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革命編 四章:意思を継ぐ者
宰相の招き
しおりを挟む帝都に居るそれぞれの人物達が、各々がやるべき事を果たしている最中。
ついに二週間後には新年の祝宴場が始まる場が整い、帝国内の貴族領から招待を受けた貴族家が帝都に集結し始める。
飛竜騒動で後処理をしなければならない宰相セルジアスは、そうした貴族家が帝都に入場している事の管理と情報整理を行いながら再び執務に追われていた。
そして飛竜を持ち込んだガゼル子爵家は、帝都の貴族街に設けている屋敷にて飛竜を預かる事になり、客人として迎えられていた女勇士パールが責任を持って管理する事で一旦は保留となる。
また飛竜の情報はその場で確認した全員に秘匿するよう宰相命令が下され、それが破られた場合は厳しい処罰も施す事も伝える。
黒布に覆われながらも不自然な大きさの物体が帝都内に運ばれた光景を目にしている流民街や市民街の住民達も多かったが、新年の催し物として運ばれている荷物だと伝えられ、何とか飛竜の存在を明るみにしないまま帝都内に持ち込む事に成功した。
そうした仕事を一段落させ、ようやく人に任せられる範囲の仕事量に落ち着いたセルジアスは、アルトリアやユグナリス達が匿われている別邸へ訪問する。
そして二人だけを客室へ呼び出し、ガルミッシュ帝国の次期皇帝候補者である三名が一同に会する場面を見せていた。
「――……二人とも、来てもらって申し訳ないね」
「いえ。ローゼン公も御忙しい中、御疲れ様です」
改めて急な呼び出しに応じた二人に労いを向けるセルジアスに、対面の長椅子に座るユグナリスはそうした返しを向ける。
それに頷きながら応じるセルジアスは、少し離れた横側の椅子に腰掛けているアルトリアにも視線を向けながら言葉を向けた。
「アルトリア、調子はどうだい?」
「……普通よ。普通」
「そうかい。最近はクビアという女性と朝から何かしているらしいけど、何をしているのかな?」
「秘密よ」
アルトリアはそう述べ、セルジアスの質問に答えない。
それに苦笑を浮かべているセルジアスを見たユグナリスは、自分が知る情報をセルジアスにも伝えた。
「アルトリアは今、クビアという女性と共に『魔符術』というモノを扱えるよう訓練をしているそうです」
「魔符術?」
ユグナリスから出た言葉にセルジアスは首を傾げ、その情報を知らなかった様子を見せる。
逆に秘密にしていた魔符術の習得を明かされたアルトリアは、不機嫌な表情を隠さずにユグナリスに怒鳴った。
「ちょっと、言うんじゃないわよ!」
「別に、隠すことでもないんじゃないか?」
「やっぱりアンタは馬鹿ね。自分の手の内を他人に知られたら、意味ないじゃない」
「他人って……ローゼン公はお前の兄君じゃないか。家族にも秘密にするなんておかしいぞ」
「あーあ。その調子だと、リエスティアにもすぐ見限られそうね」
「ティアは関係ないだろっ!!」
「アンタの馬鹿が、リエスティアも困らせるって言ってんのっ!!」
「はぁ!? なんだよ、それっ!!」
言葉を交えて五秒も経たない内に、アルトリアとユグナリスは口喧嘩を始める。
そうした状況を間近に見るセルジアスは、小さな溜息を漏らしながら手を幾度か叩いて音を鳴らしながら二人を止めた。
「そこまでだよ。二人とも」
「……フンッ」
「……チッ」
「まったく、君達は相変わらずだね。同じ屋敷で暮らして居るんだから、少しは仲良くなれなかったのかい?」
「こんな馬鹿と仲良くするくらいだったら、死んだ方がマシだわ」
「俺も、こんな性悪女と仲良くするくらいだったら、リエスティアとシエナと一緒にいます」
「……はぁ」
互いに反発し合う様子で顔すら向け合わない二人に、セルジアスは小さな溜息を零す。
そんな中である言葉に気付いたセルジアスは、改めてユグナリスに問い掛けた。
「ユグナリス。シエナというのは?」
「はい、娘の名前です。――……シエスティナ。愛称で、シエナです」
「なるほど、名前を決めたんだね」
「はい。俺とリエスティアで、一緒に考えました」
「なるほど。なら君の娘が正式にガルミッシュ皇族に認められた場合には、ガルミッシュの姓も与えられる事になるだろうね」
「えっ」
セルジアスが伝えた言葉に、ユグナリスは僅かな硬直を見せる。
しかし思考を働かせて怪訝そうな表情を見せたユグナリスは、セルジアス言葉の意味を問い掛けた。
「それは、どういう意味でしょうか?」
「新年を明けた後、訪れる事になっているウォーリス王。彼との話次第では、リエスティア姫は帝国皇子の正妃として、改めて帝国に迎えることになる」
「!!」
「君の娘も同様に、帝国皇子と正妃の皇子として迎えることになるだろう」
「そ、それは本当ですかっ!?」
「ああ」
「それは、本当に良かった……!」
正妃としてリエスティアを迎え、そして自分の娘もまたガルミッシュ皇族に迎えられる事を知ったユグナリスは、安堵と喜びを表情に見せる。
しかしその話を聞いていたアルトリアは、逆に表情を険しくさせながらセルジアスに問い掛けた。
「それは結局、話が上手くいったらの場合よね?」
「えっ」
「……そうだね。それはウォーリス王との話し合いが、上手くいったらの話だ」
「逆に上手く行かなかったら、リエスティアとあの子を帝国はどうする気?」
「……しばらくは、ローゼン公爵家が管理する一地方に身を寄せてもらうことになる」
「!!」
「やっぱりね」
アルトリアの問い掛けにセルジアスは答えると、ユグナリスは驚きながら表情を強張らせる。
そして改めるように、セルジアスはこれから先の推移を二人に明かした。
「ウォーリス王との会談次第だけれど、帝国側の条件としてリエスティア姫を帝国皇子の正妃として迎える事で、その血縁となる子供の所有権も帝国側が持てるようになるだろう」
「……しょ、所有権って……」
「逆に話が上手く行かず、最悪の事態となってしまった場合。妥協案として、帝国側はリエスティア姫だけの返還を共和王国へ提案することになる」
「ローゼン公ッ!?」
「ただし、子供は帝国に残す。そしてガルミッシュ皇族の一員として、帝国側で育てる事になる。……共和王国との話し合いが成立すれば、こうした流れになるだろうね」
「そんな事、絶対にさせませんッ!!」
セルジアスが述べる言葉にユグナリスは感情を昂らせ、怒りのままに立ち上がる。
そしてセルジアスを見下ろしながら、再びリエスティアの返還という話を強く拒絶して見せた。
そんなユグナリスに対して、セルジアスは溜息を見せながら応対する。
「ユグナリス。この場合、私や君がどう思うかは重要ではないんだよ」
「え……っ!?」
「以前のように、私が頭ごなしにそう考えて言っているわけではない。皇帝陛下も皇后様も、リエスティア姫を正妃として迎える事に賛成している。例え話し合いが上手く行かないとしても、彼女を共和王国に渡す意思を持っているわけではないよ。勿論私も、君がリエスティア姫を連れて逃げるなんて事態にはしたくない」
「……な、なら。上手く行かない時の話は……?」
「そこが、現状で一番の問題なんだ。……もし仮に、話し合いが上手くいかなかった場合。皇帝陛下や私を除く帝国幹部達は、リエスティア姫の存在をどう思う?」
「……それは……」
「恐らく幹部達や各貴族家は、リエスティア姫を共和王国との関係において火種になると考えるだろう。そう考えれば、自然とリエスティア姫だけでも共和王国に返還すべきだと皇帝陛下に進言するに違いない」
「……ッ」
「彼等がそう考えるのは尤もだし、当然の既決だ。皇帝陛下と言えど、その意見を全て跳ね除ける事は出来ない。跳ね除けてしまえば、皇帝陛下に対する支持層が基盤ごと瓦解する。……もしそれで共和王国と戦争状態にでも入ってしまえば、皇帝陛下や私を弑逆しようと考える者も出てくるだろう。勿論、皇子である君もね」
「!!」
「そこまで事態が進まずとも、リエスティア姫を攫い共和王国に返還しようと企む者もいるかもしれない。……誰もが帝国や民の事を考えて行動しようとするあまり、事態は混沌とする。それを防ぐ為の妥協案として、彼等が求めるだろうリエスティア姫の返還を、私や皇帝陛下は決議の場で決めなくてはならなくなるんだ」
そこまで話すセルジアスは、改めて共和王国との亀裂が自分達の手には負えない状況になる懸念を伝える。
改めて事の状況を説明されたユグナリスは、苦々しい表情を見せながらも反対の意見を貫いた。
「……しかし、それでも俺は反対です」
「それが例え、帝国に住む百万人の民が犠牲になったとしても?」
「……それでも、です」
「そうか。……なら、そうならない為の策を講じなければいけない」
「……策、ですか?」
「ああ。その策の第一段階として、必要な手順がある。――……ユグナリス。そしてリエスティア姫と、君達の子供であるシエスティナ嬢。三人は二週間後に行われる新年の祝宴場に、参加しなさい」
「……えっ!?」
「そして祝宴の場を借りて、君達の関係を皇帝陛下に公の場で認めてもらう。更にシエスティナ嬢も、ガルミッシュ皇族の一員として改めて迎える事を宣言する」
「!!」
「共和王国との話し合いを行う前に、君達の関係を帝国側の地盤として固めてしまうんだ。……いざ話し合いが決裂したとしても、そうすれば各貴族家や幹部達はリエスティア姫の返還という手段を口にし難くなる。……皇帝陛下が公の場で認めた事に反する事を口にしてしまえば、それは帝国の象徴と権威そのものを傷付ける行為でもあるからね」
セルジアスはそう微笑みながら述べると、ユグナリスは驚きながらも引き気味の表情を見せる。
それは、皇帝ゴルディオスと共にある帝国の威光を笠に着た脅迫。
二人と生まれた子供の関係を正式に認め、改めて帝国陣営に付く者達として加える事で、そうした事態に陥った際に周囲から上がるだろう声を防ぐ為の布石。
その手段を既に考えていたセルジアスは、ユグナリスとリエスティア、そして二人の子供を祝宴に招待したのだった。
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