虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 四章:意思を継ぐ者

十年の信頼

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 周囲からアルトリアに嫌悪される理由を聞いたユグナリスだったが、各々から述べられる事柄に納得が出来ない。
 それは婚約者の立場となった当初、早々にアルトリアから嫌われている事を聞いていたユグナリスだからこそ、嫌悪を向けられる疑念が滞留し続けていたからだった。

 その疑問を解消する為に、ユグナリスは直接アルトリアから嫌悪を向けられていた理由を尋ねる。
 そしてユグナリスの根気強さに呆れるように、アルトリアはその時に抱いていた感情を言葉として吐露した。

 その感情とは、意外にも嫉妬の混じった羨望。

 幼い頃のアルトリアは片親ちちおやに育てられ、多くの才能を持ちながらも周囲から特別バケモノ扱いされ続けていた。
 しかしユグナリスの境遇は才能とはまた別の位置で恵まれており、優しい両親と周囲に愛されながら育ち、婚約当初は明るく活発な少年だった頃でもある。

 そんな二人が出会い、幼いアルトリアは自分とユグナリスに決定的な違いがある事を察した。
 それは才能という違いではなく、幼い二人を取り巻く環境に決定的な違いがあるという、感情では納得し難く改善し難い状況となる。

 アルトリアの口から自分ユグナリスを嫌悪する理由の根幹を聞いた時、ユグナリスは驚愕を浮かべながら表情を固めた。
 それは本人が思う以上に信じ難い理由であり、ユグナリスはその事を口にしながら背中を見せるアルトリアに尋ねる。

「……それって、お前が俺に嫉妬してたってことなのか……?」

「アンタに? 別にしてないわよ」

「えっ、でも……」

「私は単に、世の中の理不尽に怒ってただけ。――……アンタみたいに馬鹿そうな子供が、周囲の環境だけには恵まれてる状況がね」

「!」

「そんな状況に甘え続けてるアンタの様子も、私を苛立いらだたせたわ。……別にアンタを羨ましいだなんて思った事なんか無いし、私自身の環境が恵まれてないなんて思った事も無い。そこは勘違いするんじゃないわよ」

「……あ、ああ」

 静かな声ながらも怒気を込めた声を込めたアルトリアの言葉に、ユグナリスは思わず気圧される。
 その時のアルトリアは普段と変わらぬ様子を見せ、背中を見せていた姿を振り返らせて腕を組みながら身体の正面をユグナリスに向けた。

「……で、これで満足した?」

「えっ」

「理由は話したわよ。これでいいんでしょ?」

「あ、ああ。……ありがとう、話してくれて」

「は?」

「……多分、ずっと前から心の何処かで引っ掛かってたんだ。……俺はお前に、嫌われるような事をしたのかなってさ」

「!」

「幾ら考えても、お前に嫌われた理由が分からなくて。子供の頃からずっと、分からなくてさ……。……お前に嫌われてるって知ってからは、ずっとお前の事が怖かったんだ」

「……」

「嫌われてる俺が何をしても、もっと嫌われるんじゃないかって。そう考えたらお前の事を考えるのがますます怖くなって、お前にどう接するべきか分からなくなった。……だから人に聞いたやり方を試して、これ以上は嫌われないようにしてるつもりだった」

「……そう」

「でも、お前が俺を嫌う様子は変わらないし、嫌われてる上に怖いお前の事を好きになろうとする気力が、完全に挫けた。……俺にとって、お前と婚約してからの十年間は、本当に怖くて苦しかったんだ」

 ユグナリスはそう述べ、十年に渡るアルトリアとの婚約関係で抱いていた感情を伝える。
 それを聞いていたアルトリアは腕を組みながら僅かに鼻息を漏らして瞳を閉じた後、数秒後に瞼を開いて改めて口を開いた。

「ユグナリス、私はアンタが嫌いよ。昔も、そして今もね」

「……俺も、お前の事が嫌いだよ。アルトリア」

「そう。……じゃあ、この話はそれでおしまいね」

 互いに嫌い合っている事を伝えた後、アルトリアは一息を吐いて組んでいた腕を解く。
 そして魔符術の実験に用いている建物側へ戻ろうと歩み出すと、ユグナリスがそれを止めるように呼び声を零した。

「……ただ」

「?」

「お前が嫌いなのと、お前の事が信頼できるかどうかは、また別の問題だと思う」

「……何よ、それ?」

 ユグナリスの言葉を理解できないアルトリアは、怪訝そうな表情を見せながら振り返る。
 するとユグナリスは顔を向け合い、少しずつ考えている事を吐き出していった。

「……お前は、俺より色んな才能がある」

「!」

「魔法や政治、そして医学や医術、他にも戦闘技術や頭の良さとか。お前はどれをとっても、昔から俺より上だと思う」

「……」

「俺はお前を超える為に、十年も頑張り続けたんだ。お前の凄さを、俺は誰よりも知ってる。……そういう部分だけなら、俺は誰よりもお前の事を信頼してるし、認めてるよ」

「……そう。……私も、アンタが馬鹿なことだけは認めてあげるわ」

「おいっ」

「でも、その馬鹿さで救われる人もいるみたいだし。せいぜい、馬鹿のままで居続けなさい」

「!」

 呆れた口調でそう述べるアルトリアは、再び建物の扉へ歩き出す。
 そしてその言葉を聞いた後、ユグナリスは一度だけ言葉を詰まらせたが、それを飲み込まずに吐き出すように伝えた。

「……アルトリア!」

「なによ。まだ何かあるの?」

「……やっぱり、今度の祝宴パーティー。……出て、くれないか?」

「は?」

「俺やティアの為にとかじゃなくて。別にお前が、俺達の事を認めるような事を人前でしなくてもいい。……ただ、見届けてほしいんだ。俺とティアと、そしてシエナが、この帝国ここで家族として認められる光景を」

「……」

「……その、無理ならいいんだ。……じゃあな」

 ユグナリスは苦笑を浮かべながら、アルトリアにそう告げて背中を見せる。
 それを見送るようにアルトリアは足を止め、僅かに開けていた口を閉じながら眉を顰めて建物の扉を開けて室内に戻った。

 そして一息を吐くように鼻息を漏らし、天井を仰ぎ見ながらこうした言葉を零す。

「……本当ホント、幸せな奴ね。――……クビア、実験の続きよ!」

「――……ぅうー、あと五分だけぇ……」 

「アンタ、十時間も寝てるでしょ! ほら、さっさと起きなさい!」

「あぁん、ひどぉい」

 アルトリアは毛布に包まりながら寝ているクビアを乱暴に起こし、魔符術の実験へ戻る。
 それから実験を終えて魔法学園に赴こうとした際にアルトリアは屋敷で働く家令に声を掛け、新年の祝宴に参加する旨を伝えた。

 こうしてユグナリスとアルトリアは、十年に渡る遺恨について話し合う。
 そして互いに譲歩できない部分を明らかにさせながら、それでも互いの在り方を理解し、信頼し認め合える姿を見せた。
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