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革命編 四章:意思を継ぐ者
血の戴冠式
しおりを挟むウォーリスを首謀者とした悪魔騒動が起きるガルミッシュ帝国の帝都に、何故かフォウル国に居るはずの干支衆と共にエリクが現れる。
そして三人はそれぞれの場所に別れながら状況に対応し、各々が思う行動を行っていた。
その一人である干支衆の『亥』ガイは、悪魔騎士ザルツヘルムと思わぬ形で遭遇し対峙する。
互いに一目で敵である事を察して立ち合うと、名を教える事も交える言葉も無いまま互いに攻撃を仕掛けた。
「――……フンッ!!」
「ッ!!」
ガイは凄まじい加速を見せながら右拳を放ち、瘴気を甲冑を纏うザルツヘルムの顔面を撃ち抜く。
しかしザルツヘルムは紙一重でその拳を回避し、右側に捻った身体を捻りながら右手に持つ黒い長剣をガイの身体に刺し込もうとした。
加速した巨体に合わせた突きで、ザルツヘルムは確実に突けるのを確信する。
しかし左横腹に控えていたガイの左拳が、剣の突きよりも速くザルツヘルムの胴体に捉えて凄まじい殴打を浴びせた。
「グッ!!」
右手で放つ長剣に突く姿勢により、ザルツヘルムは隠れた左拳に気付かずに直撃を受ける。
そして宙に浮かびながら吹き飛ばすと、ザルツヘルムの足元に繋がっていた影が千切れるような光景をガイは見た。
「……アレは……」
影に出入りするザルツヘルムと足元の影が千切れた事を確認し、ガイの思考が巡る。
そして吹き飛びながらも地面に両足を着けながらザルツヘルムは、再び足元に影を集めながら直撃を受けた腹部と、相手の左拳を見た。
「……やはり脅威となるのは、皇子の火だけか」
「……ッ」
ザルツヘルムは強打された瘴気の鎧が無事である事を確認し、逆に殴打したガイの左拳を纏う生命力と魔力が瘴気に汚染されている状況を見据える。
帝国皇子の放つ『火』は瘴気を祓う浄化の作用が含まれているが、魔人の魔力にはそうした作用が無い。
ガイに出来ているのは瘴気を肉体で触れさせない為に『生命力』と『魔力』を覆い守るしか手段はなく、攻撃に転じれば瘴気に深く強く触れる事に繋がった。
狼獣族エアハルトもそうした状態になる事を避け、電撃で瘴気を散らし本体に攻撃を加えようとしていた。
しかしガイには直接的な攻撃手段しかない事を悟るザルツヘルムは、目の前の相手が脅威ではない事を悟る。
逆にガイも瘴気の鎧が砕けていない事を確認し、左拳に侵食しようとする瘴気を強く纏わせた生命力で散らしながら振り払った。
「……」
互いに無言で睨み合い、ザルツヘルムは黒く染めた長剣を構える。
そしてガイは生命力を高めながら肉体に纏おうとした瞬間、剣を向け構えるザルツヘルムに僅かな動揺が見えた。
「……会場にも来たか」
「む?」
「だが、もう遅い。――……さらばだ、魔人達よ」
「!」
ザルツヘルムは剣を引き、同時に影の中に身を潜らせる。
それを防ごうと加速しながら左拳を下側から振り上げたガイだったが、その行く手を影から飛び出した異形の下級悪魔達が阻んだ。
「ッ!!」
影から襲って来る下級悪魔を殴り飛ばしたガイだったが、続々と周囲に影が集まりながら下級悪魔達が更に襲い掛かる。
それに対応している間に、ガイはザルツヘルムの姿を完全に見失った。
一方その頃、下級悪魔で作り出した偽物の悪魔騎士を相手にするユグナリスは、呼吸を荒くしながらも剣に纏わせた炎で瘴気の鎧を貫きながら燃やし尽くす。
しかし次々と生み出されながらザルツヘルムと変わらぬ動きを見せる偽物は、ユグナリスの隙を狙いながら壇上側に集まる帝国貴族達に襲い掛かろうとしていた。
それを防ぐべく赤い閃光を思わせる程の速度で動くユグナリスは、息を乱しながらこの状況に悪態を漏らす。
「――……クソッ、埒が明かない……! ……エアハルト殿、本体はっ!?」
「やはり、会場から離れている。……別の匂いはするが……奴は、何処に行った……?」
正気の鎧を纏った偽物を薙ぎ祓うユグナリスは、本体の位置を探っているエアハルトに問い掛ける。
しかし優れた嗅覚でもザルツヘルムの行方は追えず、時間が経つにつれてユグナリスが消耗する姿を見せ始めた。
それをユグナリスも自覚しているのか、表情には焦燥感が見え始める。
壇上側に立つセルジアスやゴルディオスも、次第にユグナリスの動きが遅くなり始めている事に気付いた。
「――……やはり、ユグナリスだけでは対処が難しいか」
「本体を倒す以外に、あの影から出て来る下級悪魔を退ける事は難しいようですね……」
皇帝ゴルディオスと帝国宰相セルジアスは、互いに状況を分析しながら打開策を練る。
頼みの綱とも言えるユグナリスは高い戦闘能力を有しているが、無限にも思える偽物の襲撃から会場内の者達を守るだけで手一杯になっていた。
先程のように影ごと焼き払おうにも、下級悪魔達の放つ叫びが呪術となって常人の身体に悪影響を及ぼすと考えると、迂闊に攻撃する事も出来ない。
対抗できるユグナリスが防戦一方に持ち込まれている原因が、まさに会場に残る自分達だと自覚する二人は、苦々しい面持ちを浮かべていた。
そんな時、壇上側から見て左側を見ていたセルジアスが何かに気付く。
それは帝城内に続く破壊された出入り口の壁であり、そこから会場内に入る人影を確認した。
「アレは――……クビア殿っ!!」
「!」
セルジアスは戻って来たクビアの姿を確認し、大声で呼び掛ける。
それに気付き顔を向けるクビアだったが、僅かに首を傾げながらも納得した表情を浮かべていた。
「――……あそこに居るのが、奴隷契約しとる主様かいな? ……ほれ、しっかり立たんかい。ボケ」
「――……あっ、うぅ!」
「!?」
奇妙な様子を見せるクビアに気付いたセルジアスは、左手で投げ捨てられたモノが何かに気付く。
それはクビアと同じ顔をした女性であり、服装は違いながらも金色の髪と映える獣耳と九つの尻尾は同じである女性が二人になって戻って来た。
一方はボロボロで倒れながらも見覚えのある装束を着ており、もう一方はアズマ国産で見られる着物のような姿をしている。
しかし顔立ちや姿はほとんど同じであり、その情報からセルジアスは搾り出すような結論を呟いた。
「……幻影……? ……いや、まさか……双子?」
その呟いた結論は正解だったが、セルジアスはまだその答えを本人達から聞けない。
双子の妖狐族である姉タマモは、妹クビアを見下しながら扇子を広げて問い掛けた。
「んで、壇上に呼んだのがアンタの御主人様なん?」
「……そ、そんな感じぃ」
「そんなら、さっさと解除して来んかいな。――……んで、向こうのアレは何なん……?」
クビアにそう命じるタマモだったが、会場の正面側に見える異様な気配と景色を見ながら怪訝そうな表情を見せる。
会場の照明が無い正面入り口で蠢く影達と、そこから生み出されている黒い瘴気で形作られた悪魔の騎士達。
それが無数に生み出され壇上に集まる人達を襲おうとする瘴気の騎士達に、たった一人で立ち向かう炎を纏った赤髪の青年。
それを見たタマモは訝し気な表情を浮かべながらも、すぐに状況を察する。
そして起き上がりながら壇上へ向かおうとするクビアに、こうした呼び掛けを向けた。
「ウチは向こうの相手をしとくから、アンタは壇上の人間達の御守りせぇ。ええな?」
「はぁい」
「ちなみに、逃げても無駄やで。アンタに貼った紙札には、何処に逃げても追えるようウチの魔力を染み込ませとるからな」
「は、はぁい……」
釘を刺すように言葉を放つタマモの言葉に、クビアは怯えながらも壇上に向かう。
そしてタマモは右手の扇子を広げながら着物の袖口に控える紙札を左手で取り出し、赤髪の青年の少し後ろに座っている狼獣族に視線を向けた。
「なんや、狼獣族がおるやん? 悪魔といい、随分と珍しい種族がおるなぁ。……まぁ、ええわ」
タマモはすぐに狼獣族の興味を失せさせ、正面の入り口に広がる下級悪魔の潜む影に向かう。
そしてタマモの匂いに既に気付いていたエアハルトは驚きも見せずに一瞥を向け、互いに目を逸らしながら赤髪の青年に視線を合わせた。
タマモは左手に重ね持つ紙札を広げ、魔力を込めながら下級悪魔達の居ない数十メートル先の壁や柱、そして床や天井に貼り付ける。
その動きに気付いたユグナリスは、息を乱しながらタマモの顔を見て驚きを浮かべた。
「ク、クビア殿っ!? いつの間に戻って――……」
「ちゃう。ウチは妹やない」
「えっ」
ユグナリスの呼び掛けを否定するタマモは、そのまま張り付けた紙札を経由して魔力を巡らせる。
すると下級悪魔達の居る影と、光が残る会場内を堺に、分厚い結界が形成された。
それに会場に残る人々は驚きを浮かべ、ユグナリスは改めてタマモを見る。
「こ、コレは貴方がっ!?」
「まったく、律儀に一匹一匹プチプチと潰さんでもええやろうに。こうやって蓋しときゃええんよ」
「ふ、蓋って……。でも、奴等は影なら何処でも……!」
ユグナリスは張られた結界を見ながらも安堵を浮かべず、偽物は剣を構えながら瘴気の騎士達を見据える。
そして結界を破ろうと瘴気で作られた剣を振り突く偽物の騎士達だったが、触れた瞬間にその身体が弾け飛ぶ。
更に影を伝って結界内部に侵入して来ようとする下級悪魔達も、その結界が張られた堺に触れた途端に凄まじい衝撃を浴びながら崩れ去った。
「こ、これは……!?」
「兄さん、『赤』の一族やね。こんだけ能力を使えとる『赤』の一族を見るのは、ウチも初めてやわ」
「え……?」
「けど、お頭を働かせんとね。……相手が影を使わんと移動できんなら、内と外を貫通する結界を敷けばええんよ。ちゃんと生命力も流し込んでな」
「……ま、魔力で作る結界に生命力を……? そんな事が……」
「兄さんもやっとるやないの、その『火』。ウチと同じ要領で兄さんの炎を敷けば、あの悪魔共も近寄って来れんやろうに。何やってんの?」
「……あっ」
必死に悪魔達の侵攻に対応していたユグナリスだったが、タマモの言葉を聞いてその発想があった事に気付く。
その様子に呆れるタマモは、ユグナリスに歩み寄りながら別の話題を向けた。
「兄さんって、七大聖人?」
「い、いや。えっと……この国の皇子で、ユグナリスです。……クビア殿じゃない……?」
「ウチは、クビアの姉。アンタ等が言うところの、フォウル国に住んどるタマモ言います」
「タマモ殿、ですか?」
「そうそう。ウチをあんな不出来な妹と一緒にせんといてな。――……ところで、この状況は何なん? 外からは奇怪な魔獣やら攻めて来とるし、中は悪魔が蠢いとるし、上空には到達者が居る。どないなお祭りをやっとるん?」
「え……。ま、待ってください。そ、外って……っ!?」
「兄さんも知らんの? 帝都、襲われとるで。全部」
「!?」
タマモはここに来るまでに見た帝都の状況を教えると、ユグナリスは驚愕のあまり声を失う。
一方で壇上に向かいセルジアスと合流したクビアも二人分の奴隷契約書を渡しながら、タマモから聞いていた外の状況を伝えていた。
「――……それは本当ですかっ!?」
「本当みたいよぉ。お姉ちゃんってぇ、そういう嘘は吐かないからぁ」
「……帝城だけではなく、帝都全体が襲われている。……避難の状況はっ!? 駐屯兵力で迎撃は出来ているか、分かりますかっ!?」
「私にも分からないわよぉ。お姉ちゃんもパっと見だけっぽいしぃ。でもぉ、貴方達みたいな人間だけでぇ、あんな悪魔達に押し寄せられて対抗できるぅ?」
「……ッ!!」
帝都全体に及ぶ状況を聞いたセルジアスは焦りを浮かべ、詳しい情報を聞こうとする。
しかしクビア本人も実際に見た情報ではなく、更にユグナリス達が対峙する悪魔を見る限り、とても常人で編成された帝都の兵力では悪魔達の侵攻に敵わないことを悟らざるを得ない。
それを共に聞いていた皇帝ゴルディオスは、口を挟む形でセルジアスに話し掛けた。
「セルジアス。今から会場を出られたとして、帝都の迎撃指揮を出来るか?」
「……彼女の話を聞く限り、既に帝都には敵側に操られた魔獣が侵入しています。騒動が起きてから僅か三十分にも満たない間にこうなっているとしたら、既に防衛戦力は瓦解していると考えた方が……」
「……ッ」
「それでも、生き残っている避難民はいるはずです。……クビア殿。奴隷契約を解除した後、ここに残る者達を転移魔術で移動させる事は可能ですか?」
「そうねぇ。私の紙札だけだと足りないけどぉ、お姉ちゃんも協力してくれるならぁ……」
「なら、、ルクソード皇国に転移させる事は可能ですか?」
「で、出来なくはないけどぉ。帝国じゃなくてぇ、皇国で良いのぉ?」
「帝都がこの状況では、各帝国領地もどうなっているか分かりません。例え無事でも、逃げた先で悪魔達に攻め込まれれば耐えられない。ならば皇国に逃げ延びるのが、最も最善でしょう」
セルジアスは現状から帝国が壊滅的な状況に陥る事を考え、命を狙われている帝国貴族達やガルミッシュ皇族を親国であるルクソード皇国に避難させる事を考える。
しかしそれを聞いていたゴルディオスは、現皇帝としての立場からセルジアスの提案を否定した。
「セルジアス。……君の考えも分かるが、それは承諾できない」
「陛下……!?」
「私はこの帝国を統べる皇帝として、民を見捨てて他国に落ち延びる事など出来ない」
「いえ、民は見捨てません。しかし帝国の象徴である陛下達は、速やかな避難の必要が――……」
「その避難の指揮を、君だけが帝都に残って行う。そう言う話か?」
「……ッ」
「私も同じ立場なら、君と同じ決断するだろう。……君は生き残り、この帝国と新たな皇帝を支えて欲しい」
「え……!?」
ゴルディオスはそう伝えると、自ら頭に乗せている皇帝の冠を外す。
そしてユグナリスの方に目を向け、壇上の階段を降りながら近衛兵達を片手を上げて止めた。
するとその場の全員が唖然とした様子で見送る中、ユグナリスに呼び掛ける。
「……ユグナリス!」
「ち、父上っ!?」
壇上から降りて歩み寄って来る父親の姿を見たユグナリスは、慌てる様子を見せながら身に纏う『生命の火』を解く。
そして虚脱感を感じて膝を震わせながらも、ゴルディオスの方へ歩み寄りながら呼び止めた。
「父上、まだ危険です! 壇上に戻って――……」
「ユグナリス、これを受け取れ」
「……え?」
ゴルディオスは両手に持つ皇帝の冠を、ユグナリスに差し出す。
いきなりそうした行動を見せる父親の意図を理解できないユグナリスは、動揺した面持ちを見せながら声を返した。
「な、何を言っているんですか? それは、父上の――……」
「いいや。冠は今日から、お前の冠だ」
「……え?」
父親の言葉にユグナリスは困惑を浮かべ、再びその意味を理解し損ねる。
そんな息子の顔を見ながらゴルディオスは微笑みを浮かべ、自ら皇帝の冠をユグナリスの頭に乗せながら額に取り付けた。
「な、何を……?」
「ユグナリス。今日からお前は、第十四代ガルミッシュ帝国皇帝。ユグナリス=ゲルツ=フォン=ガルミッシュだ」
「……え?」
「この帝国の未来を、お前に託す。――……頼んだぞ」
ゴルディオスはそう伝え、ユグナリスの左肩に右手を乗せる。
そして父親としての優しい微笑みを見せながら、息子に託すべき未来を任せた。
その答えをユグナリスが返す間も無く、次の事態が起きてしまう。
それは正面出入り口の壁を破壊し、響く轟音と憎悪に満ちた叫びで現れた。
「――……ガァアアアアアッ!!」
「!?」
「なっ!?」
壁を破壊しながら現れたのは、悪魔化したベイガイル。
本体のザルツヘルムが目的ある憎悪を植え付けた悪魔が現れると、視界に映るゴルディオスの姿を確認して憎悪の叫びを吠えた。
「いたなぁああっ!! ゴルディオオオオオスッ!!」
「!!」
その憎々しい叫びと共に聞こえる名前に、全員が驚愕する。
そしてベイガイルはタマモの張った結界に突っ込み、頭に生えた三本の角に集中させた瘴気の力で結界を突き破った。
「コイツ、さっきのっ!?」
「く……っ!!」
生命力を流し込んだ分厚い結界を諸共しないベイガイルに、タマモは驚愕を浮かべる。
そしてベイガイルの動きに対応しようとしたユグナリスは前に出たが、『生命の火』で消耗した身体は姿勢を崩し、目の前に迫るベイガイルへの迎撃が遅れてしまった。
「死ねぇエエエッ!!」
「ッ!!」
憎悪を叫びながら瘴気を纏う右拳を振るったベイガイルは、前に出た障害物を殺そうとする。
それでも剣を構えようとしたユグナリスだったが、突如として横から突き飛ばされた。
ユグナリスを突き飛ばしたのは、最も近くに居た人物。
それは、必死に息子を守ろうとする父親の姿だった。
「え――……」
「――……ユグナリス」
突き飛ばされたユグナリスが見たのは、自分の名前を優し気に呼ぶ父親の顔。
その僅かな時間に流れる緩やかなゴルディオスの言葉と姿は、次の瞬間には黒い巨体に覆われて消えた。
床へ倒れたユグナリスは、咄嗟に顔を上げて目の前に映る光景を見る。
しかしそこには、巨大な拳に胴体を貫かれながら血を流す、無惨な父親の姿が映るだけだった。
応援ありがとうございます!
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