1,145 / 1,360
革命編 七章:黒を継ぎし者
新たな救済者
しおりを挟む創造神の計画により天界からの砲撃で下界《せかい》を破壊するという事態を防ぎながらも、ウォーリスは自らの望みを諦めずに足掻き続ける。
それに対して一つの勝負を持ち掛けたアルトリアは、その決着をエリクに任せてウォーリスと対峙させた。
その勝負の最中、様々な邪魔者を打ち倒したウォーリスはエリクにトドメを刺そうとする。
しかし真正面からの衝突で押し負けると、治癒されるはずのないエリクの傷が治り始めている事に驚愕を浮かべた。
それこそがアルトリアの仕掛けた勝負に対する勝利の核心だと気付いたウォーリスは、自らが陥っている状況を察する。
すると彼の気付きを肯定するように、アルトリアは嘲笑の微笑みと言葉を漏らした。
時は少し遡り、場面は下界に戻る。
天界から発生している巨大な時空間の穴が上空に出現したままの下界は、今だに黄昏の色に染まるように照らされている。
その異変を見上げ続ける者達が人間大陸には多く占めていたが、それとは異なる動きを見せている勢力が存在していた。
それはガルミッシュ帝国に隣接する、現オラクル共和王国の王都に現れる。
旧王国民がほとんど居なくなっている王都は、天界に向かったウォーリス王の不在によって大混乱に陥っていた。
「――……ウォーリス王は、アルフレッド様はどうしたんだっ!?」
「こんな事態になっているのに、どうして御姿を御見せしてくれないのっ!?」
「大臣連中はどうしたんだよっ!!」
「アイツ等、真っ先に王都から逃げ出したって話だぜ……」
「そんな……!!」
「あの大きな爆発の次は、奇妙な奴等が大勢で帝国に向かっていくって話もあったし……。……いったい、どうなってるんだよっ!?」
そうした言葉を叫びながら王城の目の前まで詰め掛ける王都民は、次々と起こる異変に理解の限界に達して暴動染みた騒動を起こし始める。
ミネルヴァの起こした『閃光』に始まり、大規模な死者の群れが帝国に大移動する情報は、既に共和王国民の中で大きく広まっていた。
更に世界を染める黄金色の空と、それを覆う程の超巨大な時空間の穴が出現した状況は、彼等の精神的に追い詰めてしまう。
理解の限界を超える事態の数々やウォーリス王とその側近達の逃亡により、共和王国の各地は民による暴動の兆しすら見え始めていた。
暴動は民同士の衝突にも繋がり、人々は血を見るような凄惨な事件すら起こし始める。
それを鎮圧する為の兵士達すらも指示が届かない中で統一された動きが出来ず、各々の裁量で対応せねばならなくなっていた。
それが兵士と民の衝突となり、更なる血を流すような結果を生み出し始めている。
そうした状況から巻き込まれない為に早々に都市や町から逃げ出す者も多く、食料などの奪い合いさえ起き始めていた。
しかしそれでも、人々の心の片隅には願うような希望が残っている。
特にそれが色濃く残るのは旧ベルグリンド王国の民であり、貧困だった王国を豊かな共和王国として再建し直した偉大な王、ウォーリス=フォン=オラクルに対する信仰だった。
「――……ウォーリス様が、我々を置いて逃げるはずがない……!」
「そ、そうだ!」
「きっと、ウォーリス様が我々を御救いくださる……。……それを、信じて待つんだ……っ!!」
ウォーリス王に対する絶大な支持を持つ者達は、そう信じて事態が解決するのを待つ姿勢も見せている。
しかし当の本人は既に共和王国に姿は無く、まさに異変の元凶とも言える天界へ赴いている事を知る者は誰も居なかった。
そうした事態において、王都に新たな異変が生じる。
その事に最も早く気付いたのは、王城に押し寄せている民の一人だった。
「――……な、なんだ……あれ……!?」
「!」
一人の王都民がそれに気付き、上空を見上げながら指を差し向ける。
それに気付いた数人が指を指されている上空へ顔と視線を向けると、そこに存在する異様なモノに気付いた。
それは王都の上空に現れた、三つの巨大な飛行物体。
突如として現れたその飛行物体は他の王都民達も気付き始め、更なる動揺を起こし始めた。
「な、なんだ……」
「空に、何か飛んでるっ!!」
「今度はなんだよ……!!」
「もしかして、魔獣なの……!?」
「あんな馬鹿デカい魔獣、いるのかよ……」
「だ、だんだん……近付いて来る……」
「……う、うわぁああっ!!」
王都の民達は上空から迫る巨大な飛行物体に驚愕し、動揺しながら逃げようとする。
そうして更なる大混乱が起き始める王都に対して、その飛行物体はある行動が発せられた。
『――……聞けっ、オラクル共和王国の民達よっ!!』
「!?」
「ひ、人の声……!?」
「……あ、あの上空のやつから……?」
王都中にも響き渡るだろう男性の声に、王都の民は動揺しながらも視線が空に向けられる。
そしてその声を発する男性は、王都に居る民に向けてある事を伝え始めた。
『我々は、君達を助けに来た者だ! 今このような事態は共和王国だけ確認されているものではなく、世界中でも起きている!』
「!?」
『しかし我々の指示に従ってくれるのならば、君達の安全を約束しよう。それに賛同できる者は大人しく我々に従い、落ち着いた行動を求める!』
「……し、従えって……」
「そ、そんなの……信じられるわけが……」
飛行物体から発せられる威厳に満ちた声色を聞きながらも、王都の民は動揺を治めきれない。
むしろ正体不明の存在が告げる言葉に疑心を生みながら、強い警戒心を見せ始めていた。
そうした王都の民の心情を察するように、男性はこうした事を告げる。
『私の言葉だけでは、君達の信用は得られないだろう。だが我々と共に来た者の中には、君達が信用を得るに足る人物がいる』
「え……?」
『その方もまた、君達に届けたい言葉がある。それを聞いてほしい。――……では、御願いします』
そうして今まで喋っていた男性の声は遠ざかり、数秒ほど時間が流れる。
すると先程とは別の男性らしき声が飛行物体から響き始め、王都の民はその人物の言葉を聞いた。
『――……わ、私は……私の名は、ヴェネディクト=サーシアス=フォン=ベルグリンド! この共和王国の前身、ベルグリンド王家の正統な血を引く者っ!!』
「!」
『しかし私は、前王国にて王位継承権を義弟であるウォーリスに譲った者。それからは王国から身を退き、フラムブルグ宗教国家に身を寄せていた身分。……しかし故郷である我が国が窮地である事を聞き、様々な者達に頼み、この国に戻って来たっ!!』
「……ヴェネディクトって、確か……王国の時に居た第一王子だった?」
「死んだって聞いたけど、生きてたのか……?」
新たな男性は自らヴェネディクトという名を明かし、その素性を王国民に教える。
そして最初に発せられた弱々しい声と口調は徐々に強まり、自ら旧王国へ来た理由を教えた。
それを聞いた旧王国民の中で、ヴェネディクトがベルグリンド王家の第一王子だった事を覚えている声が囁きを強める。
するとヴェネディクトは更に言葉を発し、彼等の信用を勝ち取る為の説得を始めた。
『私は身を置いていたフラムブルグ宗教国家を始め、四大国家の様々な国から旧王国《このくに》に必要な救援を求めた。そして私と共に来てくれていた者達は、それに志願し応じてくれた者達だ』
「!!」
『だから、その……。……私を信頼してくれとは言わない。私が誰かの助けが無ければ、何も出来ない無能者だと自覚もしている。……だがこの危機を乗り切る為に、一時的にでもいい。私と彼等を信用して任せてほしい。……私はただ、自分が生まれ育った故郷を救いたいだけなのだ……』
「……」
様々な国々から支援を届けに来たと伝えたヴェネディクトの言葉に、人々は驚きながらも疑心を拭えない。
しかし再び弱々しい声を漏らしながら自分の言葉を伝えると、それが嘘には聞こえない事が王都の民にも伝わり始めた。
すると弱々しかったヴェネディクトに代わり、更に別の男性が声を響かせ始める。
『――……えーっと、聞こえますか? 王都の皆様』
「また、別の声……?」
『私の名は、リックハルトと申します。この名に御存知の方も、王都にはいらっしゃるかと思います』
「……リックハルトって、あのリックハルト……?」
「大商会の……!?」
『私もまた、ヴェネディクト様の求めに応じた者の一人です。そして王都には私の支店や従業員達がおりますので、共に赴かせて頂きました。従業員の皆さん、御無事ですか?』
「!」
「……リ、リックハルト様の声だ。間違いない……!!」
『私の商会が用意した物資を、この箱舟に積載させています。またこの箱舟を利用して、この国に足りない物資を届けられるよう態勢も整えているところです。皆さん、どうか御安心ください』
「ほ、本当に……助けてくれるのか……?」
「で、でも……」
「……もう、誰でもいい。この状況から、俺達を助けてくれるなら……!!」
落ち着き払ったリックハルトの声と言葉は、動揺を強くしていた王都の民を鎮め始める。
そして徐々に疑心の声は発せられなくなり、自分達を助ける為に赴いたという彼等の言葉に応じる姿勢が王都に広まり始めた。
すると再びヴェネディクトの声が響き渡り、王都に居る兵士達に呼び掛けられる。
『へ、兵士達も協力してほしい。この箱舟を王都に降ろすので、結界を解いてくれ』
「……ッ」
『不安なら、私が王都の前で降りて姿を見せる。兵士達を指揮している者がいれば、門の前まで来てほしい』
ヴェネディクトの言葉に応じるように、上空に浮かぶ箱舟の一つが王都の門前まで移動し始める。
その動きを見ながら言葉を聞いていた兵士の中で立場がそれなり高い者達は、兵士達に武器を握らせて門壁の中に移動させた。
数人の兵士達が通り抜け用の小門から通り抜けて、王都の外に出る。
すると降下して来る箱舟は静かに着地すると、出入り口となる場所から階段を降りて来る数名の人影を確認できた。
地面へ降りた彼等の手には武器は握られておらず、兵士達はその姿を見る。
最初に降りて来たのは兵士風の装いをした金髪碧眼の壮年な男性であり、その後ろには修道士風の礼服と冠を身に着けた黄土色で翡翠の瞳を持つ青年だった。
更にその後ろから小太りながらも商人らしき衣服の男性が続くと、緊張感を保つ兵士の一人が前に出て呼び掛ける。
「――……貴方達が、先程の?」
「そ、そうだ。私がヴェネディクトだ。……そして、彼が先程のリックハルト殿だ」
「……そちらの男性は?」
「か、彼は……」
ヴェネディクトは後ろに立つリックハルトを紹介すると、兵士達は彼等の横に立つ兵士風の男を見る。
鍛え抜かれた体格が見えるその兵士に僅かな警戒心を抱いている兵士に対して、ヴェネディクトは僅かに言葉を詰まらせた。
しかしそんな彼に代わるように、その男性自身が自分の正体を明かす。
「私は、ただの傭兵だ。元王子に雇われたな」
「傭兵……?」
「そう。何せこの王子を救い出してフラムブルグに連れて行ったのは、王都を脱出した我々なのだからな」
「えっ」
「なんだ、聞いた事は無いか。――……私が所属しているのは、『黒獣』傭兵団だ」
「!」
「我々はヴェネディクト王子に雇われ、この国の窮地を救いに来た。……仕事としてな」
黒獣傭兵団の名を聞いた兵士は、その名が旧王国時代に轟いていた傭兵団の名前である事を思い出す。
しかし同時にある罪状によって王国から逃亡した傭兵団である事も思い出したが、それが救援に赴いた王子に雇われているという言葉に困惑を強めた。
そんな思考を遮るように、リックハルトは前に出ながら兵士達と交渉を始める。
「では、交渉を行いましょう。我々はヴェネディクト殿下の求め通り、この国と民を救いに来ました」
「……しかし、この飛行する船は……!?」
「ホルツヴァーグ魔導国とルクソード皇国が共同開発して作ったモノですよ。今回の事態に辺り、各国に同様の箱舟を派遣しているのです」
「!?」
「それに運んで来たのは、食料だけではありません。ホルツヴァーグ魔導国とフラムブルグ宗教国家からは治癒魔法と回復魔法を扱える魔法師と神官達を派遣してくれています。彼等がいれば、様々負傷者の治療も出来るでしょう」
「!!」
「アズマ国も今回の事態に対して、救援活動に志願してくれた者達が赴いてくれています。もし王都への着陸に御不安の場合は、我々は王都の外に降りて支援活動をさせて頂きますので。御安心を」
「……う、ううむ……」
微笑みながら妥協案を提示した交渉を進めるリックハルトに、兵士達は言葉を詰まらせながら聞き続ける。
そうした様子を見ているヴェネディクトと隣に立つ金髪碧眼の男性は、小声で言葉を交えた。
「――……ローゼ……クラウス殿。これで、いいのですよね……?」
「ああ。共和王国の民を救済してウォーリスから切り離せば、奴への信仰心は薄まっていく。それが、奴の力を削ぐことになる」
「それならいっそ、奴の正体を伝えれば……」
「馬鹿者め。いきなり自分達の王が『悪魔』などと言われて、信じる民がいるか。逆に警戒されて、反発されかねん」
「も、申し訳ない……」
「なに、これから学べばいいだけだ。――……さぁ、ここからが始まりだ。お前には新たな王になってもらうからな。……出来ないなどと、情けない事は言わせんぞ」
「ひ、ひぃ……」
そう言いながら黒い笑みを浮かべるクラウスは、ヴェネディクトに対して過度な脅迫を向ける。
逆にヴェネディクトは怯える青褪めた表情を伏せながら応じ、クラウスの言う通りに従う様子を見せていた。
こうしてミネルヴァの助けを得てフラムブルグ宗教国家に逃れていたクラウスとヴェネディクト王子は、アリアが作り出した箱舟に乗ってオラクル共和王国に戻る。
そして到達者であるウォーリスが力の源としている王国民の信仰を切り離し、ヴェネディクトという新たな救済者に移し始めた。
それがウォーリスの能力に影響を与え、到達者としての能力を奪い始める。
到達者の能力を維持する為に必要な信仰が薄れ始めたウォーリスの与えた傷は、到達者の能力を持つエリクに効かなくなっていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
379
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる