虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 五章:決戦の大地

水面の瞳

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 ガルミッシュ帝国領の南東に位置する旧ゲルガルド伯爵領地の都市に訪れた帝国皇子ユグナリスと狼獣族エアハルトの二人は、リエスティアとアルトリアを探す為に都市内部に潜入できる出入り口を探す。
 一方その頃、探し人の一人であるアルトリアは意識を取り戻していた。

「――……なによ、これ……?」

 瞼を開きながら青い瞳で周囲を見渡すアルトリアだったが、そこには何の景色も無い。
 ただ黒に染められた音が無い世界だけが存在し、アルトリアの不可解な声色だけが響いていた。

 その暗闇の中で身体を動かそうするアルトリアだったが、首どころか指の第二関節さきすら動かせない。
 体の感覚が全く存在しないにも関わらず、青い瞳を幾度も瞬かせる感覚だけは自覚し、そうした間にアルトリア自身がこの空間の正体に気付いた。

「そうか……。……これは、夢ね」

 アルトリアが自身が居る暗闇が現実の光景ではなく、自身の脳内で形成している夢である事を判断する。
 動かせない身体と相反する意識の視界が、夢として暗闇を映し出しているのだと考えたのだ。

 そして自分の見るけしきがただの暗闇である事に、アルトリアは自分自身に皮肉を述べる。

「……ふっ、殺風景な夢ね。……まるで、私そのものだわ」

 暗闇の中で呟くアルトリアは、皮肉めいた言葉で夢の景色を見つめる。
 まるで自分自身が暗闇の一部であるかのようにすら感じられるアルトリアは、ただ黒に染まった世界の中で再び瞼を閉じた。

「夢だとしても、めてほしくないわね。……そうすれば、誰にも邪魔されずに眠り続けられる……」

 夢が醒める事を願わず、アルトリアは眠り続ける事を望む。
 何も映らず、何も見えず、何も感じられない暗闇にむしろ安堵すら覚えているアルトリアは、まるで安らぐように再び意識を暗闇の中に沈めようとした。

 しかし暗闇に沈めようとする意識が、突如として奇妙な感覚によって阻まれる。
 それを感じ取り再び意識まぶたを開けたアルトリアは、暗闇の中で自分に及んでいる変化に気付いた。

「……身体が、ある……?」

 アルトリアは視線を動かしながら首が動き、指先を始めとした身体の感覚が戻った事を自覚する。
 そして自分自身の身体が暗闇の大海うみに浮いている事に気付き、怪訝そうな表情を見せながら呟いた。

「……目覚めたってわけじゃないわね……。……これは夢なの……? それとも、現実……?」
 
 体の前半分を暗闇から浮かばせたアルトリアは、まるで現実と夢の狭間の中に居るような感覚を味わいながら不快な様子で呟く。
 暗闇での眠りを望みながらも身体の感覚が睡眠それを許さず、意識がありながら何も無い暗闇を見続けるという状況は、まさに生きながら味合う苦痛に等しくも思えた。

 それから幾度も意識を沈めようとしたが、戻った身体の感覚は無くならず、意識も暗闇に溶け込むことは無い。
 自身の意思に反する状況に苛立つを見せ始めたアルトリアは、暗闇の中で怒鳴り声を上げた。

「……誰よ、私の邪魔をするのはっ!! いい加減に、もう眠らせてよ……っ!!」

 そう叫ぶアルトリアの声は、音も無い暗闇の中で反響する。
 自分の叫びが自分の耳にも重なりながら届き、自分の眠りが妨げられている原因が他者の影響であると考えながら罵詈雑言を浴びせ続けた。

「何処の誰か知らないけど、あんな現実せかいに戻れとでも言うつもりっ!? あんなクソみたいな、どうしようも無い世界にっ!! ……ふざけるんじゃないわよ。私はそんな世界が嫌だから――……」

『――……だから私は、世界を滅ぼそうとした』

「っ!?」

 罵詈雑言を飛ばしていたアルトリアの耳に、突如として自分では無い声が響く。
 それに驚愕しながら動く口を止めたアルトリアは、青い瞳を見開きながら上半身を起こした。

 暗闇の大海うみで起きた上半身からだを動かし、暗闇だけが広がる周囲を見渡す。
 しかし声の主と思える人物の姿は何処にも見えず、アルトリアは声の主に対して再び怒鳴った。

「誰よ、何処にいるのっ!? ……コソコソ隠れてないで、出て来なさいっ!!」

『――……私は、隠れてなんかいないよ』

「!?」

『貴方はただ、見ようとしていないだけ。……私の事も、そしてこの世界の事も』

「……何を、言って……」

『だって貴方は、目の前に居る私の事にも気付いてくれない。……それが、少しだけ悲しい』

「……!?」

 声の主は寂し気な声色で、アルトリアにそう伝える。
 それを聞いたアルトリアは前を向いたが、やはりそこには誰の姿も見えなかった。

 しかし不意に、アルトリアは視線を落としながら下側に映る暗闇の大海うみを見つめる。
 その暗闇に染まった水面に映る光景を、アルトリアは青い瞳を見開かせながら見つめた。

 水面みなもには、暗闇の中に更に存在する影が映し出されている。
 その影はアルトリアの姿と重なるように存在しながらも、瞳のある顔部分に明らかな差異が映し出されていた。

 アルトリアの瞳は青にも関わらず、水面に映し出される瞳は赤い色に輝いている。
 相反する色の瞳で見つめ合うアルトリアとその影は、互いに口を開きながら話し始めた。

「……アンタは、いったい……?」

『……私はずっと、貴方の中にいた。けど、貴方ではない存在』

「!」

『貴方という存在が生まれてからずっと、私は一緒に在り続けた。……でも貴方は、私に気付かなかった。ううん、ずっと私から目を背け続けていた』

「……何を、言って……」

『私はずっと、貴方に気付いてほしかった。でも、知られたくはなかった。……そんな矛盾した気持ちで、貴方を見続けていた』

「……何を言ってるか、分からないわよ……。……はっきり言いなさいよ! アンタ、何者よっ!?」

 暗闇に染まる水面に映った赤い瞳の影に対して、アルトリアは怒鳴るように問い質す。
 それに対する赤い瞳の影は、相反する静けさを保ちながら影の口を動かした。

『私は一度、世界の滅びを願った。……貴方と同じように、自分の世界を拒絶し続けた』

「……!?」

『でも私は、彼女に……彼女達に救われた。……そして今も、この世界に在り続ける事を望まれている。それが彼女との、約束だから』

「彼女って、誰の事よ……!? アンタの約束と、私が何の関係があるってのよっ!!」

『……私は彼女と約束した。今度は私が、この世界を自分ので見る番だと。……そしていつか、彼女が眠る場所に行くと。そう、約束したの』

「だから、それが私と何の関係が……っ!!」

『貴方がここで眠り続けたら、私はその約束を守れない。……そして、私達の創った世界で苦しむ彼も救ってあげられない』

「……!?」

『お願い、アルトリア。彼をこの苦しみから救ってあげて。……それを出来るとは、きっと貴方だけだから』

「……何を言ってるのよ。彼って誰のことよ……!?」

『彼等と一緒なら、貴方は彼を救えるよ。……御願いね』

ち――……っ!!」

 暗闇の水面に浮かんだ赤い瞳が沈んでいき、それを止めようとアルトリアは右手を水面に伸ばす。
 しかし次の瞬間、暗闇だった水面が突如として白い光で輝き始め、黒で染まった景色が白い極光に覆われながら世界を一変させた。

 突如として暗闇から極光に飲まれたアルトリアは、その眩さから瞳を閉じて身を引かせる。
 それからアルトリアの意識すらも極光に飲まれ、現実か夢かも分からなぬ状況は終わりを告げた。

「――……ぅ……っ」

 次にアルトリアが目覚めた時、覚醒させた意識と同時に身体に冷たさを感じる。
 仄かに明るい光が灯る暗闇の中で、アルトリアは凄まじい虚脱感を感じながら周囲を見渡した。

 そして身体の感覚がありながらも動かすのが困難な状況で、アルトリアの耳にある声が届く。
 それは聞き覚えのある声であり、同時にアルトリアが嫌悪すべき人物が傍にいる事を知ったのだった。

「――……御目覚めかな、アルトリア嬢。……いや、こう呼ぶべきかな? 『創造神オリジン』の魂よ」

「……ウォーリス……ッ」

 うつ伏せで倒れるアルトリアは、掠れる意識と虚脱感の中で檻のような柵を見据える。
 その向こう側に立ちながら呼び掛ける人物が、帝都の襲撃を引き起こし対峙したウォーリスであることに気付いた。、

 ウォーリスは逆に鉄格子を挟む形で、床に倒れるアルトリアを見下ろす。
 その表情は余裕の微笑みを見せながらも、敵ではなく絶対的な優位を確保しながら弱者を見下すような青い瞳を向けていた。

 こうして深い意識の底で何者かと会話を交えたアルトリアは、意味を理解できぬまま現実に意識を戻す。
 しかし現実ではウォーリスに捕まるという状況に陥っており、アルトリアの窮地は今も継続していた。
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