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革命編 四章:意思を継ぐ者

炎の膠着

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 悪魔化した合成魔獣キマイラを単身で倒していくエリクだったが、千匹を超える数の対処には相応の時間を必要としていた。
 そうした間にも、別の場所でも事態は動き出している。

 初代『赤』の七大聖人セブンスワンルクソードと同じ能力ちからである、『生命いのち』へユグナリスは覚醒した。
 そして怒りと悲しみの感情をたかぶらせながら、悪魔騎士デーモンナイトザルツヘルムと対峙する。

 その姿を傍で見る狼獣族エアハルトは、魔力の電撃を纏う自身とユグナリスの状況が酷似している事に気付いた。

「……この小僧、人間にも関わらず……自分で魔力を生み出している……?」

 エアハルトの特殊な嗅覚により、ユグナリスの纏う炎が周囲の魔力を利用する魔法とは異なっている事を悟る。
 その性質が魔人や魔族と同じ体内で生み出す魔力と類似している事に気付いたが、その異常さを問うより早くユグナリスが動き出した。

「――……ウォオオッ!!」

「っ!?」

 先程まで驚異的だったユグナリスの身体能力は、ここに来て更に飛躍する。
 まるで赤い閃光を思わせる速度で距離を詰めたユグナリスは、炎を纏わせた剣で躊躇せずザルツヘルムの胴を突き狙った。

 その異常な速度にザルツヘルムは対応が遅れ、瘴気の鎧を貫きながら剣を突き入れられる。
 それに驚愕の声を漏らす間も無く、ザルツヘルムの身体に炎が燃え広がった。 

「グッ!!」

「影まで、燃え尽きろッ!!」

 ユグナリスの意思を反映するように、広がる炎がザルツヘルムに繋がる影にも燃え移る。
 すると炎に焼かれる下級悪魔レッサーデーモンはけたたましい声で叫び始め、会場内に居る者達の耳に嫌な高音を響かせた。

「う……っ!!」

「こ、これは……悪魔達の叫び……!?」

「断末魔……いや、この不快感は……!?」

 下級悪魔レッサーデーモン達の断末魔を聞く帝国貴族達や壇上に居る者達は、身体の力を失くしながら徐々に膝を落とし始める。
 そして会場内に響く断末魔の異常性に一早く気付いたエアハルトは、大きく息を吸いながら口を上に向けて魔力を込めた咆哮を放った。

「ウォオオオオオンッ!!」

「!」

「うわ……っ!!」

「か、身体が……」

 エアハルトの咆哮は下級悪魔レッサーデーモン達の断末魔を上回り、更に会場内の硝子ガラスを割る程の高周波を放つ。
 その咆哮を聞いた常人は耳鳴りを起こして一時的に三半規管が麻痺し、完全に膝を傾けながら床へ手を着いた。

「オオオオ――……グ、ゥ……!!」

 しかしその咆哮が原因で、エアハルトにも激痛を走る。
 背中に刻まれた奴隷紋の『人間を傷付けない』という制約が反応し、攻撃性のある咆哮を周囲の人間達に放った為に、全身に凄まじい痛みを感じさせていた。

 辛うじてその咆哮に耐えていたセルジアスは、壇上からエアハルトの様子を確認する。
 敢えて人間にも被害が及ぶ咆哮を放ったエアハルトの意図に気付いたのか、ザルツヘルムを刺し続けるユグナリスに拡声した言葉を伝えた。

「ユグナリスッ!!」

「!」

「その悪魔達の叫びは、恐らく呪術だっ!! 普通の人間が聞き続けると、悪影響を与えるたぐい呪術ものかもしれないっ!!」 

「な……っ!?」

 ザルツヘルムの身体に剣を突き立てながら炎を広げていたユグナリスだったが、初めて下級悪魔達の断末魔にそうした影響がある事に気付かされる。
 そして剣を引き抜きながら拡げた炎を消し、距離を置きながら膝を着いて痛みを堪えるエアハルトの隣に立った。

「エアハルト殿……!」

「……奴の匂いが、変わっている」

「えっ」

「お前が貫いたのは、また下級悪魔あくま偽物フェイクだ。そのぐらい気付け」

「!?」

 エアハルトはそう伝えると、ユグナリスは目を見開きながら攻撃したザルツヘルムの姿を確認する。

 瘴気を浄化する炎に焼かれているザルツヘルムだったが、その様子に動きは無い。
 そして瘴気は燃え尽くされながら剥がれ落ちると、そこには実体が無い事が明らかになった。

 しかしそれだけに留まらず、ザルツヘルムの立っていた影から無数の蠢きが生まれる。
 それは一つや二つではなく、数十にも及ぶ影が蠢きながら上へ伸び始め、更にザルツヘルムと同じ瘴気の鎧を纏いながら瘴気で形作る剣を持った。

 それに驚くユグナリスは剣を構えながらも、怪訝な表情で呟く。

「これは、いったい……」

「……あの鎧にも、奴の匂いが無い」

「!」

「アレは全て、偽物だ。……本体ザルツヘルムは何処に行った……?」

 エアハルトは制約に違反した痛みに堪えながらも、嗅覚を駆使して下級悪魔レッサーデーモン達を従えるザルツヘルムの匂いを探ろうとする。
 しかしユグナリスには影も含めて不快な気配しか感じ取れず、苦々しい面持ちを見せながら起き上がろうとするエアハルトに頼みを伝えた。

「エアハルト殿、もし本体ザルツヘルムが現れたら教えてください。俺が仕留めます」

「……」

「御願いします……! 奴は必ず、今ここで倒さなければ……!」

「……チッ」

 頼みに対して舌打ちするエアハルトは、身に纏う電撃を収めながら身体を立たせる。
 しかし人狼オオカミの姿を保ったまま、溜息を漏らして言葉で答えを返した。

「……俺の魔力は、もうほとんど無い」

「!」

「奴と戦えるのは、貴様だけだ。……来るぞっ!!」

「……はい!」

 エアハルトはそう述べ、数十に及ぶ瘴気を纏った鎧達が動き出すのを察する。
 その返答にどのような意味があるかを理解したユグナリス再び生命いのちを全身に灯し、凄まじい姿で迫る瘴気の騎士達と相対した。

 凄まじい加速と浄化の火により、ユグナリスは次々と瘴気の鎧を貫きながら燃やし尽くしていく。
 しかしどれも本体ザルツヘルムではなく、下級悪魔レッサーデーモンを依り代にした偽物フェイクである事を嗅覚で察するエアハルトは周囲を探った。

 それでも単身で挑むユグナリスに対して、次々と攻め込んで来る瘴気の鎧は更に生み出され続ける。
 まるで無限にも思える瘴気の騎士達を相手に、ユグナリスは孤軍奮闘で応戦し続けた。

 そうした状況の中、悪魔の断末魔とエアハルトの咆哮で影響を受けていた帝国貴族達が次々と起き上がる。

 しかし壇上ではリエスティアが不安の面持ちを見せながらも平然とした様子を見せ、その傍に立つ皇后クレアや抱えられる赤子シエスティナも無事な様子が見られた。
 その三人を見たセルジアスは、改めてリエスティアの特異体質のうりょくがその周囲に及んでいる事を実感する。

「……本当に彼女リエスティアの傍に居れば、魔力の効果を受け付けないのか。……皇帝陛下!」

「む……?」

「皇帝陛下も、リエスティア姫の傍まで御下がりください。魔力を受け付けない彼女の周囲であれば、比較的に安全かと思われます」

「いいや。私も、君と同じ位置に立とう」

「しかし……!」

「私はルクソード一族の末裔として、そしてユグナリスの父親として、あの雄姿を見届ける義務がある。……ユグナリスは、とても強く頼もしくなった」

「……確かに、ユグナリスは予想以上に強くなっています。しかし、まだ油断は出来ません」

「その通りだ。だからこそ、私も状況を見て判断できる位置に立つ必要がある。違うかね?」

「……分かりました。しかし何かあれば、すぐに御下がりください」

「ああ。……それと、下に居る女子供も壇上こちらに上がらせるべきだろう」

「……私も、そうすべきだとは考えていますが……」

 隣に立つゴルディオスの提案を聞いたセルジアスだったが、渋い表情を見せながら壇上の下を見渡す。

 そこには残留した帝国貴族が五十名ほど存在し、中には家族連れの為に女子供が半数ほど占めている。
 本来ならば女子供だけでも安全な場所へ即座に移動させるべきなのだが、会場の外が危険であり会場内にもザルツヘルムが従える下級悪魔レッサーデーモン達が居る以上、迂闊に避難させることも出来ずにいた。

 そして魔力を受け付けないリエスティアの傍にこそ、そうした者達を集めるべきだと自然に思い浮かぶ。
 しかしその行動に懸念を浮かべるセルジアスに、ゴルディオスは問い掛けた。

「何かあるのかね?」

「……この状況です。最悪の事態も、考えるべきかと思いまして」

「最悪の……?」

「残っている帝国貴族かれらの中に、ウォーリスの手の者がいるかもしれない。その不安が、どうしても拭えません」

「……なるほど。その者をリエスティア姫の傍に近付けるのは、危険か」

「はい。魔力を受け付けないと言っても、下級悪魔あくまのように翼を持つ異形に姿を変えて攫われれば、我々ではどうしようもありませんから。……それに、そこに居る悪魔ヴェルフェゴールも動き出す可能性も否めません」

「……しかし、それならば。何故この状況で、悪魔達てきは動かないのだろうか?」

「それも、ユグナリスのおかげかもしれません。今の彼ならば、あの場から壇上ここに駆け付けてリエスティア姫を攫おうとする者を討ち取れます。今まで動かなかったのも、ログウェル殿が居てくれたからこそかもしれません」

「……ならば我々は、ユグナリスがザルツヘルムを打倒するのを待つか。もしくは、彼女達が会場ここに戻るのを待つか。それをしか出来る事はないのか。……このような事態にも関わらず、己の非力が悔やまれるな」

「同感です……」

 二人は現在の状況を推測し、ザルツヘルムの他にも姿を変えている悪魔てきがこの場に残っている可能性を考える。
 その状況を打開する為にも、ある女性達の存在が必要不可欠である事を互いに考えていた。

 こうして会場内では、覚醒したユグナリスの能力ちからで状況を膠着状態まで持ち込める。
 しかし膠着した状況を動かす為にも、送り出した妖狐族クビアと女勇士パールの二人が無事に戻る必要がある事を望んでいた。
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