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革命編 四章:意思を継ぐ者
嫌悪の秘密
しおりを挟む過去の出来事を改めて振り返ったユグナリスは、アルトリアとの亀裂がどのように生じたかを思い出す。
そのきっかけがアルトリアに向けられた嫌悪の言葉である事をユグナリスは思い出し、その意味を問うように正面から問い掛ける選択をした。
そうして向かい合うセルジアスは、怒りの無い真面目な表情でアルトリアに向かい合う。
しかし視線を逸らしながら表情を強張らせるアルトリアは、その問いに関して返答する様子を見せない。
暫しの沈黙が二人の間に起きた後、それに耐えられずに先に声を発したのは、問い掛けたユグナリス側だった。
「――……答えてくれよ。お前は俺の、何を嫌ったんだ?」
「……アンタと昔話なんて、する気は無いわ」
「!」
「こっちは、やる事があって忙しいのよ。暇なそうなアンタと違ってね」
そう言いながらアルトリアは踵を返し、振り向きながら建物の扉へ戻ろうとする。
それを妨げるように素早く回り込みながら扉までの直線を塞いだユグナリスは、声色を強めながら制止した。
「!!」
「答えてくれるまで、ここは通さないぞ」
「……邪魔するなら、容赦なくぶっ飛ばすわよ」
「元々、そのつもりで来たさ」
「は?」
「お前が俺を嫌いな理由に、俺自身の非があるなら。俺はお前に何度だって殴られるつもりだ」
「……」
「だから答えろよ。お前はお前を嫌いだと最初に言ったのは、どんな理由からなんだ?」
強硬に嫌われた理由を聞き出そうとするユグナリスの態度に、アルトリアは嫌悪の表情を強める。
それから右側へ視線を逸らしながらユグナリスが塞ぐ道の空いた隙間を確認したアルトリアは、視線を戻して睨んで呟いた。
「……そういうところが、嫌いなのよ」
「え――……ッ!!」
ユグナリスは呟かれた言葉に気を取られた瞬間、アルトリアが素早く股下へ右足の蹴りを放つ。
それに気付き咄嗟に反応したユグナリスは、頭と肩を下げて両手で咄嗟にアルトリアの右足の蹴りを止めようとした。
しかしアルトリアの蹴り足は止まり、そのまま右足を地面へ着きながら身体を大きく捻る。
そして身体を回転させながら右足を軸にした左回し蹴りを放ち、ユグナリスの左顔面へ直撃させた。
「グ……ッ!!」
まともに左顔面へ蹴りを受けたユグナリスだったが、僅かに傾く程度で留まる。
しかし右足を軸にしたまま左足を地面へ踏み込ませたアルトリアは、身体を傾けて広がったユグナリスの左側から塞がれた道を抜けようとした。
左顔面の蹴りで左目を反射的に閉じていたユグナリスだったが、右目の視界から消えたアルトリアが左側を抜けようとしている事をすぐに察する。
それに気付いた瞬間に下げていた左手を真横に伸ばし、通り抜けようとしてアルトリアの左腕を掴んだ。
「ッ!!」
「……捕まえたぞ、アルトリア」
「離しなさいよッ!!」
「また逃げるのかよ、俺から」
「はぁ!?」
掴まれた左腕を振り切ろうと、アルトリアは強引に腕や身体を動かす。
しかし掴み取った細い腕を逃さないユグナリスは、アルトリアを見下ろしながらそうした言葉を向けた。
「お前はそうやって、俺を嫌いだからという理由で逃げようとしている」
「!」
「二年前に帝国を逃げた時も、そして皇国に俺が来て頼んだ時も。お前はそうやって、俺を理由にして逃げてばかりだな」
「……知った風な口を聞かないでッ!!」
「俺も、お前のそういうところが嫌いだ」
「!」
「嫌いだからと俺を遠ざけて、歩み寄れる時間すら与えてくれなかった。……婚約を結んでからの十年間。俺がお前を好きになれる時間や機会も、何も与えてくれなかった」
「……!!」
「最初から、俺を嫌いな理由を伝えてくれれば。気に入らない事をしている俺の行動を、ちゃんと伝えてくれれば。お前がどんなに俺のやる事を否定しても、ちゃんと俺の事を思ってくれてるんだと考えられたかもしれない。……でもお前は、俺のやる事を否定するばかりで、何も伝えてくれなかった」
「……馬鹿に何を言ったって、しょうがないでしょ!」
「確かに、俺はお前より馬鹿だよ。……でも、馬鹿は馬鹿なりに考えるんだ。お前が前に言ったように」
「!」
「リエスティアやログウェルは、俺がお前にやって来た事が嫌われる原因だと言った。……でも、俺はそれが原因だとは思えなかった。だってお前の為に何かしようと思う前から、既に嫌われてたんだからな」
「……ッ」
「なぁ、アルトリア。……もう、俺から逃げるのを止めろよ」
ユグナリスは見下ろしながらも真っ直ぐな視線を向け、自分から逃げようとするアルトリアを止める。
そうしたユグナリスの様子に表情を強張らせるアルトリアは自由な右手を振り翳し、自分の能力を込めながら放とうと構える様子を見せた。
しかし攻撃が来るだろうと察しているにも関わらず動じないユグナリスに、アルトリアは歯を食い縛りながら大きな溜息を漏らす。
そして構える右手を下げながら、真っ直ぐと見つめるユグナリスの視線から顔を逸らして呟いた。
「はぁ……。……だから、アンタみたいな馬鹿は嫌いなのよ……」
「……教えてくれ。なんでお前は、そんなに俺を嫌うんだ?」
「……言った通りよ」
「え?」
「言ったでしょ? 『甘やかされているアンタが嫌い』。それがそのまま、嫌いな理由よ」
「その、甘やかされてるって、どういう意味だ?」
「……」
「確かに俺は、セルジアス従兄上やお前みたいに叔父上から厳しく育てられてない。でもそれが、お前に嫌われ続ける程の理由になるのか?」
アルトリアの答えにユグナリスは納得できず、再びそうした問い掛けを向ける。
それに対してアルトリアは更に溜息を深めながら、掴まれたままの左腕を動かしながら言葉を繋げた。
「……腕、離して」
「……」
「逃げないわよ。だから離しなさい」
「……分かった」
アルトリアの言葉を信じたユグナリスは、掴んでいた左手を離す。
そして自由になった左腕を引かせたアルトリアは、背を向けながら渡り廊下に広がる塀と木々を見ながら話を始めた。
「……確か、アンタにそれを言った時。皇帝陛下と皇后様と一緒に、御茶会をした時だったわね」
「え? あ、ああ。そうだな。……その後で二人になった時に、お前から嫌いだと言われた」
「……アンタは良いわよね。あんなに優しい、父親と母親が居て」
「えっ」
「私は母親の顔すら知らないし、父親や周囲からは危険物扱いされ続けた。まぁ、危険物扱いは当然だけどね」
「……!」
「ても同じ皇族のアンタは、幸せそうな面をして、優しい両親に恵まれて、周囲に甘やかされて。……そんな光景を間近で見せられたら、嫌いになるのは当然じゃない?」
「……それって……」
アルトリアが嫌う理由を話すにつれて、ユグナリスは驚愕の色を濃くしながら表情を強張らせる。
それを話すアルトリアの背中にも、初めて哀愁を漂わせた雰囲気が宿り始めているようにユグナリスは感じていた。
そして自分を嫌うアルトリアの理由を聞き、ユグナリスは自分自身で根幹となる原因を導き出す。
「……まさか、嫉妬してたのか? ……お前が、俺に……?」
「……だから嫌なのよ。こんな馬鹿に言うのは……」
腕を組みながら悔やむように呟くアルトリアの言葉に、ユグナリスは唖然とした表情を向ける。
そうして二人の間には再び沈黙が訪れ、その場には冬に冷え込む風が一つ流れていた。
こうしてアルトリアとユグナリス間に生じていた嫌悪の亀裂が、ユグナリスによって明らかになる。
そのきっかけは、恵まれた才能と環境を持ちながらも、周囲から特別として扱われ続けた一人の少女。
そして周囲から暖かく育てられた少年に、その少女が羨望と共に生まれた嫌悪を向け続けた結果、十年に渡る二人の亀裂を広げ続けたのだった。
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