虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 五章:決戦の大地

影の秘密

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 死体グール合成魔獣キマイラが徘徊する同盟都市周辺にエリクが現れた事で、状況に変化が生まれる。
 エリクの脅威を正しく認識するウォーリスは、人間大陸全土に配置していた自身の戦力コマを呼び戻し、エリクを同盟都市内部に潜入させない為の守備まもりに入った。

 その変化に気付いた【魔王】は、再び何かを企みながら動き出す。
 そして同盟都市内部で激闘を繰り広げる元特級傭兵ドルフと帝国皇子ユグナリスの戦いにも、決着が見えようとしていた。

 建築物の少ない広場に辿り着いたユグナリスは、そこで剣を構えながらドルフの『影』を待ち受ける。
 そして『影』内部からその様子を窺うドルフは、訝し気な表情を浮かべながら呟いた。

『……まさか、あの皇子……。……いや。魔法に関してド素人の皇子やつが、俺の特性かげに気付けるはずがない……』

 ドルフはそうした侮りを呟き、『影』を動かしながらユグナリスが居る広場に差し向ける。
 そして広場の四方を全て『影』で覆いながら逃走経路を無くし、ユグナリスの様子を確認しながら伸びるように『影』の刃を近寄らせていった。

 それに気付くユグナリスは、腰を僅かに落としながら両手で剣の柄を握る。
 更に刀身に火属性魔法の炎を纏わせると、暗い広場の中心を明るくさせながら鋭く真剣な表情を浮かべていた。

「……ッ」

 ユグナリスは息を飲み込み、頬に流れ落ちる血液と共に顎から汗が落ちる。
 それに対してドルフは広場の中心まで『影』を届かせると、包囲するユグナリスに向けてトドメを放とうとした。

『これで――……終わりだっ!!』

「ッ!!」

 囲んだ『影』は刃となってユグナリスに襲い掛かり、地面を這うように迫る。
 それに対してユグナリスは、敢えて炎を纏った剣を大振りながら炎の旋風を生み出し、襲い掛かる影の刃を全て薙ぎ払った。

『ッ!!』

「ハァアアアッ!!」

 更に炎を纏わせたまま地面へ突き刺された剣は、その火力を高めて地面を熱する。
 その火力は地面を沿うように張り付けられた石畳全体を伝い、広場全体を燃やしながら火を噴き出させた。

『な……グァッ!!』

「やっぱり、アンタはそこかっ!!」

 吹き出た炎が地面を焼くと同時に、石畳の上を張っていた影が悶え苦しむような様子を見せる。
 それにより疑問を確信に変えたユグナリスは、炎に焼かれる地面の中に不自然に燃える影を発見した。

 その影は燃えながらも逃げ始め、広場から離れようとする。
 それを視線で追うユグナリスは、炎を纏わせたまま剣を地面から引き抜き、他の影を無視しながら燃える影を追った。

 十秒足らずで追い付いたユグナリスは、『影』の内部から吐き出されるように現れるドルフの姿を目撃する。
 その姿は身体全体に焼け焦げたようなあとが有り、苦しむようにうずくっていた。

「――……く、ぁ……っ」

「これで、貴方の負けです。降伏してください」

「……なんで、お前みたいな皇子が……俺の『影』を……っ!!」

 跪きながら顔を向けたドルフは、左顔に重度の火傷跡を浮かばせながら表情を強張らせて睨む。
 逆にユグナリスは物悲しい顔を見せながら生み出した炎を消失させ、ドルフの『影』魔法に関する秘密を暴けた理由を答えた。

「俺の傍には、やたら魔法に関する知識に詳しい奴がいました。……そいつの事は大っ嫌いだったけど、魔法の知識については、俺なんかより遥かに優秀な実績を持ってた」

「……!」

「そいつは、魔法についてこう言っていました。『各属性の魔法には、必ず共通した特性が存在する。例えそれは用いる術者や構築式が異なったとしても、そこから生じる魔法に性質の違いは生じない』と」

「……ク……ッ」

「闇属性魔法についての知識は、俺も基礎を習いました。闇属性魔法は、基本的に物体の『影』を利用する。主にその効果を発揮するのは、視覚情報の誤認。つまり偽装魔法や幻惑魔法など、相手の視覚情報に大きな負荷を与えることです」

「……」

「でも貴方の『影』は、明らかに闇属性魔法の特性から懸け離れた殺傷能力を有している。鉄骨すらも切断する力は、明らかに闇属性魔法からの性質から逸脱していた。……だから考えたんです。貴方は『影』で攻撃しているように偽装を施し、別の手段で攻撃をしているのではないかと」

「……ク、クク……ッ」

「そして俺に見せていた貴方自身の姿も、『影』で作り出した幻影……偽装。……本体である貴方は、貴方自身の『影』で影自体に偽装し、俺を追跡しながら別の手段で攻撃していた。違いますか?」

 ユグナリスはそう述べながら、ドルフに対して問い掛ける。
 それを聞いたドルフは苦痛を見せる表情ながらも口元に笑みを浮かべ、乾いた笑いを起こしながら身体を揺らしていた。

「ク、ハハ……ッ。……まさかアンタみたいな皇子に、俺の魔法マジックが見破られるとはな……」

「マジック……。……貴方の魔法は、やはり手品の類なんですね」

「……どうやって、俺の手品マジックに気付いた……?」

「さっき、影を剣で迎撃した時です。俺は影なんか切った事はないけれど、あんな小さな鉄の塊や、細い線を切ったような感覚。そして短剣のような軽さの刃を弾いた感触は、明らかに不自然でした」

「……攻撃の重さと、影じゃないと気付かれちまったか。……手品マジックの種がバレたら、魔法師マジシャンもお終いだな……」

 ドルフはそう言いながら自身を嘲笑する声を漏らすと、突如として周囲の環境に変化が訪れる。
 それは建築中だった建物が幾つか景色から消え失せ、細く輝く鉄線を張り巡らされた光景だった。
 
 更に鉄線の中には短剣や剣が結ばれ、更には矢が備え付けられた弩弓ボウガンなども存在している。
 それ等を見渡すユグナリスは、息を漏らしながらドルフを見つめて話し掛けた。

「これを全て、貴方が……?」

「俺は、臆病者なんだ……。……他の連中と違って、堂々と姿を現して戦うような性分じゃない……。……仕掛けを施し、待ち伏せし、そして俺の領域テリトリーに入った敵に幻影を見せながら倒す……。……それが、俺の戦い方だ……」

「……でも、あり得ない角度から攻撃も受けました。それに鉄骨の強度も、あんな剣なんかじゃ切れないはず。……もしかして、元々切られていた鉄骨を何かで一時的に癒着して、仕掛けで影に切断されたように分解したんですか?」

「……御名答だ」
 
「影の中に入るように幻覚を見せたのも、実際に在る建物と、影と偽装で魅せている建物の『影』と見分け難くする為ですね。……俺が迎撃した『影』が途中で動きを止めたのも、弾かれた矢や剣が吊るされて宙に浮いたままになるのを気付かれない為に……」

「……まさか、この短時間でそこまで気付くとはな……。……お前もやっぱり、十分に化物だぜ……」

 ユグナリスの推測を認めるドルフは、顔を伏せながらそう述べる。
 しかし跪かせた身体を立ち上がらせるドルフは、焦げる火傷した姿を見せながらユグナリスと向き合った。

 そして火傷を負った顔も見せるドルフは、ユグナリスにこうした言葉を向ける。

「……手品が終わった魔法師マジシャンは、舞台を去らなきゃいかん。……だが、俺はそうもいかんのでな」

「もうめてください。仕掛けに気付いた今、もう俺は騙されない。……大人しく降伏して、連れ去った二人が何処にいるのか教えて下さい」

「降伏なんざしたら、それこそ終わりだ。……アンタ達も一緒にな」

「えっ。……まさかっ!?」

 意味深な言葉を向けるドルフに、ユグナリスは思い出すように驚愕を浮かべる。
 それを肯定するかのように、ドルフは燃え欠けた外套と上着を破き捨てながら自身の上半身を晒し、その肌に刻まれている自爆術式の紋様を見せた。

 ユグナリスはその自爆術式じゅつの紋様を見ながら、僅かに憤怒を宿す表情を浮かべる。
 それに対してドルフは、自身を皮肉ひにくるような笑みと言葉を浮かべながら言い放った。

「知ってるみたいだな。紋様これを」

「……自爆術式……。貴方も、侍女かのじょやスネイク殿と同じように……」

「言ったろ。俺は所詮、コマの一つに過ぎないんだよ」

「……なら、なんでこんな事を……。……貴方も、ウォーリスに脅迫されているんですか?」

「脅迫? 勘違いされちゃ困るな。これは、俺自身が望んだ結果なんだよ」

「!?」

「このくだらん帝国くににトドメを刺す為に、俺は自分からこの紋様を刻むよう頼んだんだ」

「……そこまで、この帝国くにを憎んでいるんですか……っ」

「ああ、憎いね。自分の利益しか考えてねぇ帝国貴族も、状況次第ですぐ手の平返しするような帝国民こくみんも、この帝国そのものを俺は消し去りたいのさ」

「……ッ」

「だが皇子おまえという障害を排除しない限り、俺自身の手で帝国を終わらせる事は出来ん。――……これが通じないなら、俺はここで自爆する。帝国の皇子、お前も道連れにな」

 深い憎悪と憤怒を宿すドルフの瞳を見るユグナリスは、渋い表情を浮かべて後退る。
 しかしそれを待たず、ドルフは右手に持つ杖を鞘のように引き抜き、中に仕込んだ刃で己の左手首を切断した。

 それを見たユグナリスは驚愕を浮かべるが、逆にドルフは大量の血を地面に滴らせながら微笑みを強くする。
 そして自身の影に大量の血を垂らし、ユグナリスに対する為の詠唱を始めた。

「――……『我が魂に刻まれし者達よディアーズ我が血を代価としてブラッジィスこの世に溢れ出せリレクジ』……ッ!!」

「詠唱……ッ!?」

「『我が叡智によって創造しオリツィス顕現せよアヴィエル。――……叡智の化物ツォルネルッ!!』」

「ッ!!」

 ドルフは五節詠唱の大魔法を唱えると、血を浴びた自身の影が生き物のように蠢き始める。
 それを止めようと走ったユグナリスだったが、詠唱を終えたドルフは今までとは異なる巨大な影に覆われながら繭状に包まれた。

 それを斬り払おうと炎を纏った剣を振り抜いたユグナリスだったが、思わぬ感触を感じる。
 斬り込んだ剣が大きく影に柔らかく飲み込まれると、次の瞬間には反発するような弾力によって剣と身体を弾かれた。

「なっ!? ……この影は、偽装じゃない……!?」

 態勢を整えながら再び剣を振って影に斬撃を浴びせたユグナリスだったが、再び柔らかく弾力のある黒い繭によって剣と身体の勢いを弾かれる。
 その結果によって導き出したのは、目の前の影が偽装や幻影ではなく、実態を持つ影である事を察した。

「……そうか。さっき流した血を媒介に、影のように実体化させているのか……っ!?」

『――……それだけじゃないさ』

「!」

『よく見てな。……これが俺の、最後の魔法マジックだ』

「クッ!!」

 繭の中からそう述べるドルフは、繭の外部から黒い霧を吹き出し始める。
 それもまた血を媒介として生み出している暗闇かげの霧であり、それを警戒してユグナリスは跳び下がりながら剣を構えた。

 それから十数秒後、黒い霧に覆われた繭は蕾のように花びらを開かせる。
 しかしそこに映し出される光景は、ユグナリスの表情を更に渋くさせるに十分だった。

 現れたのは、ドルフの顔が僅かに垣間見える異形の怪物。
 その姿は悪魔化したベイガイルと酷似していたが、大きさこそドルフ本院と変わらず、理性の残る瞳と表情でユグナリスへの敵意を吠えるように言い放った。

「……ッ!?」

「――……さぁ、俺の命を懸けた最後の舞台マジックショー。存分に味わいなっ!!」

 そう叫ぶドルフは、背中に映えた翼を羽ばたかせて凄まじい風圧を生み出す。
 それによって土埃や瓦礫の破片などが飛び向かい、ユグナリスは思わず腕や手で防ごうとした。

 しかしその隙を突くように、ドルフの身体がユグナリスの目の前に辿り着く。
 その速さは尋常ではなく、驚愕し硬直したユグナリスに対して、ドルフは容赦の無い右拳の殴打で向け放った。

「グ、ァアッ!!」

 ユグナリスは咄嗟に高めた生命力オーラを全身に纏い、その拳を迎撃するように剣を振り抜く。
 しかし直撃した拳と剣は衝撃を生み出しながら周囲を破壊すると、押し負けたユグナリスが後方に吹き飛ばされた。

 そして建築物を破壊しながらユグナリスは止まり、背中と痺れる両腕の痛みに抗うように立ち上がる。
 しかし次の瞬間、突如として力の抜けたユグナリスは膝を落として地面に着けた。

「な……っ。……身体に、力が……?」

「――……不思議だろ。なんで非力な魔法師の殴打なんかに押し負けて、しかも膝まで着いちまったのか」

「!」

「今度の手品マジックも、種と仕掛けを暴いてみな。――……それが出来なきゃ、死ぬのはお前だぜ。皇子」

「……ッ!!」

 目の前に辿り着きながら右脚の蹴りを放つドルフに、ユグナリスは脱力した身体ながらも大きく跳び避ける。
 しかし変貌したドルフと施されている仕掛けにすぐには気付けず、強い脱力感に苛まれながら戦いを継続するしかなかった。

 こうして決着するかに見えたユグナリスとドルフの戦いは、第二舞台ラウンドへと移行する。
 再びドルフの施した仕掛けに苦戦を強いられるユグナリスは、意思を折らずに思考を巡らせながら立ち向かうことになった。
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