述べる。
「あの森で二年間も生き延びれる者は、確かに並大抵の実力では不可能じゃろう。……だがお前さんは、その森で鍛えるべきモノを鍛えられんかったようじゃな? エアハルトとやら」
「えっ」
「狼獣族。話に聞く限りでは、獣族の中でも群を抜いた身体能力を持っていると聞く。そして最も注目すべきは、その嗅覚の高さなんだよ」
「嗅覚って……鼻がいいってことか?」
「そうじゃよ。特に狼獣族の中には、魔力の匂いすらも嗅ぎ分けられる者もいるという」
「魔力の、匂い? 魔力に匂いなんてあるのか?」
「あるようじゃな。儂も魔力を含んだ風を浴びると、そうした違いが分かる事もあるからのぉ」
「そうなのか。……えっ、それじゃあ……エアハルト殿は?」
「おそらく、この者も魔力を匂いで感じ取れるんじゃろう。それに高い嗅覚を駆使すれば、昆虫が発する匂いや食虫植物の匂いも嗅ぎ分けられるかもしれん」
「!」
「そう。この者は二年間、嗅覚だけで危険な怪蟲と植物達に近付くのを避け続けたんじゃよ。故に嗅覚を鍛錬できても、他の部分は鍛錬が怠っていたようじゃな」
「……チッ」
ログウェルの言葉にエアハルトは舌打ちを零し、図星を突かれた事を教える。
それを聞いていたユグナリスは、特に不可解な表情も見せずに、逆に表情を明るくさせながら感想を伝えた。
「……でも、そんな危険な森で危険な昆虫達や植物から逃げ続ける事だって、至難の業だったはずだ」
「ほっほっほっ。確かに、そうじゃな」
「ログウェル。今の俺が怪蟲の森に行ったら、どうなる?」
「まぁ、耐えられて三日が妥当な線じゃな」
「それは、生きていられる時間という意味で?」
「その通り」
「そうか。じゃあ、やっぱりエアハルト殿は凄いよ」
「……!」
「俺の身近には、アルトリアやログウェルみたいな化物みたいに強い人しかいなくて、その凄さが分かり難かったけど。今だからこそ、アルトリアやログウェルの実力が実際に分かる。そして、実際に戦ったエアハルト殿の実力も」
「……」
「エアハルト殿は、俺が戦った者達の中で最も強かった。そして、俺自身がまだ未熟なんだと知れるきっかけをくれた。……やっぱり俺は、いつか貴方とまた戦いたい。今度は一対一で、その枷が無い状態で」
「……ッ」
真っ直ぐとした視線を向けながら、ユグナリスは期待と自身の向上心を隠さずにエアハルトとの再戦を望む様子を見せる。
それを間近に受けるエアハルトは表情を強張らせ、小さく舌打ちを鳴らしながら視線を合わせずに背けた。
そんな二人の様子を微笑みながら見るログウェルは、話を戻しながら改めて次の段階に移る訓練の内容を伝える。
「さて、話を戻すとしよう。……はっきり言うが、ユグナリスは身体強化の無い状態で、そしてエアハルトも魔封じが施された状態で言えば、既に肉体的な能力に大差は無い」
「!」
「そして互いに魔力で身体強化を行っても、その差は広がらんじゃろう。お前さん達が最初に戦った時も、ユグナリスは格闘術を用いる相手との実戦経験が乏しく、また相手の生死を分ける剣を握っていた為に臆しておったのは事実であろう」
「……ああ、そうだ」
「身体強化と、実戦の経験。この二つを積めば、お前さん達はある程度は強くなれるかもしれん。……じゃが、そこで打ち止めじゃな」
「!!」
「打ち止め……!?」
「お前さん達が更に強くなるのは、別の技術を学ぶ必要がある。――……今日から、その技術を学ぶ為の訓練を始める」
「!?」
「な……っ!?」
次の訓練について述べたログウェルは、次の瞬間に凄まじい威圧感を放ち始める。
それを感じ取った二人は足を引かせながら思わず身構え、殺気が無いはずのログウェルから放たれる威圧感に警戒を抱いた。
しかし威圧感とは異なる微笑みを見せながら、ログウェルはこう伝える。
「ユグナリス。今の儂を見て、どのように感じる?」
「……鳥肌が立ってる。いつもと変わらないはずなのに、冷や汗が止まらない……」
「ふむ。まぁ、そうじゃろうな。……さて、エアハルト。お前さんは、儂が何をやっているか分かるかね?」
「……闘気か」
「正解じゃよ」
ユグナリスと同様に警戒心を高めるエアハルトの言葉に、ログウェルは微笑んだまま頷く。
それを聞いたユグナリスは、今までに聞いた事の無い言葉に困惑を浮かべながら尋ねた。
「その、オーラって……?」
「生命の力。儂等のように生身である生き物が必ず持つ、生命力。それが『オーラ』と総称されとる」
「生命力……? 今、ログウェルから感じる、この感覚が……!?」
「そう。儂が自分の生命力を高め、お前さん達は無意識にそれを感じ取った。それがお前さん達が鳥肌を立てておる理由じゃよ」
「……その生命力というのが、強くなる事に関係あるのか?」
「大有りじゃい。……試しに見せてやるかのぉ。ちょいと下がっておれ」
ログウェルはそう述べると、身に纏っていた生命力を弱める。
そして重圧感が消えたのを感じ取ったユグナリスとエアハルトは、言う通りに十歩ほどの距離でログウェルから離れた。
すると、ログウェルは僅かに両膝と腰を降ろす。
そして次の瞬間、先程まで感じた重圧と同じ感覚が一瞬だけ感じ取れた後、目の前に居たはずのログウェルが姿を消した。
「!!」
「ロ、ログウェル……ッ!?」
消えたログウェルに驚いたユグナリスは、周囲を見渡しながらその姿を探す。
しかしエアハルトはログウェルが立っていた地面を見た後、真上へ顔を上げながらまだ暗い空を見上げた。
それに気付いたユグナリスも空を見上げ、目を見開きながら驚愕する。
ユグナリスの瞳にはログウェルの下半身が見えていたが、その距離は数十メートルを超える高さで見えていた。
「な……なんだって……っ!?」
「……」
二人は上空に居るログウェルを見上げ、互いに驚愕混じりに抱く表情を見せる。
ユグナリスが見せるのは驚愕と動揺であり、エアハルトは驚愕と焦りを含んだ強張った表情を露にしていた。
それから十数秒後、ログウェルは地面の上へ緩やかに着地して見せる。
あの高さから落ちて来たにも関わらず姿勢を崩さないログウェルを見て、ユグナリスは困惑しながら問い掛けた。
「……ロ、ログウェル。さっきのは……?」
「これが、生命力を用いた結果じゃよ」
「!」
「自分自身の生命力を用いる事が出来れば、このように常人では辿り付けぬ境地を得る。少し両足に生命力を込めただけで、これじゃよ」
「……少しって、さっきのが……!?」
「儂が全力を出せば、そうじゃなぁ。千キロ程は真上まで跳ぶのかのぉ」
「!?」
「流石に帝都でやると、結界に当たってしまうから抑えるがな。……もしこの技術を、足だけではなく身体全体に行えば、どうなると思うね?」
「……まさか、これからするのは生命力を用いた身体強化の訓練?」
「いや。魔力を用いた身体強化と、生命力を用いた身体強化はかなり扱いが異なる」
「具体的には、どう違うんだ?」
「それは、実際に覚えていけば分かるじゃろう。――……今日からお前さん達は、通常の訓練以外にも生命力を用いた訓練を行ってもらう」
「!」
「まさに生命を使った訓練じゃ。……お前さん達、死ぬ気でやらねば、ぽっくり逝くぞい?」
そう述べながら微笑みを強くするログウェルに対して、ユグナリスとエアハルトは緊張感を持ちながら互いに頷く。
そしてこの日を境に、ユグナリスとエアハルトは新たな強さの段階へ足を踏み入れる事となった。
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