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革命編 六章:創造神の権能
創造神の逆襲
しおりを挟む天界の神殿内部に創り出された広大な自然において、息子に肉体を操るゲルガルドは自身が新たな創造神になる為の計画を果たそうとする。
しかしその計画は予想外にも息子自身の精神に妨害され、アルトリアから摘出した心臓に封じた創造神の『魂』が『肉体』の中に取り込まれた。
そして五百年前に起きた天変地異と同様に、世界の全てを滅ぼそうとした創造神が目覚める。
しかもその容姿を見たゲルガルドは、過去に人間大陸を滅ぼした魔族側の到達者である【始祖の魔王】ジュリアと重ねた。
【始祖の魔王】ジュリア。
その魔族の詳細に関して、今の人間大陸にほとんど情報は残されていない。
それは五百年前の天変地異において、人間大陸の文明がほとんど消失した事も原因ではある。
しかし最も大きな原因は、【始祖の魔王】が第一次人魔大戦で人間の文明と生命を多くを滅ぼしたのが直接的な要因と言える。
故に【始祖の魔王】を実際に見た人物で現代まで生存している者も少なく、一部の到達者や聖人達しか詳しい情報は伝わっていない。
辛うじて残されている伝承によれば、【始祖の魔王】はエルフが進化したハイエルフという種族だと云われている。
しかし純粋なエルフ族は金髪碧眼であり、【始祖の魔王】はその特徴と相反する銀髪紅眼という容姿をしていたらしい。
故に歴史研究を行う専門家の中には、【始祖の魔王】はエルフ族の突然変異体、あるいは人間とエルフ族の間に生まれた半魔族だとも述べられている。
第一人魔大戦において【始祖の魔王】が人間勢力と敵対した理由も不明とされており、当時の人間大陸にいた数十億人の人間達を数万人規模まで滅ぼした脅威の逸話だけは残されていた。
しかし不幸にも、【始祖の魔王】の脅威を間近で見た者がいる。
それこそが、復活した創造神の容姿を目の当たりにした前世のゲルガルドだった。
「――……『創造神』と【始祖の魔王】が、同じ容姿をしていただと……。そんな、馬鹿な……っ」
主導権を奪い返した息子の肉体を介して、ゲルガルドは復活した創造神の姿を数キロ先から確認する。
自然と身を屈めるような姿勢で自身の気配を消したゲルガルドは、微かに身体を震わせながら呟き続けた。
「……いや、まさか……。……そういえば、第一次人魔大戦に『黒』らしき存在を確認したという報告は無かった。……まさか【始祖の魔王】は、あの時代に復活した創造神だったのか……!?」
ゲルガルドは『創造神』と【始祖の魔王】の姿から、その二人が同一人物だと確信する。
そして【始祖の魔王】こそが、第一次人魔大戦で『魂』と『肉体』を合わせ得た『創造神』である可能性へ考え至った。
それがどういう経緯で【始祖の魔王】と名乗るようになり、魔族側に味方していたのかはゲルガルド自身にも分からない。
しかしその脳裏には、創造神の復活という最悪の事態にどう対処すべきかという考えへ移行していた。
「創造神を再び封じるには、『肉体』と『魂』を切り離すしかない。だが『魂』を切り離すには、アルトリアと同じように心臓を抜き取る必要がある。……そうなれば、『肉体』の死は免れない。そうなる前に、『マナの樹』に創造神を取り込ませるのが理想だが……」
早々に復活した創造神を封じる為の方法へ考え至ったゲルガルドだったが、そこには僅かな躊躇いが生じる。
積み重ねた長年の苦労に合わせ、偶然にも手に入れる事が出来た創造神の『肉体』をここで殺してしまえば、創造神に成り代わり世界を掌握するという計画が破綻してしまう。
しかし『創造神』が【始祖の魔王】と同一人物である可能性が高い以上、その思考と凶暴性はゲルガルドの知る脅威へと発展しかねなかった。
もし人間が隠れ潜んでいる事が暴かれれば、創造神もまた【始祖の魔王】と同じように人間を殺すだろう。
それも前世と同じように、まるで邪魔な塵を見下ろすかような冷たい赤い瞳で殺す光景を、ゲルガルドは身を震わせながら冷や汗を額と背筋から流した。
「……殺るにしても、『マナの樹』に取り込ませるにしても、目覚めたばかりの今しかない。……ウォーリスめ。私を裏切るばかりか、余計な事をしやがって……ッ!!」
復活しながらも意識が虚ろに見える創造神の姿を確認したゲルガルドは、『魂』を摘出し『肉体』を殺す選択肢を取る。
そしてこんな状況へ追い込んだ息子への憎悪を高め、屈めていた腰を僅かに上げながら周囲の自然を利用して隠れ進み、創造神へ近付き始めた。
「息子の躾は後だ。……目覚めたばかりで悪いが、私の糧になってもらうぞ。創造神」
気配を隠し身を潜めながら創造神の居るマナの樹まで再び近付くゲルガルドは、創造神化計画を果たそうと再び動き始める。
そうしたゲルガルドに対して、銀色の長髪が僅かに風で揺れている創造神は、立ったまま赤い瞳を薄く開かせ静かに俯いたままだった。
「……」
「いいぞ、やはり魂と肉体が完全には定着していない。……何を企んでいたか知らないが、お前の反逆は失敗だ。ウォーリス」
音と気配も消しながら近付いて行くゲルガルドは、創造神の復活が完全ではない事を悟る。
そして精神内で押し留めるウォーリスを嘲笑い、右手に力を込めながら速度を上げて注意深く近付いた。
そうしてゲルガルドが自身の計画を諦めない中、復活した創造神にも変化が起き始めている。
それは見た目から窺える変化ではなく、精神の内部にて発生していた。
『――……また、ここ……?』
創造神の精神内部にて、周囲に反響する声が響く。
そこは一切の景色も伺えない闇に染まる空間であり、その中を満たすのは泥のような粘度を持つ黒い水だった。
その水上に身体を浮かべるのは、白い肌が際立つ女性。
金色の髪を黒い水に沈ませ、青い瞳を見開いているアルトリアの意識だった。
『……もう、染まりきろうとしてるわけね……。……創造神に』
アルトリアのは黒い水の中に沈みかけている自身の精神を確認し、黒い水面と向かい合う黒い天上を見つめる。
すると影らしき人物が天上に映し出され、それに呼び掛けるようにアルトリアは話し掛けた。
『……私、死んだのね』
『――……少しだけ、違うよ』
『違う?』
『貴方の魂は、まだ生きている。……そして、私に戻って来た』
『戻って来た……?』
『もうすぐ、貴方は目覚める。……でもその時、貴方は貴方じゃなくなっている』
『……どういう事よ』
アルトリアは語り掛ける影の言葉を理解できず、訝し気な表情と声色で問い掛ける。
それに答えるように、影は闇の空間に反響する声で伝えた。
『貴方の魂は、創造神の身体に入った』
『……アンタの器って、リエスティアの身体の事よね……。でも、なんでそんな事に……?』
『運命に抗う為に』
『運命?』
『あの人はずっと、逆らえない運命に身を沈めていた。……でも諦めずに、決められた運命に抗い続けた。そして、貴方をここまで導いた』
『導いた……。……導いたって、まさか……リエスティアの身体にってこと……!?』
影の伝える言葉に、アルトリアは驚きを浮かべながら問い掛ける。
それを肯定するように影の頭は頷き、再び言葉を続けた。
『あの人は、貴方に……貴方達に託したの』
『託す……!?』
『貴方達なら、運命を変えてくれる。……でもそれには、まだ試練が残ってる』
『試練って……。アンタ、いったい何を言ってるのよ……。……私にこれ以上、何をさせようってのよっ!!』
影の言葉を理解できず、感情を激化させたアルトリアは怒鳴り声を上げる。
それに対して影は映し出される身体を引かせ、ただ静かに言葉を向けた。
『……ごめんなさい。貴方にばかり、こんな思いをさせて……』
『ッ!!』
『でも、貴方しかいなかった。……貴方だから、私も託すことが出来た。……今の私は、何も出来ないから……』
『託す託すって、具体的に何をさせようってのよ。それを言いなさいよっ!!』
『……貴方も、この闇に……絶望に抗って』
『!?』
『そうすれば、来てくれる。……貴方をこの絶望から、助け出せる人達が』
『……それって、まさ――……ッ!?』
そう頼む影の言葉を聞いていたアルトリアだったが、突如として闇に満たされる黒い水がせり上がる。
それが首を超えて口を覆い、アルトリアの精神を飲み込むように水位を高めた。
それに抗う事が出来ないアルトリアに対して、影は最後の言葉で呼び掛ける。
『諦めないで、絶対にっ!! そうすれば、きっ――……』
『――……ッ!!』
その言葉を最後に、アルトリアの精神は闇の中に飲み込まれる。
そしてアルトリアの意識は薄れながら、闇の底に沈み続けた。
そうした出来事が精神の内部で起きた後、表層の創造神にも変化が起きる。
虚ろだった赤い瞳に光が灯り、薄く開かれた瞼が大きく見開かれた。
その赤い瞳が急速に横側を向き、ある方角に視線を注ぐ。
そこには近付きつつ完全に気配を絶っていたゲルガルドが存在し、創造神に視線を向けられた事を本人も悟った。
「ッ!!」
赤い瞳が向けられた瞬間、凄まじい殺気をゲルガルドは感じ取る。
それが自分に向けられた事を察知し、肉体能力を極限まで高めながらその場から大きく離れ始めた。
創造神はそれを追わず、ただ赤い眼光だけをその方角に向ける。
すると次の瞬間、創造神の周囲に小さな赤い球体が作り出された。
「――……逃がさない」
創造神はそう呟き、赤い球体を放たずに一瞬で転移させる。
その転移座標は逃走しているゲルガルドであり、一瞬で前方に現れた赤い球体が前触れもなく爆発を引き起こした。
「な――……グォオッ!!」
赤い球体の爆発はゲルガルドを完全に捉え、数百メートルの範囲を赤い劫火で燃やし尽くす。
その爆発音を未来のユグナリスやマギルス達は聞き付け、その現場へ向かおうとしていた。
こうして創造神は復活し、明確な殺意をゲルガルドが操るウォーリスの肉体に向ける。
それはゲルガルドとウォーリスの所業に今まで苦しめられたアルトリアの絶望が、反映された証明にもなっていた。
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