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革命編 四章:意思を継ぐ者
治まらぬ火
しおりを挟む初代『赤』の七大聖人ルクソードの能力と同じ『生命の火』を習得したユグナリスは、瘴気を纏う悪魔騎士ザルツヘルムと互角以上に渡り合う。
しかし本物のザルツヘルムは何処かに潜み、下級悪魔で作り出し瘴気の鎧を纏った複数の分身が無尽蔵に生み出され、会場内の人々を殺害しようと迫っていた。
それをユグナリスは迎撃して祓い、魔力を消耗した狼獣族エアハルトは本体を嗅ぎ分けるべく状況を観察する。
思わぬ形で共闘する二人は、ようやく互いの長所を生かす形で悪魔騎士と対峙する姿勢を見せた。
一方その頃、会場から離れた帝城内部でも戦いは続いている。
双子の妹がいる場所に赴いた干支衆の『戌』妖狐族タマモは、影に潜む下級悪魔達を紙札と扇子を使った魔術と生命力の複合技術で退ける。
しかし無尽蔵にも思える下級悪魔達の勢いは止まらず、タマモも苛立ちを秘めた表情を浮かべながら呟いた。
「――……なんや、これ? 流石に居すぎやろ」
クビアが倒れている場所から一歩も動けないまま、次々と影を伝って押し寄せる下級悪魔にタマモは辟易した様子で愚痴を漏らす。
そして崩れていない壁や床、そして天井に張られた紙札の結界に下級悪魔が接触すると、流れ込む生命力を受けて姿を崩しながら影の内側へ引いた。
そうした下級悪魔達の動きを観察していたタマモは、周囲を見ながら面倒そうな声色で呟く。
「はぁ。……いっそ、燃やしたるか」
「……えっ」
タマモの呟きを聞いたクビアは、驚きを漏らしながら目を見開く。
すると紙札を持ったタマモが四方へ紙札を散らすと、その紙札に火が灯りながら帝城内部に燃え広がり始めた。
それを見たクビアは上体を起こし、姉であるタマモに声を向ける。
「お、お姉ちゃん……何やって……」
「見たら分かるやろ。燃やすんよ」
「いや、燃やすって……。ここ、人様の城よぉ……?」
「こんな奇妙な悪魔が住み着いとる城なんか、誰も要らんやろ。それに炎が燃え広がれば、影も絶えて下級悪魔も来れんようになるしな」
「……相変わらず、短気ねぇ……」
見境の無いタマモの大胆な行動に、クビアは懐かしさを感じながらも冷や汗を漏らす。
他人の、しかも一国の城を燃やすなどという発想に至り実行する躊躇いの無さは、冷徹さとは違う短気さから来る思考であることをクビアは重々に承知していた。
そして四方に張られた紙札は炎が生み出されながら拡大し、更に天井を突き抜け二階にも燃え広がる。
更に床にも伝わる炎によって、下級悪魔達の影が小さく途切れ、赤く燃える景色の中に見える影は隅へと追いやられた。
「こうやって、要らんモノは燃やすに限るわ。……後は、この粗大ゴミやけど……」
燃える帝城の内部で扇子を基点に自己の結界を張るタマモは、膝を着いているクビアの襟部分を掴み上げる。
するとタマモは炎に照らされる表情に影を落としながら、負傷し疲弊しているクビアに話し掛けた。
「それじゃ、さっさと里に戻りゃんせ」
「ま、待ってぇ!」、
「あぁ? 何を待て言うねん。五十年以上も遊び呆けてたんやから、もう十分やろ」
「い、今の私ねぇ、犯罪奴隷なのよぉ」
「……は?」
「だからねぇ、勝手にこの帝国から出たらぁ、制約の違反で死んじゃうのぉ。……だから、その……契約が切れるまでぇ、ちょっと待ってぇ?」
クビアは背中に左手を回し、破れた装束の隙間から刻まれている奴隷紋を見せる。
そして奴隷紋の制約で帝国外へ逃げる事が出来ない事を明かし、フォウル国に戻そうとするタマモの行動を慌てながら止めた。
それを聞いていたタマモは眉を顰め、燃え上がる炎で顔全体に影を落とす。
それを見上げながら怯えるクビアに対して、大きな溜息を漏らしながら呆れた声を漏らした。
「……アンタ、とことん間抜けやなぁ。……本気で呆れるわ」
「え、えへへ……」
「はぁ……。んで、契約が切れる言うんは?」
「今持ってる契約書をぉ、奴隷紋の契約主に届けるのぉ。そして解除してもらってぇ、そこに集まってる人達を転移させて逃げる予定よぉ」
「集まってる?」
「ほらぁ、向こうに……えっ、何これ……?」
奴隷の契約を解除する為に奔走していたことを伝えたクビアは、会場の方角に右手の人差し指を向ける。
しかしいざそちらの方角から放たれる気配を感じ取った時、悪寒を強くさせながら険しい表情を見せた。
「会場にぃ、もっとヤバイのがいるかもぉ……?」
「……ホンマやな。さっきの下級悪魔に気配が似てるけど、感じる量が桁違いや。なんやこれ?」
「下級悪魔達の親玉かしらぁ?」
「その親玉んところに、アンタの契約主が居るってことやろ? ……生きてるんかいな、そいつ」
「……ちょ、ちょっとマズいかもぉ……」
クビアは改めて奴隷契約が解除できない危機が、会場に居ることに気付く。
そして周囲に広がる炎の熱さも相まって汗を流すクビアを見ながら、タマモは再び溜息を漏らしながら決断を伝えた。
「しゃあない。ウチも行って、さっさとアンタの奴隷契約を解いて里に連れ戻す」
「お、お姉ちゃん……!」
「里に戻ったら、アンタにはドギツい仕置きや」
「……そ、それは嫌よぉ……」
「知らんわ。ほれ、行くで」
「ま、待っ――……あ、熱いっ! 火が熱いからぁ! ちゃんと歩くからぁ、引き摺らないでぇ……!」
問答無用で歩き出すタマモは、クビアを引き摺りながら会場がある方角へ歩み出す。
タマモは床の絨毯に燃え広がる火に炙られるのを恐れ、首の襟を持たれながら歩いて会場へ目指し始めた。
一方で、壁を突き破り帝城の外へ追いやられた悪魔ベイガイルは、干支衆の『亥』ガイと対峙している。
悪魔が放つ瘴気とは反対の生命力を肉体に纏わせるガイは、放つ殴打一つ一つに恐ろしい威力と速度を込めながらベイガイルの顔面や肉体を破壊していく。
攻撃を受けるベイガイルは治癒すら間に合わず、それでもガイに向けて異形の拳と腕を振るいながら迎撃していた。
しかしガイによってベイガイルの拳は受け流されながらも、ただの風圧だけで城壁が砕かれ破壊される。
それを確認するガイは、改めてベイガイルの耐久性と破壊力に脅威を持ちながら接戦を見せていた。
「……マトモに喰らうのは、危険か」
「――……ギャァアアッ!!」
吹き飛んだ顔を再生させながら憎悪の叫びを向けるベイガイルは、更に肉体を膨張させながら巨大な両拳や足を放ち向ける。
しかし瞬発力と速度は遥かにガイが上回っており、ベイガイルの強力な殴打もまともに命中はしていない。
そうして向けられる右拳を捌いてベイガイルの顔面に左拳を叩き込んだガイだったが、ここで思わぬ気配を背後から感じ取る。
そして感じ取った悪寒と反射神経が意識よりも速く身体を動かし、身を翻しながらその場から離れた。
すると先程まで自分が立っていた場所に、影から出現した男が剣を持って立っているのが見える。
その男はガイを狙ったと思われた剣を、そのままベイガイルへ深く刺し入れ心臓の位置まで突き抜けた。
しかし剣を突き刺す男は、ベイガイルに向けて呟くように言葉を伝える。
「――……ベイガイル。貴様に与えた命令を思い出せ」
「……ガ、グァ……!!」
「貴様の憎悪と憤怒を向けるべき相手は、コイツではない。――……貴様が滅ぼすべきは、ガルミッシュ皇族だ」
「……ァ……ァアアアアッ!!」
「!?」
ベイガイルに剣を突き刺した男は、そう言いながら剣を黒に染める。
すると剣を通じて何かを流し込まれるベイガイルは、その脳裏に憎むべき皇帝ゴルディオスの姿が思い浮かんだ。
この時に初めて、ベイガイルは目的意識のある憎悪と憤怒に思考が染まる。
そして剣を突き立てた男やガイに一目も置かず、会場の在る方角へ顔を向けながら凄まじい速度で駆け出した。
「ガルミッシュッ!! そして、ゴルディオオオオオオスッ!!」
「っ!?」
突如として叫びながら別方向へ移動するベイガイルの姿を見たガイは、それを追おうと加速しようとする。
しかしそれを阻んだのは黒剣を突き付け瘴気の鎧を身に纏い始める男であり、ガイが加速を始めるより速く回り込んでいた。
「!!」
「――……これ以上の邪魔は、困るな」
「……この男も、悪魔か。……いや、それ以上の……」
ガイは黒い瘴気の鎧を纏った男が、今までベイガイル以上の悪魔である事を悟る。
そして二人は向かい合いながら構え、互いに拳と剣で戦闘を開始した。
こうしてフォウル国から赴く魔人達にも、僅かな状況の変化が見られる。
更に下級悪魔の侵入を防ぐ為に帝城には火が放たれ、二百年の時を築いたガルミッシュ帝国の帝城は炎に包まれ始めていた。
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