虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 七章:黒を継ぎし者

理想の浸蝕

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 天界エデンにおいて始まった異変は、世界を赤色に染めていく。
 しかしその一色いろに染められた者達は、幸せな世界を見るようになった。

 それは在り得たかもしれない景色であり、誰もが一度は望む理想郷ディストピア

 その一人であるケイルは、幸福の世界ゆめを見ながら、再会した家族の温もりをじかに感じ取る。
 そして同じように、赤い光に飲み込まれた者達は別の理想郷ディストピアへと訪れていた。

「――……おとうさん!」

「……え……?」

 意識を戻したゴズヴァールは、自分の足に抱き着く一人の子供を見る。
 それは彼が過去に亡くした子供であり、その姿は最後に出会った時の姿のままだった。

 そして周囲を見渡しながら、そこが自分ゴズヴァールの故郷であるフォウルの里に在った自宅だと自覚する。
 更に子供の外にも、もう一人の人物が歩きながら近付いて来る事に気付いた。

「――……あなた。今日は、戦士の御勤めは御休みですか?」

「……サラ、なのか……?」

「え?」

 驚愕しながら表情を強張らせるゴズヴァールに、サラは首を傾げる。
 妻サラは人間の姿に寄った獣族の魔人であり、彼自身の記憶と変わらぬ人間の容姿をしていた。

 それでも突如として再会する家族に困惑するゴズヴァールだったが、足にしがみつく子供がせがむように声を向けて来る。

「お休みなら、おとうさん遊ぼう!」

「……!」

「あらあら。……あなた、この子と久し振り遊んであげてください」

「だ、だが……」

「あなたが御義父様バズディールの跡を継いで、干支衆になりたいと仰るのは分かります。……でも、もう少しこの子と一緒にいてあげてください」

「……!!」

 悲し気に微笑むサラの言葉を聞き、ゴズヴァールは強張らせた表情を唖然とさせる。
 それは過去において、確かにサラから自分に向けられた言葉でもあった。

 そして今の状況が、自分の知る過去と酷似している事をゴズヴァールは理解する。
 しかしそれが夢なのか現実なのかを定かに出来ず、困惑した様子を浮かべたゴズヴァールは無意識に屈みながら自分の子供を抱き寄せた。

 そこで子供の温もりを実際に確認したゴズヴァールは、動揺した面持ちながらも噛み締めるように言葉を呟く。

「……アピス……なんだな……?」

「うん!」

「……すまない……。……私は、自分の事ばかりで……お前に、そしてお前達に……目を向けられなくて……」

「?」

「私は、良い父親ではなかった……。……すまない、すまない……っ!!」

 現実か夢かも分からぬ中で、ゴズヴァールは子供を抱き締めてる。
 その口からは家族らしい事を何一つとしてしなかった自分自身の愚かさと、その事を懺悔する言葉が語られた。

 そんなゴズヴァールの背中を手で触れるサラは、優しい声で話し掛ける。

「もう、いいんですよ。……これから、私達の事を見ていてくださいね」

「……サラ……」

「おとうさん、大好き!」

「……あぁ……。……私も、お前達を愛している……」

 二度と得られぬと思っていた家族ふたりの温もりを再び感じるゴズヴァールは、目から涙を溢れさせる。
 そして意識の中で隔てていた強い違和感が薄くなり、目の前の家族ふたりが現実の存在であるかのように受け入れ始めた。

 一方その頃、別の理想郷ディストピアへ視点が移る。

 そこは自然の山々と田んぼに囲まれた田舎風景であり、そこに設けられた一つの屋敷だった。
 そして屋敷の庭先を眺めるように、意識を覚醒させた武玄ブゲンが瞼を開ける。

「――……ここは……儂の屋敷か……!?」

 武玄ブゲンは先程まで居た天界ばしょから自分の屋敷に戻っている事を知り、動揺を浮かべながら立ち上がる。
 そして状況が分からず庭先に出ながら身構えていると、屋敷の中から声を掛けられた。

「――……親方様、どうなさいました?」

ともえか! これはいったい、どうな――……!?」

 声の主がトモエだと気付いた武玄ブゲンは、再び屋敷の方を見ながら声を向ける。
 するとそこには美しい着物姿でありながら、見慣れぬ赤子を抱き持つトモエの姿があった。

 それに驚愕する武玄ブゲンは、トモエの抱く赤子を見て問い掛ける。

ともえ、それは……?」

「それは、とは何ですか。……この子は、私と貴方の赤子ややですよ」

「……馬鹿な……」

 記憶に無い赤子を見せられ、武玄ブゲンは困惑を色濃くしながら後退あとずる。
 そんな武玄ブゲンに呆れる顔色を見せたトモエは、赤子をあやしながら庭先のへりまで歩み出た。

「御酒でも飲んでいたのですか? 酔って赤子このこの事まで忘れてしまうとは、情けない」

「い、いや……。……だが、そんなはずは……」

「――……師匠!」

「……軽流けいる……!?」

 そうして話す二人の間に、元気の良いもう一人の声が加わる。
 それは武玄ブゲンの弟子であったケイルであり、その姿は記憶にある大人の姿ではなく、武玄ブゲン達が最も知る少女時代の姿をしていた。

 稽古用の胴着ふくを着て汗を浮かべながら庭先に来たケイルは、息を乱しながらも微笑みを浮かべながら二人に呼び掛ける。

「はぁ、はぁ……。……や、山を十周……して来ました……!」

「遅いです。二刻半も掛かっているではないか」

「ま、前より速いですよねっ!?」

「私であれば半刻はんときで終わる。今のお前ならば、一刻で走り終えるようになりなさい」

「む、無茶だぁ……!」

 トモエの言葉を受けて地面へ倒れるケイルは、その場で息を整えながら休みに入る。
 そんな二人のやり取りに既視感を感じる武玄ブゲンだったが、それでもトモエの抱える赤子に違和感を強めた。

 するとトモエの抱える赤子が、突如として鳴き声を上げ始める。
 それを聞いた武玄ブゲンは警戒しながら再び身構えると、それをあやすトモエが草鞋を履いて庭先に出て来た。

「親方様、この子を抱いてやってください」

「!?」

あなたの顔を見たいと、愚図り出してしまいました。御酒を飲む暇があるのなら、御願いします」

「……!」

 言われるがまま抱き渡される赤子に、武玄ブゲンは初めての温もりと匂いを感じ取る。
 そして白い布に覆われる赤子の顔を見た武玄ブゲンは、父親じぶんに抱えられて安堵するように笑う赤子の顔を見た。

 武玄ブゲンはそれを見ると、自分の記憶とは相反するように奇妙な安心感を抱き始める。
 まるで赤子それが当たり前のようにすら思える感覚は、武玄ブゲンに違和感以上の強い郷愁を感じさせた。

 その感覚が自然に武玄ブゲンの瞳から涙を浮かばせ、それに武玄ブゲン自身が驚きを浮かべる。
 そして微笑むトモエの声を聞きながら、武玄ブゲンは耳を傾けた。

「貴方と私の、大切な子です。大事に抱えてください」

「……トモエ……」

「もう少し、この子が大きくなったら。四人で一緒に都へ行きましょう。……そして、ナニガシ様にも伝えましょう。大事な子が、二人も出来た事を」

「……!」

 微笑むトモエは、自分の赤子こどもともう一人の子供ケイルを見ながらそう伝える。
 それは武玄ブゲンの記憶には無い言動でありながらも、彼の耳に安らぎを抱かせた。

 こうして理想郷ディストピアに入った者達は、自分が望む望まぬに関わらず幸福と呼べる世界へ誘われる。
 始めこそ違和感を持つ者がいながらも、夢と現実の区別を付け難いその景色は、瞬く間にそれを夢見る者達に安らぎを与えていった。

 しかし、その理想郷ディストピアに抗う者もいる。
 その一人が、過去に同じ理想郷たいけんをしている『青』の七大聖人セブンスワンだった。

「――……やはり、こういう事か。……ウォーリスめ、まさか五百年前あのとき創造神オリジンと同じ事をするとは……!」

 自分の理想郷に居ながらもそこが現実ではない事を知る『青』は、意思を保つ姿を見せる。
 それに抗う為に自らの錫杖を振るいながら魔法を行使しようとしながらも、それを果たせずに苦々しい面持ちを浮かべていた。

「やはり、魔法は無理か。……例え自分だけ意思を保てたとしても、理想郷これ世界中せかいに広まれば……そして、それを多くの者達が受け入れれば……現世は崩壊する……! それだけは、防がねばならない……!!」

 そう言葉を漏らす『青』は、理想郷ディストピアの拡大が世界を危機に招く事だと語る。
 それは悲しき現実を否定したい者達が、受け入れたい理想郷ディストピアを現実だと思い至った時に生じる境界ズレが、世界そのものを消失させる事に伝えていた。
 
 すると『青』の危惧は、現実の世界においても影響を及ぼす。

 『天界エデン』に広がる赤い光が月食の穴を通じ、黄金色に染まった現世の空を赤く染め始める。
 また太陽とは異なる赤い光が世界に満ち始め、それ等が下界で暮らす者達を照らし始めた。

 人間大陸に居る者達も、その赤い光に照らされた世界に意識を飲み込まれる。
 何が起こったのかも分からぬまま世界に満ち照らす赤い光によって、生ける者達は強制的に理想郷ディストピアへと連れ去られる事になった。

 こうしてウォーリスの計画により、全ての世界は赤い光に浸蝕される。
 そして理想郷ディストピアを見せられる多くの者達が受け入れ、再び訪れた自分の幸福を夢として見始めたのだった。
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