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革命編 五章:決戦の大地

ゲルガルド伯爵領地

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 帝都を発ち紙札の魔力を辿る狼獣族エアハルトと帝国皇子ユグナリスの二人は、旧ゲルガルド伯爵領の在る帝国領の南東側へ辿り着く。

 ガルミッシュ帝国の領地構造は、親国であるルクソード皇国に近い。
 同じ大陸の東側に構える旧ベルグリンド王国領を除き、その領地区分は東西南北の四つに別れている。

 その帝国領の西方領地と王都周辺の大部分を束ねるのが、この二十年間で大きく未開拓地を広げながら発展して来た新興のローゼン公爵家。
 そして北方領地を束ねるのが、ゴルディオスやクラウスが皇子時代に当主が帝国宰相を務めていたゼーレマン侯爵家。
 南方には未開拓地じゅかいの多いガゼル子爵家を始め、小規模の領地を持つ旧ターナー男爵家など三十家以上も存在し、建国された二百年間の中で領地と技術を着々と発展させていた。

 その帝国領の中で旧ベルグリンド王国領の国境に隣接している東方にも、帝国の領地群が存在している。
 それ等の領地にも二十から三十程の帝国貴族家が存在し、その領地群には大貴族と呼べる公爵家や侯爵家が存在していた。

 しかしゼーレマン侯爵家やローゼン公爵家のように安定した立場と比べ、東方領地の帝国貴族達は繁栄とは程遠い状況に陥る。
 ベルグリンド王国領に隣接している為に百年前から継続している戦いが絶えない東方領地は、資金や物質、そして人材において常に疲弊していた。

 当時のゼーレマン侯爵家を始めとした北方や南方の帝国貴族達は、そうした東方領地の貴族達に対して危険に見合う相応の支援を行っていた時期もある。
 しかしその支援が西方領地の貴族達の懐を温めながら腐敗の度を強め、度重なる政治的な不祥事を引き起こし、ベルグリンド王国との戦いでは連戦連敗を繰り返させる土壌を作った。

 そうして強まる帝国内の腐敗に歯止めを掛けたのが、新興されたローゼン公爵家と当主クラウスの存在。

 未開拓の西方領地を僅か十年にも満たぬ期間で拡大させながら発展させ、更に新皇帝ゴルディオスの弟である当主クラウスの敷く領地経営は多くの人身から支持される。
 その支持の呼び声は東方領地にも及び、腐敗した貴族達に反感を持った多くの東方領地の領民がローゼン公爵家が治める西方領地に逃げ込んでしまったのだ。

 東方から逃げ込んだ領民から腐敗した帝国貴族達の実情を聞いたクラウスは、直接的に新皇帝ゴルディオスに直談判し、東方領地群に対する各帝国貴族達の支援を打ち切らせ、その支援の責任者であった当時のゼーレマン卿を帝国宰相の任から外させる。
 そして代わるように帝国宰相に任じられたクラウスは、不正を働く東方領地の貴族達に対する糾弾と帝国権威に関わる利権を剥奪していった。

 勿論、新たな帝国宰相クラウスの糾弾と無慈悲とも言える利権の剥奪に、東方領地の貴族達は大きく反発する。
 しかし西南北みっつの勢力を纏め上げたクラウスの手腕と策略に抗えず大きく領地と人身を削られ、更に不正の処罰として大部分の資金ふところまで奪われた東方領地の大貴族達は、帝国貴族にも関わらず東方で孤立無援する状態へ陥った。

 それを改善する為に功績を立てる事を考えた東方領地の帝国貴族達は、黒獣傭兵団エリクたちも参戦していたベルグリンド王国への進攻を計画する。
 しかしその計画も頓挫し、引き入れた帝国騎士団の騎士団長ボルボロスを失った東方領地の貴族達は、資源や資金も底を尽き、もはや首を吊るしかないという状況に追い込まれてしまった。

 しかしそんな東方領地の貴族達を救ったのが、東方領地の南東に構えるゲルガルド伯爵家。

 当時のゲルガルド伯爵家はベルグリンド王国との和平路線をうたっており、帝国貴族ながらもベルグリンド王国とはそれなりの親交関係にあったと言われている。
 故にベルグリンド王国側からは侵略対象とはならず、戦争行為にも参加していなかった為、東方領地の中で安定した人材と発展を遂げていた。

 それ故に同じ東方領地の貴族達から毛嫌いされていたゲルガルド伯爵家が、窮地に追い込まれた貴族達かれらに資金や物資を提供し、彼等の生活を支援するようになる。
 伯爵家ながら帝国が建国された当初から存在する名家であり、更に惜しみ無い支援を施してくれるゲルガルド伯爵家に対して、東方領地の貴族達は爵位たちばが上の者ですら頭の上がらぬ存在へと成った。

 そうして飼い慣らした東方領地の貴族達を取り込んだゲルガルド伯爵家に対して、皇帝ゴルディオスを始めとしたローゼン公爵家やゼーレマン侯爵家は政治的な対立関係に至る。
 当時この関係は『ガルミッシュ帝国の三竦さんすくみ』とも言われ、表だってその三勢力が争うような出来事は、反乱時まで起きなかった。

 そのゲルガルド伯爵家が治めていた領地は、今現在は旧領地としてセルジアスが派遣した官僚達が代行官として管理している。
 いずれは他貴族家の領地や功績を立てた人材に譲渡する予定だった東方領地の一部として組み込んでいたが、この異変に至りながら驚くべき状況を見せていた。

「――……これは、どういう……?」

「……」

 日が高い内に旧ゲルガルド伯爵領地に到着したユグナリスとエアハルトは、互いに周囲を見渡しながら訝し気な視線を見せる。
 そして視界に映る光景は、思わぬ様相でユグナリスに疑問を呟かせた。

 今まで幾度も蹂躙された領地の町や村を目撃していたユグナリス達は、旧ゲルガルド伯爵領地も同じ状況に陥っているのではと無意識に考える。
 しかしその現状は、まるで何事も無いように人々が暮らす光景を見せていた。

 旧ゲルガルド伯爵領地の北部に辿り着いたユグナリス達が最初に見たのは、小さな村ながらも小規模の住民達が何事も無いように暮らす光景。
 しかしその光景を最初に見たユグナリスは、合成魔獣カイブツ進行順路ルートから外れているから無事だったのだと安堵の息さえ漏らしていた。

 そこで魔力の匂いから方角にある場所を村の住民達に尋ねたユグナリスは、そちらに領地の都市がある事を知る。
 そこで帝都や近隣領地で起きている事態をユグナリスが伝え、住民達に避難するよう告げた。

 しかしその話を聞いた住民達は首を傾げながら顔を見合せ、何かの冗談かと思い避難を促すユグナリスの話を信じようとしない。
 そもそも帝都からゲルガルド伯爵領地まで馬を使っても数日は掛かる距離があり、馬にも乗らずそのような事を伝える若者ユグナリスの話は普通の人間には信憑性が薄く、更に身分を明かしてまで帝国皇子がこんな場所に来るはずが無いという考えからか、新年の祝杯で酔いの冷めない妄言だと判断されてしまった。

 それでも避難するよう頼む言葉を残したユグナリスは、少し離れた場所で待機していた銀狼オオカミ姿のエアハルトと共に匂いが続く都市方面まで向かう。
 しかし進むにつれて人々が生きる景色が増えていき、帝都や他の領地と違い襲われた様子が見えない旧ゲルガルド伯爵領地の光景は、ユグナリスに少なからず動揺を与えていた。

「――……エアハルト殿、これはどういう事だ思いますか……?」

「知らん」 

「いや、知らんって……。貴方だって見たでしょう? ここまで襲われ来た村や町を! なのに旧伯爵領地ここに着いてからは、まるで異変が起きていない……。いや、異変が起きている事すら、ここの人達は気付いていない……。明らかに変です!」

「そんなものだろう。自分の周囲で起きた事しか気付けないし、興味も抱かない。それが人間の本質だ」

「……例えそうでも、ここの人達が襲われる可能性はあります。もしウォーリス達がこの領地に来ているのなら、事情も知らないまま異変に巻き込まれる可能性もある」

「なら、どうするつもりだ? まさか領地ここに住んでいる人間が住む場所ん全て走り回って、避難するよう呼び掛けるつもりか? そもそも、貴様の話など誰も信じん。実際に襲われるまではな」

「……この領地の都市に行きましょう。そこに代行官がいるはずです。その人に事情を説明して、領地内の人々を避難させるように指示を御願いするんです」

「お前の話を、その代行官とやらが信じればいいがな」

「各領地の都市には、帝都へ交信できる魔道具が設置されています。帝都の魔道具は全て破壊されていますから、交信が出来ない事が分かれば異常事態が起きた事を理解してくれるはずです」

「面倒だ。そんな人間共など無視して、匂いを辿った方が早い」

「分かっています。でも……」

「……チッ。……もしその都市部とやらに匂いが無かったら、俺は匂いを追う。お前は勝手にやれ」

「いや、でも……!」

「もし俺が戦う事があれば、今の貴様ならその気配で分かるだろう。それを追って来ればいい」

「……分かりました」

 三本の足で駆ける銀狼オオカミ姿のエアハルトは、そう言いながら今後の対応について話す。
 それを聞いたユグナリスは渋い表情を浮かべながらも、無事な人々の様子が帝都のように死と絶望に染まる事を良しと考えず、先にこの領地を治めている代行官の居る都市へ向かう事に決めた。

 そうして二人は走り続け、銀狼オオカミ姿のエアハルトは人の目を避けながら匂いを追い続ける。
 都市がある方向と別れる事の無い二人は、水分や食料を自力で確保しながら一度だけ休憩した後、その後は話す事も無く再び走り続けた。

 そしてついに、二人は旧ゲルガルド伯爵領地の都市付近まで辿り着く。
 小規模な森の中に身を潜めながら都市周辺の様子を窺うユグナリスとエアハルトは、奇妙な表情を見せながら互いに呟いた。

「……悪魔の匂いや、腐臭が無い。魔力も感じない」

「俺も、それらしい気配を感じられません……。……でも都市には、人がちゃんと出入りしている。彼等は悪魔でも、怪物でもない。普通の人間です」

「そうようだ」

「匂いは、どうですか?」

「……都市あそこの中から」

「なら、やはり都市ここにザルツヘルムが……。アルトリアも?」

「居るということだろう。ただし、紙札アレがバレていなければの話だ」

「……ッ」

 エアハルトはそう言いながら視線を向け、ユグナリスが懐に収めている紙札に意識を向ける。
 それに気付くユグナリスは表情を強張らせ、エアハルトが言わんとする事を理解した。

「ザルツヘルムが紙札に気付いて、罠を張っていると思いますか?」

「その可能性があると言っている。もし罠だとしても、他に手掛かりはもう無い」

「……覚悟は出来ています。エアハルト殿も、良いんですか?」

「何がだ?」

「都市に敵が居ると分かっただけで、もう十分です。危険があるのなら、エアハルト殿だけでも戻って頂いても……」

「ふざけるな」

「!」

「ザルツヘルムは俺の獲物だ。もし邪魔するようなら、貴様から先に狩るぞ」

 罠が張られた可能性のある都市に入るに辺り、ユグナリスはエアハルトの安全について保証できず彼だけでも引き返す事を認める。
 しかしそれを侮辱だと捉えたエアハルトは、本気の敵意と嫌悪を見せながらユグナリスを睨んだ。

 向けられる険しい獣顔を見ながら、ユグナリスは覚悟した表情で頷く。
 するとエアハルトは再び肉体を変化させ、銀狼オオカミの姿から青年にんげんの姿へと戻った。

 しかし人の姿に戻ったエアハルトを見て、ユグナリスが渋い表情で見つめる。
 それに気付いたエアハルトは、睨みを向けながら問い掛けた。
 
「――……なんだ?」

「……今更なんですが、その格好は少し問題が……」

 ユグナリスは懸念する点を指摘に、エアハルトの姿を改めて見つめる。

 帝城内での戦いから着替えていないエアハルトの礼服は、自身で纏った電撃などで大きく焼け焦げ、ほとんどが焼失してしまっている。
 辛うじて残るのは下半身から膝下までの脚絆ズボンだけであり、今まで魔獣オオカミ化した姿で走っていた為に違和感は無かったが、流石にこんな状態のエアハルトが都市に入ろうとすれば検問で止められてしまう。

 それを懸念するユグナリスは、上半身に身に着けている赤い礼服の上着を脱ぐ。
 その下に着ていた白い肌着シャツあらわにするユグナリスは、エアハルトに脱いだ上着を差し出した。

「とりあえず、上着これを着てください。その格好よりは、多少はマシでしょうから」

「……何故、貴様の服を着る必要がある?」

「いや、だって。都市部に入るには、その格好だと……」

「まさか、真正面から入るつもりなのか? 貴様」

「えっ? それは、そうしないと入れませんし」

都市内あそこに敵が居るかもしれんのだぞ。正面から入ったら、帝国皇子きさまが来た事が敵側にも伝わるだろうが」

「……あっ」

「あの女の言う通り、やはり馬鹿か」

 呆れる様子を見せるエアハルトは、大きな溜息を漏らしながら差し出された上着を跳ね除ける。
 それを慌てて受け止めるユグナリスは指摘された内容に納得しながらも、困惑した様子で聞き返した。

「で、でも。どうやって都市の中に?」

「潜入すればいい」

「潜入って……。……外壁の高さは、五十メートルくらいですか。俺達ならよじ登れない事もないですけど、恐らく結界があって登るには無理ですよ。結界を破ろうものなら、それこそ侵入しようとしているのがバレてしまう」

「なら、逆から行けばいい」

「逆?」

「これ程の都市だ、地下に水路くらいあるはずだろう。そこから侵入すればいい」

「地下水路……。確かにあるとは思いますけど、水路の出入り口となっている場所までは……」

「そんなもの、俺の鼻ですぐ分かる」

「!」

「貴様は、戦い以外では役に立ちそうもないな。……行くぞ」

「は、はい……」

 エアハルトは呆れるような物言いで、都市の正面出入り口から離れるように二本の足を動かす。
 申し訳なさそうな表情を見せるユグナリスも後を追うように歩き始めると、二人は都市内に通じる地下水路の出入り口を探し始めた。

 こうして平穏さが保たれている旧ゲルガルド伯爵領地に訪れた二人は、魔力の匂いを辿りながら領内の都市へ辿り着く。
 そして人目を避けながら都市内部への侵入を試み、リエスティア達を発見し悪魔達ウォーリスの討伐を果たそうとしていた。
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