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革命編 五章:決戦の大地
安らぎの無い夕闇
しおりを挟むウォーリスに下に囚われているアルトリアは、装束に備えていた紙札を用いて救援を求める。
その紙札から発せられる魔力の匂いを察知した狼獣族エアハルトは、帝国皇子ユグナリスと共にその発生源を目指すことになった。
二人は魔力を辿りながら旧ゲルガルド伯爵領地を北上し、再び数時間ほど走り続ける。
時刻は既に夕暮れ時を迎えており、上空の太陽は沈み込む夕陽となってユグナリス達の見る景色を染めていた。
そうした美しくも見える景色ながら、ユグナリスの表情は焦りの色を濃くする。
それを吐露するように、前を走るエアハルトに声を向けた。
「――……エアハルト殿、まだですかっ!?」
「もう少し先だ!」
「まだ匂いは消えていないんですよね!?」
「消えていない、まだ匂いは放ち続けている。……それが不自然だがな」
「えっ?」
「女狐の話が本当なら、紙札を使うには魔力を流し続けなければならない。だがこの数時間、紙札からは魔力が放たれ続けている」
「それは、アルトリアが紙札を握り続けて交信を続けているということでは?」
「魔族でもない人間が、これほど長く魔力を放ち続けられるものか」
「そ、それは……」
「だが、あの女の事だ。何かしらの手段で紙札に魔力を注ぎ続けているのかもしれん。……だが何故、敵はそれに気付いていない?」
「!」
「これ程の距離から、俺の嗅覚でも嗅ぎ取れる程の魔力量が放出され続けている。少なくとも、不自然な魔力の流れくらいは敵側も把握しているはずだ。出来ていないとしたら、敵が思っていたよりも無能なのか。それとも……」
「……これも、敵の罠かもしれない。そういう事ですね」
「そうだ。……気を引き締めろ、さっきから腐臭も漂い出し始めた」
「!」
エアハルトは優れた嗅覚から魔力の匂いだけでなく、帝都でも感じた腐臭が漂い始めている事を伝える。
それを知ったユグナリスは焦りの表情を無くし、気を引き締めた表情で周囲を探りながら二人で走り続けた。
すると二人の視界に小さな村が見え、そこが他領地と同様に襲われ煙を放ちながら崩壊している光景が見える。
それに表情を歪めた二人だったが、崩壊した村に今までと違うモノが動いているのに気付いた。
「アレは……なんだ?」
「……アレは、人間ですよ! 生存者だ!」
「おいっ! ――……チッ!!」
崩壊した村の中で動く人影が見えると、エアハルトは視線を細めながら奇妙な面持ちを浮かべる。
逆にユグナリスは生存者がいると思い、村の方へ進路を変えながら向きを変えた。
それを呼び止めようとしたエアハルトだったが、自身の速力を越えて走るユグナリスの脚力を見て舌打ちを漏らす。
そして地面を蹴りながら走る方向を変えたエアハルトは、ユグナリスに追従する形で崩壊した村側へ向かった。
一方で、ユグナリスは村の前まで辿り着く。
そして生存者と思しき人影が見えた場所まで向かい、大声で村の中に呼び掛けた。
「誰か! 誰かいませんかっ!? 生きている方は――……あっ!」
呼び掛けながら生存者を探すユグナリスは、再び崩壊した家屋の近くで人影が動くのを見る。
そちらに走り村の奥へと向かったユグナリスは、夕闇に沈んだ廃墟の影に蹲りながら揺れ動く人の姿を確認した。
「良かった、生きている……!」
「……」
「貴方は、ここの村人ですか?」
「……」
ユグナリスは蹲りながら背を向ける村人に声を向けるが、振り向いたり声を返したりという反応は無い。
しかし村の有様を見て精神的疲労から呆然としていると思い、近付きながら優しい声色で話し掛けた。
「……ここは危険です。どこか、安全な場所に……」
「――……ウゥ……」
「あ、あの……どうしたん――……っ!?」
呻き声のような声を漏らす村人の様子を奇妙に思い、ユグナリスは村人から僅かに前へと視線を動かす。
そこで村人の前に、一人の男性らしき死んでいる村人の姿を発見した。
ユグナリスが倒れている村人を死んでいると即座に判断した理由は、大きく腹部が裂かれながら血が溢れて、臓物が見えたせいでもある。
しかし殊更に異様だったのは、その死んだ村人の前で蹲りながら顔を近付けている、目の前の村人だった。
「……何を、やっているんですか……?」
生存者と思しき村人が奇妙な行動をしている事に、ようやくユグナリスは気付く。
そうして後退るユグナリスだったが、その時に跪いていた村人がゆっくりと振り返った。
「……うっ!!」
「――……ァ……ァア……」
ユグナリスが見てしまったのは、生きていたと思っていた村人が血塗れの手と口を見せながら、死人の臓物を掴み貪っている姿。
それを見たユグナリスは思わず吐き気を漏らしそうなりながらも、吐瀉する事だけは踏み止まった。
しかしそんなユグナリスの姿を赤く輝いた不自然な瞳で見る村人は、呻き声を漏らしながら立ち上がり、ユグナリスに歩み寄って来る。
それを見て思わず左腰に携える剣の柄を右手で握ったユグナリスは、警戒の声を向けながら呼び止めた。
「と、止まって! 貴方はいったい、何をして――……」
「……ァアアアアアアッ!!」
「!!」
牽制するユグナリスだったが、それを無視するように村人は両手を前に突き出しながら襲い掛かって来る。
そこには人間らしい感情は窺えず、血塗れで迫る手と口を見ながら、ユグナリスは表情を強張らせながら一気に飛び退いた。
そして逃げるように村の中央へ向かうと、各方向の廃墟から老若男女の村人達が歩み出て来る。
しかしその様相はユグナリスの見た村人と同じように、虚ろに輝く赤い瞳を見せながら口周りや手を血に染め、更に裂けた腹部や腕から中身が出ている異様な姿だった。
「……な、なんだよ……コレ……!?」
「――……ァア……!」
「コレは、人なのか……!? それとも、別の何か……!?」
「アアァ……」
「誰か、正気の人は……誰かいないのかっ!?」
血塗れの村人達は囲まれるユグナリスは、今までに見た事が無い人間の姿に恐怖にも似た感情を滲みださせる。
そして正気を保っている人間を探すように叫んだが、結局はそれらしい声は誰からも放たれず、数十人に及ぶ血塗れの村人達がユグナリスを村の中央で囲む形になった。
更に次の瞬間、血塗れの村人達が赤い瞳を輝かせてユグナリスを見る。
それを察したユグナリスの背筋に悪寒が走ると、周囲を囲んでいた村人達が口を大きく開きながら呻き叫び、一斉に襲い掛かった来た。
「――……ァアアアアアアアッ!!」
「!?」
凄まじい速さで走る村人達に対して、ユグナリスは驚愕しながらも逃げ場を探す。
そして近くの廃墟に跳躍して飛び乗り、村人達が登れない位置でやり過ごそうとした。
「ァアアッ!!」
「ッ!?」
しかしその目論見は破られ、村人達は尋常ではない身体能力でユグナリスが居る高さまで跳躍して来る。
それに驚愕するユグナリスは逆の方向へ移動しながら別の廃墟へ跳び乗ろうとしたが、それを阻むように別の村人達が現れて屋根の上に乗った。
「クッ!!」
「アアァァアアッ!!」
ユグナリスは剣を抜こうとしたが、皇子として自国の民を傷付ける行為に躊躇いが生まれてしまう。
その間にも迫り来る村人達の夥しい手が襲い掛かる瞬間、ユグナリスの周囲に一筋の電撃が走った。
それと同時に村人達が吹き飛び、その場に電撃を纏ったエアハルトが現れる。
右腕と両脚で発生させた電撃の刃が村人達を焼け焦がして切断し、空中で散り散りにさせながら地面に着かせた。
「――……何を呆けているッ!!」
「エアハルト殿ッ!? しかし、彼等は……!!」
「奴等をよく見ろ!」
「……!?」
「村に居る奴等は、もう人間じゃない!」
その場に現れ窮地を救ったエアハルトは、焼き切った村人達が落ちた地面へと視線を向ける。
それに従いユグナリスは視線を落とすと、そこには胴体や顔などの肉体を両断された村人達が、まだ動きながら自分達が居る方向へ向かって来るのが見えた。
ユグナリスはその光景に思わず困惑しながら動揺し、エアハルトに疑問をぶつける。
「な、何なんですかっ!? 彼等は……」
「奴等からは、死体の腐臭がする」
「死体って……まさか、死体が動いているとでもっ!?」
「それと、奇妙な魔力も死体に宿っている。どうやら死体を操って、動かしている奴がいるようだな」
「死体を操るって、そんな魔法が……!?」
「そんな事より、こんな村からはさっさと出る! 急げッ!!」
「は、はい……!」
死体が動いているという状況を知り、ユグナリスは困惑を強めながらもエアハルトに追従する。
燃やされ崩れた廃墟に跳び移りながら移動する二人は、まだ五体が無事な死体達に追われながら村から飛び出た。
それでも追って来る死体達に対して、エアハルトが右手を薙ぎながら電撃を飛ばす。
命中した電撃は死体の頭部を的確に破壊すると、残った首から下の胴体はそのまま地面へ倒れた。
それから二人は走り続け、どうにか村から離れる。
そして追手となる死体が居ない事を確認すると、ユグナリスが動揺した声を漏らした。
「し、死体を操るってる術者がいるとして……。もし、他の村や町も……同じ状況だったら……!?」
「……範囲は分からん。だがあの腐臭と魔力の匂いは、今まで通っていた村にも在った」
「そんな……。……それじゃあ、今頃は……!?」
「死体が動いて、生きた者を襲っているんだろう。俺達が襲われたように」
「……これも、ウォーリスやザルツヘルムが……!?」
「これは、あの男や首謀者の放っていた魔力とは違う魔力の匂いだ。……アレだけ広範囲に魔力を留まらせているとしたら、並の術者ではない」
「……それって、まさか……」
「死体を操っている魔力の匂いからして、恐らく術者は一人。……厄介な敵は、他にもいるらしいな」
「!?」
襲われていた領地の町や村から漂っていた腐臭と魔力の匂いで、エアハルトはあの村人達のように死体が動く現象が他にも起きている可能性を伝える。
それを聞いたユグナリスは表情を青褪めさせ、その脳裏には襲撃を受けた後に見た帝都の景色が過った。
もし帝都が、あの村と同じ状況になっていたら。
ユグナリスが抱いたその不安と悪寒は、まさに帝都の現実と重なるように起こっていた。
「――……キャアアアッ!!」
「た、助けてっ!! 死体が……!!」
「は、早く門を閉じてくれっ!!」
「駄目ですっ、まだ他の避難民が!」
「全員、前の人を押さずに門を通るんだっ!! でも急げっ!!」
帝都では今まさに、生き残った人々が慌ただしく貴族街の出入り口となる壁門を目指して駆け足で移動している。
そして無事な兵士達が各々に武器を持ち、更に市民街の家具を使って道に防波堤を築きながら逃げる避難民達の殿を務めていた。
その中には魔法師達も含まれ、土属性の魔法が扱える者達は土壁や石畳を利用した石壁を即興で築く。
そんな殿の彼等が見るのは、悍ましい姿で走り迫る死体達の姿だった。
「き、来たっ!!」
「奴等を避難民に近付けるなっ!! ――……射てっ!!」
兵士達の中で弓を持つ者達は、迫り来る大量の死体に矢を射る。
更に魔法師達が様々な属性魔法で遠距離攻撃を放ち、死体達に焼き貫きながら襲った。
死体達は避ける動作など見せず、そのまま矢や魔法を受けて肉体が損傷する。
それでも頭以外を損傷した死体は、足や手を止めずに殿の兵士達に向けて迫り続けた。
「クソッ、なんで死なないっ!!」
「コイツ等、いったい何処から……!?」
「頭が無い奴は動いてない! 頭を狙えっ!!」
兵士達や魔法師達は必死の形相で迎え撃ち、距離を保ちながら接近して来る死体を破壊する。
それでも迫る数は衰えず、各通路から貴族街の入り口へと逃げて来る避難民を狙うように死体は向かって来た。
それを貴族街の内壁で最も高い塔から見る帝国宰相セルジアスは、苦々しい面持ちで市民街を見渡している。
彼が見る景色には、再び絶望とも言える光景が帝都に広がり始めていた。
「……死体が、次々と押し寄せている……」
ユグナリスは父親から譲り受けた赤槍を握り締めながら、南方から迫る夥しい数の死体達を眺める。
それは被害を受けていた流民街や市民街だけはなく、襲われていた南方側の領地から次々と死体達が雪崩れ込み、突き破られた外壁から帝都へ侵入して来る光景だった。
こうしてアルトリアの痕跡を辿り追跡していたユグナリス達は、死霊術によって操られた帝国民の死体と遭遇する。
そして最悪の予想を突くように、帝都にも万を超えるだろう死体が生者を喰らう為に襲撃を開始していた。
応援ありがとうございます!
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