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革命編 五章:決戦の大地

許されぬ最後

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 合成魔人キメラとしてよみがえり凄まじい力を誇るバンデラスは、狼獣族エアハルトと帝国皇子ユグナリスを圧倒し叩き伏せる。
 そして彼等と交代するように現れたマギルスは、素手のままバンデラスと戦う意思を見せた。

 それに対して憤怒を引かせて冷静さを取り戻しているバンデラスは、油断の無い表情を向けながらマギルスと対峙する。
 しかしマギルスを見るその視線は、僅かに仄暗い様相を見せていた。

「――……マギルス。……なるほど、名前も顔も覚えがある。皇国であの女共と一緒に居た小僧か」

「?」

「お前のせいで、こっちは余計な仕事をさせられた。……その結果が、この姿ざまだ」

「……おじさん、誰だっけ?」

 以前とは大きく様相が異なるバンデラスだったが、皇国の事件において直接的な接点を持たないマギルスは相手を認識できずに首を傾げる。
 そんなマギルスの疑問を無視するように、バンデラスはマギルスの構えと似た姿勢を保ちながら言い放った。

「その構え、フォウル国で修練を受けたらしいな」

「おじさんもそんな感じ?」

「俺はこれでも、戦士の中では有望株だったんだ。なのにお前等が皇国に来たせいで、何もかも変わっちまった」

「僕、おじさんに何かしたっけ?」

「黒髪のガキを攫っただろ。そのせいで要らん手間を掛けられた上に、あのエリクって男と糞女ケイティルに死ぬまで追い込まれた。……お前等揃って、余計な事をしやがって」

「うーん。……あぁ、なんか覚えてる! あの時、暴れてるエリクおじさんと戦ってた人かな? でも死んじゃったのに生きてるってことは、死霊術ってやつで操られてるの?」

「……外の死体共はな。俺は別だ」

「別?」

「俺はウォーリスって野郎と契約を結んだ上で、自我おれの意識を保っている。外の連中は、魔導装置で操られている単なる人形に過ぎん」

「装置? 死霊術ネクロマンシーってやつじゃないの?」

「幾ら死霊術だろうと、こんな馬鹿げた数の死体共を一気に操れるわけがない。死体のあたまに受信装置を埋め込んで、魔導装置を経由して単純な命令を飛ばしてるんだ」

「ふーん、なんか未来あのとき魔導人形やつと同じっぽいね。ちなみに、その装置って何処にあるの?」

「知るかよ。……それに今から死ぬお前が、知る意味が無いだろ?」

「死んでるおじさんは喋ってるのに?」

「訂正させたかったのさ。俺は操られてるわけじゃないってことを。――……そして自分の意思で、お前等の敵になってるってことをなッ!!」

「!」

 バンデラスは一気に高めた魔力と生命力オーラを放出し、凄まじい殺気を放ちながらマギルスに襲い掛かる。
 それを捉えているマギルスも自分自身で前に出ると、二人は激しい肉弾戦を繰り広げ始めた。

 速度と一撃の破壊力が途方も無いバンデラスに対して、マギルスは大きく避けながら大振りになった瞬間の隙を突いて殴打を放つ。
 その殴打でバンデラスはよろめく様子も無く、ただ合成魔人キメラの頑丈な肉体と強力な打撃力で矮小なマギルスを押し潰そうという意思が見えていた。

 エアハルトはその光景を見ながら両膝を降ろし、地面へ着ける。
 そして視線で二人の接戦を見ながら、僅かに吐血する口でこうした言葉を零した。

「……駄目だ。あの化物バンデラスに、ただの打撃は通用せんぞ……」

 短くも繰り広げられる二人の戦いを見て、エアハルトはその決着を用意に推測できてしまう。

 脅威的な再生能力を持ち、電撃や爪の刃も効かず、更にユグナリスの剣や生命力オーラの打撃ですら致命傷に至らないバンデラスは、まさに驚異の化物となっていた。
 それに相対する為には、バンデラスの硬い肉体を突破するだけの破壊力を外部や内部に与える必要がある。

 実際に戦っていたエアハルトだからこそ至れた結論だったが、そのバンデラスと相対するのは成長したと言ってもまだ小柄な青年マギルス
 しかも対等に肉弾戦を仕掛けるマギルスに、エアハルトは血を吐き出しながらも大声で伝えた。

「ゴフ……ッ。……マギルス、鎌を使えっ!! 貴様の力では……!」

「やだもんね!」

「!?」

「僕の戦いなんだから、僕の好きにやるよ!」

「……あの、お調子者め……」

 マギルスはそう言いながら頑なに背負う大鎌を使おうとせず、バンデラスに近接戦を挑む。
 その言動を理解できないエアハルトは、闘士部隊に居た頃にも見えていたマギルスの悪癖が出たのだと察した。

 自分を負かしたゴズヴァール以外には従わないマギルスは、闘士部隊に居た頃にはエアハルトと同様に人間を侮り、どんな相手にも屈する事の無い言動が多く見られている。
 エアハルトはそうした人間への態度自体に問題を感じはしなかったが、自由奔放過ぎるマギルスの性格は掴みどころが薄く、嫌っていたクビアとは違う性格的にりが合わない事を察していた。

 その悪癖がこの戦いでも出ているのだと思い、マギルスの敗北をエアハルトは否応なく察する。
 まともに打撃を受けたユグナリスが瓦礫に埋もれたまま復帰していない以上、マギルスが殺されれば再び自分が戦う必要があると考えた。

 故に魔力を巡らせながら精一杯の自己治癒を試みるエアハルトだったが、砕かれた胸部の骨とそれ等に影響する内臓の損傷は致命的な状態にある。
 これ以上の交戦は不可能だと察していながらも抗おうとするエアハルトは、地面へ膝を着けたまま治癒に集中し、二人の戦いを見守る以外に手段は残されていなかった。

 そんなエアハルトの考えを置き去りにするように、マギルスは嬉々とした表情を浮かべながら素手でバンデラスと戦い続ける。
 しかも隙を突いて繰り出される拳と蹴りがバンデラスの肉体に直撃すると、強靭な肉体であるバンデラスが僅かによろめきを見せた。

「ッ!?」

「おじさん達の気功わざなら、僕も使えるよ!」

「グッ!!」

 マギルスはそう言いながらよろめきを隙と判断し、凄まじい数の拳と蹴りをバンデラスに浴びせる。
 その一発一発が強靭な皮膚や筋肉を通過し内臓にまで届く衝撃となり、着実にバンデラスの損傷ダメージと疲弊を生み出していた。

 しかしそれを上回る治癒力で態勢を戻すバンデラスは、速度と威力が乗った殴打をマギルスに浴びせる。
 それを回避しながら回し蹴りを鳩尾に放つマギルスは、あのバンデラスを押し出しながら息を吐かせた。

「ガハッ!!」

「まだまだっ!!」

「チ、グァ……ッ!!」

 よろめきながら姿勢を戻そうとするバンデラスに対して、マギルスは容赦なく迫り両膝に蹴りを放つ。
 それにも気功オーラの効力が乗せられ、バンデラスの表情に苦痛を浮かばせた。

 それを見たエアハルトは驚愕を浮かべ、圧倒的に見えた戦況が僅かに変化しているのを察する。
 予想する展開と大きく異なり始める様子に、エアハルトは自身の認識が正確ではない事を察した。

「……まさか、マギルスが……。……格闘技術だけで、あの化物を上回っているだと……!?」

 エアハルトはマギルスの戦い方を見て、過去のマギルスと比較できない程に格闘技術が向上しているのを察する。
 体格や一撃の威力こそバンデラスが圧倒しているが、小回りの利く身体で繰り出す格闘と自由自在な気功の技は確かな実力を見せていた。

 その事実はエアハルトだけではなく、対峙するバンデラスの方が先に察している。
 あらゆる裂傷や損傷を瞬く間に治癒できる合成魔人キメラの肉体に僅かな疲弊と鈍い痛みが蓄積しているのを感じるバンデラスは、焦るように両腕を真上に振るいながら地面に叩きつけた。

「ゴォオラァアッ!!」

「!」

 地面を砕き割ったバンデラスは、周囲に土埃と石畳の瓦礫を飛ばす。
 しかしそれ等を問題としないように土埃から出て来たマギルスは、真正面からバンデラスの顔に蹴りを直撃させた。

「そりゃっ!!」

「……ァ……ガァ……ッ!!」

 地面を叩く為に上半身を前に倒した姿勢のバンデラスは、下から跳ね上がるマギルスの蹴りによって大きく仰け反る。
 そして背中から地面へ倒れたバンデラスは、鼻から血を吹き出しながら悶え苦しんだ。

 土埃が晴れゆく周囲を他所に、悶えるバンデラスを見下ろすマギルスは不服そうにこう述べる。

「おじさん、本当にフォウルの魔人ひと達に鍛えられたの?」

「……な、にぃ……っ!!」

「だって、力頼りも攻撃ばっかりだもん。確かにおじさんの身体は合成魔人キメラだからそのままでも結構強いけどさ、そんなんじゃ素手いまの僕にも勝てないよ」

「……ガキが、偉そうに……ッ!!」

「もしかしておじさん、まだ合成魔人キメラの身体に慣れてないの? ……魔人まえ身体ままだった方が、ずっと強かったんじゃない?」

「……!!」 

 不機嫌そうにそう尋ねるマギルスに、バンデラスは驚愕した様子を見せる。
 そしてマギルスは失望したような表情でバンデラスを見下ろしながら、その続きを口にした。

「そのウォーリスって奴、意外と頭が悪いんだね。色んな魔獣の強い部分をくっつければ、強い合成魔人キメラが作れると思ってるんだもん」

「……!」

「僕、フォウル国の魔人ひと達と実際に訓練して思ったんだ。みんな種族は違うのに、絶対の矜持プライドを持ってる。それは魔人だからとかじゃなくて、今まで研鑽して来た自分の努力を信じてるからなんだ」

「……ッ」

「だからフォウル国の戦士達は、みんな強い。自分の種族特性をちゃんと把握して、長所を思いっきり伸ばして短所を補ってる。……今のおじさんは、それも出来ないくらいに自分の身体がどうなってるか分からないんだね」

「……」

「僕、合成魔人そうなる前のおじさんとってみたかったな。そしたら、もっと楽しい戦いが出来たかもね!」

 淀みや裏の無い屈託の笑顔でそう伝えるマギルスの顔に、バンデラスは唖然とした様子で目と口を開く。
 そして何かを言い掛けようとした時、それを言わずに口を閉じると、小さな微笑みを浮かべながらマギルスに声を向けた。

「……おい、小僧……。……いや、マギルス」

「んっ、まだやる?」

「……いいや。……お前みたいな戦士と、最後に出会えて良かった」

「?」

「俺を殺した奴等は、確かに憎いがな。……だが戦士としての矜持ほこりを奪われながら利用され続けてるのは、我慢ならなくなった。……戦士としての、最後の頼みだ。一思いにってくれ」

「……そっか。分かった!」

 完全に戦意を喪失させたバンデラスは、立ち上がらずに座った姿勢でそう頼みを向ける。
 それを聞いたマギルスは何かを察するように応じ、背負い折り畳まれている大鎌を一瞬で組み立てた。

 そして大鎌の刃はバンデラスの首に狙いを定め、その命を刈り取ろうとする。
 しかし次の瞬間、暗闇でうごめいていた大きな影が二人を襲うように迫った。

「!」

「ッ!!」

 迫る影に気付いたマギルスは、その場を飛び上がりながら建物の上に退く。
 一方で気付きながらも座った姿勢のまま対応が遅れたバンデラスは、そのまま影に飲み込まれた。

「グァッ!!」

『――……バンデラス。ウォーリス様との契約を破るつもりか?』

「な……!?」

「この声、さっきの……!」

「この匂い、ザルツヘルム……ッ!!」

 突如として現れた影は、暗い淵から放たれる声を包み込んだ声で飲み込んだバンデラスにそう声を向ける。
 そして影の正体がザルツヘルムであると察したマギルスとエアハルトだったが、影内部から現れる一つの手にあるモノを手に持っていた。

 それはただの人間すらも脅威的な存在へと変貌させる、『悪魔の種』。
 ザルツヘルムはその『悪魔の種』を、拘束したバンデラスの口に無理矢理に押し込んで飲み込ませた。

「ング……ッ!!」

『己が復讐心すら遂げず、契約すら守れないとは。――……ならば悪魔となって、奴等を排除しろ。バンデラス』

「ガ、ァ……あああ……ァァアアアアアッ!?」

「ッ!!」

「おじさんっ!?」

 『悪魔の種』を取り込まされたバンデラスは、ベイガイルの時と同様に身体中から溢れ出る黒い泥に飲み込まれる。
 そしてザルツヘルムの影が離れると、そこには巨大な黒い泥に覆われたバンデラスが苦しむように藻搔いていた。

 黒い泥の侵食に抗えないバンデラスは、肉体と魂を瘴気によって汚染されていく。
 しかしベイガイルの時とは異なる変化を見せた黒い泥は、瞬く間にバンデラスの肉体を黒く染めながら急速な悪魔化を進行させていた。

 その事態と様相を察するマギルスに対して、エアハルトは叫ぶように伝える。

「アレって、アリアお姉さんの時と同じ……!?」

「マギルスッ、奴にトドメを……ッ!!」

「!」

 未来のアリアが悪魔化した時の様子に似た状況を思い出すマギルスだったが、エアハルトの声でそれを防ぐ為にバンデラスの首を刈り取ろうとする。
 しかしマギルスの大鎌が首を刈り取ろうとした瞬間、未来と同じように黒い泥が首の切断を阻んだ。

「うわっ、やっぱ未来あのときと同じ……ッ!!」

 成長したマギルスであっても切断できない黒い泥は、バンデラスの姿を更に変質させる。
 その体格は先程よりも一回りほど大きくなり、更に三本角を生やしながら悪魔の羽を生やす姿は、悪魔化したアリアやザルツヘルムの姿をマギルスに重ねさせた。

 そして瘴気の波動が放たれ、マギルスは自身を魔力で覆いながら辛うじて大きく吹き飛ばされすに留まる。
 マギルスは着地しながらバンデラスを再び視線を向けると、そこには変わり果てた姿となり、理性を完全に失った悪魔の姿だけが生まれていた。

 こうして決着するかに見えたバンデラスとマギルスの戦いは、思わぬ形で決着が先延ばしされる。
 それはザルツヘルムの介入によって起きた、合成魔人バンデラスの悪魔化という最悪の状況だった。
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