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革命編 七章:黒を継ぎし者
神に背きし者
しおりを挟む下界で起きている天変地異において、誰も上空を見上げるしかない中で動き続ける者達がいる。
彼等は自分達が行える事を見定め、その機会を見計らうように各々の役割を務めていた。
その一勢力である元ベルグリンド王国第一王子ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンドを擁する元ローゼン公クラウスは、フラムブルグ宗教国家を背景にして現オラクル共和王国の人身掌握を始める。
しかし未来の知識を持つアリアと『青』によって建造された箱舟を三機も伴う彼等は、如何にしてその機会が設けられる事になったかは本人達が知るのみという状況になっていた。
すると時間は大きく遡り、場面は天変地異が起きる前のフラムブルグ宗教国家に移る。
『黄』の七大聖人ミネルヴァによって宗教国家へ送られたクラウスとワーグナーは、元代行者である修道士ファルネと彼女と親しい間柄の者達を通じて、ウォーリスに関する事態を宗教国家の上層部に伝えようとする。
その思惑はウォーリスを【悪魔】である事を伝え、各国の七大聖人を用いて討伐する為の呼び掛けを行ってもらう為だった。
しかしその思惑は、予想外の形で裏切られる。
フラムブルグ宗教国家の上層部は、既にゲルガルドの手によって都合の良い陣容で固められ、その意向を装ったウォーリスの指示に従う集団と化していたのだった。
『――……教皇様っ!! なぜっ、どうしてこのような事を……っ!?』
『クソッ、離しやがれっ!!』
『ッ!!』
宗教国家の統括する上層部と面会するはずだったクラウスやワーグナー達は、総本山である大聖堂へ入った瞬間に熟練の僧兵達に捕縛される。
すると彼等は直接、教皇と上層部である各宗派を代表とする枢機卿達の前に引きずり出された。
そしてミネルヴァの残した聖紋が刻まれた右手を抱え持っていたファルネは、共に捕縛されながら動揺した面持ちで教皇に声を向ける。
しかし教皇に代わるように、隣に立つ枢機卿が彼等の対応に対する返答を伝えた。
『――……修道士ファルネ。君はどうやら、知ってはならぬことを知ったらしい』
『え……!?』
『君が我々に陳情した悪魔という男。……彼は、我々が新たな神として崇める存在となるのだ』
『……何を……何を言っているのですっ!?』
『彼女から、聖紋を取り戻せ』
『ハッ』
『な、何を……っ!! それは、ミネルヴァ様の遺した……!!』
枢機卿の言葉に動揺を強めるファルネだったが、胸の正面に巻き付けていた聖紋の手を捕縛している僧兵に取り上げられる。
するとそれを持った僧兵は教皇の下まで走り寄り、祈るように跪きながら聖紋の手を渡した。
それを見ながら困惑した表情を浮かべたまま、ファルネは更に声を張り上げて伝える。
『それは、ミネルヴァ様が遺した手ですっ!! 私は、あの方の意思を御伝えする為に――……』
『――……ミネルヴァか。……もう少し、長く使えると思っていたのだがな』
聖紋の手を受け取った教皇は、そう呟きながら傍にある机に手を置く。
その言葉が届いたファルネは、呆気を含んだ表情を見せながら言葉を零した。
『……使える……?』
『ミネルヴァは、我々にとって都合の良い使徒であった。……聖紋に更なる術式を施し、その思考と意思をある程度まで低下させながら誘導し、敬虔な使徒としての役割を果たしていた』
『!?』
『しかし、聖紋に施していた暗示が解けてしまうとは。……アレほど都合の良い駒を再び育てるのは、幾百年と掛かるであろうな』
『……暗示、駒……。……貴方は、貴方達は……っ!!』
『我々と同じように。宗教国家で立場の高い者達とゲルガルド殿の魂を継ぐ者達は、長年に渡って協力関係にあった』
『!?』
『ゲルガルド殿もまた、我等が崇めた現人神と同じ到達者である存在。……しかし我等が崇める現人神と大きく違う事があるとすれば、この国と我々に莫大な利益を齎してくれているということだ』
『……な、なにを……』
『我等の現人神は、我等の信仰を受けても何も与えてはくれぬ。……ならば、我等を潤すモノを与えてくれる到達者をこそ、新たな神と崇めるべきであろう』
『……お前は……。……いいや、お前達は……ミネルヴァ様を……我等が神を裏切っていたのかっ!!』
教皇達が伝える言葉から事態を理解できたファルネは、彼等が宗教国家の上層部であるにも関わらず『黒』への信仰を偽り裏切っていた事を知る。
それに対して大きく表情を変化させながら凄まじい鋭く厳しい表情を現し、広大な部屋すら振動させるような怒声を響かせた。
しかし彼女の怒号など諸共しないように、教皇や枢機卿達は自らの私欲に溺れた言葉を向ける。
『貴様のような純朴な考え方しか出来ぬ信徒には、決して分からぬだろう』
『国とは、維持する為に多くのモノを必要とする。それは民である信者達だけでは賄えぬ事も多い』
『特に多くの宗派を抱え持つ我等は、宗教的な衝突を避ける為に様々な工面が必要だった』
『それにはどうしても、必要な物がある。――……それこそ、国を潤す為に必要な金銭だ』
『……ッ!!』
『今から数百年程前、ゲルガルド殿は当時の上層部に提案した。我が国を維持する為の費用を、分け与えようと』
『そんなに前から……!?』
『しかし交換条件として、我々はゲルガルド殿の目論見を妨害しない事を伝えた。更にゲルガルド殿が望む時、我が宗教国家もまた無条件で力を借すことも』
『!!』
『我々はそうしてゲルガルド殿の援助を受けながら、宗教国家を維持し続けて来た。……そのおかげで、多くの信者達は無益な争いをせず、我々が統治するこの宗教国家とこの大陸で、各々の宗派の教えに従いながら穏やかに暮らしている』
『……ッ』
『我等は代々に渡って、その慣習を守り続けて来た。――……我等にとって神と呼べる者に相応しいのは、ゲルガルド殿なのだよ』
『……なんと……なんと、情けない……っ!!』
教皇や枢機卿達が発する言葉を聞きながら、ファルネは歯を食い縛りながら顔を伏せて涙を零す。
自分が信頼し続けていた宗教国家の上層部の正体が世俗に塗れた者達であり、更にそうした人物達の本質すら見抜けなかった自分の不甲斐なさに涙を浮かべるしか無かった。
そうした教皇達の言動を聞いていたクラウスは、ある一つの結論に辿り着きながら低い声を彼等へ向ける。
『――……六十年ほど前。ルクソード皇国へ皇王の暗殺未遂を起こすよう命じたのも、ゲルガルドの指示だったわけか?』
『!』
『!?』
『貴様等はゲルガルドに指示に従い、自国の代行者を暗殺者として皇国へ送り込んだな。……そして皇王暗殺をわざと失敗し、ある皇国貴族を暗殺未遂犯に仕立て上げた。そうだな?』
『まさか……』
『その暗殺者の名は、ガルドニア。奴は見事に依頼を達成し、ベルグリンド王国へ移り王国男爵の地位を得た。……依頼成功の、報酬として』
『……!!』
『なぜ宗教国家の代行者が皇王暗殺など行おうとしたのか、腑に落ちなかった事がやっと繋がった。……当時、ガルドニアにそれを命じて実行させた者がいるのだな』
そう尋ねるクラウスは視線を左右に動かしながら、既に六十は超えているであろう高齢な枢機卿達に目を向ける。
するとファルネは顔を上げるながら視線は教皇へ向き、誰もが沈黙の中でクラウスへの答えを返した。
『……代行者にそのような命令を下せるのは、宗教国家では一人だけ』
『なに?』
『そう、ガルドニアを長年に渡って思い苦しめる命令を出来たのは……。……六十年以上前からあの立場にいる、教皇だけですっ!!』
『!!』
『……アイツが、おやっさんに……っ!!』
ファルネの答えによって、元代行者だったガルドに皇王暗殺を命じた者が明かされる。
それを聞いたクラウスとワーグナーは、初めて自分達の関わる事件に繋がる元凶を知ったのだった。
こうしてクラウスとワーグナー達は宗教国家の上層部に囚われ、その上層部がゲルガルドの手によって支配されている事を聞く
そしてウォーリスの母親であるナルヴァニアを苦しめる原因となった彼女の一族を暗殺した事件がゲルガルドの依頼した事であり、その意思を反映させて代行者に選び命じたのが目の前にいる教皇である事が明かされたのだった。
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