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革命編 五章:決戦の大地
滅亡の防波堤
しおりを挟む紙札にて救援を求めるアルトリアの痕跡に気付いた帝国皇子ユグナリスと狼獣族エアハルトは、その途上で奇怪な様相を見せる村を発見する。
その村には人を喰らう死体達に存在し、生きている人間達にも襲い掛かって来た。
一方その頃、ガルミッシュ帝国の帝都でも再び異変が起こる。
合成魔獣と悪魔達によって多大な犠牲と損害を受けている帝都、その内部にあった遺体が次々と動き始めた。
しかも死体等が生きている人間達を襲い、理性を見せずに喰らう様子が確認される。
辛うじて生き残っていた者達は再び動揺と混乱に見舞われ、逃げ惑いながら襲って来る死体から逃げた。
そうして混乱する人々を守りながら貴族街まで避難するよう指示を飛ばしているのは、都市に残る帝国宰相セルジアス=ライン=フォン=ローゼンだった。
「――……女性と子供の避難を最優先にっ!! 動ける男性は兵士達と協力しながら各備蓄を運びつつ、各順路に防波堤を築いてくださいっ!!」
「ハッ!!」
「魔法学園側にも緊急要請をっ!! 死体が動く原因と思われる魔法を解析して解除の実行を! 可能であれば、近場の人員を学園に収容し保護するよう伝えてくださいっ!!」
死体が動き人間を襲い喰らうという異常事態に際しても、セルジアスは現状で可能な限りの行動を各兵士達や騎士達に命じ、それ等を纏めながら死体の侵入を阻みながら避難経路の確保を行う。
そして足りない手を民間人の助力で補い、約四万人弱の生存者達を貴族街の区画まで誘導した。
そうして事態を鎮静化させようとする最中、悪い方に状況が変化する。
それは帝都の外からも大量の死体が凄まじい速さで押し寄せ、生存者を超えるだろう数となって生存者が避難しようとする貴族街周辺に殺到した。
その勢いは尋常ではなく、兵士達と魔法師を含む二千人程度と、戦闘経験の無い民間人だけでは対処できない死体が迫っていた。
そうした事態に陥った事を貴族街の壁内から確認したセルジアスは、伝令の兵士と騎士達に伝える。
「……各守備地点を下げながら、防衛戦力を貴族街の正門に集結させるしかないでしょう」
「し、しかし……今も避難民の収容が終わっておらず、この状況で後退するのは……」
「分かっています。しかしこの状況だからこそ引き始めなければ、更に被害は拡大する。……民間人の避難を急がせながら、貴族街に集まっている兵力で後退を援護させます。急いで!」
「ハ、ハッ!!」
「私自身も正門まで行きます。騎士達も追従し、後退の援護を」
「そ、それでは閣下の身に危険が……!」
「どのみち、もう逃げ場はありません。この場にいるだけでは、私は何の役にも立たない。陣頭指揮で兵士達を士気を保ち、民間人の暴動を抑え易い位置に立ちます」
「……了解しました。すぐに準備を」
落ち着きながらも焦りを宿した声でそう命じるセルジアスに、兵士や騎士達は応える。
この状況で指揮を執れる人間がセルジアスしか居らず、手練れと呼べる者も少ない今の帝都では、次々と押し寄せる死体達に対処できない。
更に貴族街まで持ち出せた食料の備蓄は、五万人の生存者を賄える数量に達しておらず、持っても一日か二日程度という状況だった。
武器などは帝城から集めて各兵士や戦える民間人に配っているが、それ等を失えば対抗できる手段も無くなる。
伝え聞く話では死体の一人一人が常人を遥かに超えた身体能力を見せており、少数の人員ではただ喰われる餌となり、多数でも囲まれ押し寄せられれば喰い尽くされるのが明らかだった。
例え貴族街への籠城に成功しても、備蓄が無くなれば餓死の恐れが民間人達に及ぶ。
下手をすれば民間人同士の争いとなり、押し寄せる死体に対抗する為に与えた武器がそのまま自分達にも向けられる危険すらあった。
そうした可能性を考えながらも、セルジアスは夕闇に沈む空を見ながら眉を顰める。
彼が今まさに考えているのは、その窮地を脱する為の手段だった。
「……生き残っていた貴族達は全員、各領地へ届けられた。彼等が救援に来てくれれば……。……いや。もし彼等や他の領地も、同じ状況になっていたら……」
セルジアスは頼りにしているゼーレマン卿を含む各帝国貴族達の救援を待っていたが、この状況に限ってそれが当てに出来ない事を悟る。
帝都に押し寄せる死体が増え続けていることから、恐らく帝都近隣や周辺領地で多くの死者が発生する事態が起きていると予想できたのだ。
更に祝宴場から出た貴族達の領地に伝令を送る時間や人員も無く、そうした領地達が今回の事態に巻き込まれていた場合、襲撃を受けた帝都と同等の混乱に見舞われている可能性が高い。
そうした可能性を考えてしまえば、各貴族達の救援は期待できず、孤立した帝都で生命線の無いまま食料や水などの備蓄を食べ尽くせば、その先に起こる事態は必然であることが察せられた。
「……これでは、各国の救援も間に合わないだろう。……帝国を任されたというのに、申し訳ありません。父上、そしてゴルディオス陛下……」
悔やむように呟くセルジアスは、自分に後を託した父親と亡き皇帝陛下を思いながら謝罪の言葉を伝える。
ガルミッシュ帝国が滅亡へ陥っている事を実感しながらも帝城を背にしながら最後の防衛線に立つセルジアスは、帝国宰相として最後まで帝国臣民を見捨てず、最後の瞬間まで抗う覚悟を決めていた。
そして右手に持つ短くなった赤槍を持ち、簡易的ながらも防具を身に着けて速足で内壁の室内から出て行く。
それに追従する騎士達も武器と盾を携えて、死体が押し寄せつつある正門へと向かった。
市民街側の出入り口から出たセルジアス達は、避難する者達の列を横目にしながら歩みを進める。
そして集めていた五十人規模の兵士と魔法師の混成部隊の前に赴き、それを指揮していた若い騎士に呼び掛けた。
「……貴族街に残っているのは、この兵力だけですか?」
「はい」
「そうですか。――……これより、我々は貴族街へ移る民間人の避難を援護する! この部隊は私、セルジアス=ライン=フォン=ローゼンが直接指揮する!」
「!?」
「我々の目的は、押し寄せる死体達を倒す事では無い。貴族街に一人でも多くの民間人を避難させるのが第一優先だ。そして彼等を守る為に、我々や他の兵士達も生きて正門に戻る必要がある。……この場において、皆の命を私が預かる。いいな?」
「――……ハッ!!」
セルジアスは口調を強めながら豪語し、残る兵力を率いて避難民の援護を陣頭で指揮する。
その場に集まった者達の年齢はいずれも十代後半から二十代前半と若者が多く、先の襲撃と今回の防衛線で熟練の兵士達が既に残されていない事が窺えた。
それでも戦意を落とさず士気を保つように、自身もまだ若いセルジアスが陣頭に立つ。
彼等の張り上げられた声と鼓舞する言葉は避難する者達にも届き、絶望した状況でもガルミッシュ皇族とローゼン公爵家当主セルジアスが自分達を見捨てずにいてくれている事が僅かな救いの光にすら思えた。
そうしてセルジアスと率いられる若者達の部隊は、走り易い軽装で防波堤が築かれた各防衛地点の援護に入る。
押し寄せる死体達と死闘を行う各防衛地点に赴きながら、各戦力の後退を支援した。
火力を放てる魔法師達で協力しながら建物を破壊して通路を塞ぎ、土属性魔法で道を破壊しながら通り難い状況を作り出す。
攻め込まれた際にそうした妨害をし易いように建てられた帝都の構造を利用するセルジアスは、後退に際した被害は抑えながら見事な指揮振りを見せながら、迫る死体に向けて自らの炎槍を奮った。
「――……す、凄い……!」
「たった一人で、あれだけの数を……!」
走りながら正面から襲い掛かった三匹の死体を相手に、瞬く間に頭と胴体を破壊しながら赤槍で燃やしたセルジアスの姿は、不安と疲弊を濃くする兵士達を鼓舞する。
最も危険な場所に立ちながら指揮まで行うセルジアスの姿は、まさに彼の父クラウスに勝るとも劣らぬ力強さと頼もしさを魅せていた。
こうして三時間に渡り、合計で六ヶ所の防衛地点からの後退を成功させたセルジアス達は、正門前まで布陣を戻す。
その頃には貴族街に向かって避難していた民間人の収容も辛うじて終わり、残り二千名から千名近くまで減らされた兵士達は、疲弊を癒す間もなく閉じられた正門と内壁を登ろうとする死体達を相手にしていた。
「――……クソッ、キリがない……!」
「いったい、どれだけの数が……!?」
「無駄口を叩くな! また来るぞっ!!」
「矢の補充をくれ! 早くっ!!」
「また魔法師が倒れた!」
「交代で休ませるんだよっ!!」
貴族街の壁上で各騎士や兵士は槍や弓を持ちながら、市民街側の壁をよじ登る死体達を貫いて進行を妨害する。
魔法師達も気力を振り絞るように魔法を放ち続けていたが、既に四時間を超える防衛線で疲弊した魔法師達は倒れていき、ほとんど機能しなくなっていた。
幸いにも固く作られた鉄製で作られた魔導構造の正門は、死体が押し寄せても揺るぐ様子は無い。
脅威なのは高さ三十メートルはあるだろう壁を越えようと登って来る死体だけだったが、押し寄せる数は衰えを見せていなかった。
そしてセルジアスもその防衛に加わりながら、疲弊している兵士達を休ませるよう人員の交代と入れ替えを行っていく。
しかし夕闇から夜に変わった帝都に、赤い瞳を光らせた死体達は休息を必要としないように進み続けていた。
「……敵は死霊術で死体を操り、帝都を襲っている……。なのに、この持続力はいったい……!?」
「普通の魔法師なら、魔導人形を動かすだけでも十数分が精一杯のはずなのに……」
「こんな数を操って、しかもこれほど長く動かし続けるなんて……人間の魔法じゃない……!」
死霊術の事を知る魔法師達は、疲弊しながらそうした言葉を漏らす。
それを傍で聞いていたセルジアスも疲弊を見せながら息を吐き、赤い瞳が光り押し寄せる市民街を見下ろして呟いた。
「……これも、あのザルツヘルムやウォーリスの仕業だとしたら……。……我々では、これを止める手段が無い……」
死体達の襲撃から五時間以上が経過し、帝都の状況は一向に好転する様子は無い。
無限にも思える死体達の来襲によって、増援も無く備蓄も失われ続ける現状は、もはや多くの者達を絶望の淵に立たせるのに十分だった。
そうした諦めにも似た空気に毒されつつある周囲を察するセルジアスもまた、その毒に侵されつつある。
しかし僅かな可能性と、自分自身の矜持によって保たれる意識の中で、セルジアスは周囲を鼓舞しながら槍や弓を奮い続けた。
「……!」
その時、セルジアスの耳に聞き覚えがある音が真上から響く。
それと同時に、闇夜に染まった上空に影が見えると、そこから巨大な火炎弾が放たれた。
その火炎弾は死体が押し寄せている市民街側に放たれ、建物や死体に浴びせながら燃やし尽くす。
更に放たれる火炎弾と、それを放つだろう魔獣の姿を見たセルジアスは、小さな安堵を漏らしながら上空に居る人物を呼んだ。
「……パール殿、よくぞ!」
「――……遅くなった! ここからは、飛竜に任せろ! さぁ、やれっ!!」
「ガォオッ!!」
再び闇夜の上空に現れた飛竜と、その頭部の角に掴まりながら乗っているパールは、セルジアスに応えるように死体達を燃やしていく。
市民街ごと燃やされる死体達は、一定時間を燃やされ続けると停止した。
「……あの飛竜が、死体を焼いてくれてる……!」
「これなら……!」
それによって押し寄せる死体の侵攻速度は衰え、現れた飛竜の勇姿によって、兵士達は疲弊しながらも士気が上昇する。
それで持ち直した防衛力はよじ登る死体達を落下させながら、飛竜に頼る一時的な連携が生まれた。
こうしてパールと飛竜の帰還により、帝都に残された人々は窮地を脱し始める。
しかし事態の解決までには至れず、この状況を変えられるのはウォーリスを討つ為に帝都を離れたユグナリス達だけだった。
応援ありがとうございます!
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