虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

オオノギ

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革命編 七章:黒を継ぎし者

理想郷

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 『マナの実』を掴み取ったケイルだったが、その左手は腐食し爛れながら斬り落とす事になる。
 一方で同じ『マナの実』を掴み口にまで含んだウォーリスは、生命力を吸収する巨大な銀色の幹である『マナの大樹』に身体ごと取り込まれてしまった。

 その直後、マナの大樹に異変が起こる。

 マナの大樹を中心とした色合いが変貌し、世界を覆うように空と森までもが赤く染め上げられてしまう。
 それに巻き込まれる形でケイルは赤く染まる景色に飲まれ、またエリクやマギルスの亡骸が倒れた場所も覆われてしまった。

 しかし創造神オリジンとアルトリアの身体が横たわる場所にて、赤い光に覆われる直後に結界らしき白い光が展開する。
 それすらも飲み込む赤の景色は、徐々に拡大しながら神殿内部の環境を全て赤一色に染め上げた。

 そこまでの事態へ陥った時、神殿の外周に居たシルエスカや『青』達は異変が起きた事に気付く。
 更に浮遊している『天界エデン』の白い大陸が揺れ動き、魔鋼マナメタルの大陸すらも赤色に染め上げ始める状況は、シルエスカ達に混乱を抱かせた。

「――……大地が、空までが……赤くなっていく……!?」

「親方様、これは……!!」

「これは、親父殿に聞いていたいにしえの……!」

「……五百年前も、全ての景色が赤に染まった。……これは間違いなく、五百年前あのときと同じ天変地異カタストロフィー……」

 シルエスカは全てが一色あかに染まる景色を見回しながら、動揺した面持ちを抱く。
 そしてアズマ国の二人は、そうした状況に心当たりを抱きながら訝し気な表情を強めた。

 すると一同の中で最も高齢である元『緑』の七大聖人セブンスワンバリスは、今現在の状況が過去に起きた天変地異カタストロフィーだと理解する。
 それと同様の事を口にしていた『青』は、声を張り上げながらその場の全員に伝えた。

「全員、儂に近くに寄れっ!!」

「!」

「転移で箱舟ふねに行くっ!! このままあの光に飲まれれば、巻き込まれるぞっ!!」

「クッ!!」

 叫ぶ『青』の言葉に、考える暇も無いまま他の者達は駆け始める。
 そしてアルフレッドの脳髄ほんたいとザルツヘルムを除く生存者達が『青』の周囲に集まり、彼の持つ錫杖が振るわれながら転移魔法を発動しようとした。

 しかし魔力を用いて中空と地面に描かれた魔法陣が、突如として白から赤に輝き染まる。
 更に築き上げた魔力の魔法陣ほうじんが崩壊し赤い粒子となって四散すると、『青』は表情を強張らせながら苦々しい声を漏らした。

「くっ、既に魔力へ干渉を……!!」

「転移できないのかっ!?」

「ならば、箱舟あそこまで走るしかあるまいっ!!」

「っ!!」

「……なんだ、あの匂いは……!!」

 神殿を中心として広がる赤い光が迫る光景を目撃しながら、武玄ブゲンを先頭に一同が箱舟が不時着した方角へと走り出す。
 そして全員が走る中で、エアハルトが迫り続ける赤い光から嫌悪するような匂いを嗅ぎ取った。

 その場から立ち去った一同を見送る形となったアルフレッドは、瓦礫を背に座っているザルツヘルムに呼び掛ける。

『これで、我々の役目も終わりですね。……お疲れ様でした、ザルツヘルム殿』

「……アルフレッド殿。貴殿のような忠義の者と共に戦えた事を、騎士として光栄に思う」

『私もです。……願わくば、ウォーリス様の作る新たな世界に幸福が生まれる事を祈りましょう』

 そう語り合う二人は、迫る赤い光に抵抗せずに飲み込まれる。
 そして赤い光が迫る速度は走る一同の背中に追い付き、そこで最初に飲み込まれたのは最も負傷していたゴズヴァールだった。

「グ――……ッ!!」

「ゴズヴァールッ!!」

 ゴズヴァールが光に飲まれた光景を目にした一同の中で、旧友であるエアハルトが目を見開きながら叫ぶ。
 そしてシルエスカは迫る赤い光が何かも分からぬまま、やや後方を走る『青』に叫び聞いた。

「あの光に飲まれたら、どうなるっ!?」

「アレは、この世の境界さかいを失くす!」

「もっと分かり易く言えないのかっ!?」

「あの光に飲まれれば、我等は死ぬっ!!」

「!?」

「いいか! あの光に飲まれても、決して自我おのれを飲み込まれるな! それで多少は生き永らえる! だが、もしそれが出来なければ――……っ!!」

「『青』っ!?」

「シルエスカ様、御急ぎをっ!!」

「ク、クソ――……っ!!」

「ッ!!」

 その言葉を最後に、次に遅れていた『青』が赤い光に飲み込まれる。
 そして続くようにシルエスカとバリスが追い付かれ、瞬く間に半数以上が赤い光に覆われてしまった。

 それに続く形で、並び走るエアハルトやトモエ、そして武玄ブゲンの三人も赤い光に飲み込まれてしまう。
 そして赤い光が浮遊する白の大陸全土を飲み込み、ついに『天界エデン』全体も赤い光に飲まれる形となった。

 すると場面は変わり、最初に赤い光へ飲み込まれたケイルへと視点は移る。
 眩い世界の中で瞼を閉じていたケイルは、そのまま意識を覚醒させた。

「――……!?」

 覚醒と同時に瞼を開いたケイルは、そこで動揺した感情を抱く。
 目の前には自分の居た『天界ばしょ』とは異なる光景が広がっており、見渡す限りの広い草原地帯が存在していた。

「……ここって、まさか……」

 その景色に動揺を浮かべるケイルは、揺れ動く瞳と身体を僅かに震わせる。
 すると斬り落としたはずの自分の左手が存在している事に気付き、更にその格好や姿が『天界エデン』の服装とは異なる事に気付いた。

「……なんだよ、これ……。この服は、故郷の……。……それに、この景色も……」

「――……リディア、どうしたの?」

「!?」

 ケイルは自らの着ている服が今は亡き故郷の民族が着ていた装束ふくだと気付き、目の前の景色もまた故郷の草原に類似している事を理解する。
 しかし思考と状況が追い付かないケイルの背後から、本当の名リディアを呼ぶ女性の声を聞いた。

 その声を聞いたケイルは、恐る恐る振り向きながら声の主を確認する。
 するとそこには、あり得ない人物がケイルの目の前に立っていた。

「……ねえさん……!?」

 そこに立っていた人物は、ケイルの実姉あねであるレミディア。
 彼女もまた故郷の装束ふくを身に着けながらも、その年齢は二十代程まで成長しているように見えた。

 そんな実姉レミディアの姿を目にしたケイルは、更にその背後にある景色が視界に飛び込んでしまう。
 彼女レミディアの背後には懐かしき故郷の天幕テントが張られ、更に山羊やぎを始めとした家畜の姿も見えながら、懐かしき故郷の人々が暮らす姿が目に入った。

 それに動揺するケイルは、思わず表情を強張らせながら呟く。

「な……なんで……?」

「どうかしたの? ……もしかして、立ったまま夢でも見ていたの?」

「……そ、そんなはず……。……だって、姉貴は……それに、皆は……」

「姉貴って、急にどうしたの。いつもはお姉ちゃんって呼ぶのに」

「!?」

「それより、もうすぐ御飯だよ。お父さんもお母さんも待ってるから、一緒に行こう」

「……!!」

 ケイルはそう言われながら、姉であるレミディアに失ったはずの左手を握られながら手を引かれる。
 そして最も郷愁の強い一つの天幕テントへ歩き向かいながら、レミディアと共にその中に入った。

 その天幕テントの中を見て、ケイルは更なる驚きに包まれる。
 そこには二人の姿が存在し、その片方である女性がケイルとレミディアを見ながら微笑みと声を向けた。

「おかえり、二人とも。今日は二人の大好きな、山羊乳ミルクのシチューよ」

「ありがとう、お母さん。……わぁ、美味しそう。ほら、リディアもおいでよ」

「……母さん……」

 ケイルは木皿に懐かしい匂いが漂う料理シチューを注ぐ女性を見て、それが自分達の母親だと思い出す。
 そして無邪気そうな笑みで呼ぶ姉レミディアに言われるがまま、ケイルは床に座りながら料理が注がれた木皿シチューを母親から手渡された。

 すると室内の奥に座っていた一人の男性が、腰を上げながら三人が座る中央まで歩み近付く。
 その男性の姿と顔を改めて見たケイルは、再び動揺した面持ちで口を開いた。

「……父さん……」

「ん?」

「……なんで、父さんと……母さんが……」

 死んだはずの家族が目の前に居る事に驚くケイルは、その信じ難い様子を見せる。
 しかし実際に触れている皿の温もりと料理シチューの匂いを感じながら、それが現実なのは夢なのは判断できなくなり始めていた。

 そんなケイルを見ながら、他の家族達は微笑みを見せながら日常にありふれた会話を行う。

「もう、まだ寝惚けてる。お母さん、聞いてよ。リディアったら、立ったまま寝ちゃってたみたいなんだよ」

「あら、そうなの? でも、お父さんもたまにやってるわね。立ったまま寝ちゃうこと」

「……そんな事はない」

「あら。じゃあ若い頃に、立ったまま寝てて羊を逃がしちゃった話をしちゃう? あの時は、村の皆でお父さんを叱ったりしたわよ」

「……」

「あらっ、不機嫌になっちゃった。それじゃあ、料理を食べて機嫌を良くしてくれなくちゃ」

「うん! ほら、リディアも」

「え……」

 そう言いながら懐かしい所作で両手を重ねる母親や姉の姿を見て、ケイルは再び郷愁を感じる。
 父親もまた遅れながら手を重ねると、ケイルも微かに記憶に残るその動作を真似し、家族が全員で祈るような姿勢になりながら瞼を閉じた。

 その所作が故郷の一族では普通だった事を思い出し、ケイルは僅かな静寂の中で料理以外の懐かしい匂いを感じ取る。
 それが自分の故郷であり実家の匂いだと思い出すと、再び瞼を開いた時に無意識に涙を流していた。

「……これは、夢……なのか……。……それとも……」

「――……はい。それじゃあ、召し上がれ――……って、リディア! どうしたの? 何か、嫌な事でもあったの?」

「!」

 涙を流す自分リディアに一早く気付いた母親が、腰を上げて傍に寄りながら優しく両手で顔を包み込む。
 そして姉同様に人肌の温もりを感じる母親の暖かさが、ケイルに目の前の景色や人物が夢ではない可能性を強めさせた。

 更に母親と同様に心配する様子を見せた姉レミディアと、父親の視線を感じる。
 そして触れている母親の手に自らの手を重ね、動揺した内情を口にし始めた。

「……そんなはず、ないんだ……。……だって、皆はもう、いないはずだから……」

「いない?」

「……母さんも、父さんも……姉さんも、皆……皆もう、いないはずなのに……」

 自身の記憶と合致しない状況に、ケイルは困惑しながら疑問を零す。
 そうして動揺するケイルを腕で優しく抱き寄せた母親は、まるで幼子を落ち着かせるかのように優しい言葉を向けた。

「大丈夫。みんな、ここにいるわ」

「……!!」

「貴方の傍に、ちゃんといるのよ。だから、怖がらなくていいの」

「……母さん……っ。……でも、確かに……みんな……」

「きっと、怖い夢を見ていたのね。……大丈夫よ。私達はみんな、貴方を置いていなくなったりしないわ」

「……ぅ……うぅ……っ」

 自身の現実きおくと異なる状況に困惑するケイルだったが、優しく抱き締める母親の温もりと匂いもまた現実味がある事を察する。
 そして自分が今まで体験した現実きおくが本当の出来事だったのか、それとも家族かぞくが言うように悪い夢だったのか、ケイル自身には判断が出来なくなり始めていた。

 しかし確かに感じる母親の温もりが、ケイルに新たな涙を流させる。
 そして優しく抱く母親を抱き返し、そこに確かに存在する家族の温もりを手放すまいと怯えにも似た感情を強めた。

 こうして赤い光に覆われた世界の中で、人々は現実か夢かも分からぬ情景を見る。
 そこには自分を思う者達と、そして思える者達が優しく暮らす、まさに『理想郷ディストピア』と呼べる世界が存在していた。
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